半分少女と因縁
半分少女のヒーローアカデミア
「ふぅー……」
呼吸を整える。
深く吸った息を吐き、努めて冷静に。
──感情の波を穏やかにする。
崖の縁に立って、眼下の街を見る。その中でも一際大きい建物。
「蛇腔病院……」
表向きは何の変哲もない総合病院だ。院長は「殻木球大」、老齢の医師であり、児童養護施設、介護施設の開設と言った慈善活動等も手広くやっている。知る人の多くからは尊敬の念を抱かれる、所謂「良い人」だ。
彼がオール・フォー・ワンの腹心──ドクター、でなければ。
「……ッ」
奥歯を噛み締める。炎が肌を舐める。頭を振ってそれを誤魔化す。
しかし揺れてしまう。冷静でありたい自分と、殻木を殴り飛ばしたい自分の天秤は不安定で落ち着かない。
今の生活は気に入っている。頼れる先生と気の置けないクラスメイトに囲まれている日常は、とても幸運で幸福の部類に入るだろう。一生に何人出会えるか、という良い人たちばかり。
それでも人生を狂わされたという思いがあるのも確かだ。
普通の子として、普通に学校へ行き、普通に大きくなって、そして夢のために雄英へ来たかった。父はいなくとも、家族2人で穏やかに暮らせればそれで良かった。
頭が、ズキズキする──
※ ※ ※
「加山さん、今日は遠いところありがとう。私はヒーロー公安委員会の委員長を務めている者よ。」
「は、はぁ?どうも。」
クッソ高くてクッソ厳重なビルに連れてこられたと思ったらこれです。
説明もなく根津校長に車へ詰め込まれ、省庁の集まるビル群が近づいてきた時は、私は何をやらかしたんだろうと顔面蒼白だった。
だってここ、ヒーローたちを統括・管理するヒーロー公安の施設だし、目の前の女性はそれを纏める公安委員長らしいし、彼女の指先1つで私の進退なんぞどうとでもなってしまう。
怖いね?しかも根津校長は別室……
「あのぉ、私なにか悪いことしちゃったんでしょうか?」
「いいえ。貴方を呼び出したのは、とある事案の情報提供をしてもらうためです。」
「情報提供、ですか。」
──ピリッと嫌な感覚が走る。
「現在、公安は「敵連合」の逮捕に向け、その足取りを追っています。」
ほら見たことか。
悪い予感というのは何故こうも当たるんだろう。また敵連合だ。
胃の底がグッと重くなる。ただ、気分が悪くなったのは敵連合の名前が出たからじゃない。
そもそも奴らはグラントリノと塚内さんが調査中だった。当然、その上層部にあたるヒーロー公安が把握してないわけがない。音頭を取っていたのもこの人たちだと思う。そして公安が私に調査情報を与えてきた。
つまり、公安は核心に限りなく近づいていて、ダメ押しが欲しいということ。
そのダメ押し役に私が選ばれた理由は明白だ。
「単刀直入に言います。貴方はこの人物に会ったことがあるでしょう?覚えがあるはずです。」
「……ッ!」
一枚の写真が机に置かれる。
白衣の老人。
オール・フォー・ワンが「ドクター」と呼んでいた男、脳無の製作者。
フラッシュバックしたあの時の光景に体が凍りついた。
「…………」
一言、知っていると答えれば済む話なのに口が動かない。
まだ生きていた。オール・フォー・ワンも化け物だが、こいつもなのか。出会ったときには年寄りだった、とうの昔に死んだと思っていた。しぶとく生き続けて、今も脳無を作っている。
USJのときも、保須のときも、博多のときも。
クソが…
「答える前に、1ついいですか?」
「構いません。」
「私は…ずっと公安に見張られていたんでしょうか。」
「……否定はしません。ただ、」
「ただ?」
ただ、なんだろう?
「我々は貴方を監視していたわけではない、とは付け加えておきます。有益な情報源として保留していただけです。」
「呼ばれたのは繋がってるって疑われていたからじゃ……」
「それで呼び出せるほど、あの堅物の校長は安くありませんよ。さらに言うのであれば、貴方の保護者たちの献身あればこそです。感謝することですね。」
知らず知らずのうちに、また守られてたのか私は。
公安と繋がってる素振りなんて誰も見せたことないから、状況証拠的に疑いが晴れたんだろうな。私が黒ならヒーローに囲まれ、雄英に居る状況は情報を抜き取り放題だったからね。
「質問には答えました。そちらの回答は?」
「分かりました。」
意を決する。
「私はこの人を知っています。オール・フォー・ワンの部下、ドクターと呼ばれる人物で間違いありません。」
この爺さんには大きなツケがある。
そろそろ清算してもらおう。
※ ※ ※
「あ〜…」
──やなこと思い出しちゃった。
公安にドクターのことチクった日は気分最悪だったな。根津校長もなんかピリピリしてたしね。
校長が気にしてたのは、私たちが現場に駆り出されてるこの現状だろうけど。敵連合の勢力を一網打尽にする公安主導の大捕物、それに学生まで使うことに教育者がいい顔をするわけがない。
最近、ほんと疲れることばっかりな気がする。オールマイトにははぐらかされるし、相澤先生はどっか行ってばかりだし。その上、ドクターのジジイも生きてて、公安の動きもなんかきな臭い。
「……はぁ。」
ため息出る。
心労と頭痛のダブルパンチはキツイ。
「おい。」
「………」
「おいっ!」
「うぐっ!?な、何すんの!」
不意の衝撃によろける。いきなり爆豪が脇腹小突いてきやがった。
ちゃんと痛いんだけど???
振り向けば、鋭い視線を向けられる。それは彼が真剣に怒ってるときの顔だと、見てすぐ分かった。
「辛気臭ぇ顔やめろ。作戦前だぞ、縁起悪いわ。」
「ごめん……」
「やめろ、って俺は言ってんだ。」
「………」
俯いてしまう。少し上から深いため息が聞こえる。
「ダセェから下向くな。うだうだ考えてんのは…あのハゲ医者か?妥当っちゃ妥当だが。」
「まぁ、大体そう。爆豪ならわかるか。」
「テメェが話したんだろが……!」
「聞いてきたのはそっちだけどね。」
「あ゛?」
え、君が怒るの?理不尽すぎるでしょ。ウジウジしてる私が悪いけどさぁ。
でも、ちょっと調子出てきたかも。爆豪のブレないところは、彼の尊敬すべき点の一つだ。側にいるとほんとに助かる。
「恨みつらみなんざ俺は知らねぇ。俺たちがやるべきなのは、クソヴィランどもをぶちのめして、牢屋に叩き込む、それだけだ。」
「……だね。私たちはヒーロー、復讐じゃなくてヴィランに法の裁きってやつを受けさせてやらなきゃ。」
「んな簡単なこと忘れてんなや。イレイザーに言われ足りねぇか?」
「まさか!私はずっとそう教えられて、もう耳タコだよ。」
「じゃあ手間かけさせんな、アホが。」
「アホは余計だわ。」
元気出たけどやっぱり腹立つ……
さて、と。
一度深呼吸して、グッと体を伸ばす。弛緩させた体から余計な緊張が抜けていく。
今日はついにインターンでもない、本物のヒーロー活動だ。目標は異能解放軍とやらを取り込んで巨大化した敵連合─超常解放戦線の打破。殻木の捕縛&脳無工場である蛇腔病院の制圧と本拠地と目される群訝山荘の強襲が行われる。
私は蛇腔病院側で後方支援をやる。住民の避難誘導とかね。
それを「ヒーローとして」ちゃんと全うする。
「よしっ!」
──最後までやりきってみせる。
「…前線が動いたッ!私たちも行くよ!」
バーニンのよく通る声が鼓膜を叩いた。
その指示を受けて、待機していたヒーローたちが一斉に駆け出して行く。当然、私たち雄英生も。
「区画ごとに分かれて住民の避難!いいね?」
『はい!!!』
予定通り、後方組は避難誘導ね。
今一度、気を引き締める。
蛇腔病院はブラックボックスだ。何かあるとわかっても、結局開けて見るまで中身の正体は誰も答えられない。
つまり、
──つついたら何が出るか分からないってことだ。