まどろみの向こう~メモリーズ―夏―    作:飛鳥 螢

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家族の絆

 昔、命を落としかけながらも声なき声で「ずっと傍に居て欲しい」と訴えた渚の想いに応え、オッサン達は自分の夢を諦めてパン屋に職替えした。

 その時、二人がどんな想いだったか、今なら俺は判るような気がした。

 でも、だからといって俺は運転免許を取るまでは、今の生活を()める訳にはいかなかった。仮に他の仕事をするにしても、今時運転免許の要らない職を探す方が大変だった。

 ——だけど、このまま続けてまた同じ事が起きたら……

 今回は大事に至らなかったけど、次も大丈夫だとは限らない。

「——どうしたら………」

 膝の上で拳を握り締め、項垂(うなだ)れたまま俺は呻くように声を絞り出した。

「俺は、どうしたらいいんだ……」

「朋也くん……」

 苦悩する俺を気遣うように、渚がそっと俺の背に手を添える。

 そんな俺達に、早苗さんはにこやかに言った。

「大丈夫ですよ、朋也さん。免許を取り終えるまで、私達が責任を持って汐を預かりますから」

「え?」

「お母さん?」

 一瞬、俺達は早苗さんが何を言ったのか理解できなかった。

 責任を持って預かった結果が、今回のこれだというのに。

「あの、お母さん。それってどういう事ですか?」

 呆然として声もない俺に代わって、渚がにこにこしている早苗さんに訊いた。

「はい、ですから、幼稚園が休みの日だけでなく、ずっとうちで汐を預かると言う事です」

「いや、でも——」

「今回の事は、普段はアパートの部屋で、幼稚園が休みの時は私達の所と、汐にとって待つ場所が二カ所もあったから起こったんじゃないでしょうか」

 慌てて言いかけた俺をやんわりと制し、早苗さんは今回の問題点を指摘した。

「ですから待つ場所は一つにして、ここに居れば必ず朋也さん達が迎えに来てくれると思えば、汐はそこでずっと大人しく待っていると思うんです」

「…………」

「そうすれば朋也さんも渚も安心して、今自分のやるべき事が出来ると思います」

「それは確かにそうかもしれないですけど、それじゃ早苗さんが大変なんじゃ——」

「おい、小僧」

 今まで傍観して話に全然参加してなかったオッサンが、不意に俺を呼んだ。

「前に言っただろ。助けが必要になったら遠慮なく言えって。俺達は家族なんだからな」

「オッサン……」

「お父さん……」

「そうですよ、朋也さん。困っている時はお互い様ですから」

 と、言った後で、ふと思い出したように早苗さんは俺に訊いてきた。

「そう言えば朋也さん、免許の他にも何か資格を取らなければならないような事を言ってませんでしたか?」

「え、ええ……」

「では、今回それもついでに一緒に取ってしまってはいかがでしょうか?」

 その思い付きにポンっと両手を合せて、弾んだ声で早苗さんは言った。

「そうすれば汐も、淋しい想いをするのは一回で済みますし」

「いや、だけど、他のヤツは試験日とかが決まってて、全部取るとなると半年はかかることになるんだけど」

 しかも、それは一回で合格すればの話だ。落ちれば更に半年延びる事になる。

 そうなればその分早苗さんの負担も増すし、その間汐はずっと淋しい想いをする事になるのだ。

「大好きなパパの為なら、半年だろうと汐はきっと待ってくれると思います。家族なんですから」

 俺の心配を察し、早苗さんは安心させるように請け合った。

 それを後押しするように、オッサンも口添えする。

「汐の事はこの俺がしっかり面倒見てやるから、おまえは安心して往生しろ」

「勝手に人を殺すな」

 ってか、オッサンに汐の面倒任せるなんて、安心どころか暗雲が立ち籠めて余計不安だ。

「朋也くん、どうしますか?」

 渚が俺の顔を窺い、訊いてくる。

「——そうだな………」

 俺は暫し考え込んだ。全面的に妻の親に頼るのは、はっきり言って男として情けない限りだった。

 でも、こんな俺をこの人達は受け入れ、励まし応援してくれる。何時もどんな時でも、ずっとそうだった。

 だから、俺も意地なんか張らなかった。

「今回は早苗さんの言葉に甘えるか」

「はい、きっとしおちゃんも分ってくれると思います。実家(うち)の方が幼稚園に近いですし、お母さんが居てくれれば迎えに行った後、安心してまた出掛ける事が出来ます」

 渚がそう言うと、早苗さんは頬に手を当て、とてもすまなそうに俺達を見た。

「その事なんですけど、汐をうちで預かった後は、全てが終わるまで朋也さんと渚は汐に会いに来ないで欲しいんです」

「え?」

「どうしてですか、お母さん」

 意外なことを言われ、俺達は驚いて早苗さんを見返した。

「会いに来て一緒に連れて行くならまだしも、また置いて行くとなると、汐はきっと二人の後を追って行ってしまいます」

「あ………」

 確かにそうだ。連れて行く気もないのにただ顔を見るだけに会いに行くのは、拾う気のない捨て猫にミルクを与えて可愛がった後、そのまま置き去りにするのと一緒で、自己満足の残酷な行為でしかない。

 早苗さんは別に俺達に酷な要求をしてるんじゃなく、それによって汐が淋しさを募らせ、思い余ってまた今日のような事を起こすのを心配して言ったのだ。

「でも親子ですから、全く会わないと言うのも淋しいですから、時々私の方から汐を連れて会いに行きたいと思います。それでどうでしょうか?」

「——分りました……」

 親の都合で汐に一方的に淋しい想いをさせるのだから、俺達もそれくらい我慢しなけりゃならない。考えてみれば当然の事だった。

「できるだけ……いや、絶対に半年で迎えに行きますから、それまで汐の事、よろしくお願いします」

 決意を込め、俺と渚は深々と早苗さんとオッサンに頭を下げた。

 

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