VORX乗りの少女@内地で平穏に暮らしたい   作:畑渚

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5.訓練任務

■9月某日ーーー『小人たちの止まり木』・トレーニングルーム

 

「ふわぁ」

 

「眠そうだね、ミナミ」

 

「まあね」

 

 久しぶりにしっかりとしたベッドで寝たからか、身体がまだ眠っていたいと抗議している。

 

「うぉ、もう集まってる」

 

「さすがは傭兵たち、元気だねぇ」

 

 トレーニングルームの奥には、体育館のように開けた空間がある。あまりの規模感に、ここが地下であることを忘れてしまいそうになる。

 

 好奇の目にさらされながら、私はまっすぐ彼のもとへと向かう。

 

「よお白翼。ぐっすり眠れたみたいだな」

 

「おはよう、ウミヘビ。お嬢様に気づいていながら逃げ出したの、忘れないから」

 

「ははっ、それはかわいい復讐だな。よし、みんな聞いてくれ。うちの新入りだ!」

 

 一気に私に視線が集まる。あまり気分のいいものでもない。私はペコリと一度お辞儀をして、そっとウミヘビの後ろへと回る。

 

「んだ。人見知りか?まあいい。今日からこいつも含めて日課をこなしていくが、変な気は起こすなよ?特に若い連中!」

 

「隊長のセクハラには敵いませんよ」

 

 一人がそう言い返してから、一気に場を笑い声が支配する。随分と明るい人たちだ。

 

「明るい職場だね」

 

 端末からウィズが話しかけてくる。

 

「うん。でも……」

 

 個々が抱えた物語は、きっと鉄と血でまみれた重っ苦しいもののはずだ。いや、それを抱えてなおこうして笑えるのだとしたら、彼らが生き続けているのも理解できる。

 

「さてと。最初の訓練はなに?」

 

「やる気があるのはいいぞ、白翼。最初は持久走だ!」

 

 私の一日が始まった。

 

 

○☓△□

 

 

「はぁはぁ、何だよいったい」

 

「おい、大丈夫か?急に倒れ込むな歩け歩け」

 

「ははっまだ走ってるのかよ」

 

 呼吸ペース問題なし。足への負荷も予測範囲内。まだまだ行ける。

 

 私は足を動かしながら周りを見渡す。だいたいのものが息を切らして座り込んでおり、立っているのものも限界といったところだ。そしてもう一人……。

 

「はぁ、はっはぁ。おい白翼。そろそろ限界か?」

 

「ウミヘビ。あまり無茶はしないほうがいい。怪我をする」

 

「ちっ呼吸すら乱れてねえのかよ。化け物か?」

 

 ある意味では間違いではない。もちろん私自身は常識人のつもりだけど。

 

「最後の一人になるまで走り続けるなんて、非効率的な訓練だと思うのだけど」

 

「俺たちは負けず嫌いの人間だからな。こうやるのが一番いいんだ」

 

 闘争本能を日々から刺激しているということか。まあでもしかし……

 

「ウミヘビって強いんだね。関心したよ」

 

「は、はぁ?まじかよ」

 

 私は走るペースを早める。半周もせずして、ウミヘビは息を切らしながら倒れ込んだ。

 

「はい、水分」

 

「はぁ、はぁ、くそっ。とんでもねえ新人だな」

 

「私のペースについてきて倒れ込むくらいで済んでる貴方も十分とんでもない人」

 

「お褒めに預かり光栄です。ってか?次は負けねえからな!」

 

「……ウィズ、ウミヘビに私が持久走で負ける確率は?」

 

「うーーーん。多めに見積もってこれくらいかな」

 

 ウィズは画面の中で指を五本立てて見せた。

 

「意外。50%もあるなんて」

 

「いいや、コンマゼロ五くらい」

 

 ウミヘビが声にならない声を漏らしているが、まあでも、私の勝利は揺るがなさそうである。

 

「まあ。そういうことだから次いこう」

 

「はぁ。はぁ。ちょっと休憩だバカ」

 

「あっそう」

 

「……お前ら次いくぞぉ!!!」

 

「ちょっ隊長???」

 

「すぐには動けないっすよ!!!」

 

「隊長の鬼!悪魔!お嬢!」

 

 これは後日談だが、最後の言葉を言った彼を今日以降見なくなったのは偶然だろうか。

 

 

○☓△□

 

 

 あのあともいくつかの訓練を乗り越え、ようやく自由時間になった。私は迷わずに大浴場へと向かう。

 

「ふぅ。落ち着く」

 

『いいなぁ。気持ちよさそうで』

 

「機械には一生味わえないだろうねぇ」

 

『ちぇっ』

 

 ウィズの声が妙に籠もっているのは、防水袋に入れているからだ。幸か不幸か、傭兵たちの中に女性はいないので私一人の貸切状態だ。

 

「ふんふーんふーん」

 

 だだっ広い湯船で身体をほぐす。ぽかぽかして気持ちいい。

 

「あら、将来は歌姫かしら」

 

 バシャーーーン

 

「セリーナ様?どうしてここに!?!?」

 

「私に男湯に入れっていうの?」

 

「そ、そうじゃなくて」

 

「少し野暮用ついでに寄っただけよ」

 

 お嬢は身体を洗い始めたようだ。シャワーの音が聞こえる。

 

「ねえ、背中を流してちょうだい」

 

「……もしかして私?」

 

「貴方以外に誰がここにいるの」

 

「あのー非常に申し上げにくいけど私側仕えじゃなくて一介の傭兵でぇ」

 

「私は傭兵部隊の出資者だけど?」

 

「ハイ、ナガサセテイタダキマス」

 

 長いものには巻かれておいたほうがいい。これまでの人生で学んだことだ。

 

「……きれいな肌ですね」

 

「褒めても給与は上がらないわよ」

 

「いえ、羨ましいだけです」

 

「へぇ。そう思う心もあるのね」

 

 髪の水気を切りながら、お嬢がこちらを振り返った。

 

「まあ。確かにそんな身体じゃ仕方のないことかもしれないけれど」

 

 腹部の手術跡に手が触れる。少しくすぐったい。

 

「痛むの?」

 

「いいえ。痛みなんてもう随分と昔に忘れました」

 

「ふむ、ふーん」

 

「ひうっ、あっ、そ、その」

 

「ん?なにかしら」

 

「くすぐったいです。セリーナ様」

 

 そんなに手術跡が珍しいのだろうか。さすがにそこまで触られると恥ずかしい。

 

「ああごめんなさい」

 

「いえ。慣れないものだったので」

 

 未だに他人の手が怖い。それは今世の私が抱えた最大の弱点であり、そして私が不特定多数との接触を好まない理由だ。

 

「どうしても気になるのなら皮膚整形手術を手配するわよ」

 

「いえ。もう手術は懲り懲りなので」

 

 本心をここまで他人に明かすのは久々な気がした。

 お嬢は「そう」とだけつぶやき、私の頭を軽く撫でてから浴場から出て行ってしまった。

 

「気に……しないけど」

 

 浴場内の声は、嫌に響いて消えた。

 

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