まどろみの向こう~メモリーズ―夏―    作:飛鳥 螢

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古河家の居間にて

「長い間、早苗さんには色々と迷惑かけてすみませんでした」

 古河家の居間、夜汐を寝かしつけて一息ついた処で、俺は向かいに座る早苗さんに深々と頭を下げた。

 あの後汐は泣き止んでからも、渚から離れようとしなかった。早苗さんと渚が夕食の支度をしている時も、べったりと引っ付いて渚はちょっと困っていた。

 見かねて俺が呼ぶと、嬉しそうに俺の所に来るが、またすぐ渚の許へと戻ってしまう。

 まるでそうしていないと、渚が何処かへ行ってしまうとでもいうように。

 そして、夜八時を過ぎ、子供はもう寝る時間だと言っても、汐は俺達から離れようとしなかった。

 仕方なく俺達は二人で添い寝をし、さっき漸く汐が眠ってくれたので、こうして渚と共に俺は居間で早苗さんとオッサンを前に、一息ついて話を切り出したのだ。

 今までの感謝を込めて。

「でも、これで全て終わりました。みんな早苗さんのお陰です」

「小僧、俺には礼はなしかよ。コノヤロ」

「あんた、何かしてくれたか?」

 早苗さんの隣に座るオッサンに、俺は冷ややかに言い返した。

「しただろうがよ。散々汐と遊んでやったんだぞ。俺は」

「汐をダシに店番サボってただけだろうが」

 あんたのやった事は、余計早苗さんの負担を増やしただけだ。

 厚顔なまでに大威張りで言うオッサンを睨み付けて俺は言った。

「しかも、大昔のロボットの名前とか必殺技だとか、変なモンばっか教えやがって。おまけになんだよあれ」

 と、夕食後あっきーが教えてくれたと言って、汐が得意げに披露してくれたモノを指して俺は言った。

「駒田のものまねなんぞ誰にもウケねぇし、むしろ引くぞ。それが元で汐が幼稚園でイジメられでもしたらどうしてくれるっ」

「なんだと小僧、先生がそれ見て上手いと褒めてくれたと、汐が言ってたんだぞ」

「誰だよ、そいつ」

「確か…——キョウ先生、とか言ってたな」

 くわえ煙草を(くゆ)らせ、ちょっと考え込んでオッサンはその先生の名を口にした。

 将来は幼稚園の先生と言っていた杏は、本当にその夢を実現させて、今汐の通っている幼稚園の先生になっていた。しかも汐のいるクラスの。

 それを知って渚は喜んだが、俺は不安だった。高校時代の傍若無人なあいつをよく知っているだけに、こんなヤツに汐を預けて大丈夫なんだろうかと。

「って、まさか、アレ教えたの俺だと思ってねぇだろうな、あいつ」

「幼稚園の先生には、一応事情を説明しておきましたから」

 早苗さんはそう言って俺を安心させ、優しく微笑んだ。

「でも本当に、この半年朋也さんはよく頑張りましたね」

「いえ、一番頑張ったのは汐です。俺の都合で理由(わけ)も分らず独りこの家に連れてこられ、暮らさなきゃならなくなったんですから」

 そう、半年前のあの日、目が醒めたら両親の姿がなく、突然あいつはこの家で暮らす羽目になったんだ。たった独りで。

 俺には時たま休みの日に会えたが渚には全然会えず、随分淋しい想いをしたに違いない。

 でもあいつは必死に頑張って、色んな事を我慢して俺達を待っていてくれたんだ。

 渚だけでなく、ほんの二日ほど前に会ったばかりの俺にさえ涙ながらに抱き付き、パパと連呼しながら激しく泣いたさっきの汐の姿を思い起こしながら、俺は今更ながらに思った。自分はなんて酷い父親だろうと。

「それに、渚にも辛い思いをさせてしまったし、父親としても夫としても、最低ですよね、俺」

「そうだ、そうだ、このロクデナシ」

 ここぞとばかり、嬉しそうにオッサンが俺をけなす。

 ——うわっ、すっげぇムカつく……

 けど、本当の事なので俺が言い返せずにいると、早苗さんがオッサンを軽く睨んで(たしな)めた。

「秋生さん、そんな事言ってはダメですよ。一番辛かったのは、そうしなければならなかった朋也さんなんですから」

「そうです。朋也くん少しでも早くしおちゃんを迎えに行けるよう、凄く頑張ったんですから」

 と、渚まで俺を庇ってくれた。

 俺に付き合った所為で、半年も汐に全然会えなかった渚の方が、俺なんかよりもよっぽど辛かっただろうに。

「ああ、あんなにガリったのは初めてだったな。高校時代全然勉強なんかしなかったってのに」

 この半年の事を思い出しながら、俺は自嘲じみた笑みを浮かべた。

 




 注)「駒田」とは昔の野球の選手です。多分。
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