半分少女のヒーローアカデミア
「……、んん。」
身を捩る。瞼の外に光を感じる。
意識がはっきりしてくると、五感が様々な情報を受け取り始めた。
「眩しい……」
目を開けば四方が真っ白な部屋、ベッドで寝かされてたらしい。独特な消毒液の匂いが鼻の奥をツンと突く。肌に当たる衣服やシーツは慣れ親しんだものだ。部屋の外から微かに物音もする。人の話し声や忙しなく物の行き交う音。でも決して騒がしくはなかった。
「病院?かな。どこかわかんないけど。」
とりあえず、私は生きてる。
そこまでわかってきたら、抜け落ちた時間を埋めるように直前の記憶が蘇ってきた。
死柄木の一派を制圧する同時作戦、私が居た蛇腔病院の強制捜査はほとんど上手く行った。しかしそれも「オール・フォー・ワン」を手に入れた死柄木弔によって滅茶苦茶になってしまった。
蛇腔市の壊滅、その後も死柄木、脳無を相手した乱戦で多くの死傷者を出した。
戦ったけど、勝てなかった。……私が弱かった。
死柄木に手も足も出なかった。
奥の手を切ってなお荼毘に火力で押し負けた。あれだけ無茶して五体満足で帰ってこられたなら幸運な方とはわかってる。
勝つと、言ったのに。
もっと力があれば、もっと速ければ、もっともっと個性を使いこなしていれば。
誰も傷つかなったかもしれない。
──相澤さんだって、
「……そうだ!相澤さん!」
敗北感に沈んでいた気持ちが逸る。
私みたいな蛇腔市での負傷者がここに運び込まれてるなら、相澤さんもいるはず!
たくさん話したいことがある。でもそれより、ただ会いたい。
「こうしちゃいられな……いでっ!?」
毛布を引っペがしてベッドから飛び降りたところで盛大に転ける。びっくりするくらい痛い。そして冬の床は冷たい。
何日寝てたか分からないけど、相当体が鈍ってるなぁ。こんなことで転けるなんて……
ん?んん?
なんか、全体的に物がデカイ。というより視線が低い?よく見てみると手足も短いような……微妙に服の丈が余ってるし。
まさか、いやそんなそんな。
部屋に備えられた洗面台に慌てて駆け寄る。なんとか背伸びをしてギリギリ見えた姿を見て呆気にとられた。
「──ち、縮んでるッ!!!!」
そこに写ってたのは小学生低学年ほどにまで小さくなった私だった。下手したらそれ以下かもしれない。もうなんか、背伸びしないといけなかった時点でわかってたけど……
これが代償…?個性の状態変化を使いすぎたら肉体そのものを消費し始めるとは聞いてたけど、物理的に私を使うってことだったのか。
「どうしよう……」
床にへたり込む。
こーーんなちんちくりんな状態で、ヒーローなんてできるの?ていうか元に戻れるのかなこれ?
「あのときバカスカ使っちゃったもんなぁ。」
出し惜しみしてる場合じゃなかったとは言え、本能が鳴らしてる危険信号をガン無視したのは不味かった。
もしかして、私って冗談抜きで役立たずになった……??
は、はは、とんだ間抜けじゃん。
「うぅ……」
お先真っ暗だ。きっと戦いは終わってない。あの状況で、形勢逆転して死柄木たち全員を倒すなんて不可能だ。良くて数名捕縛と撃退だと思う。
そんなときに小さくなって戦力外とか……
「──その泣き虫は卒業までに治さないとな。」
後ろから大好きな声がした。
※ ※ ※
山田に付き添われ、病院の廊下を歩く。腐れ縁の同期に頼らないと移動もままならないのは情けないが致し方ない。
なにせ目が潰れてる、遠近感や平衡感覚のズレが酷い。足は治療できたが、死柄木に抉られた右目はダメだった。これからは片目で生きてく他ないだろう。
「こりゃ個性は満足に使えないな。」
「両目揃ってねぇんだしょうがないだろ。片目でもやれることはあるさ。」
「そうだな。右目がなくたってアイツらは見ててやれる。」
「まぁ、今は私情全開だけどな。」
「……うるさいぞ山田。」
こんな時にくだらない冗談を飛ばしてくるのは、コイツなりの気遣いだろうな。俺が暗い顔をしてたら、生徒たちも不安になる。
今の日本は混迷を極めてる。
蛇腔市壊滅、ナンバーワンのスキャンダル、個性犯罪者の大量脱獄、たった数日にして平和はヒビだらけになった。死傷者多数の被災地じゃ救助の人手も物資も足りてない。荼毘の暴露によってエンデヴァーは大バッシングだ。連続するヒーローの失態に信頼は暴落し、不安に駆られた民衆で社会は崩れる寸前。
ヒーローもボロボロだ。死者も怪我人も数え切れない。知ってるヒーローが何人も逝った、ミッドナイトもその一人。幸い、雄英生は無事だったが、戦場を知って平常心でいられる奴は多くない。うちの問題児どもに至っては重傷だ。
本来なら一人一人をしっかりケアする必要がある。ただ今回だけは先に会っておきたかった。……山田の冗談は全く否定できない。
「そう焦ることないんじゃねぇか?俺も聞いたときは驚いたが、医者の話じゃ今は安定してるって……」
「体はそうでも心は違うだろ。」
「ほー、相変わらず過保護だねぇ。」
「……アイツにとっちゃ、俺は先生である前に保護者、みたいなもんだからな。」
「そこでハッキリ言いきらないところがダメだよな、お前は。」
「………」
コイツに頼るべきじゃなかった。
はぁ……
「ほら着いたぜ。俺は適当に外してっから、好きに話してこいよ。」
「わかった。助かる。」
何時もながら、気遣いができるのかできないのか分からんやつだ。
山田の補助がなくなり、一人で立つ。バランスは悪いが、ヒーローやってりゃ松葉杖生活も珍しくない、それなりに慣れてる。
杖に体重を預けつつ、空いた手でノックする。……返事は無い。
寝ているのかもしれない。個性の反動だけじゃなく、純粋に疲労困憊でもあるだろう。医者から聞く限りだと、脳機能に障害はないようだし、何度かぼんやりと起きたこともあったらしいから心配はない。
「一応、見ておくか。」
軽く覗いて、本当に寝ている様子なら時間を改めるだけだ。
「………はぁ。」
見た姿に昔を思い出す。
今でこそ、よく笑いよく怒る感情豊かな性格になってるが、出会って間もない頃はこうやって泣いてる、そんな子だった。
できるだけ音を立てないようにそっと近づき、側へしゃがむ。痛めた足が若干軋むが気にするほどのことでもない。
「うぅ……」
全く外の音に気づいてないようで、ずっと膝を抱えたままそこに顔を埋めている。本当にあの頃に戻ったみたいだ。
誰がどう見ても落ち込んでる、そんな彼女を見て固まった。ここまで来て、一瞬どう声をかけたものか迷う。
が、意を決して口を開いた。
「その泣き虫は卒業までに治さないとな。」
そう言って頭に手を当ててやれば、微かに震えていた肩が止まる。
瞬間、反応する間もなく一息に抱きつかれた。
「〜〜〜ッ!」
「…………」
内心で嘆息する。ぐりぐりと頭を胸に擦り付けられてるのはまだ良い。若干、他の傷に響くが問題ない、問題ないと言ったらない。問題は見た目小学生、中身高校生の女の子がこれをしてるということだ。
慕ってくれてるのは分かるが、いい加減パーソナルスペースというものを覚えて貰いたい。俺は警察の厄介になりたくないんだ。
まぁ、だが、
「仕方ないか……」
軽く抱き返してやる。それを感じたか、動きがピタリと大人しくなった
──よく分かっている。
水穂は自身が傷つくのは然程恐れない。もちろんちゃんと人並みに痛みへの躊躇も死の恐怖もある。でも、必要とあれば勘定の外に置いて踏み込める胆力を持っている。
最も恐れているのは、周りの人間が傷つくこと、死んでいくこと──喪失を何より恐れている。半生を考えれば無理もない。それに根っこから他人に優しい子で、本質的に寂しがりだからだ。中学が同じだったという、緑谷や爆豪への付き合い方を見ていれば一目瞭然だろう。
放っておけないから緑谷と親しくする、独りだと寂しいから爆豪に絡みに行く。A組の面々に対しても、そのスタンスは変わらない。
今も、俺が生きている、ということを確かめたいからそうしている。
「良かった……相澤さんが、生きてて……本当に…!」
こんなふうに。
「あぁ、ちゃんと生きてるよ俺は──」
「でもっ!あのとき相澤さんを守れなかった!すごく、痛かったですよね?私、私っ!!死柄木の動きがわかってたのに……読み違えた!!!」
俯いたまま、俺の服を握りしめて叫ぶ。
死柄木に目を抉られる直前の光景が脳裏に蘇る。確かに水穂は読み負けたんだろう。俺だって彼女が消失弾を防ごうと渾身の一撃を振るったのを見ている。エンデヴァーの赫灼、似ていても違う個性だろうに、限界を超えてあの境地へ手をかけてみせた。全身全霊だったんだ。
それがまさかブラフだったなんて、読み切れと言うのが酷な話。あの状況で、消失弾をチラつかされれば本命だと考える。目的が一瞬でも視線を遮らせるとは思い至れない。
だからこの傷が水穂のせいとは微塵も思わない。
こう思っている──
「気にするな……って言っても無理だろうな。今後、抹消ヒーローとしてやってくのは難しい。……だがな、」
──お前はよくやってくれた。
「消失弾を撃たれた時点で、被弾は不可避だった。だから俺は、あのとき撃ち込まれたら、そこを切り落とすつもりでいた。分かるか?お前が全力で守ってくれたから、これだけで済んだんだよ。」
顔を上げさせる。残った目で見つめる。
……これはまた酷い顔をしてるな。
でもわかって欲しい。もし消失弾を回避出来ず、巻き戻しを発動させない為に手足なりを切り落としていれば、それで抹消は綻んだ。そこを突かれ結局、目を潰されたことは想像に難くない。お前は俺に手足を残す選択肢をくれたんだ。
「そう、だよね。相澤さんは優しいから……けどさ、相澤さんは見てないかもだけど、私は荼毘にも勝てなかったんだ。イレイザーヘッドとの約束……守れなかった、んだよ……?」
「………」
流石に、相手が悪かったなんて薄っぺらな言葉じゃダメだな。言うつもりもないが。
荼毘は強い。林間合宿で奴のコピーと戦ったが、並のヴィランではなかった。エンデヴァー以上の火力、それを殺人の躊躇いも自傷のリスクも気にせず出してくる。
俺も適当なことは言ってない。水穂は敵連合のメンバーと正面切って渡り合える実力はある。それでなお届かなかったのは、俺の見通しが甘かったせいだ。後をギリギリまで考えていた水穂と後を一切考えていない荼毘、振り切れるラインが違うのは当然だった。
単純な実力不足ではない。
しかし、これを伝えて立ち直れるのか……
「私、こんなに縮んで、戻るのかわかんなくて……もし、このままだったら、ヒーローになんてっ!」
「待て。」
「……ッ!」
また吐き始めた弱音、その最後を止める──怒気を込めて。
硬直した体、強ばった表情、血の気が引いている。
繰り返しだ。一度ネガティブになるとズルズル沈んでいく。突貫で立ち上がらせたからケアしきれてないのもあるな。もう一押し必要か。
「お前が言ったんだろ、自分が救けられてきたなら、次は自分で救ける番だと。諦めるのか?」
「違うッ!!!」
「………」
自然と眉が上がる。
今日初めて、後悔以外の感情を見せた。なんだメソメソしてる割に全然諦めてないな。
いい傾向だ。
「なら、どうしたいんだ?確かにこのままじゃ戦えないというのは間違ってない。その様子なら気づいてるだろうが、戦いはまだ終わってないからな。」
「私は……元に戻りたい。また戦えるように、次は勝てるように!」
「そうか。」
先は続けない。そうしたいなら、何をすべきか分かるだろうと見つめる。戦うには個性の反動をリカバリーしなくちゃならない、勝つには現状じゃとても足りない。
自分で出せる答えをわざわざ教えるほど甘くはない。
「………」
意図は分かったようで、すぐに水穂は考え込み始める。凹んだせいで頭の回転は鈍くなってなかったらしい。
じっくりと考えている。どんなに情けなくとも、考え続けることをやめてはいけない。それが段々と身についてきている。
見かけは幼くなっていても、思考する姿は年相応だなと思った。
「……頼るしか、ないです。」
「頼るか。」
「先生にも、A組にも、みんなみんなに頼ります。私一人じゃ何も出来ない。」
「いいな、その通りだ。救けて欲しいときに救けてと言える、思い出したか。」
「危なかったですけどね。」
「だろうな。」
「うっ……」
そう、それでいい。他人を素直に頼るのは難しい。迷惑をかけることへの遠慮がある、どうしても自分で何とかしなければと考えてしまう。簡単じゃない。
目標が明確になったら人は強い。ある程度は大丈夫だろうな。
「もう、いいか?」
「はい。」
「じゃあ、現状の説明をする。加山はそっちにかけろ、俺はこれを借りる。」
ここからは先生だ。
「まず、死柄木らだが、結局は蛇腔市で倒すことは出来なかった。敵連合のほとんどと数体の脳無を伴って逃走した。だがコンプレスと巨大ヴィラン、ギガントマキアの拘束には成功している。奴らに与していた異能解放軍の多くも既に捕縛された。」
「一応、戦力は削れたんですね。」
「一応な。しかし、逃走した死柄木の手によってタルタロスを始め、全国の刑務所が襲撃を受けた。多数の個性犯罪者が脱獄、オール・フォー・ワンにも逃げられた。」
「脱、獄……オール・フォー・ワンが……」
「死柄木の回復の時間稼ぎと手駒集めだろうな。」
これがヒーロー社会に与えた打撃、その1つ目。
「次にエンデヴァーの……察してるか。」
「はい。荼毘がエンデヴァーの子供、轟くんのお兄さん、燈矢さんなんですよね。」
「あぁ。その情報を荼毘が全国にばらまいた。個性婚、大きすぎるスキャンダルだ。」
「今、エンデヴァーは?」
「重傷だからな、治療中だ。だが、立ち直れるかは、あの人次第になる。」
これが2つ目。
「加山、轟家のこと最初から知ってたな?」
「そう、ですね。轟くんと一悶着あった後にお互いの秘密を、こう……」
「共有したわけか。道理で妙にお前らの距離感が近いわけだ。」
「普通ですけど??」
「周りから見たらそうでもないぞ。」
「え……」
話が逸れた。
次に3つ目。
……そしてこれはあまり言いたくないが、すぐに分かることだ。隠しても意味が無い。
「最後に、先の作戦ではヒーローに大量の死傷者が出た。うちのは無事だったがな。同行していたプロたちはそうもいかない。本当に何人も何人も死んだ……」
「………」
「雄英は──ミッドナイトが殉職した。」
「は、はぁぁ?ミッドナイトが……」
「間違いない。芦戸たちからそう報告を受けた。」
「〜〜ッ!」
水穂の顔が歪む。俺も天井を見上げた。ミッドナイトは俺と山田にとって良い先輩だった。生徒にとって良い先生だった。
それだけじゃない。──世話に、なったからな。俺も、お前も……
「………」
「…………」
沈黙が流れる。
ギシリ、そう低く響いたのはどちらが奥歯を噛んだ音だったか。
「……続けるぞ。」
「大、丈夫です。」
やはり目標という支えは良い。よく食いしばった。
「以上3つを受けてヒーローを取り囲む社会情勢は、過去にないほど逆風になってる。離職者があとを絶たん。民衆からのバッシングもな。」
「……人手が足りなくなる。」
「それもより深刻になっていくぞ。一度流れが出来たら人は次々にいなくなるからな。」
ビルボードチャートの上位層が居なくなれば、さらに加速する。
だから、
「だから、私たちですね?」
「そうだ。学生のお前たちを本当なら駆り出したくないんだが……」
「困ったら頼る、もう覚えました。任せてください。」
「頼んだぞ。……ただ、その見た目で言うと締まらんな。」
「……そのロン毛、坊主にしますよ?」
「やめてくれ。」
「全く、言われなくてもすぐに戻りますー!」
段々と調子が出てきたらしい。このくらい軽口が言えるようになったなら、A組の奴らも余計な心配はしない。
ダメ押しにもう1つ言っておくか。
「加山、このあと診察が終わったら轟のとこに行け。」
「無事なんですか!?」
「多少の火傷はあるが軽傷だ。」
「え、えぇ?荼毘の炎熱が直撃したのに……」
答えは明白なんだがな。
「その炎熱が弱ってたなら説明つくだろ?どこかのヒーローが、荼毘を削ったおかげだと俺は思うが。」
「あ、」
そろそろ戻ろう。山田が草臥れてる。
放心状態の加山を置いて扉へ向かう。松葉杖突いてちゃ俺も締まらないな。
「頑張りは無駄じゃなかったってことだ、アモルファス。」
戸を閉め、来ていた山田と合流する。
……ニヤケ面、5割増。
「どうよ?上手くいったか?」
「あ?そうだな、ちょっとアイツを過小評価してたかもな。」
「んじゃあ元気なったってことか。いいじゃねぇか……ッ!?」
たった今、出てきた病室から何かひっくり返る音が聞こえる。
「ほんとに大丈夫、か?」
「気にしなくていい。元気すぎるだけだ。」