まどろみの向こう~メモリーズ―夏―    作:飛鳥 螢

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おまじない百科

 宮沢有紀寧のいる資料室は演劇部の部室と同じ旧校舎の一階にあった。

 放課後も大分遅く、よく考えてみれば今は夏休みだった。二年の有紀寧が資料室にいる可能性は極めて低かったが、必要なのは彼女でなく、あそこに置いてある「おまじない百科」の方なので、有紀寧がいなくてもさして問題はなかった。

 が、資料室の戸を開けてみると——

「いらっしゃいませ」

 と、有紀寧がいつもと変わらずに出迎えてくれた。

「宮沢、居たのか……」

「はい、夏休みには特にお友達が多くいらっしゃいますので」

 意外そうな顔をする朋也ににっこりと応えた有紀寧は、彼の隣にいる幼い少女と渚。そして、その後にいる面々に視線を向けた。

「今日は随分と大勢ですね」

「あ、ああ、悪いな。ちょっとおまえのおまじないに用があってな」

「おまじない、ですか?」

「ああ」

 小首を(かし)げて見返す有紀寧に、朋也はチラリと自分と手を繋ぐ女の子に視線を向けて応えた。

 その後、別の空き教室から足りない椅子を持ってきて全員がテーブルにつき、有紀寧がそれぞれに飲み物を出して一息ついた処で、朋也はこれまでの経緯(いきさつ)を彼女に話して聞かせた。

「——それで、その子の為におまじない、ですか?」

「ああ、何かこいつが母親に会えるような、そんなものないか?」

「しおちゃんの為にお願いします」

「そうですね……」

 席を立ち、書棚から例の「おまじない百科」を持ってくると、有紀寧はパラパラとページをめくっていく。

 そして、あるページで手を止めた。

「これなんかどうでしょう」

 と、そこを開いたまま皆が見えるようにテーブルの中央に置く。

 そのページに書かれてあったのは「会いたい人に会えるおまじない」だった。

「ああ、これならバッチリだ」

「でも、本当に効くの? このおまじない」

「効くかどうかは、やってみれば判るだろ。ありがとな、宮沢」

 胡散臭そうに疑惑の目で見る杏に応え、朋也は有紀寧に礼を言った。

「いえ、その子——うしおちゃんが、ママに会えるといいですね」

「ああ」

 と、まじないのやり方に一通り目を通して覚えると、朋也達は資料室を後にした。

 そして、再び演劇部の部室に戻ると、早速それを実行に移した。

 有紀寧が教えてくれたおまじないに必要なのは、誰も居ない教室と黒板。そして、チョークと黒板消しだった。

 方法は、誰も居ない教室で独り黒板に会いたい人の名前を書く。そしてある呪文を会いたい人を心に思い描きながら三回唱えてからその名前を消すという、実にシンプルなものだった。

 ただ、その時誰かにそれをやっているのを見られると、おまじないは失敗してしまう。

「うしお、これはおまえが一人でやらなきゃダメなおまじないだ。俺達は一緒にいられないが、独りでもできるよな」

「うん、ひとりでできる」

 ぎゅっと小さな拳を握り締め、気合い満々でうしおは朋也に頷いた。

「手が汚れないように、チョークには紙を巻いておきましたから大丈夫です。

 ——あ、しおちゃん、ママの名前ちゃんと書けますよね?」

「うん」

「呪文はそこに書いておきましたから、その通りに三回読めばいいです。

 ——あ、しおちゃんはカタカナ読めますよね?」

 と、余程心配なのか、一つ一つ細々(こまごま)と説明しては確認するように尋ねる。まるで子離れしてない母親のようだ。

 このままだと、何時まで経ってもうしおがおまじないをやる事ができない。

「渚、早く出ろ」

 いい加減待ちくたびれた朋也が声を掛ける。

「あ、はい……」

 ハッとして、渚は慌てて立ち上がった。

「じゃあしおちゃん、わたし達は廊下で待っていますから」

 名残惜しそうに何度も振り返りながら、渚は先に廊下に出て待っている朋也の許に行った。

「じゃあ、うしお。頑張るんだぞ」

 そう最後に一言声を掛け、朋也は演劇部の部室の戸を閉めた。

 誰も居ない部屋の中に一人残されたうしおは、紙の巻かれたチョークを手に取ると、何も書かれていない黒板にママの名前を書いた。

 そして、少し考えてからその隣にパパの名前も書き足す。

 それから会いたい二人の事を心に思い描きながら、うしおは黒板の端に書いて貰った呪文を口の中で三回唱えた。

「テェコオテベス、イタイアニタナァ。テェコオテベス、イタイアニタナァ。テェコオテベス、イタイアニタナァ」

 最後に書いた父母の名前を、うしおは黒板消しで一生懸命消した。

 

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