銀行内に怒号が響いた。
「動くな!」
覆面をした男が拳銃を構え、行員や客たちを脅す。
「全員、一か所に集まれ!」
悲鳴が上がる中、八馬人は素早く周囲を確認した。
犯人は二人。
武器は拳銃。
人質は十数名。
女神から授かった空間認識能力が、状況を冷静に整理していく。
幸い、八馬人の位置は犯人の死角だった。
「こんな時に……」
八馬人は柱の陰に身を隠し、スマートウォッチを操作する。
画面に表示されたのは二つのモード。
EXPLORATION MODE
TRANS MODE
まずはTRANS MODEを選択する。
次の瞬間、肩に軽い重みが加わった。
ショルダーホルスター。
中には、整備しておいたコルトガバメントが収まっている。
続けてEXPLORATION MODEを起動する。
敵性反応、二。
武装、拳銃。
人質、多数。
推奨行動、待機。
「待機って言われてもな……」
その時、外からパトカーのサイレンが聞こえてきた。
犯人の一人が入口の方へ視線を向ける。
もう一人は、行員にバッグを突きつけていた。
「早くしろ!」
八馬人は息を潜める。
どう動くべきか。
自分が撃てば、状況は一気に変わる。
だが、実弾を撃つということの重みが指先にのしかかっていた。
その時だった。
パァン!
乾いた銃声が銀行内に響く。
入口近くにいた犯人が体勢を崩し、床に倒れ込んだ。
八馬人は銃声の方向を見る。
そこに立っていたのは、ベージュ色の制服を着た少女だった。
同い年ほどに見える少女。
だが、その手には拳銃が握られていた。
「リコリス……!」
八馬人は思わず息を呑む。
リュウジが言っていた言葉。
ベージュ、ネイビー、レッドの制服には注意しろ。
その意味を、彼はようやく理解した。
だが、もう一人の犯人がバッグから銃を取り出そうとする。
「このっ……!」
少女の位置からでは間に合わない。
八馬人の視界に、犯人の動きが線のように浮かび上がる。
腕の角度。
銃口の向き。
人質との距離。
「撃てるのか……俺に」
指が震える。
だが、迷っている時間はなかった。
「伏せて!」
八馬人はホルスターから銃を抜き、引き金を引いた。
銃声が響く。
弾丸は犯人の腕を正確に撃ち抜き、銃は床へ落ちた。
人質たちが一斉に身を伏せる。
八馬人は大きく息を吐いた。
「……当たった」
安堵したのも束の間、ベージュの制服の少女が素早く動く。
彼女は倒れた二人の犯人へ銃を向け、完全に動きを封じる。
「ちょ、ちょっと待って!」
八馬人が声を上げる。
少女はゆっくりと振り返った。
その銃口が、今度は八馬人へ向けられる。
「動かないでください」
冷静な声だった。
「あなたは何者ですか」
「警察ではありませんね」
「いや、俺は……」
「武装している以上、一般人とは判断できません」
少女の視線は鋭い。
八馬人は両手をゆっくり上げた。
「分かった。抵抗はしない」
銀行の外。
建物を囲むように、黒服の男たちが配置についていた。
偽装車両。
規制線。
空を飛ぶ小型ドローン。
その映像は、ある場所へ送られていた。
DA本部。
モニターには、銀行内で銃を下ろす八馬人の姿が映っている。
「正体不明の武装した男性を確認」
オペレーターの報告に、司令席の人物が目を細めた。
「何者だ」
「不明です。ただし、射撃精度は高く、リコリスの介入前から状況を把握していた可能性があります」
「……連れてこい」
「了解」
同じ頃。
建設中のビルのクレーン上。
岩崎リュウジはソウガンを下ろし、小さく息を吐いた。
「あーあ、見つかったか」
彼は通信機を起動する。
「先輩、黒木司令。八馬人君、DAに目をつけられました」
風が吹く。
銀行の周囲に、さらに多くの影が動き始めていた。
八馬人の最初の遭遇は、思わぬ形で大きな波紋を広げようとしていた。