まどろみの向こう~メモリーズ―夏―    作:飛鳥 螢

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雪降る日に

 環境の激変は、俺達以上に汐に負担を()いることとなった。

 朝汐を幼稚園に連れて行くと、渚はそのまま以前働いていたファミレスへと働きに出る。

 店長とも顔見知りで経験者という事もあり、すぐに働ける事になったが、流石に勤務の曜日だけはこちらの都合に合わせる、という訳にはいかなかった。

 そこで渚は休憩時間を幼稚園に汐を迎えに行く時間に合わせて貰い、汐をアパートに置くと、また急いで職場へと舞い戻って仕事を続けた。

 いつも一緒だった母親が急に自分を一人部屋に残し、夕方遅くなるまで帰ってこない事に、最初汐は訳が分らず途惑っていた。

 が、それが一時的なものではなく、これから毎日ずっと続くのだと悟ると、汐は渚から離れようとしなくなった。

 毎回アパートに帰ると離れようとしない汐を、渚は何とか言い聞かせて後ろ髪を引かれる思いでファミレスへと戻って行った。

 そして、幼稚園や俺が休みでも渚は仕事があるので、その時は汐を早苗さんに預け、俺は教習所へ行った。

 母親だけでなく、いつも休みの日には一緒に遊んでくれた父親までもがいない事に、汐は相当ショックを受けていたらしい。

 だが、汐は子供心に気を遣ってか、俺達がいない間一緒にいて遊んでくれる早苗さんやオッサンには、全くそんな素振りは見せなかった。

 だから、その時まで俺達も全然気付かなかった。

 そんな生活を続けて一ヶ月程経った雪の降る寒い日。何時もより早く教習を終えて俺が古河家に汐を迎えに行くと、早苗さんとオッサンは血相を変えて外で汐を捜し回っていた。

 ちょっと目を離した隙に、汐の姿が見えなくなったと言うのだ。

 家の中は既に散々捜した後で、後はもう外しか捜す所はなかった。

 俺も一緒になって必死に汐を捜し回り、もしやと思って行ってみたアパートの鍵の掛かった部屋のドアの前に、汐はうずくまっていた。

「汐っ」

 慌てて俺が駆け寄ると、汐はぴくりと反応して膝から頭を上げて俺を見た。

「——パ…パ………」

 掠れた声でそう言うと、安心したのか俺の腕の中でそのまま汐は意識を失った。

 顔は熱で火照(ほて)り、ぐったりとした汐の小さな体はすっかり冷え切っていた。

 俺はぞっとした。

 昔オッサンから聞いた渚の幼い頃の話が不意に脳裡に(よみがえ)る。

 ——渚は小さい時に、命を落としかけた事があるんだ。雪の降る寒い日、あいつは熱がある体でいつもそうしていたように、部屋の外で俺達の帰りを待っていたんだ。俺達が見つけた時、渚は……

「汐っ、しっかりしろっ!」

 頭を振って脳裡に響くオッサンの声を振り払うと、俺はすぐさま汐を抱きかかえて部屋に入り、蒲団に寝かせ、部屋を暖かくして医者と渚、そして早苗さん達を呼んだ。

 発見したのが早かったのか、医者の見立て通り汐の熱はすぐに下がり、大事には至らなかった。

 だが、何故汐があんな所に居たのか、俺達には判らなかった。

「きっと、汐は淋しかったんだと思います」

 漸く熱が下がった汐の寝顔を見て、ぽつりと早苗さんは言った。

「いつも一緒だったパパやママが、急に自分を置いて何処かに行ってしまうようになってしまって」

「でも、淋しいからって、何もあんな所に居なくても。夕方になればちゃんと俺達迎えに——」

「それでも、汐は淋しかったんだと思います」

 ゆっくりと首を横に振り、早苗さんは静かにもう一度同じ言葉を繰り返した。

「私や秋生さんが一緒に居たとしても、汐にとってやっぱり朋也さんや渚が一番なんです。だから、アパートに帰れば、もしかしたら二人が居るんじゃないかと思たんじゃないでしょうか。汐にとってここが『家』ですから」

 いつも家族——パパとママの居る場所に。

「………」

 俺達は何も言えなかった。それ程までに汐が淋しい想いをしていたなんて、思いもしなかったのだ。

 

 

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