白衣の漢、現る
- The Man in the White Coat -
「誰だよ……」
スマートフォンに表示されたメッセージを見つめながら、八馬人は首をかしげた。
『明日、午前九時過ぎ。君のアパートに迎えに行く。スマホとスマートウォッチを身に着けて待て』
差出人の表示はない。
「いたずら……じゃないよな」
そう呟いた直後、スマートフォンの着信音が部屋に響いた。
「うわっ!」
慌てて画面を操作した八馬人は、誤ってビデオ通話の「応答」を押してしまう。
画面が切り替わる。
映し出されたのは、白衣を羽織った一人の男だった。
後ろには大型モニターが並び、工具や電子機器が所狭しと置かれている。
どこかの研究室らしい。
男は画面越しに笑みを浮かべた。
「おっ、ようやく出たな。」
「君が木浪八馬人君か。初めまして。」
八馬人は一瞬言葉を失う。
「……あなたは?」
男は親指で自分を指しながら、にやりと笑った。
「俺か? 俺は陣マサト。」
「君の世話役みたいなもんだ。」
「陣……マサト?」
聞き覚えのない名前だ。
だが、その雰囲気にはどこか安心感があった。
「急な話で驚いてるだろ?」
「まぁ、それも当然だ。」
「いきなり知らない世界で目が覚めたら、誰だって混乱する。」
八馬人は苦笑する。
「そこまで分かってるなら、最初から説明してくださいよ。」
「悪い悪い。」
陣は頭をかきながら笑った。
「実は俺も、ついさっき君の担当になったばかりなんだ。」
「担当?」
「ああ。」
「君が所属しているAFT――Alliance Freedom Treatは、世界各地で起こる特殊事件を調査・支援する組織だ。」
「その一員として、君を迎えることになった。」
「俺が、その教育係ってわけ。」
「教育係……。」
八馬人はスマートウォッチへ目を向ける。
「この時計も?」
「もちろん。」
陣は嬉しそうな表情になる。
「気になるか?」
「そのスマートウォッチは、ただの時計じゃない。」
「通信機能、位置情報管理、それに転送システムを搭載してる。」
「緊急時には装備を瞬時に呼び出せる優れものだ。」
「ただし。」
陣の表情が少し真剣になる。
「便利だからって、むやみに使うな。」
「力は、使いどころを間違えると危険だからな。」
その一言に、八馬人は静かにうなずいた。
「分かりました。」
「よし。」
陣は満足そうに笑う。
「じゃあ、明日の午前九時過ぎ。」
「迎えに行く。」
「細かい話は直接しよう。」
「一つだけ覚えておいてくれ。」
「君が今日見た東京。」
「それは、この国のほんの表の顔に過ぎない。」
「……!」
八馬人の表情が引き締まる。
「その裏側を、明日から君自身の目で見ることになる。」
通信が切れる直前、陣は親指を立てた。
「安心しろ。」
「面倒は俺が見てやる。」
プツッ。
画面が暗くなる。
静まり返った部屋。
八馬人はゆっくりとスマートウォッチを手に取り、左腕へ装着した。
ひんやりとした金属の感触が、これまでの日常との決別を告げているようだった。
「AFT……か。」
窓の外を見る。
夕日に染まり始めた街では、人々が何事もない日常を送っている。
だが、その平和の裏側には、まだ自分の知らない世界が広がっている。
「明日から、本当の第二の人生が始まるんだな。」
八馬人は小さく息を吐き、静かに拳を握った。
その時、彼はまだ知らない。
この出会いが、自らの運命だけでなく、多くの人々の未来を大きく変えていくことを――。