まどろみの向こう~メモリーズ―夏―    作:飛鳥 螢

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狂乱の部室

 うしおの話に、えぐえぐと喘ぎながら滂沱(ぼうだ)の涙を流していた春原は、バッとうしおの手を取って意気込んで言った。

「うしおちゃんっ、大丈夫だよ。僕がきっとママを捜し出して——ふごっ」

「その汚いツラ、うしおちゃんに近付けんじゃないわよ」

 春原の横っ面を張り倒して冷たく言い捨てると、杏は涙と鼻水でグシャグシャになった春原に迫られて怯えていた少女に視線を合わせ、ふっと微笑んだ。

「任せておいて、うしおちゃん。あたし達が必ず貴女のママを見つけ出して、親子三人仲良く暮らせるようにしてあげるから。ね、朋也」

「あ、ああ……」

 複雑な表情(かお)をして朋也はそれに応えた。

 実際、朋也は複雑だった。この子が親父の子供だとしたら、うしおが親子三人仲良く暮らすという事は、親父の中に自分の居場所は完全になくなるという事だった。

 もう親だとは思ってなかった筈なのに、いざそんな事が本当に起こるとなると、朋也は平静ではいられなかった。

 そんな朋也の心中など知らない他の面々は、

「わたし、うしおちゃんの為に頑張るの」

「私もです」

 と、俄然張り切って「ホント?」と問い返すうしおに請け合っていた。

 それを仕切り、杏がうしおに一番肝心な事を訊いた。

「じゃあ、うしおちゃん。ママの名前分かる?」

「うん」と頷くと、うしおはその名を口にした。

「おかざき、なぎさ」

「え?」

 一瞬、全員が自分の耳を疑った。朋也など顔を引き()らせて固まっていた。

「——岡崎……渚ぁ!?」

 朋也を除く全員が思わずハモり、一斉に朋也を見た。

「ちょっと朋也、どういう事?」

「俺に訊くな」

 声を潜めて問い詰める杏や他の面々に、朋也は内心の動揺を悟られぬようにぶっきらぼうに吐き捨てた。

 ——まさか母親の名が「渚」だったとは。偶然にしても心臓に悪い。しかもこれでうしおの苗字までバレてしまった。というか、母親も苗字が同じって事は、もう相手は親父の籍に入ってるってことか?

 うしおの苗字が「岡崎」という時点で、そうであっても不思議ではない。だが、明也はその可能性を無意識の内に除外していたのだ。

「でも、岡崎って言ったわよ、この子」

「単なる偶然だろ」

 不審な目を向ける杏から視線を逸らし、動揺を押し隠して朋也はすげなく突っぱねた。

「そう、じゃあいいわ」

 朋也の態度にムッとなった杏は、矛先をうしおへと向けた。

 猫撫で声で優しく訊く。

「じゃあ、うしおちゃん。パパの名前教えてくれる?」

 ——げっ。杏の奴、なんて事訊くんだっ。

 ()りに()って自分が知りたくても怖くて訊けなかった事を。

 だが、朋也が止めるより早く、うしおはそれに応えて言った。

「おかざき ともや」

「なっ!?」

 今度は全員の目が驚愕に見開かれた。

 朋也の動揺も先程の比ではなかった。

 ——な、なんで俺!? 親父の名は直幸だろ!!

「岡崎ぃっっっっ」

 動転する朋也の襟首をガシッと掴み、春原は嫉妬と羨望のない交ぜになった形相で悪友に唾を飛ばした。

「おまえっ、何時の間に僕に内緒で渚ちゃんとの子なんか作ったんだよっ。親友だと思ってたのに、一人で大人の階段登り詰めやがって、チクショ——っ」

「そ、そんな岡崎くん……」

「朋也くん、不潔なの」

「朋也、あんたがそんなに手が早かったなんて……」

「だぁ——っ、待て待て待てぇぃっ!」

 女子全員に白い目で見られ、朋也は襟首から春原の手を引き剥がして喚いた。

「俺と渚が付き合いだしてまだ一ヶ月も()ってないんだぞっ」

 と、動転して思考がぶっ飛んでいる皆に、まず現実問題を突き付ける。

「こいつはどう見ても四、五歳位だ。たった一ヶ月程で、こんなデカい子供作れるかっ。大体五、六年前の俺は、渚の存在すら知らなかったんだぞ」

 しかも渚とはキスどころか、まだ手を繋いだ事すらないのに、どうやってこんな子供が作れるというのか。

 と、何とか言いくるめて皆を落ち着かせた朋也の耳に、いきなり訝しそうな声が届いた。

「わたしが、どうかしましたか?」

 ギクッとして振り返った部室の戸口に、学生鞄を手にした渚がきょとんとした表情で立っていた。

「渚!?」

「ママっ」

 突然の渚の登場に動揺する朋也を後目(しりめ)に、うしおは顔を輝かせ、ととっと走り寄ってそのままぱふっと呆気に取られる渚に抱き付いた。

「岡崎ぃっ、やっぱりおまえ——っ」

「お、岡崎くん……」

「朋也くん……」

 再び春原に喰い付かれた朋也を、椋とことみは裏切られたような傷ついた目をして見る。

「だから違うってっ!」

「え? えぇっ!?」

 渚は大混乱の朋也達と嬉しそうな表情をして自分に抱き付く幼い少女を交互に見比べ、どうしていいか判らずに困惑して立ち尽くした。

「ったくもう……」

 頭に手を当て、一人いち早く冷静に戻った杏はハァッと溜息をついた。

 

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