有馬かなが刺された世界(そして前向きイマジナリー重曹ちゃん)   作:settu

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第0話 「有馬かなが刺された日」⑥ 偽医者

 アクアは、心が冷えるのを感じた。右肩への放散痛。腹部の膨満感。ありていにいえば……、腹腔内に血液が溜まってきていることの、サイン。

 いや、とアクアは思い直す。こう言うべきだ、と。多分、()()()()()()()、そんな風に判断するんじゃないかと()()()ような状況。

 ナイフの位置と、角度を再確認する。

 有馬かなの呼吸に合わせて、僅かに揺れる、突き立てられたナイフ。

 彼女の体に埋まった刃、その先にあるのは。

「MEM」

 アクアは小声でMEMを呼ぶ。

「どうしたの?」

 MEMもアクアの調子に尋常ではないものを感じて、小声で応じた。

「救急はまだか。内臓が……」

 そこで少しだけアクアは口ごもる。迷いと恐れ。自分がこういうことを言ってしまって良いのかという戸惑い。そして、そう言ってしまうことで、何か、不確定だった状況が確定してしまうのではないかという恐れ。

 だが、続ける。

「……肝臓の辺りが傷つき、内出血している可能性もある、と伝えろ。急ぐよう、言ってくれ……」

 どこか、哀願するかのようにアクアはそう言った。

 MEMは頷いて、顔を強張らせたまま、静かに立ち上がった。少し離れたところに居るスタッフの方に向かう。

「……なんかさ……焦ってる?」

 有馬かなが、あくまで楽し気に言う。ただ、その声は、少しだけ疲労感を感じさせる。アクアの表情に、何かを察したようだった。

「まぁ、そりゃ、この状況だしな。急いだ方がよいに、越したことは無いさ」

 つとめて、冷静に見せようとしつつ、そう語る。

 嘘は言っていない。

 ただ、アクアの声は震えている。

 有馬かなにも、そんなアクアの気持ちは伝わっているのだろう。それでも、彼女はただ、短く答えた。

「……そ」

 MEMはすぐ戻ってきた。アクアに耳打ちする。

「あと少し。雨で事故。道が混んでる。それと……」

 MEMは、質の悪い例の流行り病に言及した。それはアクアにもよくわかっている。救急もひっ迫している。

 アクアは頷いた。

 とにかく待つしかない。

 初めから、気づくべきだった可能性。

 今になって、判断が誤ってたかもしれない、と思う。

 刺入部位と角度。その先に想定される臓器。

 どこかで、症状が軽いと、信じようとしていたのかもしれない。

 アイとは違うから、問題ないと、信じようとしていのかもしれない。

 確かに体外への出血は少ない。ただ、内部も、そうとは。

 随分と、いい加減に楽観したもんだな。

 自嘲する。

 結局のところ、アクア自身の医療知識というものは、どこか遠い、前世の知識に依拠したものだった。知見の補充はしていた。だが、そこに経験はない。誰かの知識を朧げに遠くから見て。そして、自ら学びなおして、そこを補強しただけの知識。なにかこう、実感の伴わない、現実感の無い知識。自らが、適切に運用できるかどうかも分からない知識。それだけで、医者の真似事をやろうとしているようなもので。

 今も色々と分析しているが、結局それはまったくの的外れかもしれない。

 

 

 

 内出血? 肝臓が傷ついている? それは本当か? なぜ有馬かなはこうなっている? お前は本当に分かっているのか? 知ったかぶりで適当なことを言っていないか?

 お前は……、()()()()()()、医者でも何でもないだろう?

 判断の根拠は? 理由は? ちゃんと説明できるのか? おい、それは正しいのか?

 ただの素人が出しゃばって、むしろ有馬かなを危機に追い込んではいないか?

 

 お前が光を見た存在を、お前が消そうとしているんじゃないか?

 

 

 

 幻聴が聞こえた気がした。

 そういうことなのだった。

 アクアの思考。アクアの判断。アクアの行動。

 それらは、それこそ前世たる『雨宮吾郎』にとっても噴飯物の判断と動きなのかもしれない。むしろ、有馬かなの危機を速めてしまっているのかもしれない。

 要は、前世知識があるという設定で、見様見真似で、医者を演じているようなものなのだ。

 それで、いっぱしの医者のように診断をしようとしているのだ。

 真似事というよりも、もっと酷い。

 堂々と、医者でござい、という風に彼女を診断し、可能なら応急処置のような何かすらしようとしている。

 要は、偽医者だ。

 だが、半端な俺にはそんなどうしようもない存在なのがちょうどよい。つまるところ、俺はただの冴えない役者崩れで。

 そこまで考えを進めたところで、アクアは逡巡を打ち切った。

 結局のところ、その事実に気づいていようが、気づいていまいが、今、やれることに、変わりはなかったからだった。

 仮定自体がそもそも無駄。いや、どっちにしろ考えを巡らす時点で無駄なのだが。

「辛いだろうが、もうすこし辛抱してろ」

「言ってくれるわね……」

 その声には、少し疲労感があった。

 呼吸が少し浅い。脈も少し早くなっている。肌の色も、以前より白く。

「先輩……」

 ルビーが、不安そうに呟いた。

 必死に維持していた明るさの仮面が、剥げかけている。

「……ルビー、MEMちょ」

 有馬かなは、二人に呼びかけた。

「……一応言っておくけどさ……色々と、感謝してるのよ、アンタ達には……」

 二人を、ゆっくりと、見上げる。

「一緒に……やれて、……楽しかった」

 その口調は、明らかに以前とは異なり、ゆっくりとしたものになっていた。

「先輩、なんでいきなりしんみりした調子になるかな? そんな挨拶みたいなの、やめてよ……」

「そ、そうだよ、かなちゃん。縁起でもない」

 二人は、有馬かなを窘めるように、少し必死になって言う。

 そんな二人を見て、有馬かなは、明るく笑う。

「……気分よ、気分。…………その、さ。一応……、今のうちみたいな……、ね?」

 アクアは、何も言えずに、三人のやり取りを見つめる。

 己はただ、彼女の症状に注意を払う。

 やれることは、ただ、待つだけではあったが。

 とにかく、救急がたどり着いてくれれば、それでいい。

「……なんていうの……かしら。別に……、このまま、なんていうの? そうなっても、別に……私は……、ふふ、どうでもいいんだけどね。……アンタ達が気にするのも、悪いから、さ」

 強気なセリフ。

 ルビーは、それには応じず、有馬かなの手を、両手で握る。

「ルビー……?」

 強張った顔のまま、ルビーはぎこちなく笑い、震えた声で言う。

「先輩……、また、嘘ついた」

 有馬かなは、少しだけ驚いたように、ルビーを見た。

「先輩、手が冷たい。とっても怖がってる。震えてる。痛い、辛い、怖いって言ってる……」

 ルビーは、握った手に力を籠める。

「先輩、本当に憶病だからさ……」

 有馬かなは、どこか楽し気に苦笑した。

「……アンタ、本当に遠慮が無いわね、そういうとこ」

「えへへ……」

「そうね。私はアンタにとっては、只の小娘だしね?」

「違うよ」

 ルビーは否定する。

「先輩は……、私達B小町のセンターだよ。頼れるセンター」

 その言葉に、MEMも、二人の上からさらに手を被せ、しっかりと握った。

「アンタ達……」

 有馬かなは、少しだけ意表を突かれた表情を浮かべ、それから微笑んだ

「……そ」

 有馬かなは、ルビーの方を見て、言った。

「ルビー、私はね、アンタに『可能性』を見た。『本物』の可能性を」

「先輩……?」

「アンタはアイドルをやっている。そして、アイドルとして、私よりずっと上に行っている。そんなことは分かってる。でも、まだ、アンタは、そこまででは、ないでしょう。アンタが目指す場所はもっと遥かな高みでしょう」

 有馬かなの、ストレートな言葉。

 だが、その真剣な口調は、ルビーに世辞のような否定を行うことを許さないものだった。

「……先輩」

「証明してみせて。私の嗅覚が間違っていなかったと」

「……分かった」

「……あら、良い子。良い子過ぎてちょっと心配」

「心配しなくたって、私先輩程ビビりじゃないし大丈夫だよ」

 ルビーは、強張った口調で、そんなことを言う。

「……言うじゃない」

 それを聞き、有馬かなは、楽し気に笑う。

「ま、なら安心よね」

 そして有馬かなは、MEMちょの方を見た。

「ねぇ、MEMちょ……」

「うん……」

「私が色々と酷かった時さ……今更だけどさ……本当に有難う」

「かなちゃん……」

「私、MEMちょが気にしてくれなかったら……ダメになってたかもしれない」

「そんなこと……」

「それより、さ」

 有馬かなはそこで口調を変える。

「私はもうすぐ卒業するんだし。アンタだって、ルビーに負けてんじゃないわよ」

「にゃはは……」

 MEMちょは少しだけ苦笑してから、ニッコリ笑った。

「私は、いつだって挑戦してるんだ。それで、いつだって上手くやってきた」

 満面の笑み。

「だから、問題ないね!」

「そ」

 有馬かなは、満足そうに言った。

「なら……二人とも、安心ね。安心して……卒業できる……」

 ルビーが、どこか必死に、その言葉に抗議する。

「先輩、何一人でしんみりモードしちゃってるかな!?」

 MEMも涙目で強く言う。

「そうだよかなちゃん、そんな言い方ダメだよぉ、縁起でもない」

「……悪かったわね……なんていうの? ほら、一応やっぱりお約束っていうか……」

 そこで、会話が途切れる。

「有馬?」

 雰囲気がおかしい。アクアは有馬かなに呼びかける。

「おい、有馬?」

「……ああ、ごめんなさい。」

 有馬かなの様子の変化に、アクアは何かを感じる。二人に目配せする。

 ルビーとMEMは、アクアに促され、ゆっくりと手を放す。

「……で、なんの話だったかしら」

「先輩……?」

 少し要領を得ない応答。ルビーが不安そうに有馬かなを見る。

 ……記憶の混濁。

 つまり、ヴァイタルとして言うのなら、意識レベルの変動。

 呼吸も少し浅い。

 アクアは、有馬かなの総頚動脈に触れる。頻脈。……かなり早い。

「MEM、救急にもう一度催促してくれ。早く来てくれ、今どこだ、と」

 そうMEMに言ったアクアの声は、焦りをもはや隠し切れないものになっていた。

 

 

(「有馬かなが刺された日」⑦ に続く)

 




ここまでお読みいただきありがとうございました。
引き続き早めに続きを投稿して行きたいと思っています。
またお楽しみ頂けますと幸いです。
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