半分少女のヒーローアカデミア
ついに始まった雄英高校、最初の受難「個性把握テスト」。一般的な体力測定の内容だが、個性使用が許可されているので、各々が目を見張るような成績を出していく。超常社会以前ならば、全員が世界記録または測定器の故障を疑われるような記録ばかりだ。
50m走、握力測定、立ち幅跳び、反復横跳び、ボール投げ。周りに倣い私も個性を駆使して記録を増やしていく。握力測定は個性の使い方が分からず、反復横跳びは小刻みな使用が苦手なので、一般的な記録になってしまったが、まずまずといったところかな。
順番待ちの間、応用のヒントにできる人はいないか、そうみんなに目をやっている時、一人気になる人がいた。緑色出久、同中の彼は無個性ながら雄英に入学したすごい奴だ。今朝、彼と話していたメガネくん…飯田天哉くん曰く実技試験の方で何かしたらしいが、詳しいことは聞けなかった。緑谷くんの実技成績を見るに、レスキューポイントで稼いだみたいなんだけど、得点の高さを見るに私と同じく、0ptロボを倒した可能性が高い。なのに、彼はその実力の片鱗すら見せず、個性なしと変わらない記録しか出せていなかった。
― 緑谷くん、0ptを倒したっぽいけどあれを倒そうと思うなら、爆豪みたいな派手な個性じゃないと難しいよね。受験生になってから相当鍛えてたけど、それだけじゃ不可能だし…突拍子のない考えだけど、急に個性が使えるようになったとか?
そこまで考えたとき、脳裏にあのニヤついた笑みを浮かべる白髪の男が強烈に浮かび上がった。私に個性を植え付けた男、緑谷くんが個性を得た可能性、2つが繋がりかけて体全体が灼けるようにチリつく。もうだいぶ慣れたとは言え、あれは私の人生を大きく変えたトラウマだ。あの頃を不意に強く思い出してしまうとこうなる。
「…すぅーーはぁーーーすぅーー」
深呼吸。
― …落ち着こう。私に個性を与えたのはあいつだけど、それが直接緑谷くんの事と関係してるとは限らない。きっと緑谷くんには緑谷くんなりの事情があるんだ。それこそあの白髪の男みたいに、『他人に個性を与えられる人』がいたっておかしくないし。
少し頭を振って悪い方向に嵌りかけた思考を振り払う。気持ちを整理してから顔を上げると、ボール投げの順番が進んで緑谷くんの番になっていた。
思いつめた表情でボールを見つめている姿、そんな彼の姿にゴクリと思わず喉を鳴らしてしまった。私がさっき気にしていたように彼自身も記録を出せないことへ焦っているんだ。相澤先生の言っていたこと、見込みのない者は除籍するというのは決して冗談なんかじゃない。
そして緑谷くんが覚悟を決めた、いや焦りに身を任せたように振りかぶって投げた。
「なっ、今確かに使おうって…」
飛ばなかった。46m、あまりにも平凡な記録。緑谷くんの顔が青ざめ、呆然としたものになる。
― …やっぱり今の緑谷くんは個性があるらしい、けどそれが使えなかったのは。
「個性を消した。」
今まで黙ってテストの経過を見ていた相澤先生が言う。普段下ろされている髪がたなびき、瞳が爛々と輝いていた。それは「抹消」を使っている証だった。
相澤先生が緑谷くんへ詰め寄り、何やら言葉を交わす。聞こえてくるのをかいつまむと、やはり緑谷くんは個性を持っていて、それで実技を突破したが同時に自分では全く動けないほどの大怪我を負ったらしい。敵を一人倒して、あとは周りに助けてもらう様な力では、ヒーローになれないと、相澤先生はそう突き付けていた。
「お前の個性は戻した。ボール投げは2回だ、とっとと済ませな。」
話が終わり、緑谷くんが白線の中に戻る。先ほどとあまり変わらない焦りを顔に浮かべていたが、その目はとても自棄を起こしているようには見えなかった。確かに相澤先生は今の緑谷くんを、ヒーローの資質を認めていない。
けど私は緑谷出久という人を買っている。
ヒーローに憧れる彼を買っている。
無個性でも諦めなかった彼を買っている。
心優しい彼を買っている。
臆病な中に強い勇気がある彼を買っている。
そして、誰よりもヒーローの素質があると買っている。
再び緑谷くんが振りかぶって投げる。けどその瞬間の表情は、今まさに困難を乗り越えようとする決意に満ちているのが見えた。
「SMAAASH!!!!」
その叫びと共に、ボールは凄まじい衝撃波を残しながら遠く遠く飛んで行った。そしてついに地面へ落ちたボールが示したのは、
705.3m
あの爆豪を0.1m上回る記録。
「まだ…!動けます…!!」
「コイツ…!」
相澤先生が感心したような面白いものを見たような表情を浮かべる。どうやら先生のお眼鏡にはかなったみたい。
今までパッとしない記録ばかりだった緑谷くんの大記録にクラスのみんなも驚きの声を上げる。そんな中、爆豪に視線を向けるとそれはもう顎が外れるんじゃないかってくらい愕然としてた。ずっと無個性で格下だと思っていた奴が明らかに個性を使い、僅かとは言え自分の記録を超えたんだから、一番大好きな彼は気に食わない。
なんだか色々考えてたのが、緑谷くんの活躍と爆豪の分かりやすい反応を見て、気が抜けてしまった。そうなると私の中の爆豪煽りたい欲求が湧いてくる。
― 今の爆豪、緑谷くんに掴みかからんばかりの感じだし、これは普通に止めないとだよね。というか緑谷くんの指、思いっきり腫れてるし、余計にこの猛犬を放置できない。…あ、
「どういうことだ!?わけを言え、デクてめぇ!!!うぐ…!」
「ちょっ!かっちゃんステイ!怪我人にそれはアウト、ぶ…!」
そう思っていたら案の定、爆豪が飛び出したので私も止めに入る。けど、いきなり爆豪が止まり、それを後ろから追いかけていた私も彼に激突して止まった。
「いつつつ…」
酷くぶつけた鼻を擦りながら状況を確認すると、相澤先生がいつも巻いてる布(捕縛布というらしい)で爆豪が拘束されていた。
「何度も何度も個性使わすなよ…、俺はドライアイなんだ!」
「「個性凄いのにもったいない!!!」」
個性を消せるとんでも個性なのに、ドライアイで連発できないという衝撃カミングアウトでクラスみんなが異口同音に驚いている。うん、もったいないよね。どれだけ生活を改善しても良くならなかったのでどうしようもないんです。
爆豪が止まったのを見た先生は、拘束を解きテストの続きを促す。私も彼の近くを離れ、クラスメイトのところに戻った。
「指、大丈夫?」
「あ…うん。」
「うっわー、緑谷くんこれ折れてない?水出したげるから冷やした方がいいよ。」
指がどす黒い色になっていた緑谷くんを見てられず、クラスの女子、麗日さんと話しているところに駆け寄った。明らかに折れているので、冷やさないともっと腫れが酷くなる。
「そ、そうだね。ありがとう加山さん。」
「すごー!加山さんだっけ?水出せるの便利だね!」
「でしょ?蛇口要らず!」
腫れあがってる指にジャバジャバと水を出していると、麗日さんが話しかけてくれた。私の水の方に感心してくれたみたいで、こちらの個性の方が好きな私としてもとても嬉しかった。麗日さんは、身振り手振りが激しくて感情表現が豊かな可愛い人らしい。
そんな風に二人と話しながら、そういえばさっき氷の個性の人がいたから手伝ってもらおうかなと考えていた時、ちらりと爆豪が目に入った。
そこには今まで見たことのない憎々し気な、普段口にしているような冗談ではない本気の殺意が宿った視線を緑谷くんに向けている彼がいた。
* * *
ボール投げのあと、個性把握テストは特にトラブルが起こることもなく無事終わった。まぁ指折れてる緑谷くんはかなり辛そうだったけども。
「んじゃ、パパっと結果発表。」
相澤先生はそう言い、時間の無駄だからと手早くクラス全員の記録を表示した。私の順位は可もなく不可もなくといったところ。そしてやはりというか、しょうがないというか緑谷くんは最下位であった。最下位は除籍と言われているので、彼は真っ青になっていたが、私は先生のあの表情を見てなんとなく大丈夫な気がしていた。
「ちなみに除籍は嘘な。君らの個性を最大限引き出す合理的虚偽。」
「…やっぱり」
相澤先生が奇妙な笑みでそう言い放ち、全員の空気が固まる。この人は、嘘をバラすときこういう顔をする。私も何回もやられた。
「「「はああああ!?」」」
緑谷くん、麗日さん、飯田くんがナイスリアクションをしている。飯田くんに至っては何故かメガネがひび割れていた。大丈夫なんだろうか。一位だった八百万さんは気づいてたみたいで、ちょっとドヤってた。
最下位は除籍、私も最初あれには騙されたけど、真実は本気と冗談の半々だったと思う。ボール投げのとき、緑谷くんが個性使用を最小限に留めるという工夫を魅せていなければ、先生は彼を容赦なく除籍していた。だけど、それを乗り越えたので前言撤回したんだと思う。
ともあれ誰も除籍されることなく、個性把握テストを終え、相澤先生が解散を促したことで今日の授業は終了となった。
* * *
「ただいま。」
「おかえりー、相澤せんせ…じゃなかった相澤さん。」
調理中だった手を止め、帰ってきた相澤さんに返事をする。危ない、うっかり先生と呼んでしまうところだった。
「相澤さん、また嘘ついたでしょ?」
「ん?あぁ、昼間のやつか。さすがに水穂にはバレるな。」
自室から着替えて戻ってきた相澤さんに個性把握テストの話をする。いきなりのことでびっくりしたんだからと文句を言うが、そうでもしないと生徒の本気は見れんと苦笑混じりに返されてしまった。
私は料理、相澤さんは残った仕事をしながら、今日クラスであったことを話す。自分としては普通に話してただけだったが、相澤さんの方は私からクラスのことを聞けると生徒がどういう人間か知れて助かるとのことだった。実に合理的な人である。
「あ、そういえば緑谷くんの事なんだけど。」
「緑谷がどうした?」
「緑谷くんって無個性だったのに、今日は個性使ってたなぁって。」
「それか、本人曰くいきなり個性が発現したそうだ。何か気になることがあったのか?」
「えっと…」
私の過去については、デリケートな話題だ。それに関連することは、お互いに必要以上に触れることは避けているので、少し言いよどむ。
「私の炎の個性のことと関係してて、私が個性を植え付けられたみたいに、もしかしたら緑谷くんの個性は誰かから貰ったものなんじゃないかって思って。」
「…!あの事件の犯人と緑谷が関わっているってことか?」
「違う違う!その犯人とは別に、個性を譲渡できる人がいたんじゃないかってこと。」
相澤さんの表情が険しくなったので、緑谷くんにあらぬ誤解を招く前に訂正する。同じことができる人間が2人いるというより、同一人物を疑った方がいいのかもしれないが、私には彼がそんなことに手を染めるとは思えなかった。
「そうか…わかった。俺の方でも緑谷のことは注意して見ておくよ。そうじゃなくても危なっかしい奴だからな。」
「ありがとう相澤さん。」
気になったことを無事伝えられて、ほっとした。気づけばずいぶんと話していて、晩ご飯もできそうだなと考えていると、何やら相澤さんの様子がおかしい。具体的には昼間の合理的虚偽な顔をしている。
「ふっ、にしてもお前はずいぶんと緑谷を気にしてるな?ほの字か?若いな。」
「ばっっっ!私は、緑谷くんがヒーローに相応しいって思うから応援してるだけだって!そうやってすーーーぐ色恋に結び付けるのすごくオジサンっぽい!この三十路!!」
「…それは言いすぎだろ。」
「え、なんかごめんなさい。」
相澤さんが変なこと言うので思わず言い返してしまったが、だいぶ効いてしまったらしい。向こうから吹っ掛けてきたのに、あまりに消沈してしまったので、こっちが謝ってしまった。
これからは、オジサンと三十路は禁句にしよう。そこからは何だか会話が途切れてしまい、私は出来た料理をテーブルに並べる事にした。
今日の晩ご飯はなぜか少し塩っぽい気がした。…塩の分量間違えたかな?
塩味は相澤先生が流した心の涙