半分少女のヒーローアカデミア
轟家での食事会(地獄)を終え、私たちは車に揺られている。いつぞやに乗った車田さんのハイヤーだ。前は後ろに2人だったけど今回は4人、すし詰めである。多分、警察に見られたら怒られる。
肩が当たるくらいぎゅうぎゅうだと、落ち着いて座れない。実際、乗った時はみんなちょっと狭いな……という顔をした。私も狭いなぁって思ったんだけど、今はそれどころじゃない。
……眠い、恐ろしく眠い。
元々、片付けが終わったあたりから怪しかった。それが襲いかかってきててヤバい。本当にどうしちゃったのか。食べすぎたかなとも思ったけど、よく考えたらそうでもないし……疲れたのかも?
あ〜、そろそろ落ちそう。
「もたれんな!クソメッシュ!!!余計に狭ぇだろうが!」
「……ねむい。」
「ガキかよ!腹いっぱいで眠くなってんなよおい!」
「………むり。」
「だああ!暑苦しいわ!」
「むがっ!」
「かっちゃん……!寝させてあげなよ!」
「なら、この無駄に重い頭どうにかしろや!」
あっちこっちに頭をぐわんぐわんされてる気がする。
……ダメ、本当に落ちる。かっちゃん肩借りるわ。
※ ※ ※
「おっはー!」
「うわぁぁぁ!?」
開いた瞼、その視界いっぱいに人の顔。突然のことに後退ると、あることに気づく。……ここ、車の中じゃない。
それに目の前の人をよく見てみる。
「あ、シノさん。……ってことはまた頭の中?」
「理解が早くて助かる〜」
「眠かったのはそういうことかぁ……」
呼び出しを受けてたってことね。初めて会ったときはあまり出てこれないと言ってたけど、実際に今日まで彼女の意識と会話することはなかった。多分、私が覚醒状態だと干渉出来ないんだろう。肉体も意識も主導権は常に私にある。
「いやぁ、また出てこれて良かった。最近はインターン頑張ってるみたいだね。」
「そんな感じです。まだまだエンデヴァーには敵わないですけど。」
「そりゃそうだよ〜。大人にも意地ってのがあるからさ、子供にカッコ悪いとこ見せられないの。」
「そうですかね?」
「そうですよ?」
ほわんほわんと良く知る無精髭がチャームポイントなあの人を思い浮かべる。
おや?私、身の回りの世話全部してたな???
いや待てよ……相澤さんを家事スキルでボコボコにしてプライド打ち砕いた私が悪いな、どう考えても。卒業までに独り立ちさせてあげなきゃ!
「なんか別の人のこと考えてるよね。」
「そそそそんなことないですけど?????」
「嘘がクソ下手。」
「……嘘つくと怖い人が保護者でして。」
しょうもない隠し事すると激詰めされる。でもたまに事情を察して見逃してくれたりする。優しいので。
というか、そんなことより……
「またなんでこんなタイミングで呼び出したんですか?」
「そうだった!関係ない話しすぎた。意識だけの存在って意外と暇なんだよね、寝てるのか起きてるのかわかんないふわふわした状態だし。」
「寝てる時なら話し相手くらいしますよ。」
「いいの、私のことは気にしなくて。君だって私生活を覗かれるのは恥ずかしいでしょ?思春期女子のあれこれを盗み見る趣味はないの。」
「…………」
「あ、顔赤い。……で、本題なんだけどね?まだ個性使いこなせてないでしょ。」
「うぐッ!?」
急に切れ味抜群の刃物で刺された。
進捗どうですか?……やかましいわ!
「ごめんごめん!責めてるわけじゃないの、むしろよく頑張ってる!」
「ほんとですか……?」
「ほんと、お姉さん嘘つかない。これでも一応、君が経験したことのフィードバックは受けてるからね。どれくらい使えるようになったかくらいは分かるわけ。」
記憶はあまり読めない、でも経験は共有できるってことかな?逐一説明しなくてもいいのは助かる。
「君も感じてると思うけど、身体変化の習得まであと一歩まで来てる。クリアすべきなのは、力の入れ方と発動のコツを掴めるかってとこ。」
「今のやり方じゃダメってこと?」
「うーん……そんなことはないと思う、多分。個性を発動するとき、力を巡らせるよね。そのイメージを太くするんだよ。」
「太く……」
「君って使うとき糸を巡らせるイメージでやってるじゃん?放出なら良いけど、身体変化となるとパンチが足りんのです。」
「それを太く、ですね。」
「そうそれ。力で満たして弾けさせるって感じと言ったらいいかな。君の経験と私の記憶を擦り合わせてみると、この表現がしっくりくる。」
「でも、時間かかりますよ。」
「えーー、そんなことないと思うけどなぁ。やったことないからわかんないだけで、君にはもうそれに見合った地力があるよ。あのエンデヴァーって人のとこで修行したんだし。」
「……記憶読めないのにやけに詳しい。」
「あれ?言われてみれば……まぁ、それでも彼が大したやつってのは変わんない、ヒーローとしてはね。」
それはそうなんだけどぉ。確かにエンデヴァー事務所のインターンで伸びたし、あともうちょいって手応えはあったよ。でも簡単に出来るって言われると自信ないんだよね。ちょっと怖いし。
「なんだぁ?柄にもなく不安気だね。とにかくやってみなよ。何事も当たって砕けろ!女は度胸!」
「砕けたら死にますけど!?」
「にゃはは!」
「にゃははじゃない!!!」
「もう、そう怒らないで。」
怒るわ。当たって砕けたらほんとに塵になりかねん。
「はぁ……もっと信用しなよ、自分の個性を。お父さんから貰った個性じゃない。」
「む……」
「だから睨まない。炎の個性もさ、じゃじゃ馬だけど、お母さんから貰った個性があったから自分のものにできつつある。私は信じられなくても、親なら信じられる、君はそうでしょ?」
「…………」
はぁ、
「シノさんって意地悪すぎ。そこまで発破かけられたら引き下がれないよ。」
「ふふん、知らなかった?大人は意地っ張りで意地悪なんだよね。」
「意地っ張りは認めるけど、意地悪なのはシノさんだけでーす。」
「あら残念。」
お互いに目を見合せてから苦笑する。上手く乗せられてるのは癪だけど、やれるってんならやってみようか。
「あと言っておくと、このやり方で発動しても肉体の変化は実用レベルに遠いと思う。最初に安定して発動するのは髪だよ、理由はもちろん?」
「分かりますよ。もうイメージの構築もしました。」
「じゃあ次のアドバイスで最後、そろそろ起きる時間だから。」
「……っす。」
「冷えた手足をお湯に突っ込んだらじわっと暖かくなるじゃん?あれ繰り返してみ、あのときの境界がなくなってく感覚を無意識に呼び出せるようになるまで。逆でもいいよ、とにかく体と周囲の境を無くすのが目的だし。」
「体温が周りに馴染む感覚を体に覚えさせると……」
「そうそう。」
なるほどぉ?と首を捻る。なんかそれっぽそう、試す価値はあると思う。でもどっか引っかかるんだよね。うーーん?
「……あ、」
思い出した!!!
冬休み前に自主練してたときに思いつきかけたやつだ!確か冷水で指先の感覚消えたとか、熱いお湯でチクチクしたとか考えてた!あの違和感、ヒントだったんだ!
くっそ〜!もっと早く気づけば良かった!
「なんか納得してる感じ?」
「そんなとこです。」
「ならば良し!じゃあそろそろお帰り。」
「了解です。またそのうち。」
お、意識フワッとしてきた……
「………そうだ!大事なこと言い忘れてた。」
ん?
「起きたらクライマックスだから、そのつもりで。」
え???
クライマックス?何が!?
※ ※ ※
「むにゃ………どわっ!?」
ゆっくりと意識がはっきりしてきたのも束の間、急ハンドルをきった車の慣性で体を引っ張られる。と、同時に知らないはずの状況が頭に叩き込まれた。
──進行方向にヴィラン出現、夏雄さんが人質、先にエンデヴァーが飛び出した、乗ってるハイヤーは謎の白線で固定。
なるほど、これはクライマックスだね。
「寝坊助女は座ってるか?」
「まさか!」
「出るぞ!」
「うん!」
左右の轟くん、爆豪がドアを吹っ飛ばしたのを合図に駆け出す。
「このじゃりん子共がァ!忘れもんだぞッ!!!!」
車田さんの手によって後部トランクからアタッシュケースが射出される。預けていたサポートアイテムだ。
「アモルファス!!」
「サンキュー!」
緑谷くんが空中でキャッチし、そのまま投げ渡されたそれを受け取る。
ヴィランは既に夏雄さんの命に指をかけている。速攻で片付ける、彼は傷つけさせない!
「……来るッ!」
道路の白線で浮かび上がってこちらに迫る。これがさっきも使ってきたヴィランの個性か。防御、捕縛、そして攻撃に使ってくるからには耐久性もあるはず、一発だって直撃は貰えない!
浅く息を吐く。
最大出力を瞬時に引き出し、溜めた力を──
「点で放出!!!」
構えた指、そこからの熱線5連射。迫ってきていた白線を全て打ち落とす。
……出来た!
他3人も各々の自力で攻撃を突破していく。たかがインターン生と侮るなよ、私たちは「エンデヴァー事務所」のインターン生だぜ!
「チッ!仕切り直すぞ、エンデヴァー!!!俺のマイホープッ!」
ヴィランが動きを見せる、逃げる気だ。でも動き出しで逆に体勢を崩してる……そこを突くしかない!
水蒸気を炸裂させ、一気に加速する。その瞬きの一瞬、先に動いたはずのエンデヴァーを追い抜いてしまった。彼が急に足を止めたのだ。
……何してんの!?いや、いい。今は集中!
最大出力を瞬時に引き出す──糸を巡らせるようにではなく、太く、全身を満たすように。
そして、弾けさせる!
「俺の希望の炎よ!息子ひとりじゃまだヒーローやれちゃうみたいだなぁ!!!」
視界に入った自分の髪は、淡く薄青の燐光を放っている。
制御はちょいとキツイが、色々アレンジできそうだ。
「かぁぁッ!早く俺を殺さねぇからァ!」
白線が蠢く。狙いは……反対車線の車!台数3、投げ飛ばす気!?しかも同時に夏雄さんを線路に飛ばしたなコイツ!
「死人が増えちゃうんだァァァ!」
……させない!夏雄さんの方には爆豪が行った。アイツなら絶対に間に合わせる。なら、私は目の前のことを対処するのみ!
目視できた全ての白線へ、水の針を撃ち出した。力は既に溜めてある状態、元々の形状が細い髪を媒体にすれば圧縮の工程を飛ばすことができる。人に本気で使えば肉くらい抉れそうだが、硬い無機物だと貫くに留まる。
だから、針には仕込みを入れた。
「爆ぜろ。」
水が水蒸気へと急激に変化し爆発する。発動直前の炎の個性を混ぜてみた。時間差起爆は結構使えそうだね。……ん?
後続車!?クソっ!もう投げられてる!!!
「ごめんデク!お願い!」
「任せて!」
後方にいた緑谷くんへ対応を頼む。普段の彼の力なら単独で任せるのは荷が重い。でも、私が今この瞬間できたように、彼も「やれる」という確信があった。
緑谷くんの手から黒いモヤ、黒鞭と名付けられたものが迸る。接着性を持つそれは見事、落下寸前の車を釣り上げた。
「お前の望みは!何一つ叶わない!!!」
コンマ遅れて轟くんの拳がヴィランへ突き刺さり、眩い炎が貫通する。彼も赫灼をものにしたみたいだ。
「ああ、そうだ。…何一つだ!」
ヴィランはそのまま吹っ飛び、すかさず氷結によって拘束された。緑谷くんの方も車を着地させている。爆豪もちゃんと夏雄さんを取り戻してきた。
車に乗ってた人も無事、夏雄さんはぐったりしてるが命に別状はなさそう。
「一件落着、でいいのかな?」
素早くとは意識してても、あっさり終わると何かあるかもと思ってしまう。
ヴィランは単独犯だろうから大丈夫だよね?意識あるけど完全に拘束してるし、被害も最小限だし。
未だに淡くキラキラしてる髪をいじる。
さて、後始末はとりあえずエンデヴァーに任せよう
……おぉ?
「………」
夏雄さんの元へ駆け寄ったエンデヴァーが彼を抱きしめる。ただ無言で、思わずと言ったように。……爆豪巻き込まれてるけど。
「はっ!怪我は?!」
「ねぇよ!」
「熱い……」
無事を確かめ、また抱きしめた。こんなに取り乱したエンデヴァーは初めて見る。
「……加齢臭ッ!」
流石に嫌がった爆豪はエンデヴァーの腕から逃げ出した。あそこで怒鳴らなかったのは空気読んだな。
「白線野郎はッ!」
「確保完了。」
「もう動けないよ〜」
「……違う。お前らじゃ、ない……!ダメだ、ダメだぁぁぁ。」
「………」
このヴィラン、情緒不安定すぎる。個性の強さからして、薬物でブーストしてたかも?でも破滅願望丸出しの発言は素だろうね。
「クソデク!モブは!」
「車に乗ってた皆さん、なら大丈夫!」
「フン!」
それだけ聞くと爆豪は自信たっぷりな表情で、エンデヴァーへ向き直った。
「なんだっけな?ナンバーワン。この冬?1回でも?俺より早く?ヴィランを退治して見せろォ?」
「……あぁ、見事だった。俺のミスを最速でカバーしてくれた。」
煽る煽る。でもエンデヴァーはすんなり認めた。
「ケッ!急にしおらしくなりやがって。……もちっと悔しがれ。」
勝ち誇りたかったのね……
「──放せっ!」
『………』
何となく抱きしめられたままだった夏雄さんが、エンデヴァーを突き飛ばしてその腕から離れる。それにエンデヴァー自身は何も言わない。同様に私たちも黙って2人のやり取りを見守った。
「…………悪かった。」
沈黙を破った彼の口から出たのは、絞り出すような謝罪の言葉だった。
「一瞬、考えてしまった。俺が助けたら、この先お前は………俺に何も言えなくなってしまうのではないかと。」
「えっ……?」
「夏雄、信じなくてもいい。俺はお前たちを疎んでいたわけじゃない。だが、責任を擦り付け逃げた。燈矢も俺が殺したも同然だ。」
そんな親子の会話をしてるとこだが、道端に座り込んでる2人が完全に道路を塞いでる。クラクションが鳴り出して色々とマズイ。
……ちょっと交通整理するか。仮免だけど、事件中ならそういうこともしてよかった、はず。
手振りで双方向に車の誘導を始め、その途中に轟親子の話に耳を傾ける。
「疎んでたわけじゃない?俺は燈矢兄からずっと聞かされてきた。俺が許すときなんて、来ないよ……俺は、焦凍みたいに優しくないから。」
「それでも、それでも顔を出してくれるのは、冬美と冷のためだろう?冬美は家族に強い憧れを持っている、俺が壊したからだ。やり直せると、浮き足立つ気持ちを酌もうと頑張っているんだろ?──お前も優しいんだ。」
「……ッ!」
夏雄さんの息を飲む音が聞こえる。
「俺を許さなくていい。許して欲しいんじゃない、償いたいんだ。」
「〜〜〜ッ」
ついに堪えていた涙がボロボロと溢れ出す。
夏雄さんは大学生、私からすればずっと大人だ。そんな人が本気で泣いているのは、どれほどの気持ちだろうか。
「姉ちゃん、凄く嬉しそうでさッ!でも、アンタの顔見ると思い出しちまう……なんでこっちが能動的に変わんなきゃいけないんだよ!償うって、アンタに何ができるんだよ!!!」
「……考えていることがある。」
エンデヴァーが何かを切り出す。そんなところで……
「あぁぁぁ!やめろォエンデヴァー…何だその姿は!やめてくれよ!猛々しく傲慢な炎、眩い光!俺の希望が!やめろォォ!」
はぁ、気絶させときゃよかった。暴れはしないから放置しとこう、遠くにパトカーも見えてきたし。
ヴィランは気に入らないらしいが、私は今のエンデヴァーは好印象だ。彼は大きな間違いを犯したと思う。自分だけじゃなく、家族も巻き込んで人生を狂わせた。ついでに言うと私も巻き込もうとした、最悪だ。
そういう酷いところを知っているから、自分の過ちを本気で受け止めようとしている姿は嫌いになれない。彼が報われるかはわかんない。
けど、それを果たした後に傷つけた家族が、少しでも笑えればいいなとは思う。
※ ※ ※
結局、今回のヴィランはパトカーに詰められる最後の瞬間まで泣き喚いていた。完全に薬物切れの副作用だ。実際、簡易検査でバッチリ薬物反応が出てた。
死穢八斎會のときは、同じくブースト剤を使った入中に翻弄されたが、今日は私たちだけで上手く仕留められた。成長を感じる。
「……にしても、このキラキラ消えんな。」
「やっぱりそれって身体変化?できるようになったんだ!」
「まぁね、できちゃった。でさ、これどう解除するの???」
「……半分野郎、凍らしてやれ。」
「だな。」
「え、ちょっ!?……さ゛む゛い゛!!!?」
問答無用で凍らされたんですが?これってショック療法???
……2人とも私が耐性あるからって雑に扱わないで欲しい。
「解けた……あ、ありがと。」
「おぉ。」
「そういえば轟くんも赫灼熱拳できてたよね!」
「まだまだだけどな。緑谷も黒鞭使えるようなったんだろ?」
「うん、やっとコツを掴めた感じ。」
爆豪も放出の基礎できてたし、みんなインターンでの努力が実って万々歳だ。
「あの、さっきはありがとう。えっと、ヒーロー名……」
「あぁ?」
夏雄さんが爆豪にお礼を言おうとして言葉に詰まる。かっちゃんは現状全てのヒーロー名候補を却下されてるので、名乗る名前が無い。仕方なくA組はバクゴーと呼んでる。
「バクゴーだよね。」
「……違ぇ。」
「え!ヒーロー名決めたの?教えて、」
「言わねぇよ!テメェにはぜってぇ教えねぇ!くたばれ!!!」
「俺はいいか?」
「ダメだ!テメェもくたばれ!!!」
「私は私は?」
「テメェだけ例外なわけねぇだろ!」
やーん、かっちゃんのいけず〜!
「……先に教える奴いんだよ。」
「へー、誰なの?」
「それも教えねぇ!くたばれ!!!」
残念……でも誰に教えたいんだろうね?
うーん。
相澤先生とかかなぁ。