半分少女と文化祭へ1
半分少女のヒーローアカデミア
夏もすっかり終わり、秋の訪れを感じられる季節になった頃、A組のホームルームにて。
「えー、雄英文化祭があります。」
『がっぽーーーーい!!!!!』
文化祭、いかにも学校っぽいイベントの告知に教室が沸き立つ。A組はお祭り事が大好きなのだ。体育祭程の注目度はないけど、私たち学生にとったら勝るとも劣らない一大行事!
「先生!いいんですか?この時世にお気楽じゃ……」
「切島……お前、変わっちまったなぁ。」
「でもそうだろ!ヴィラン隆盛のこの時期に!」
そんな中、切島くんが疑問を口にする。一学期の頃は上鳴くん側、陽の人間だと思ってたが、意外と心配性なところがあるらしい。
ふむ……しかし切島くんの言い分も一理ある。体育祭を行った時期はまだマシだったが、昨今の情勢はあまり明るいとは言えないし。そういう時に人が多く動く行事は、警戒も疎かになるかもしれない。USJ、林間合宿に続いて再び雄英が失態を犯せば、ヒーローへの風当たりはさらに強くなるだろう。下手したら学校の運営にも支障が出る可能性だってある。
それを考えたら素直に楽しもう!ってなれないかも……
「確かに最もな意見だ。しかし雄英もヒーロー科だけで回ってるわけじゃない。体育祭がヒーロー科の晴れ舞台なら、文化祭はサポート科、普通科、経営科の生徒が主役。体育祭までとはいかないが、彼らにとって楽しみなイベントなんだ。」
相澤先生は切島くんの意見を肯定しつつ、この状況でなぜ文化祭を止めないのかという理由を話した。
現在の雄英はヒーロー科主体に回っている。ヒーロー科、特にA組が頻繁にヴィランと遭遇している故の処置だ。夏休み明けに敷かれた全寮制だってそう。けれどヒーロー科ばかりを優先して、それに巻き込まれる現状を不満に思っている他科の生徒は決して少なくない。だからそんな彼らが目いっぱい楽しめる文化祭を簡単に中止する訳にもいかないのだそうだ。参加者も学生と一部の関係者に留めるので、不審者の侵入も許しにくくなるらしい。
確かに、切島くんの話も否定出来ないけど相澤先生の言う通りだ。人間、意識しなければ主観で生きてるのが常。でも自分ばかりの視点で考えるのは良くなかった。
雄英は科の違いはあれ全員が同じ立場、先生たちがヒーロー科を優先してくれるのは特別だからじゃない、私たちが学生だからだ。学校が私たちを第一に考えてくれるように、同じ生徒である他科の人たちも第一にしなきゃいけない。
「まぁ主役じゃないとは言ったが、決まりとして各クラス1つ出し物をせにゃならん。今日はそれを決めてもらう……」
それだけ言い終えて相澤先生は寝の体勢に入る。
……じゃない!まーーーたこんなところで寝てるこの人!!!私が寮に行っていないからってもう不摂生な生活に戻ってる!
許せん!!!
「相澤さんッ!!!」
「学校では、先生だ……」
「知りません!寝るなら仮眠室あるでしょ!?そっちで寝てください!はい、起きて!起き、このっ強情な!起きろおおおお!」
「うおぉ……やめろ、頭が、頭が揺れる……」
相澤先生の襟を掴んでガンガンと揺らす。非情と言うなかれ、仮眠室を勧めても動かず、寝袋を剥ごうとすれば掴んで抵抗され、ひん剥かれても目を開けようとしないのだからしょうがない。この人はこのくらい強気でいかないとなぁなぁで流される。
尻を蹴りあげる勢いで叩き起し、教室の入口まで連行する。私が持ってるお気に入りの寝袋を名残惜しそうに見てたが無視した。これは今度洗って返しますからね!
「ホームルームは終わったし、あとは私たちで決めるので早いとこ寝てきてください!」
「はいはい……」
「「はい」は1回!」
「………」
またかという顔をした先生を外に押し出す。そのままピシャリと閉めようとして
「あー、一応言っておく。内容は明日の朝までに決めておけ、期限つけないとお前らは揉めるだろうからな。決まらなかった場合は………公開座学にする!」
『公開座学……!』
「……ただの勉強じゃん。」
「じょ、冗談っしょ。」
瀬呂くんの乾いた笑いが漏れる。怖ーいことを言い残して、相澤先生は教室を去っていった。
これでよしと。
……?あ、
これ、微妙な空気なやつだ。私としては日常だったけど、みんなからしたら他人の家の一幕をいきなり見せられたんだ、反応に困るよね。似たような事したの雄英入ってすぐの頃だったし、もう忘れてるか。
……あーあー、こほん。
「じゃあ委員長、司会よろしくね。」
「振りが雑だな君は!?先にこの空気を何とかしてからにしたまえ!!!」
「えーー」
「えー、ではない!」
ボールを投げる先に困って飯田くんにパスしてみたが受け取り拒否された。
いや、こんなことするつもりなかったんだって。
……ほんとだよ?
※ ※ ※
結局、文化祭の出し物がその時に決まることはなく、話し合いは放課後に持ち越された。方向性がとっちらかってるし、謎または不適切なものが含まれていたので決まりようがなかったとも言う。よく分からないが不適切な何かを提案しようとした峰田くんは締められていた。
私?私はしょうもないこと言った峰田くんの公開処刑にしようって言ったら初手で消されたよ。まぁ冗談だからいいんだけどね。二度とすんなよっていう釘刺しだよ、釘刺し。
そんなこんなで寮では今頃、何するかで盛り上がってることだろう。私が参加してないのは、別にフケたからではない。インターン組は公欠した授業の分、補習に行かなきゃならんのだ。割と長くやってるけど、先生の都合と生徒のカリキュラムの間を縫ってるので進みはゆっくりとしてる。
今日の担当である相澤先生が来るまで間もあるということで、こちらでも何となく文化祭の話をしていた。
「みんな何するんだろうね。」
「やっぱり私、お餅屋さんがいい!」
「お餅好きだねぇ、お茶子さん。」
「食いもん系もいいけどよ。俺は腕相撲みてぇな対決系がいいな!」
「そうねぇ。賞品を用意すれば楽しめるかしら?」
何が決まる訳でもないけど、あーでもないこーでもないと色々話すのは楽しい。中学の文化祭は特にやる気出してなかったから、雄英のは期待大だ。
「お前ら集まってるか?」
「先生!」
「全員集まってるっス!」
「みたいだな。じゃあ始めてくぞ。」
相澤先生がスっと入ってきたのを見て、私たちは即授業モード入る。先生の方も朝と比べてかなり顔色が良くなってた。ちゃんと仮眠は取ってきたみたい。あそこで言うこと聞かなかったら朝以上の雷が落ちることを身に染みて知ってるからね。
先生から指定されたページを開き、教科書と黒板を睨めっこしながら授業を聞く。普段の内容と特に変わりはないが、時間が経っていくと放課後ということもあって集中力的に辛いものがあった。寝たりはしないけど、ちょっと疲れたなって感じだ。
そうやって2時間ほど過ぎた頃、小休憩的に先生の手が止まる。
「授業の途中だが、君たちに伝えておくことがある。」
「なんすか?」
「……壊理ちゃんが緑谷と加山に会いたがってるらしい。」
「緑谷ちゃんと水穂ちゃんに?」
「あぁ。」
「………」
壊理ちゃんが会いたがってくれている。それは嬉しいと思う。あの子が自分の気持ちを人に伝えられたことも、会いたいと私たちに思ってくれたことも。
でもチクリとする。壊理ちゃんのことを思うと釣られてサーのことも思い出すからだ。サーから出された最後の課題……彼に悩みを形に、そして方向性を示して貰ってからモヤモヤすることはなかったが、答えは未だ出せないまま。澱になったヴィランへの感情も変わらずある。
文化祭のこともあって一瞬浮かれていた。冷や水を浴びた気分だ。
「厳密には緑谷と加山、そして通形を気にしている。要望を口にしたのは入院生活が始まって以来初めてのことだそうだ。」
「壊理ちゃんが……」
「通形は会うつもりだと聞いている。2人も面会したいなら話は通すが、どうする?」
「僕、行きます!行こうよ、加山さんも!」
「……え!あ、うん。行くよ、私だって壊理ちゃんと会いたかったし。」
私の妙な反応に緑谷くんが少しきょとんとした顔になる。別のこと考えてて不意を突かれた。曖昧に笑って誤魔化させてもらう。
「2人も参加だな、面会日には俺が引率する。他のやつも会いたいだろうが、今回は緑谷たちだけだ。大人数で行っても驚かせてしまうからな。」
「わかったわ、先生。」
「ということだ。授業に戻るぞ。」
小休憩?も終わり、授業が再開する。
個人的に悩み事はあるが、壊理ちゃんに会うのは楽しみだ。
※ ※ ※
補習で聞いた話から数日後、面会の許可が降りたようで私は緑谷くん、ミリオさんと壊理ちゃんの元に訪れていた。
人の往来が少なく、静寂に包まれてる病棟は私がいた病院を思い出して何故か懐かしく思えた。病院があまり好きではない私としては不思議な感覚だ。あそこでの治療生活は大変だったけれど、良い思い出もあるからだろうか。
受付を済ませ、担当医の案内で彼女のいる病室へとたどり着く。あの日以来の再会だ、元気に行こう。
「壊理ちゃん、久しぶり!会いに来たよー」
「会いに来れなくてごめんね。」
「これフルーツの盛り合わせ!良かったら食べて。」
「……あ」
入ってきた私たちを見て一瞬気づいていなかったが、すぐに分かってくれたようで少し表情が明るくなった。
「好きなフルーツある?俺、当ててもいい?桃でしょ!ピーチっぽいもんね!」
「……リンゴ。」
「だと思ったよね!じゃあリンゴ剥こう、アップルっぽくね!」
「ミリオさん、私やりますよ。慣れてるので。」
「なら加山さんにお願いしようかな。壊理ちゃんはどんな風に切って欲しい?」
「わかんない。」
「んー、色々あるけどウサギに切ってみよっか!」
「ウサギ?」
壊理ちゃんが不思議そうな顔をする。リンゴがウサギになることに今ひとつピンと来てなさそうだ。手遊びにリンゴの飾り切りは、いくつか試したことがある。ウサギリンゴは簡単で可愛いから彼女も喜んでくれるかな?
フルーツ籠の中からリンゴを1つ拝借して、手早く櫛切りにしていく。芯を落として、皮目に切れ込みを入れる。それに沿うように剥けば、あっという間に耳の立ったウサギの出来上がりだ。
「じゃーん、ウサギさんの完成〜!」
「かわいい……」
「でしょ?」
お皿に乗ったリンゴに壊理ちゃんが少し目を丸くする。受けはバッチリみたい。
「上手だね!」
「うんうん、実にアップルっぽいね!」
「どうもどうも。」
アップルっぽいというのはよく分からないが、2人から褒められて私も鼻が高い。今度はもっと凄いのにしよう。
私たちがそんなやり取りをしている間、壊理ちゃんは楊枝に刺したリンゴを手にオロオロとしている。無くなってしまうのが勿体ないのか、どこから食べようと迷ってるらしい。まだあるし、次も切ってあげるって言ったら意を決したようで、一口かじった。小さな口に見合った大きさでリンゴが欠ける。実に可愛らしかった。
「美味しい?」
「うん……」
私の言葉に壊理ちゃんは控えめに返す。そのままの勢いでリンゴは食べ進められて行った。そして2、3個食べた頃、彼女が「あのね、」と口を開く。
「ずっとね、熱出てた時もね、考えてたの。救けてくれた時のこと。でもお名前が分からなかったの。ルミリオンさんしか分からなくて知りたかったの。」
「そっかぁ。言われてみれば名前教えてなかったね。」
「緑谷出久だよ、ヒーロー名は『デク』。えっと、デクの方が覚えやすいかな。」
「ヒーロー名?」
「あだ名みたいなものだよ。」
「デクさん。」
忘れないようにと、噛み締めるように壊理ちゃんは彼のヒーロー名を呟く。
「お姉さんは?」
「私は加山水穂、ヒーロー名はアモルファス!」
「あもる、ふぁす。」
「私のは言い難いよね。水穂でいいよ。」
「水穂さん。」
たどたどしい喋り方は、なんだか庇護欲を感じる。もし私に妹がいたならこんな風に思うんだろうか。
「ルミリオンさん、デクさん、水穂さん…あと……眼鏡をしていたあの人。」
「…………」
不意打ちだった。表情は余り明るくないが、それでも再会できて良い雰囲気だと思ってた。目尻を少し動かしただけで、顔に出なかったことにホッとする。壊理ちゃんはサー・ナイトアイのこともしっかり覚えていた。
けれど彼女はサーがどうなったかまでは知らない。わざわざ辛いことを教えるべきではないし、いずれ知るにしても今ではないという大人たちの判断だ。私もそう思う。事情は違うが、私も壊理ちゃんくらいの歳の頃に母の死を知って、それを最初は受け入れられなかった。同じ気持ちではないけど、人の死を知る辛さはよく分かる。
「みんな、私のせいで酷い怪我を……私のせいで苦しい思いをさせて、ごめんなさい……」
壊理ちゃんは涙を溜めて謝る。
彼女の今の精神状態は抱え込みがち、思い込みがちだそうだ。周りで起きる不幸は全て私のせいだって、すぐに自分を責めてしまうらしい。八斎會にいた時からそうだったけど、この僅かな時間で染み付いた自責思考を変えるのは難しい。
「私のせいでルミリオンさんは力を無くして──」
「……壊理ちゃん、苦しい思いをしたなんて思ってる人はいない。みんなこう思ってる。壊理ちゃんが無事で良かったって。」
どこまでも続きそうに思えた壊理ちゃんの言葉をミリオさんが止める。頭に優しく手を置いて、誰もが壊理ちゃんの無事を喜んでいると伝えた。
「存在しない人に謝ったって仕方ない、気楽に行こう。みんな、君の笑顔が見たくて戦ったんだよ?」
「…………」
返ってくる言葉が思っていたのと違ったのか、彼女は少し固まる。そして今度は頬を引っ張るようにして自分の顔を捏ね始めた。私たちはその意図が分からず、首を傾げるが、すぐに諦めるようにして壊理ちゃんは手を下ろしてしまった。
「……ごめんなさい。笑顔ってどうやればいいのか……」
そこでようやく思い至る。壊理ちゃんは私たちに笑顔を見せようとしてくれてたんだ。みんながなぜ自分のために戦ってくれたのかを聞いて。
でも出来なかった。
この子は笑い方を忘れてしまった。自分が笑っていたことなんて遠い過去のことで思い出せもしないのかもしれない。そもそも普通、笑顔は自然と浮かぶものだ、漏れるものだ、成るものだ。笑い「方」なんて考えている人はいない。だけど壊理ちゃんは、そう考えでもしなければ笑顔に成ろうとすら出来ない。
残酷なことだ。八斎會から引き剥がしても壊理ちゃんには、深く大きい見えない傷がある。そこから同じく見えない血を流している。ヴィランの、治崎廻の影は未だに彼女を覆っている。
──許せない。
こんな年端のいかない女の子が思い切り笑えないなんて、ヴィランなんかせいで。
フツフツと腹の底に重い熱が湧く。でもそれ以上に、
壊理ちゃんに笑顔を取り戻してあげたい。
けどどうするか、それが問題だ。
…………そっか!あれがあった!
「「相澤先生!!!」」
名案を思いつき、立ち上がったのは緑谷くんと同時だった。
「壊理ちゃんの外出、許可できませんか?1日だけでもいいんです!」
「外出?無理ではないが。というかその子の引き取り先を今……」
「じゃあ壊理ちゃんも呼んでいいですか?文化祭に!」
「同じこと思ってた!」
「……なるほど。」
先生も良い案だと感じたようで、目が僅かに大きくなる。これは好感触だ。
今の壊理ちゃんには外からの刺激が必要だと思う。彼女の心を刺激して沸き立たせるようなものが。病室でできることは限りがある。精神的にも個性的にも人との接触を慎重にしなければいけないから、軽率に知らない人が多い場所に行くのも難しい。なら文化祭は打って付けだった。
今年の文化祭は学内開催、ほぼ学生しかいない。人と接するという懸念事項はクリアしてる。加えて壊理ちゃんの「巻き戻し」の発動は額の角が関わっているらしいが、それがかなり小さい、つまり暴走のリスクも低い。彼女を連れ出す、今が絶好の機会なんだ。
「……文化祭?」
「壊理ちゃん、これは名案だよ!文化祭って言うのはね、俺たちの学校で行われるお祭りさ!学校中の人がみんなに楽しんで貰えるよう出し物や食べ物を売ったりするんだよ!あっ、リンゴ!リンゴアメとかあるかも!」
「リンゴアメ?」
「リンゴをさらに甘くしちゃったスイーツのことさ!」
「さらに……」
見るからに壊理ちゃんの表情が変わった。ミリオさんの見事なプレゼンに興味をそそられたのか、頬が紅潮している。リンゴアメという未知の食べ物にも期待があるみたいで涎が出ていた。
「お前たちの言いたいことはわかった。校長に掛け合ってみよう。」
「よしッ!」
「壊理ちゃん、どうかな?行ってみない?」
校長は話のわかる人だ、この案は間違いなく通る。あとは壊理ちゃんの気持ち次第だ。
「私、考えてたの。救けてくれた時の、救けてくれた人たちのこと。ルミリオンさんたちのこと、もっと知りたいなって考えてたの!」
「嫌って言うほど教えるよ!」
きっと私たちに会いたいって言ってくれたとき以上の強さではっきり気持ちを伝えてくれる。ただの文化祭、どこの学校にもある普通の行事だ。でもそれが彼女の心を前向きにしてくれた。これは私たちも一層頑張らねば。
やっと場が明るい空気に包まれ出した頃、ミリオさんがギャグという爆弾を落とした。
「俺は休学中だから壊理ちゃんと付きっきりでデートできるよね!」
「デート?」
「蜜月な男女の行楽のことさ!」
「みつげつなだんじょのこうらく。」
「叩きますよミリオさん。」
「先輩、何言ってんですか……」
ほんと、いたいけな女の子になんてこと言わせるんですか。