VORX乗りの少女@内地で平穏に暮らしたい   作:畑渚

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3.雇用契約

 目を覚ますとそこは、簡易ベッドの上だった。コンクリート打ちっぱなしの天井と、それにぶら下がり不規則に揺れる電球。通気口を兼ねた高所の格子窓から、嫌に湿気った空気が流れ込んでくる。

 

「……ここは?」

 

 答えを誰に聞くまでもなく、そこは牢屋の中であった。設備の悪さからして、正規法執行機関のものではない。そして意識を失う前の記憶から察するに……

 

「お目覚めのようね」

 

「お嬢様」

 

 ここは雇い主の犬小屋に違いない。

 

 

○☓△□

 

 

「その呼ばれ方、嫌いなの」

 

「失礼しました。セリーナ様」

 

「よし、いい子」

 

 私は犬ではないが、そんなことを抗議したところで躾の時間が入るだけだ。大人しく頭を垂れれば、牢屋の錠が開く音がした。

 

「不用心ですよ。セリーナ様」

 

「あら、あなたは飼い主に噛み付くような駄犬だったかしら」

 

 彼女の細くしなやかな指が私の髪を撫でる。この白魚のような指は争い事に無縁なこれまでの人生を体現しているものの、その指によって流れた血の量は尋常ではない。

 

「何用でしょうか。もしや解雇?」

 

「まぁ、そう思うのも仕方のないことね」

 

 側仕えの1人が、ファイリングされた書類を私の前に投げ捨てる。それは乱暴に見下しているのではなく、頭を垂れている私がそのままの姿勢で見れるようにする気遣いだ。

 

「VORXの無断運用、情報漏洩、それにマスター登録と機体制御系へのバグ。まあ挙げようとすればキリがないわね」

 

「でしたら……」

 

「30年ね」

 

「はい?」

 

「30年かかるの。今のあなたの給料で補填しようものなら」

 

 むしろ30年で済むものなのかと驚く。

 

「そこで、あなたに新しい職を用意してあげようって話をしにきたの」

 

 再び投げ捨てられる書類。それは雇用契約書だ。

 

「傭兵……?」

 

「これなら5年で済むわよ。もちろんそれよりも短くなる可能性すらあるけれど」

 

「私には機体を用意する資金もなにも」

 

「機体は無償提供するし、修理や改修もバンカーも1つあげるわ。技術者は流石に貸出になるけれど」

 

「随分と良い条件ですね。私以外にも立候補する傭兵がたくさんいるのでは」

 

「うーん、まあ傭兵の数自体はもう十分いるのよね。だからこれは貴方だけへの特別待遇よ」

 

「……ちなみに断ったら?」

 

「ここから出さないわ。返済し終わるまで」

 

 キリキリ働けという意味ではない。言葉の通り、この犬小屋から出ずに返済しきれということだ。つまりは外のアテを頼るか、そうでなければここで衰弱死かである。外にアテなどない私の末路は実質一択である。

 

「わかりました。その条件、お受けします」

 

「あら、意外とあっさりと受けるのね。契約書はちゃんと読んだ方が良いわよ」

 

「それをセリーナ様が言いますか」

 

 この齢20もしない少女がすでに企業の采配を握っているのは、実の父親を騙して隠居させたからだというのは有名な話だ。

 

「それじゃあ、私からはそれだけ。あとで人をよこすから、その人の指示に従ってね」

 

 それだけ告げると、お嬢は髪留めを外して私の前髪に留めた。

 

「私を失望させないでね、ミナミ」

 

「はい、仰せのままに」

 

 彼女の足音が十分に遠ざかってから、私は顔を上げる。髪留めは私の白髪とは対照的な漆黒の色をしていて、これでもかと自己主張していた。

 

 

○☓△□

 

 

「よお新入り。いや、P2と読んだほうが良いか?」

 

「まだ首が繋がっていたんですね、P1」

 

 輸送作戦の前に一度だけ見た顔が、私を迎えに来た。

 

「俺の輸送任務自体は成功しているからな」

 

「はぁ、最悪」

 

 私を犠牲にして手にした成功でそんなにいばられても困る。お嬢を乗せた輸送機パイロットを任されるくらいだ。腕前は確かなものだが、性格は最悪。

 

 本当に、こういうやつに限って生き残るのだ。

 

「まあそう言うなよ。えーっと、ミナミって呼んでいいか?」

 

「私はなんと呼べば?」

 

「うーんそうだな。ウミヘビだ」

 

 明らかな偽名。いや、コードネームか。

 

「わかりました。ウミヘビさん。それで私は何をすれば」

 

「なぁに、やることはフリーの傭兵と変わんねえよ。俺たちもチームで動くことはほぼない。お嬢からの依頼だけだな、優先するのは」

 

「なるほど」

 

 私兵集団ではなく、あくまで融通の効く傭兵集団ということだろう。

 

「んでもってお前は俺のグループに所属ってことだ。よろしく頼むぜ、『白翼』」

 

「……その名前は?」

 

「傭兵界隈で知らないほうが珍しいぞ。すっとぼけられるとでも思ってんのか?」

 

「彼女は死んだ。そう聞いたけれど?」

 

「はは、そもそも『彼女』だなんて噂は俺でも聞いたことがないぜ?まさかあの白翼がこんな少女だなんてな」

 

「……何のことだかわからない」

 

「まあ今はそういうことにしておくが、気がついたのは俺だけじゃないぜ。あの戦闘ログを見りゃ誰だって分かる」

 

「あれは最新AIの成果ですよ」

 

「いいや。機体性能じゃないねあれは。っともうついたか」

 

 案内された先は一軒の木造小屋だった。首を傾げながらついていくと、建物の中は空っぽだった。しばらくして動き始める床。つまりはこの小屋自体が、大きなエレベーター式の入り口なのだろう。地下へと降りていく浮遊感に似たなにかを感じながら、ふとウミヘビの顔を見る。

 

「ようこそ白翼。『小人たちの止まり木へ』」

 

 エレベーター内の薄暗いライトが、彼のニヤケ顔をほのかに照らし出す。

 

「白翼は私じゃない。その名前で呼ばないで」

 

 そう吐き捨てて、私は壁にもたれかかった。

 




AIちゃん「あれ!?私の出番は????」
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