有馬かなが刺された世界(そして前向きイマジナリー重曹ちゃん)   作:settu

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そもそも、あにまん掲示板にて同名タイトルにてスレッドを建て、投稿していた作品となります。
投稿者自身がスレッド内で投稿していたものを、加筆再構成して、掲載していきます。


本章
第一話 とある朝


『とりあえず起きろ! まずは起きろ! ほーら! 起きる! 起きる! さあ起きる!』

 

 なるべく大()で。なるべく派手に。なるべく元気よく。

 私ができるのは、それくらい。

 アクアの自室で、本来部外者の私は、めいいっぱいの()を出す。

 

 アクアは、頭から掛け布団に包まったまま動こうともしない。

 とにかく起きて貰わないと始まらない。

 私は、思わず掛け布団の端を掴み、引きはがそうとする。

 そして、()()その手は()()()、と空を掴む。

 わかってはいるが、慣れない。

 そうなのだ。今の私には、物理的な何かを引き起こすことは、そもそも許されていない。

 やれることは、()()()()こと。

 声なき声。

 でも、アクアには届いている筈の声。

 ほんの一瞬、自分の声が、本当にアクアに届いているのか、不安になる。

 あるいは。

 あるいは既に、私は。

 とにかく、続ける。

 

『ほーら! 起きろ! 起きろ!』

 

 そうやって騒ぐのを何度か繰り返した後に、やっと、アクアはもぞもぞと動き始めた。

 僅かな安堵を感じつつ、私は機を逃さず追撃を仕掛ける。

 

『いつまでもふさぎ込まない! ほーら! 起き上がる!』

 

 アクアは、やっと掛け布団から、顔を出す。

 うつろな目つきで、ぼうっとこちらを見て。

 そのまま動こうともしない。

 

『ほら! ほら!』

 

 私はひたすら声をかける。

 すると、そのうち、アクアの両目から涙があふれ始めた。

 あちゃあ、と思う。

 とにかく、今は。

 私はアクアの雰囲気を意図的に無視して、声をかけ続ける。

 

『いいから起きる! 起きてから考える! 顔洗う! ほら! まったく…そんなしくしくメソメソやってたって状況は変わんないわよ……』

 

 私に急かされ、急かされ、急かされ。アクアはやっとベッドから起き上がる。

 

『よし偉い! さあ起きる! 顔洗う! いーから! なんでもいいから! とにかくベッドから出る! 一日の始まりよ!』

 

 ひたすら私に言われるままに、やっとベッドから足を下したアクア。

 そのタイミングで、アクアの()()が少しだけこっちに伝わる。

 とても嫌な感覚。

 考えてはいけないことを考えている感覚。

 どこまでも重々しい、じっとりとした、真っ暗な自責の思考。

 躊躇いながらも、それをしなければならない、という義務感。

 その思考で引き起こされる未来の行動。

 やたら具体的な行動。

 

 窓を開けて、そのまま、窓から身を乗り出し……。

 

 あー、となる。

 早急に打ち消す必要がある。

 私は極力明るく、突っ込みを入れる。

 

『って、ナチュラルに朝っぱらから飛び降りの算段とかつけはじめんなや! 二階から飛び降りとか大けがするだけよ! だから顔洗え! 歯を磨け!』

 

 

 * * *

 

 

 とりあえず、顔を洗い、歯を磨く、というノルマを達成した。これが基本。最低限。少しでも気分をすっきりしてもらわないと、話が始まらない。

 アクアは、ぼうっと、ベッドに座っている。

 

『今日も、そのままのつもり?』

 

 アクアは、しばらく黙っていた。そして、そうかな…と小さく声を出した。

 それから、起こしてくれてありがとう、と、か細い声で言った。

 素直に、嬉しい。

 

『……だいぶ慣れたじゃない。私に』

 

 その瞬間、アクアの顔が歪む。

 ()()が伝わる。

 色々と、思い出してしまったらしい。

 自責の念をぽつぽつと口に出しはじめる。

 私は遮る。

 

『そうね。そうだったわね。それは事実よ。

私は()()()()()。そして、その後色々あった。

とにかく、アンタの「復讐」は終わった』

 

 アクアが言う。

 苦痛に満ちた声で。一言、一言。

 そして、お前は……。

 

 そこで声が止まる。

 

『言わなくていい』

 

 私は制止する。

 

 それでも、アクアは苦痛に満ちた声で、続けてしまう。

 

 ()()()……。

 

 言わなくていいのに。それを言えば、辛くなるのに。

 アクアの言葉は続く。

 

 それで、こうして、ここに居て、俺を……。

 

『そういうものじゃ、ないわね』

 

 私はあっさりと切り捨てる。

 

『最初は幽霊だのなんだの、酷い言い草だったけど。まぁ、何でもいいけれども。でも違うわね。私はイマジナリーよ。幻想よ。幽霊ですら、ない』

 

 そして問いかける。

 

『そういやなんだっけ? アマミヤ…? アメミヤゴローだっけ? それとガキのあんただっけ? どこにも居ないわね…。アンタの心にそういうのが居るって話じゃなかったの? 今は出てこない? ああそう』

 

 少しだけ忌々しさを感じる。

 それが、そのふたつが、なおさらアクアを追い詰めた。

 アクアを追い詰め、その果ての行動に導いた。

 そのような存在が居ることを、そもそもアクアが望んでいたのか。それはもう分からない。でも、確かに、そういう存在が居て、そういう存在が、アクアを追い込んだのだ。

 

 私は続ける。

 

『っていうか、アンタが声を聞きすぎたのよ…。

そう、聞きすぎた。

アンタはアンタよ。あーくんはあーくん。どこまでも。

あなたは、星野アクア。ああ、本名星野愛久愛海、ね。

そういうことなのよ。

無視して良かったのよ。そりゃそれで、キツい話だったかもしれないけど。

でも…そんなにキツいなら、ね。共有くらい、してくれてもよかったのよ。もういいけどね』

 

 アクアは少しうつむく。

 

『そう、アンタは幻想に動かされて、アンタの信じる「復讐」を、やり抜こうとしてしまった。

きっと、やってはいけないことを、やろうとしてしまった。

皆凄く悲しい顔してたでしょう? そういうことなのよ』

 

 そして、強調する。これが言いたいこと。

 

『……だから私も幻想なのよ』

 

 私は幻。そういうもの。アクアにとっては、そういうもの。

 暗がりに居て、ただ、アクアを見つめ続けるだけの存在。

 闇のなかに居て。そして、アクアが、そこから歩み去るのを見送るだけの存在。

 

『そうでなくてはいけないの。

……じゃあ、何で居るのかって?

そりゃ、危なっかしいからに決まってるでしょう…。

アンタさぁ、一日何回ヤバいこと考えてるのよ…。ほんっとにいい加減にしてよね…カンベンしてよ…』

 

 これは本音だ。本当に放っておくと、日がな一日そういうことばっか考えている。

 危なっかしくてしょうがない。

 

『私はね。アンタには、生きていてほしい。

ただ、それだけ』

 

 これも……、本音だ。

 

 アクアは自責のセリフをまた言い始める。

 俺は……、都合のいい幻想に縋って、自分の罪から逃れようとしているのか。

 

 私は、敢えて否定せず、その言葉を引き継ぐ。

 

『都合のいい幻想? そう、都合のいい幻想よ。でも、幻想でも、私なのよ?』

 

 そして、禁止カードを使うことにする。

 

『これでも最後はアンタの胸に抱かれていた女よ?

卑怯な言い方するけど、これ以上、私を悲しませないで』

 

 アクアは、ぐちゃぐちゃな顔になって、震えている。

 言いたくはなかったが、今はとにかく思考のループから抜け出してもらわないといけない。

 こちらの言うことを、とにかく、今は聞いてもらわないといけない。

 今日の為に。明日の為に。

 

『じゃあ、その、卑怯な女から、今日のお願いを、一つ』

 

 やっと、目的に入る。

 

『朝ごはん、食べてきて。

ミヤコさんも、ルビーも待ってる』

 

 少しだけ意表を突かれたような顔で、こちらを見る。

 驚かれても、困るのだけど。これは、大事な話なのだ。

 

『それが今日のノルマ。今日のお願い』

 

 一人で、もそもそ栄養補給をするのではなく、きちんと、ミヤコさんと、ルビーと、朝食を食べる。

 まずはそこから始めたい。

 私は知っている。ここの所、あの二人、()()()()()()()

 

 禁止カードまで使ったのだ。これだけは実行させたい。

 

『お願い』

 

 私は真剣に繰り返した。

 

『私のお願いを、聞いて、あーくん? ほら、立って』

 

 アクアは、戸惑いながらも、ゆっくりと立ち上がる。

 

 私はアクアに微笑みかけた。

 

『……いってらっしゃい。大丈夫。ちゃんとここで待ってるわ』

 

 

 

 * * *

 

 

 

『……朝ごはん、食べたのね。偉いわ。本当に偉い。すごく、嬉しい、私は』

 

 文句なしの賞賛。

 一歩、進めた。

 私の言葉で、一歩、進んでくれた。

 

『幻想でも、私を喜ばせてくれるのね。ちょっと見えたわよ。

ミヤコさんも、ルビーも、喜んでたじゃない。こっちまでもらい泣きしちゃったわ』

 

 アクアは、困ったように、少しだけ笑った。

 これだけのことで、と。

 

 でも、それが、私にとっては、どれだけ大きなことだったのか。

 

 もちろん、それは、ミヤコさんや、ルビー、家族にとってこそ、とても大きなことだった筈。

 不安の中でも、回復を信じて見守っている彼女たち。

 アクアが帰ってくる、その為の一歩としても感じられたことだろう。

 だからこれだけのことで、あの二人は、本当に救われた顔をしていたのだ。

 

 ただ、それとは別の意味で、私にとっては、本当に、どれだけ大きかったことか。

 そうだ、私は行うことができた。

 アクアが、かつてのアクアに戻っていく為の手伝いを。奉仕を。他ならない私自身の意図で行い、そして、その一歩に、成功した。

 

 純粋な喜びを感じるべき、その一歩。

 

 だから私は、もう一度賞賛するのだ。

 

 

『……本当に、偉いわ』




続きものとなります。今後ともお楽しみ頂けたら幸いです。
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