半分少女のヒーローアカデミア
雄英高校の試験を終えてから数日、合否通知を待ちつつ普段通りの日常を私は送っていた。
学校に通って爆豪を煽り、家に帰れば家事や個性訓練で相澤さんと過ごす変わらない日々だ。
「そういや、試験の日から緑谷はものすごくうわの空だったけど、大丈夫かなぁ?」
あの日以来、彼は目が死んでいるというか、心ここに在らずというか、魂でも抜かれてしまったような感じでボーッとしてることが多い。多分、試験の手応えがいまいちだったというのが、原因だとは思うけど。
緑谷に元気がないと、爆豪も今ひとつキレがなくて私も煽りがいがないから、いつもの2人に戻って欲しいところである。
そんなことを益体もなく考えていれば、時間も過ぎていくもので、朝に郵便受けを覗いた時、雄英からの封筒が入っていた。
──合否通知……
ゴクリと喉を鳴らし、封筒を持って自室に戻る。本当は相澤さんにも一緒に見て欲しかったけど、あの人はあいにく仕事で家にいない。
自室に戻って、椅子に腰掛ける。この時期に、私宛で雄英高校から届くなんて、当然合否の結果しかありえない。いくら試験に手応えがあったとしても、合格は約束されたものではない。
緊張に震える手で、慎重に封筒を開く。……中に入っていたのは、1枚の書類と小さい機械が1つ。
「なにこれ?」
書類よりも見慣れない機械に目を引かれ、手に取る。大きめの缶バッジみたいな機械だ。
『私が投影された!!!』
「きゃあ!……お、オールマイト?」
何これ何これと弄くり回していたら、音声と共にいきなり映像が浮かび上がって、機械を取り落としてしまう。
─オールマイトだぁ……なんで雄英から来た物にオールマイト?てかでっけぇ、画風が違うよ。
『ハッハァ!驚かせてしまったかな?加山少女。何、今年から私も雄英で教鞭を取ることになったという話さ!』
腰に手を当て、筋肉モリモリのマッチョマンが目の前で笑う。映像だけど。
─オールマイトが教師、想像できない……
テレビの向こう側にいる存在が、身近な教師になるなんてどんな漫画かと思う。
『さて、後もつかえてることだし本題に入ろう!加山少女、まず君の試験結果。筆記試験は文句なしの合格だ。』
ヨシっと小さく手を握る。みんなが学校に通って、遊んでをしてる時間、ずっと勉強と個性訓練に費やしてきたんだ。ここで躓くわけにはいかないと思っていただけに、オールマイトから率直に筆記が合格であると伝えられ、嬉しくなる。
『次に!皆が鎬を削った実技試験の結果を伝えよう。君が獲得したヴィランポイントは、27ポイント!素晴らしい結果だ。悪をくじく力、ヒーローに不可欠な素養だ。』
─おぉ、試験中は結構必死だったのであまり得点を数えてなかったけど、割と稼いでるんじゃない?
自分で自分を褒めつつ、映像を見つめていると、オールマイトがチッチッと指を振る。
『それだけで喜んでちゃあ早いぜ加山少女!我々が見ていたものはヴィランポイントだけにあらず!力より大事なヒーローの大前提、人を救わんとする意思も見ていたのさ。』
ひょ?っと呆けていると、映像中のオールマイトがリモコンを操作して新たな映像を見せる。ずらりと並ぶ内容を見るに、実技試験のポイントを順位ごとに表示にしたものらしい。
私の名前もあり、さっき伝えられたヴィランポイントの横に、何やら別のポイントもあるように表示されている。
「レスキューポイント、50ポイント!審査制によって与えられるヒーローよるヒーローの資質を見るポイント。これも合格だよ、しかも実技試験なら同率首席!」
合格、その言葉をオールマイトが発した時、涙がこぼれた。1つ1つ、頬を伝っていくのを拭う。けど、次から次へと流れていく涙が増えていって、最後には顔を覆って泣き出してしまった。
「……う、うぅ。良かった、良かったああああ!」
「おいで、加山少女。ここが君のヒーローアカデミアだ。」
涙で顔をぐちゃぐちゃにしてる私に、オールマイトはそう告げて映像が終わる。
─行けるんだ、ヒーロー科に。私もヒーローに……
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そのまま、夕方までボロボロ泣いていた私は、帰ってきた相澤さんにギョッとされ、大丈夫かと心配させてしまった。多分、昔は精神的に不安定になるとよく泣いていたので、それを思い出させてしまったのだと思う。
「ごめん、相澤さん。雄英から合格って手紙が来て、嬉しすぎて泣いちゃってた。」
「そうか……。おめでとう、よく頑張ったな。」
静かに合格を喜んでくれた相澤さんは、私が泣き止むまでずっと背を擦りながら、そばにいてくれた。
「うん、もう大丈夫。ありがとう、相澤さん。」
「気にするな。それはそれとして、合格したならお祝いしなくちゃな。」
「え?」
「いや、な。実はお前が合格なのは事前に知ってたんだ。……来年度の1年の担任は俺なんだよ。」
「ふぇ?えええええええ!!!!」
相澤さんは、驚いたか?とでもいいだけなイタズラっぽい笑みを浮かべ、私が呆然としてるのも他所に、電話をかけ始める。
とっくに合格者を知らされていた相澤さんは、私の名前があるのを見て、サプライズの用意をしていたらしい。開いた口が塞がらない私は手を引かれ、相澤さんとタクシーに乗り込み行先も分からないまま、連れてかれてしまった。
連れてかれた先にあった、回らないお寿司屋さんはめっちゃ美味しかったです。ごちそうさまでした。
* * *
合格がわかってから入学準備やら、中学校の卒業式やらでドタバタしていたら、あっという間に入学式の日になった。
いつも通りの朝を迎え、相澤さんは教師なので少し早めに出て行った。残った私も、真新しい制服に袖を通して、身なりを整える。持っていく物は、特別に必要なものはなかったが、教科書の受け取りはあるようなので、大きめの鞄を手に家を出た。
学校内に住んでいるから多少遅くても間に合うけど、あんまりゆっくりしてると相澤さんの睨みが怖いので、余裕を持って学校に向かう。……いや、ほんと相澤さんって目が重要な個性だからか眼力が半端じゃないので。
見慣れた校内を歩き、バリアフリーらしいでっかいドアを前に立つ。この先に、3年間過ごす人たちがいると思うと緊張する……
「よし……お、おはようございます。」
恐る恐るドアを引いて、教室に入る。既に何人か来ているようで、出席番号で席についているみたい。
まだ初対面ということもあってか、周りの会話も疎らで、シンとしている。私もいきなりグイグイ来られたらびっくりするので、ありがたい。
自分の席を見つけて座るが、この微妙な距離感と空気感が漂う教室はなかなか堪える。
─中学校に戻りたい……
良い奴ばかりではなかったが、気心の知れた間柄ばかりだった過去のクラスメイトを思い、心でそっと涙を零した。……ヨヨヨ。
若干、挙動不審になりつつも時間が経てば、人は増えてきて、中には見知った人物もいた。そう、爆豪勝己である。
彼は、ドアを蹴りあけ、いつもと変わらぬ悪人面を晒しながら入ってくる。見た目も着崩した制服、腰パンという不良さながらの出で立ちである。
中学校の頃は、まぁそれなりにキチッと(おそらく内申のため)着ていた彼が、大層変わってしまったのを見て、高校デビューだろうか?と見つめる。いや、この人はいつだって爆発ダイナマイトボーイなので、毎日がデビューしてるようなものだけど……
「おぉ、」
「あん?……チッ!」
私が思わず声を漏らしたのに、爆豪も気づいたようで、何も言わなかったが、舌打ちされてしまった。あれは、「なんでテメェと同じクラスなんだよ、消えろ」とでも言いたげな目でした。私には分かりますよ、何回彼とレスバしたとお思いですか?
どこに向けてるのか分からない自慢で胸を膨らませてると、爆豪のついた席が俄に騒がしくなる。
─入学初日で爆豪に絡むとは……、私をも上回る強者。
勇者の登場に驚きの目線を向けた先では、メガネをかけた男子がカクカクした独特の動きで、爆豪に注意をしているようだった。確かに、机に足を載せるのは行儀が悪いよ、かっちゃん。
「クソエリートじゃねえか、ぶっ殺しがいがありそうだな!」
「な……!ぶっ殺し……、君酷いな本当にヒーロー志望か?」
おぉ、眼鏡くん(飯田天哉くんと言うらしい)は聡明出身なんだ。聡明といえば、有名な私立中学校、実力は分からないけど、個性も勉学も優秀に違いない……
「ん?君は……」
飯田くんが唐突に、会話を止めて入口に向かっていく。私もつられて見てみると、なんと緑谷くんがいた。
どうやら顔見知りのようで、飯田くんは先ほどの独特な動きを彷彿とさせる歩き方で、緑谷くんに寄っていった。私も試験以来、何となく疎遠になっていた緑谷くんに挨拶したくて近づく。
「緑谷くん、君はあの実技試験の構造に気づいていたのだな?」
「え?」
「俺は気づけなかった。君を見誤っていたよ。悔しいが君の方が上手だったようだ!」
「そうなの?緑谷くん?」
「か、加山さん!?いやぁ、あれは無我夢中で……そんな飯田くんに言われるようなことをしたんじゃなないよ!?」
「そうなのか?いやしかし、それであっても君の行動は正しかった!」
心底、緑谷くんを尊敬したらしい飯田くんはカクカクしながら彼を褒めている。あまり褒められてない緑谷くんは、とても照れくさそうにしていた。
「えーと……緑谷くん久しぶり、雄英に受かったんだね。おめでとう。」
「あ、ありがとう加山さん。うん、諦めないで良かった。」
よかったねとお互いに喜んでいると、
「あ!そのモサモサ頭は地味めの!」
「あ……!」
茶髪の女の子が教室に来ていたようで、緑谷くんに親しげに話しかけてきた。話を聞くに、彼女も緑谷くんと一緒に実技試験を受けていたみたい。よく見れば、試験日に緑谷くんを助けていた子だった。
相変わらず女子慣れしてない緑谷くんは、顔真っ赤であたふたしている。……あの、私も女子。あれ?これデジャブ
「お友達ごっこしたいなら、他所へ行け……」
「「あ……」」
─あ、この聞き覚えのある声。
「ここはヒーロー科だぞ」
(((な、なんかいる!)))
─相澤さんだ……
相澤さんが普段どのような教師生活をしているか、詳細を知ってはいなかったけど、こんな寝袋で廊下に寝ていたとは。
─さすがにヒーロー以前に大人としてみっともないです相澤さん。……ていうか
横たわる巨大な黄色イモムシにギョッと固まっている3人の隙間を抜け、相澤さんの前にしゃがむ。
「相澤さん、朝ぶりですね。なんで寝袋なんか使ってるの?毎日毎日、睡眠はちゃんと取ってくださいって言ってるよね?」
「…………。はい、静かになるまで8秒かかりました。時間は有限、君たちは合理性に欠くね。」
「誤魔化さないでね相澤さん?」
「………………。担任の相澤消太だ。よろしくね。」
「よろしくねじゃないですよ相澤さん。」
私があれほど寝てくださいと言っていたのに、ガン無視していたらしい相澤さんを注意しようと話しかけるが、誤魔化されてしまった。
こんなくたびれた人(不審者のレベル)が担任を名乗り、教室がザワつく中相澤さんは、それを断ち切るようにして懐から何やら取り出す。雄英の運動着だ。
「早速だが、これを着てグラウンドに出ろ。」
「「え?」」
* * *
「「個性把握テスト!?」」
各自、渡された運動着に着替えグラウンドに集まると、何の説明もなくそう告げられる。みんなも私も一般的な高校のように入学式やらなんやらあると思ったので、一同動揺してしまう。
「雄英の校風は自由、それは先生も例外じゃない。君らには個性ありの体力テストをしてもらう。」
─ 個性を使える体力テストか、入学時点で生徒それぞれがどれだけ個性を使えるか、応用できるかを見るってところかな。相変わらず合理性とそれに見合わないシステムへの不満が止まないのは相澤さんらしい。
「実技入試成績は……あー、加山と爆豪の同率トップだったな?」
ギロリと腹立たし気な視線が爆豪から突き刺さる。合格通知を受け取ったあと入試成績を見直したのだが、実技試験において私と並んでトップを取ったのは爆豪だった。彼の1位、頂点である事の執着は凄まじい、それを阻んだ私は相当気に食わないと思う。今日の今日まで、その事で絡まれてはなかったが、改めて言われるとムカつくらしい。分かる、思い出しイライラってあるよね。
「まぁいい、お前らソフトボール投げは何メートルだった?」
「67メートル。」
「50メートルです。」
「誰か1人に投げてもらうつもりだったが、男女1人ずつでちょうどいい。2人とも個性つかって投げてみろ。」
そう言った相澤さんからお互いにボールを1つ渡され、ボール投げの円まで誘導される。。メカっぽい見た目を見るにボール自体が測定機能を備えてるみたい。
「先に爆豪から投げろ、円から出なきゃ何してもいい。」
「んじゃまぁ、死ねえええ!」
大きく振りかぶって投げ出されたボールは、爆炎の尾を引きながら遠く飛んでいく。投げた時の声は聞こえないふりをした。
『705.2』
─おぉ、個性なしの10倍以上……やるなぁ。これは仮にも同率になった者としては負けられないかな。
「次、加山。やってみろ。」
「はい!」
私も円の中に入り、ボールを握って体勢を整える。爆豪は投げるエネルギーに爆破の威力を乗せて飛距離を伸ばしていた。私の個性も水と炎、上手くやれば似たことが出来そう。
「せーの、どりゃああ!」
ボールに力が乗り切った瞬間、個性を発動して手元で水蒸気を炸裂させた。実技試験の時みたいに、エネルギーが拡散しないよう空かさず、蒸気を操作して一方向に向かわせる。
手を離れたボールは、飛行機雲みたいな白い線を描きながら思った通りに飛んで行った。上手くできたっぽい。
『705.2』
─あ、
爆豪と全く同じ記録が、先生の持つ端末に表示された。中々の好記録を出せて少し満足気だった爆豪の眉間にシワが寄る。
「てっめぇ!このクソメッシュ!俺のをパクりやがった上に、記録まで被せてんじゃねぇよ!」
「いやぁ、ごめんごめん。後でちゃんと謝るから、今は、ね?」
肩をこれでもかと怒らせながら詰め寄ってくる爆豪を必死で宥める。久しぶりに爆豪の子気味良い罵声を聞いて、いつもなら私もノるんだけど、これ今授業中なのだ。つまり関係のない私語で、授業を妨げると……
「おい、説明中だぞ。」
このように相澤さんに睨まれてしまうので、私は素直に黙る。爆豪の方も舌打ちを残し、不満タラタラそうだが引いてくれた。
「まず、自分の最大限を知る。それがヒーローの素地を形成する合理的手段。」
そう、相澤さんが他のクラスメイトに私たちの結果を見せる。個性を使ったド派手な記録にみんなが沸き立つが、今まで淡々と説明するだけだった相澤さんの雰囲気が変わる。
「面白そうか…、ヒーローになるための三年間そんな腹積もりで過ごす気でいるのかい?
……よし、8種目トータル成績最下位の者は、見込みナシと判断し除籍処分としよう。」
暴論。私たちは誰もがヒーローを志して雄英の狭き門をくぐってここにいる。確かに目指す目標は違うだろうし、高さだって違うだろう。想定だって覚悟だって甘いだろうが、自分たちなりの決意があるはずだ。それを入学1日目で確定一人、除籍にするというのかこの人は。
ゾッとした。私は今まで相澤さんの「優しい」ところしか知らない。確かに周りの人からは教師のイレイザーヘッドは恐ろしく厳しいと、よく聞かされていた。口調では冗談めかしているが、相澤先生は本気だと確信する。そして同時に、これからは私には教師として容赦なく評価をくだすと暗に言っているように思えた。
当然、他の人たちも動揺し抗議する子もいた。だけど、
「日本は理不尽に溢れている、災害、事故、ヴィラン。思うままにさせたとき、涙を流す人は数え切れない、命を落とす人もな。それらを覆してこそヒーローだ、3年間与えられ続ける苦難を全力で乗り越えてこい。プルスウルトラさ。」
相澤先生は、挑発気味にねじ伏せた。
雄英高校 1-A 最初の苦難が幕を開ける。