「はぁ………」
教室の中、黒板に書いたものを説明する教師の声に、それを聞きながら一生懸命ノートの上にシャーペンを走らせる同級生の姿をぼんやりと見やり、岡崎朋也は気怠そうに溜息をついた。
朋也の通う光坂高校は三年生にもなると、受験の為に夏休みに補習がある。朋也は
悪友である春原陽平もそれは同じだ。だから春原は夏休みの補習が始まってから、一度も教室に姿を現わしたことがない。
できるなら朋也もそうしたいのだが、諸々の事情で今居候させて貰っている、先頃晴れて付き合いだした古河渚の監視が厳しく、サボることもできずにこうして教室で無駄に時間を費やしていた。
窓際の最後尾の席で頬杖を突き、真面目な同級生達の後ろ姿を眺めるのに飽きた朋也は、ふと窓の外に視線を向けた。
「ん?」
向かいの人気のない校舎脇の植え込みの繁みがガサガサと揺れ、何か丸い茶色っぽいものが動いてるのが見える。
——あれは……
以前同じようなものを朋也はこの窓から何度も目撃していた。
——ボタンのヤツ、また杏を追って来たのか?
自分のクラス委員長である藤林椋の、その双子の姉で隣のクラス委員長を務めている藤林杏の顔を思い浮かべ、朋也は小さく息をついた。
彼女のペットであるボタンは、一般にウリ坊と呼ばれる猪の子供だった。何故ペットが猪と誰もが疑問に思うが、別に凶暴な杏の性格に合わせた訳ではなく、単に親とはぐれた猪の仔を彼女が偶然拾い、そのまま杏の家にそいつが居着いてしまっただけの事だった。
授業の終わりを告げるチャイムと共に教室を出た朋也は、下に降りてさっきボタンを見かけた植え込みの繁み辺りを探った。
が、何処にもボタンらしき姿は見当たらない。代わりに繁みの下から二本の小さな足が突き出ているのを発見し、ぎょっとなった。
——こんな所に子供?
何かの見間違いじゃないかと朋也が繁みを搔き分けて見ると、そこには四、五歳位だろうか。袖なしの淡いピンクのワンピースを着た幼い女の子が倒れていた。
いや、規則的に静かな寝息を立てている処をみると、ただ単に疲れて眠っているだけのようだった。何処の子供か分らないが、こんな所で呑気に寝ているとは。
——こんな所で寝るなよ……
「おい、起きろ」
朋也はその女の子の肩を揺らして声を掛けた。
「ん………」
体を揺すられ、女の子は小さな声を上げて目を擦りながら体を起こした。
暫くぼーっとそこに座り込んでいたが、近くに朋也が居るのに気付くと、女の子はびっくりしたように息を呑んであたふたと繁みの後ろに隠れ、そっと顔だけを出して朋也の方を見た。
「おまえ、それで隠れてるつもりか? 丸見えだぞ」
「………」
朋也の指摘にビクッとし、女の子は慌てて繁みの後ろに引っ込んだ。
だが、朋也の事が気になるのか、すぐにそっと顔を出してくる。
——何なんだ、一体……
「ったく……」
幼い女の子の妙な反応に、朋也は呆れて溜息をついた。
「別に取って食ったりしねぇから、そんな所にいないでこっちに来いよ」
「………」
だが、女の子は口を引き結び、緊張した
「来ないなら、俺行くからな」
そう言って、朋也が
どうやら朋也に行って欲しくないらしい。逃げたり引っ付いたりと、どうもこの女の子のやる事はよく分らない。
ボタンにこじつけて次の補習をサボるつもりだったのに、へんな子供に捕まってしまった。
嘆息して空を仰ぎ見、そして朋也は自分のシャツの裾を掴んで放さない女の子の頭にぽんっと手を置いた。
「おまえ、名前は?」
何となく知ってる奴に似てると思いながら訊いてみる。
「なまえ?」
「ああ、おまえの名前。それくらい言えるだろ」
「うん」と、小さく女の子は頷いて、自分の名前を口にした。
「おかざき、うしお」
「おかざきうしお……——岡崎?」
幼い女の子の告げた苗字に、朋也は思いっ切り眉根を寄せた。
岡崎という苗字はそんなに珍しい訳ではないが、小中高通して同学年で同じ苗字の奴を見たことがなかったし、電話帳でもこの町の「岡崎」は自分宅だけだったような気がする。
なのに、自分の知らない同じ苗字の子供がいるとは。
——まさか……
ある可能性に思い当たり、朋也は愕然とした。
京アニ放火殺人の裁判が漸く始まりました。
犠牲者の中に、このCLANNADのアニメを手がけていた人がいたかも知れないと思うと、何とも遣り切れないですね。
改めて犠牲者の方々の冥福をお祈りします。