まどろみの向こう~メモリーズ―夏―    作:飛鳥 螢

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うしおの笑顔

「もうちょっとでお花畑を通り過ぎて、三途の川を渡るトコだったよっ」

「良かったな」

「良かないよっ」

「いや、生きている内に三途の川を拝めるなんて、そうそうできるもんじゃないぞ」

「だったら、僕が今すぐおまえを連れてってやろうか」

「いやいや、俺にはそれだけの根性ないからな」

 と、朋也は自分の腕時計を春原に見せた。

 多機能付きのそれは、今はストップウォッチになっていて、三分五十二秒で止まっていた。

「ギネスに申請したら認定されるんじゃないか。濡れティッシュ付きタオル顔面に張り付かせて我慢した最長時間」

「そんなギネス欲しかねぇよっ」

 春原の怒りなど何処吹く風でしれっと朋也が応えると、すかさずそれに反応してきぃ——っと歯を剥き出して言い返す。

 そんなやり取りをきょとんと見ていたうしおが、不意にクスッと笑った。

「……おもしろい」

「へ?」

 幼い女の子の声に、自分達以外の第三者の存在を初めて知った春原は、目を丸めて声の主を見た。

「誰、この子? あ、ひょっとしておまえの子か、岡崎?」

「なっ」

 ギクッと思わず朋也は狼狽(うろた)え焦った。

 今のは春原の何時もの軽口で冗談なのは判っているが、それでも他人にうしおと自分が似ているみたいなことを言われると、やっぱりこいつは親父の隠し子なんじゃないかと疑ってしまう。

 その事に関しては、うしおの母親を捜し出した後で、直接本人に確認するまで考えないようにしていたのに。

 だからその動揺を隠す為、つい朋也はムキになって怒鳴り返してしまった。

「んなワケあるかっ」

「何だよ、冗談に決まってるだろ」

 何時もの悪友らしからぬ反応に眉を(ひそ)めた春原は、次の瞬間ニヤッと笑った。

「あ、それともやっぱりその子、岡崎の子だったりして」

「馬鹿言ってないで、なんか冷たい飲み物持って来いよ」

 これ以上それに付いてあれこれ言われる前に、朋也は強引に話題を変えた。

「なんで僕が」

「こいつ、外の暑さにやられてさっきまでフラフラだったんだよ」

 ちらりと少し顔色の悪い少女を見、朋也は不満顔の春原に説明した。

「だから、ちょっと涼しい所で休ませて、冷たい物飲ませてやりたいんだよ。おまえ寮の共同冷蔵庫ん中になんか買い置きのジュースとかあるだろ」

「あ、ああ、判った。すぐ持ってくるよ」

 少女の具合が悪いと聞いて、基本的にお人好しの春原はさっきの仕打ちなど綺麗さっぱり忘れ、慌てて部屋を出て食堂に向かった。

 それを見送り、朋也はベッドにうしおを座らせた。

「すぐ俺が気付いたから良かったものの、あのままだったらおまえ倒れてたぞ」

「………」

 朋也に叱られたと思ったのだろう。うしおは項垂(うなだ)れ、ぐっと泣くのを(こら)えるように強く唇を噛みしめた。

 その姿は誰かを思い起こさせ、朋也は思わずうしおの頭に手を乗せて優しく撫でた。

 ハッとしたようにうしおが顔を上げると、朋也はふっと表情を和らげて言った。

「いいか、具合が悪かったら、我慢せずに言うんだぞ。俺が何とかしてやるからな」

「……うん」

 嬉しそうにうしおは微笑(わら)った。さっき初めて見せた笑顔よりも更に嬉しそうなその笑顔に、朋也は何故か渚の事を思い出していた。

 

 

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