半分少女のヒーローアカデミア
街の中へと入り、後方組のヒーローたちは次々へと散開していく。
私たち雄英生も指示された通り動いている。と言っても1年生は仮免なので固まって行動させられてるが……
そんな中、大通りを救急車が2台、3台と通り過ぎていく。来た方角は蛇腔病院の方だ。エンデヴァー班が患者たちを避難させてるんだろう。医院長は裏の顔は真っ黒でも表向きは真っ当な医者、当然、治療を受けている人たちも一般人。彼らをヴィランとの交戦に巻き込むわけにはいかない。
『後方支援班全員に伝達!』
インカムからバーニンの声が響く。
指令を聞き漏らさないよう、そっと手を耳に当てた。
『病院内でエンデヴァー班がヴィランと交戦中、役場が周辺住民のスマホに避難勧告を出した。担当区域の避難誘導を始めるよ!』
やっぱり根城だったか。オール・フォー・ワン、その腹心の拠点、制圧が穏便に行くはずもない。むしろ何十年とヒーローの目を掻い潜ってきた奴らだ、万が一の備えをしていて然るべき。
でも、戦闘はエンデヴァーたちプロに任せる。私たちは彼らが憂いなく戦えるように動く!
「飯田くん!轟くん!加山さん!」
「あぁ、こっちも聞いた。」
「私も。」
事態は動き出した。
この場にいる全員に緊張が走っている。
「クソが!なんで俺様が後方支援なんだよ、ヴィラン殺らせろや!!!」
「コラコラコラ!どこに行くんだ爆豪くん!」
……1人を除いて。
「おいコラ!避難しろつってんだろうがッ!スマホ見てねぇのか!ああ!?」
チャイムを鳴らす丁寧さはあるのに、なぜ呼び掛けがこうなのか。これで出てくる人は逆に怖いぞ。
全く……
私を励ましてくれた頼りになる彼はどこに行ったんでしょう?ない?品切れ?そっすか。
「飯田くんは僕とマンションを回ろう!麗日さんは一軒家を!」
「うん、わかった!」
「行こう!緑谷くん!」
確かにマンションは2人に任せた方がいいかな。
私はどうするかだけど……よし、爆豪のサポートしよう。コイツ1人だと怯えて出てこれないだろうし。
「轟くんはお茶子さんと行動して、ここは2組に分けた方がいい。」
「そうだな。」
「頼んだよ。……おーい、爆豪は私と回るよー!」
「は!?要らねぇ!」
「君一人じゃ無理だって、現にビビって出てこないじゃん……」
ギャーギャーとやかましい爆豪を押し退け、もう一度インターホンを押す。
「さっきはうるさいのがすみません!でも避難勧告が出てるのは本当なので速やかに避難お願いします!ここ一帯がヴィランとの戦場になる可能性があります!」
…………
お、出てきた。
「ほらね?」
「……チッ!」
舌打ちすんな、一般人の前やぞ。
あ、はいはいすみません。ご協力ありがとうございます。
他にご家族は?…なるほど、では避難誘導はこちらの金髪が。着いたら人を向かわせますので、現地のヒーローにご家族のことをお伝えください。
え?とてもヒーローに見えない?怒鳴ってきて怖かった?
そんなそんな彼は悪人面なだけですよ……いっっったぁ!?
※ ※ ※
「ここ全域はヴィランとの戦闘区域になるおそれがあります!ご家庭や近隣に身動きの取れない方、連絡の取れない方がいましたらお教えください!」
バーニンが声を張り上げ、誘導をかける。避難は間もなく完了と言ったところ。混乱が起きないか心配だったが、みんな素直に従ってくれてる。先達のヒーローたちが築いてきた信頼の賜物だろう。
「こっからは護送車だ!街から出ろ!」
「ありがとね。ふわチョコ饅頭あげるよ。」
「口乾くわ!いいから行け!!!」
「ご厚意だよ、貰っときん。」
「テメェはふわチョコ饅頭が気になるだけだろォ!」
「お年寄りにもあぁなのね……」
「てか、私まだ頭痛いんだけど。」
「いらん口叩くのが悪ぃんだよ!自業自得だ!」
それはそう。口が滑っちゃった、ごめんね?
「慌てずに!焦らないでくださいね。街の外の避難所で一時待機していただきます!」
「体調が悪い方は遠慮なく……」
「私たちが運びますか、ら……」
来る──
わけもなくそう思った。
胸がざわめく。心臓の音がうるさい。背筋に悪寒が走る。
五感以外の何かが必死に警鐘を鳴らしている。それに体が反応している。ない感覚が幻聴となって鼓膜を震わせた。
「お前ら、どうした?」
「サボってんじゃねぇぞ!どういう了見だ!!?」
「黙ってて!!!」
集中出来ない!
説明不可能な「第六感」とも言うべき感覚、これは何?初めて味わう感覚だ、けど矛盾するが似たものを体験した気もする。
……どこで?
感じ取れるものは悪意、底知れない悪意。この世の極悪人を集めてもまだ足りない程の。
それを考えて思いついたのは、オール・フォー・ワンのこと。でも違う、確かに限りなく似ているが、「違う」と思った。
私は奴の悪意に2度触れた。冷たい実験室の中で、あの日の神野でだ。だからわかる。ある意味、オール・フォー・ワンの悪意は純粋なんだ。力を集め、支配し、それを持って人を弄ぶ。それは子供が玩具を振り回し、小虫を虐め殺すような、無邪気だけれど残酷な悪意。
この悪意はそう、憎悪だろうか?気に入らない全てを壊して、殺して、視界の一切から消しても満ち足りない。こんなことをオール・フォー・ワンは思わない。
こんなことを思うのは……
「死柄木弔?」
絞められた首を擦る。視線の先にあった蛇腔病院が崩壊したのは同時だった。瞬く間に病院が崩れ落ち、それを作った根源は山を越えて街に入り込んでくる。
予感は当たっていた。
建物を、道路を、全てを飲み込んで迫る破壊の波、なんて馬鹿げた現象を引き起こせるのは、ただ1人、死柄木弔だけ。
「崩壊が来る……みんな逃げて!塵になって死ぬぞ!!!」
声を絞り出した。
「市民の避難を!」
「全員走らせろ!!!」
避難民、護送車を全員で手分けして抱えて走る。
「デクも走る!あれ防げないから!」
「でも!」
「走れ!!!」
いくらなんでも想定外だ!蛇腔病院に恐らく死柄木弔がいたのはまだ良い。消息不明で足取りを掴めてなかった、どこに居てもおかしくない。ドクターの元に身を寄せるのも有り得る話!
問題はこの規模、常軌を逸してるでしょ!?神野のときまで、ここまでの力はなかったはず。
あぁ〜もう!何がどうなってるの!
……クソっ!考えるのは後回し!
規模がイカれてても無限大なんてことはない、と思いたい。なら、効果範囲の外まで逃げられれば一旦は凌げる。そこに行くまでの数秒はいくらあっても困らない。
「ショート!穿天氷壁撃って!」
「防げないんじゃねぇのか!」
「時間稼ぎでいい!」
「……わかった!」
大氷壁が背後を覆い、一瞬の静寂が訪れる。が、それも間もなく崩壊の影響を受け、耐えきれずに決壊する。
……マジで数秒しかもたないのか。真正面から壊そうとしたらプロでも手こずる技だぞ。
伝う冷や汗をそのままに、何とか個性の効果範囲から抜け出す。状況を確認すれば、幸いにもこっちのグループ、そして救助した市民からは被害は出てない。それでも他のヒーローには少なからず犠牲者が出た。……顔ぶれが減っている。
現場指揮を任されてるバーニンは広域通信で呼び掛けてるが、未だ誰からも返答はない。崩壊の中心に居たとは言え、エンデヴァー班に入ったヒーローたちがそう簡単に死なない、死なないはずだ。
『全体通信!こちらエンデヴァー!』
通信途絶が続く中、ついにエンデヴァーからの通信が入る。
『病院跡地にて死柄木と交戦中!地に触れずとも動ける者はすぐに包囲網を……、ッ!?』
指示を飛ばす声にノイズが混じり途切れる。以降、彼の声は返ってこない。インカム越しにも響く断続的な戦闘音のみが続いている。
死柄木はエンデヴァー相手に単独で戦っている、それも互角以上に。ナンバー1が喋る暇もないってのはそういうことだ。
『手に入れなくちゃ、ワン・フォー・オールを……』
『ワン・フォー・オール…?』
相当な至近距離にいるのか、エンデヴァーのインカムが死柄木の声を拾った。
確かに、「ワン・フォー・オール」と言ったのだ。
オール・フォー・ワンはそれを奪おうと継承者たちを付け狙ってきた。死柄木が手に入れると発言した以上、奴も同様に狙ってくると見て間違いない。
大規模な「崩壊」を使用できたこと、脳無工場である蛇腔病院に居たこと、ワン・フォー・オールを手に入れると言ったこと。
……最悪の予感がするな。
バーニンらプロはエンデヴァーの援護に動き出した。雄英生に残された命令は市民の避難、だけど……多分それはベストじゃない。エンデヴァーもバーニンも死柄木の「目的」に気づけてない。きっと後手に回らされる。
ならば、
「私を置いてくなんて水臭いんじゃない?」
「ここで秘密言ったら、ヒーローたちは人員割いてテメェ守ろうとしちまうもんなぁ?」
「加山さん!?かっちゃんまで!」
狙いである緑谷くんを、ワン・フォー・オールを動かして死柄木を釣り寄せるしかない。彼を狙われ、ここが戦場になることだけは避けるべきだ。
同じ考えに至った2人に置いてかれなかったのはラッキーだけどね。
「ワン・フォー・オールつった直後にこっち向かって来るだけじゃ根拠は薄いけどな。」
「ヒーローはみんな守ろうとしちゃうから、取れる択はこれしかない!」
「うん、街の人の安全を最優先にする!」
「そのためにゃ、テメェは動くしかねぇ!」
とまぁ、この状況で私たちが意気揚々と飛び出して行って、それを止めない人が雄英にいる訳もなく。
「おい!お前らどこ行くんだ!?」
「わ、忘れ物!すぐ戻るから!」
「同じく!」
悪いね、轟くん。
でも、説明することも、してる時間もないのです。
纏炎を発動して一気に加速する。ワン・フォー・オールの上限が上がってる緑谷くんは素早い、集中しないと着いていけない。
瓦礫の山と化した市街地を駆け抜けながら思考する。私たちと死柄木にはまだ距離がある。お互いに目視不可能な距離だ。加えて土煙が視界を邪魔している。その中で緑谷くんを捕捉する手段があるとするならば、個性しかないだろう。
そして、オール・フォー・ワンが奪っていることが割れてる個性で、個人をピンポイントで見つけられるものは1つのみ。
個性「サーチ」
林間合宿が襲撃された時、ラグドールから奪われたものだ。今の死柄木なら持っていてもおかしくない。
『デクです!個別通信、失礼します!』
緑谷くんがエンデヴァーへの直通回線を開く。いよいよ始める気だね。
さりげなく、こっち2人にも繋げてくれてるのは助かるよ。
『エンデヴァー、死柄木は僕を狙っている可能性があります!』
『何を言っている!』
『少しの間、交信お願いします!』
さぁ、私たち3人で死柄木を釣り上げてやろう!
『死柄木がデクを追っているだと?どういう事だッ!』
『わけは後で!遠すぎるのと土煙で僕からは死柄木が見えません!進行方向を変える素振りがあれば教えてください!』
『今はそれどころでは……!』
最初の通信から察するに、エンデヴァーは死柄木を追いかけている最中だと思う。奴がワン・フォー・オールを探してるのはほぼ確だし。
つまり戦闘ではなく、追跡中で今の余裕のない発言。移動速度は相当速いぞ。
既に私たちはかなりの距離を移動した。一直線に向かってきているなら、そろそろ反応を見せてもいいはず……
『……変えた!?南西に進路を変えた!!!』
釣れた!間違いない、死柄木は緑谷くんを完璧に捉えてる!
『やっぱり!避難の時間を稼げる!このまま引き付けます!』
『待て!小僧ッ!!!……みんな聞け!死柄木は南西に進路変更、超再生の個性を持っている!もはや以前の奴ではない!』
げ、超再生まで持ってるのか。エンデヴァーに追われてるのに動けてるならおかしい話じゃないが。桁外れの威力を持っていた「崩壊」、ナンバー1を千切る身体能力、超再生の個性……
益々、嫌な予感が確信に変わってきた。
「2人とも来るって!」
「聞いた!」「聞いたわ!」
「テメェこそ聞いたんか!化け物になっちまってるってよあのカス!なおさら遠くまで引き付けんぞ!」
「もう1回さっきの崩壊かまされたら一巻の終わりだからね!」
マジでシャレになってない。あと少ししたら、自分に触れられても終わり、地面に触れられても終わりな史上最高のクソゲーが始まる。
笑けて来る……
「ていうかなんで着いてきてくれたの!?」
「ぶっ飛ばすぞッッ!!!!」
「そんな!」
「えぇ……」
伝わってなかったんかい。
「あん状況で、ノータイムで事情納得して行けるやつなんざ俺だけだ!」
「せめて、"ら"を入れろ"ら"を!私も友達が危険冒してるのをわかってて見捨てる女じゃないですよ?」
「あ…ありがとう!」
「自惚れんな。」
自分を勘定に入れてない悪いとこ出てるなぁ。
君がどんな危険でも救けるためなら飛び込んでいける「誰か」、私たちから見たらその「誰か」に君も入ってるんだよ。
全く、困った同中さんですこと。
「そもそもよォ、来てくれただぁ?テメェ、主役にでもなったつもりかよ。俺ァ、あのカスに用があんだよ。オールマイトを終わらせちまった男として……」
苦々し気な顔だ。
爆豪は…そうだろうね。
「テメェは餌だ!あの日の雪辱を果たすんだよ俺が!完全勝利する絶好の機会なんだよォ!分かったら気ぃ抜いて足引っ張んなよクソデク!」
「うん…!」
「ついでにクソメッシュもな!」
「わかったわかった。」
はーい!怒らなーい、怒らなーーい。
爆豪がリベンジするって言ってるんだ。ついで呼ばわりも、クソメッシュ呼ばわりも特別に見逃してやる。感謝しろ爆発さん太郎が。
さて、
「死柄木も近いんじゃない?エンデヴァーから何もないけど。」
「そうだね。……エンデヴァー、死柄木の位置を──」
来るだろう返答、それに耳を傾けようとして
──大気に押された。
「うわっ!?」
「なに、これ?…攻撃!?」
「インカムがイカれやがった!」
空気に混じる「何か」、爆豪の言う通りインカムがぶっ壊れてる。
ヤバいな、通信手段を絶ってきた!
「おい、今の攻撃……」
「近いね。」
「………」
「「「……ッ!」」」
3人それぞれが周囲への警戒を高めた、その瞬間、突風が襲う。辺りの土煙を舞いあがる。
覆った視界を突き破って現れたのは──死柄木弔
「頭の中で響くんだ、手に入れろって……」
あぁ…ゲロ吐きそう。
胃の中身が迫り上がる。
幼い日に植え付けられた恐怖を無理やり掘り起こされる。このオーラもプレッシャーも忘れようがない。私が感じた予感は間違っていなかった。
宿主を乗り移ろうと変わらない本質。
死柄木弔は、
「ワン・フォー・オールを寄越せ、緑谷出久。」
『オール・フォー・ワン』の継承者だ。