半分少女のヒーローアカデミア
雄英文化祭、その当日を迎えて俺は朝から最後の準備に奔走していた。開場してからは各地がお祭り騒ぎだ。
演出用の道具を運びつつ、今日までのことを思い返す。1ヶ月程の準備期間は、あまりにも濃密だった。バンド隊はギター初心者2人を抱えながら全員の演奏を仕上げないといけなかったし、ダンス隊はほとんどが素人の状態でスタートしていた。俺のいる演出隊もよりライブが華やかになるように次々と斬新な演出案が飛び出し、そのために各隊の動きを調整するのは骨が折れた。
毎日、朝から晩まで考えるのは文化祭のことばかり。授業は通常通り、仮免補講のこともある。この数週間、あまり心身が休まる時間はなかった。
だけど、その日々は
「……楽しかったな。」
小声でそう呟く。
雄英に来るまで、周りの人間のことなんて眼中にもなかった。学校行事も何が面白いのかと思っていた。親父を否定する、その為だけに生きてきた。それが俺の全てだった。
でもその考えは、狭窄した視野はA組と出会って打ち砕かれた。みんなと過ごす時間は心地いい。少し前の、体育祭の頃の俺は酷く感じが悪かったと思う。それでも俺を普通のクラスメイトとして受け入れてくれた。だからA組全員で何かを作り上げていく文化祭は本当に充実していた。
今日はその集大成だ、裏方として出来る最大限をやろうと思う。
「全員注目!そろそろ会場入りの時間だ。ダンス隊はここで衣装の確認、バンド隊と演出隊は向こうで最終チェックを行ってくれ。この文化祭をA組で盛り上げるぞッッッ!」
委員長である飯田が音頭を取り、A組の面々が「おぉ!」と声を上げる。俺も一緒にやった、控えめにだが。こういうノリは嫌いじゃない、A組のそんなところが好きだと思う。でも自分がやるとなると少し苦手だ。
全員が揃ってワタワタと移動し始め、俺は歩きながら演出隊に配られた演出プランを見直して今一度内容を頭に入れる。もう何回も練習して、昨日の合わせでも問題なかったが念には念をだ。そんな中、横に誰かが並んできた気配がした。
「……加山か。」
「よっ、そっちは準備万端みたいだね。」
「問題ねぇよ。お前は?」
「やばい、本番でトチらないか心配。ほら見て、手汗凄いでしょ。」
「確かにやばいな。緊張してんなら手のひらに人って書いて飲むといいらしいぞ。」
「ふふ、そんなの子供騙しだよ。」
「そうか?」
俺は割と信じてたんだが……
「舞台に上がるお前らの緊張は取ってやれねぇかもだけど、本番は俺たちが全力で支える。こういうのは楽しんだもん勝ちだろ。」
「それは言えてるね。うん、そうだね。楽しむか……」
「……?」
少し加山の顔が陰ったように見えた。加山は普段の溌剌とした雰囲気に反して繊細なところがある。ふとした時に苦しそうな顔をする。思えば最近はそういう表情をしてる事が多かった。半年程度とはいえ、寮生活も含めれば結構付き合いも長くなってきたつもりだ。だからちょっとした変化でも何か悩んでることは分かる。
他人にはお節介なくらい関わろうとしてくるのに自分のこととなると口に出さない。昔の話も戦闘訓練のとき以来、聞けず終いだ。爆豪、緑谷あたりなら知ってるかもしれない。さすがに年単位で付き合いが違うと話せることも変わるか。
隣を見れば変わらず加山はどこか浮かない顔をしながら歩いている。一瞬でも気を紛らわせられないかと思案して、1つ思い至ることがあった。
「今日は壊理って子も来るんだよな。」
「ん?まぁそうだけど。」
「ならかっこ悪いとこ見せらんねぇぞ。」
「……もしかして私、酷い顔してた?」
「あんまし良い顔じゃなかった。芦戸も伊達や酔狂で加山にセンター任せてねぇだろ。出来るって思ったから任せたんだ。」
「確かに。ありがと、頑張るよ私。」
「おぉ。」
見せつけるように大きく笑う加山に軽く返事をする。
やっぱり加山は笑ってるのが一番良い。
※ ※ ※
開演の時間になって舞台の幕が一度降りた。遅刻して参加が危ぶまれた緑谷もギリギリ間に合って今は幕の後ろで控えてるはずだ。
ブザーと共に幕が上がる。舞台に立つA組を見れば会場は歓声に包まれた。予想以上に観客の期待値は高いらしい。他科のストレス、爆豪曰くかなり斜に構えて見てる奴もいると聞いた。彼らの心を掴めるかは出だしにかかっている。
暗転して、舞台はまた暗がりに消える。
『行くぞコラァァァ!!!』
「掴みはド派手にッ!」
「頼むぞ爆豪……」
切島の威勢のいい、瀬呂の祈るような声が隣から聞こえる。俺も気づいたら堅く手を握っていた。
『雄英全員……音で殺るぞッッッ!!!』
派手な爆風が会場全体を満たし、演奏が始まる。
『よろしくお願いしまァァす!!!』
観客たちを見渡せば、度肝を抜かれたという表情ばかりだ。予定通り、掴みは上手く行った。
「よっしゃ!出だしは行けてるな!」
「こっちも最終確認すっぞ。俺らから仕掛けるのは2番のサビからだ。俺と轟が2人で足場作って、切島はその上を氷持って走る。」
「任せとけ!一緒に氷の玉付けたテープも反対に結んで来んだよな。」
「加山の演出用のやつな。提案したのは俺らだけど、あれが一番不安だわ。成功したの昨日だけだし。」
「アイツ、本番に強い方だから何とかなるだろ。」
「まぁ……そう信じるしかねぇか〜!」
「お!青山が打ち上がったぞ!」
青山がレーザーで会場を照らし、大歓声が起きる。それを合図に俺たちも動き出した。特別、準備することはないが個性のタイミングは重要だ。観客の声が混じる中、耳郎たちの演奏に耳をすませる。
曲は2番に入り、曲調もサビに向かって段々と高まっていく。それが最高潮になったところで
「来るぞ!!!」
「「……ッ!」」
切島の掛け声で瀬呂がテープを張り巡らせる。そこに氷結を這わせれば会場に第2、第3の舞台が現れる。これがこっちから仕掛ける演出プランだ。
複雑な形の物を氷で作るのは苦手だが、仮免補講で得たアイデアを瀬呂たちに採用してもらい実現した。会場そのものを舞台にしてしまう発想は観客も驚くだろうという演出隊渾身のプランと言っていいかもしれない。
演出隊の大一番が無事に成功して、内心ホッとする。最後まで氷が崩れないように気を配る必要はあるが、俺の役割はほとんど終わってるから会場を見渡すくらいの余裕はできた。
観客の方を見ると、その様子は大盛況と言う他ない。気になってた批判的な目で見てる奴らの反応は、見る限りじゃ大丈夫そうだ。詰まらなさそうにしてる奴はいなかった。まだライブは終わらないが、既にA組の目標は達成されてる。
舞台のA組に目をやるとあっちも楽しそうだった。この1ヶ月ずっと文化祭に向けて打ち込んできた。それを完璧に披露できて楽しくないはずがないか。向こうに参加してもよかったなと柄にもなく思った。
「やっぱり俺も変わってんだな。」
仮免試験での失敗もあって自分が上手く進めてるのか不安なこともあった。結局、俺は雄英に来る前と何も成長できてないんじゃねぇかって。けど、それも杞憂だった。仮免補講じゃ爆豪、夜嵐と協力できた、文化祭は成功してる。こう変われたのは、やはりA組に入れたのが大きい。それでもその中で俺に一番影響を与えてくれたのは
……緑谷と加山だと思う。
2人ともドがつく程のお節介だ。自分が行かないとと思ったら問答無用でこっちに踏み込んでくる。それが最初は理解が出来なくて、加山には裏切られたと思って拒絶したし、緑谷には勝手にライバル意識を向けた。そんな態度を取っても真正面から受け止めてくれる奴はそう居ない。
体育祭で緑谷に壁をぶっ壊されて、加山と実力をぶつけ合えた。あれ以来、2人が一番自然体で話せる友達だと思う。それ故に思うところも無いわけじゃないが。緑谷は毎度毎度ボロボロになって冷や冷やさせられる。加山も緑谷と同じで気づいたら事件の中心にいるし、変に抱え込みがちなのが困る。
そんなことを考えていると、当の加山の出番がやってきた。葉隠、芦戸が氷の舞台に綺麗に着地し、それに続いた加山も氷塊を撃ち抜く演出を決め、同じく舞台に降り立った。思ってた通り、本番に強いタイプだな。
そのまま3人のダンスを見続ける。コーチをしていた芦戸はもちろんのこと、葉隠も他のダンス隊に比べて群を抜いて上手いと思う。加山もあの芦戸が指名しただけあって、それに並ぶ勢いで仕上げて来てる。加山たちが中心に現れてから観客の空気がまた変わったのは気のせいじゃない。
「……、?」
違和感があった。遠目からだと確信が持てない。だが
またそんな顔してんのか。
今朝見たばかりの浮かない顔、最近見ることが多い何か悩むような表情、それを加山は浮かべていた。
直接聞いた訳じゃないから原因は分からないが、直近にあったことを考えればある程度想像はつく。……死穢八斎會の事件か。あの時、プロヒーローが1人殉職したというのを報道で見た。そのヒーローは加山と緑谷のインターン先だった。そんなことがあれば誰だって落ち込むだろうが……
アイツはそういうことを飲み込んで切り替えるのが苦手なのか?だとしても今の状態を相澤先生が気づいてないとも思えねぇ。ならまだ別に原因がある。
色々と考えるがはっきりとした答えは出せない。考え込んでるうちにライブは佳境へと入っていた。
視界の端に演出プランの一つである黒影が飛び出してきたのを見た。暗闇で観客を覆い、一気に開けることで驚かせようという考えだ。そして黒影が晴れたとき、加山の表情が明確に変わった。作り笑いのような半端な表情じゃなく、晴れ晴れとしたでもどこか泣きそうな表情に。
「……相変わらず分かんねぇ奴だな。」
やっと笑顔を見せたことに安心するが、同時にやきもきさせられたことに苦笑した。
何が加山の心情を変えたのかは分からない。そもそも加山の真意を測るには、俺はアイツの今の考えも背景も知らなさすぎると思った。加山が敢えて語ってない部分、それを聞くことは傷に触れることかもしれない。
でも今こそ踏み込むべきだと思った。