狭い渚の部屋一杯に窮屈そうに三枚の蒲団が敷かれていた。
その中央にある小さな蒲団には、すやすやと寝息を立てている汐の姿があった。
「これを見て汐の奴、勘違いしたわけか……」
カチリと机上のスタンドのスイッチを入れ、俺と渚は蒲団を敷く時邪魔だったので机の上に置いたアルバムを見た。
そこには懐かしい学生時代の自分達の姿が写っていた。
今と同じに寄り添い、まだ苦労らしい苦労も知らずに、幸せそうに笑う青春時代の俺達が。
それを暫し眺め、俺はぽつりと呟くように言った。
「渚」
「はい」
「俺、今回の事で思ったんだ」
「はい」
「俺の親父はロクでもない親だった」
「………」
「結婚して、子供ができて、俺は俺なりに頑張ってきたけど、結局今回も早苗さんやオッサンに迷惑掛けて、おまえや汐にも辛い想いをさせてしまった」
「そんなっ、お父さんもお母さんも迷惑だなんて思ってないです。それにわたしだって——」
「おまえがそう言うのは判ってる」
あわてて言い募る渚を制し、俺は言った。
「けど、贅沢を言えばやっぱり親に頼らず、俺は自分一人の力でなんとかしたかった。
——でも俺の親父は、お袋が事故で死んで近くに頼る親もいなかった。それでもこんな俺を手放しもせずに、たった一人で育ててくれたんだ」
ふとカーテンの隙間から見える夜空を見上げ、俺は親父の事を思った。
もう親父は刑期を終えて出所している筈だ。また誰も訪れる事も無いあの家で、たった独りで淋しく暮らしているんだろうか——と。
「そう思うとさ、親父苦労したんだろうなって。俺なんか手放せば楽だったろうに、一人ならもっと別な人生だってあっただろうに。なのにそうしなかった。何故なんだろうって、どんな想いをして親父は俺を育てたんだろうかって。同じ父親の立場になって初めて知りたいと思ったんだ」
「朋也くん……」
今までずっと気に掛けて折にふれ話題にしてきたが、一切耳を貸さなかった俺が初めて自分から切り出した親父の話に、渚は大きく目を見開き、ぎゅっと胸の辺りで両手を握り締めた。
「だから俺、行こうと思うんだ。ここに」
と、俺は胸ポケットから、一枚のよれよれになった紙切れを出して机の上に置いた。資格試験の勉強の合間に、時々ポケットから取り出して眺めていたものだ。
そこには住所と電話番号。そして、一人の女性の名前が書かれてあった。
岡崎史乃——と。
「何度目か汐を連れて会いに来た時、早苗さんがくれたんだ。今回の事が終わったら、頑張ったご褒美に家族皆で旅行に行ってみませんかって」
「お母さんが?」
「ああ、やっぱ早苗さんは凄いよな。どうやって調べたのか、俺さえ知らなかった親父の母親の居場所突き止めて」
そう言いながら、俺は渚の頭に手を乗せた。
「今なら、俺が親父と向き合えるだろうって、こんな風にさりげなく渡してくれてさ。ホント早苗さんには
これじゃ行かない訳にはいかない。いや、これを渡された時は確かにそんな風に思ったが、今は違う。今回の事で何時の間にか、俺自身会ってみたいと心から望むようになっていた。
祖母に会って親父の事を聞いてみたかった。いがみ合う事しかしてこなかった親父が昔どんな風だったのかを。お袋と結婚し、俺が産まれてどんなだったんだろうかと、親父の母親であるこの人の口から直接聞いてみたかった。
「……渚」
「はい」
「一緒に会いに行ってくれるか? 汐を連れて」
「はい、きっとしおちゃんも喜ぶと思います」
そう応え、渚は嬉しそうに微笑んだ。
それはずっと俺の親父の事を気に掛けてくれていた、渚の心からの笑みだった。
俺は長い間心配掛けさせた渚を、安心させるようにその体を抱きしめた。
渚に辛いならと誘われ、さよならを告げて親父を置いて住み慣れたあの家を後にし、渚の家に厄介になってから気が付けば、七年の歳月が
その間に俺はずっと支えてくれた渚と結婚し、汐が産まれ、俺にも守りたい家族ができた。
もう、何時までもあの時のままではいられない。
今でも親父の事を想うと、心に締め付けられるような痛みが走る。でも子供みたいに辛いからとそれから目を背け、逃げて問題を先送りにするのもこれで終わりにしなければ、これから先渚や汐と一緒に胸を張って前に進めなくなる。
だから俺は祖母に会いに行く。親父の事を知る為に。親父と向き合い、それを乗り越えて
足許の汐が立てる安らかな寝息と、腕の中の渚の
それは遠いあの日、無くしてしまったと思っていた渚の書いた演劇部員募集のポスターだった。そこにはのほほんとしただんご達が、色
——こんな所にあったのか……
ふっと口許を綻ばせ、俺はもう一度腕の中にある温かな幸せの
〈まどろみの向こう 了〉
——そして、クラナド アフターストーリーの最終話のエンディングに続く……
という風に、これはそのエンディングで、明也達が祖母を訪ねる情景を観て思い付いた話です。
朋也がどんな気持ちを抱いて渚達と一緒に祖母を訪ねようとしたのか、そこに到るまでの父親への朋也の想いの変化を書いてみたいと思ったのです。
車でなく電車で行ったのは、初心者の明也は車での遠出には、まだ自信がなかったということで、そこはツッコまないように。
これが二作目です。次も夏の話で、このメモリーズを始めた切っ掛けになった話になります。