まどろみの向こう~メモリーズ―夏―    作:飛鳥 螢

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うしおの願い

「ちょっと朋也。その子、幼稚園に連れてったんじゃないの?」

「ああ、だが夏休みで閉まってた」

「あ……そうか。じゃあ、この子——」

「ああ、別に幼稚園から脱走してきた訳じゃないんだ」

 朋也はまた自分のシャツの裾をぎゅっと握り締めるうしおを見て言った。

「こいつ、ここに母親を捜しに来たらしい」

「母親って、この子の母親、この学校の関係者なの?」

「その辺の事情は、まだ俺も聞いてないんだ」

 杏の問いに、朋也はポンッとうしおの頭に手を乗せた。

「捜すんなら多分人手がいるからな、だったらそれ聞くのは皆が来てからと思ってな。

 ——ところで渚はどうした? 一緒じゃないのか?」

 と、朋也は渚の姿を捜すように部室の入り口に視線を向けた。

 そして、朋也の言葉にハッと顔を上げたうしおは、何かを期待するような眼差(まなざ)しで朋也と同じ方を見た。

 だが、誰も入って来る気配はない。

「………」

 がっかりしたように、うしおは肩を落とした。

 振り返って朋也が問うような視線を杏に向けると、彼女は困った様な表情(かお)をして肩を(すく)めた。

「渚のクラス、まだ授業が終わってないのよ。茂原先生の授業だから」

「あいつか……」

 朋也は思いっ切り顔を(しか)めた。

 数学の茂原は課題プリントを多く出すので有名な教師だった。しかも答え合わせなど回答プリント寄越せばいいものを、自分が一々解き方を説明しなければ気が済まないのか、休み時間が来てもそれが終わるまで絶対に授業を止めようとしない。特に他の授業が後に控えてないと全部終わるまで本当に延々と続ける。生徒内では最悪教師の五指に入る奴だった。

 ——となると、渚を待ってたら何時になるか分らないな……

 嘆息し、朋也はそこにいる一同に目を向けた。

「判った。取り敢えずこいつの話を聞こう。渚には来たら俺から話す」

「そうね」

 頷き、杏は腰をかがめ、朋也のシャツの裾を握って心持ちがっかりしたような表情(かお)をする少女と目線を同じにした。

 そこでふと、肝心な事を思い出して朋也を見上げた。

「ねぇ、この子名前なんていうの?」

「『うしお』だ」

「うしお? 女の子にしては変わった名ね。苗字は?」

「さぁ」

 視線を()らし、朋也は空惚(そらとぼ)けた。自分と同じだなどと絶対知られたくない。

「まぁ、いいわ」

 なんか怪しいと感じながらも、杏は追求を後回しにして、うしおに視線を向け直した。

「じゃぁ、うしおちゃん。ちょっとママの事、あたし達にお話してくれるかな?」

「………」

 うしおは返事をする代わりに朋也の顔を仰ぎ見た。不安そうな顔をして、話してもいいものか伺うように。

「この広い校内、おまえ一人でママを捜すのは大変だからな。俺達も手伝ってやるから、捜す参考におまえのママの事色々と知っておきたいんだよ」

「……わかった」

 朋也の言葉にコクリとうしおは頷いた。

 杏は朋也のシャツを握って放さないうしおをそのまま椅子に座らせ、皆の代表として幼い少女に向き合ってまず確認を取った。

「それじゃ、うしおちゃん。家にママが居ないってのは本当なのね?」

「うん」

「どうして居ないの?」

「とおくに、いっちゃったから」

「遠くって、それがここなの?」

「うん」

 眉根を寄せて訊き返した杏に、うしおはコクンと頷いた。

 ——遠くって、この子一体何処から来たのよ。もしかしたら近所の子じゃないのかしら?

「じゃあ、いつ頃からママが居ないのか、判る?」

「——…うしおがうまれてからずっと」

「え?」

 うしおの言葉に、そこに居た全員が顔色を変えた。

 ——それって、この子の母親、産んですぐこの子を家に置き去りにしたって事?

「そ、それじゃあ、うしおちゃんはママの顔知らないのね?」

「ううん」

 と、確認する杏にうしおはふるふると首を横に振った。

「しゃしんでみた。ママのかお。パパといっしょにわらってた」

 少し表情(かお)(ほころ)ばせてうしおはそう言った。

 そしてチラリと朋也に視線を向けると、淋しそうに目を伏せて言葉を継いだ。

「でも、パパ。ママがいないから、かなしくてわらわない。うしおとあそんでくれない」

「………」

「だから、うしおはママをむかえにきたの。パパにわらってほしいから。いっしょにあそんでほしいから」

 たどたどしい言葉で語られる、遣る瀬無いまでの切ない少女の想いに、今まで軽い気持ちでいた一同は声もなかった。

 

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