有馬かなが刺された世界(そして前向きイマジナリー重曹ちゃん)   作:settu

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「有馬かなが刺された日」⑨ 夢は、その先を見つけてしまった

 ⑨/エピローグ

 

 

 

 ルビーは急いでいた。

 結局、AEDを見つけるには随分と時間がかかってしまった。

 オレンジ色のバック型の機材を手に、走る。

 仮設施設ということで、そもそも何処に置いてあるのか良く分からなかったのだ。

 なんのことはない、そもそも施設入口にしっかり置かれていた。灯台下暗しだった。アクアが説明した通り、目立つ赤いハートマークの看板が目印だった。設置ブースの蓋を開けたときはピーピーと警告音が鳴って驚きもしたけれども。

 ルビーは、アクアたちの居る場所に急いでいた。

 ルビーの心には、アクアへの、そして、アクアの中にルビーが見ている雨宮吾郎への信頼があった。

 

 さすがせんせーだ。

 頼りになる。

 ちゃんと指示も出してくれた。

 大丈夫。せんせが居れば、先輩は大丈夫。

 せんせ、カッコ良かったな。

 

 そこまで考えをめぐらせ、思い出す。

 

 ああ、そういえば。先輩に、せんせのこと、色々言っちゃったんだっけ。全部話すって言っちゃったんだっけ。あはは、困ったな。

 本当に困ったな。

 大切な秘密なのに。

 約束しちゃったからには、先輩には、後でちゃんと説明しないと。

 でも、先輩オカルトとか馬鹿にするし、信じないかもな。

 中二病とか言うかな。

 どうかな。

 信じなかったら、どうかな。

 それでも別に良いんだけど。でも、なんか悔しいな。

 せっかく、教えるって決めたんだから。

 ちゃんと分かってもらわないと。

 せんせのことも。私のことも。

 ……でも、本当はやっぱり教えたくないな。

 あはは。

 もったいなくなってきた。

 だってさ、私と、せんせの間だけの秘密だし。

 本当に大切な秘密だし。

 できたら、絶対秘密にしておきたかったし。

 ……あはは、でもいいんだ。

 今なら分かる。

 お兄ちゃんは、ママの秘密を明かしたときに。

 ママなら、「あちゃー遂にバレちゃったね」と笑う、と言った。

 今なら私も分かるよ。

 これで、良い事になればさ。

 また、先輩と話せればさ。

 私も、あちゃー遂にバラしちゃったね、って笑えるもの。

 

 ルビーは、『約束』をした。

 二人の転生者の秘密を明かすと『約束』した。

 その約束は果たさなければならない。

 その為には、当然、有馬かなは生存していなければならない。

 

 ルビーにとって、その秘密の重さゆえに。

 有馬かなの生存が保証されたという、その幻想をルビーは深く信じる。

 

 そして、ルビーはたどり着いた。

 激しく肩で息をしている。

 足が棒のようになっていた。

 そんなこと、たいしたことではなかったのだけれども。

 

 現場には、何名もの救急隊員らしき人々が居た。

 結局、ルビーの頑張りは無駄だったらしい。

 それでも、ルビーは安堵する。

 ああ、これで。

 せんせに頼まれたコレは無駄になっちゃったかもだけど。でも、これで。

 

 だが、一瞬ののちに。

 その場で聞いた声を。叫びを。そして、見たものを。

 それを、ルビーは忘れることができない。

 

 叫び声が聞こえていた。

 アクアだった。

 続けないと。救わないと。

 そんなことを叫んで、騒いでいた。

 

 信じれば有馬は助かるんだ。

 わかってくれ。

 わかってくれ。

 有馬は。

 それじゃダメなんだ。

 俺は。

 俺はここで。

 なんでわかってくれないんだよ。

 頼むよ。

 光だ。

 光なんだよ。

 離してくれよ。

 離せ。

 離せよ。

 何だよお前ら。

 邪魔をしないでくれ。

 俺はやらなきゃいけないんだ。

 俺はあいつが言ってくれた通りにしないといけないんだ。

 お願いだから。

 頼むからさ……。

 

 そのような、わけのわからない言葉で、ずっとアクアが叫んでいた。

 常軌を逸した叫びだった。

 アクアは。

 何か、ストレッチャーのようなものに乗せられた有馬かなにとりつこうとしていたが。周囲の人々により、無理矢理そこから引きはがされていた。

 そのまま羽交い絞めにされている。

 アクアは暴れている。

 泣き叫びながら、暴れている。

 そして、有馬かなは、運び出される。

 その有馬かなの顔を、ルビーは、見ることができなかった。

 何かが怖かったのだ。

 自分の信じるものが否定されることが、怖かったのだ。

 

 同行する斉藤ミヤコと一瞬目が合った。

 ミヤコの顔は強張っていた。

 ミヤコはルビーに軽くうなずくと、そのまま、救急隊と共にその場を出ていった。

 

 辺りが、急に静かになった。

 その場が、がらんとした空間になったかのように感じられた。

 ルビー自身が、傍観者として取り残されたかのような心持ちだった。

 ルビーは、アクアの方をぼうっと見ている。

 足がすくんでいた。

 どうしていいか、わからなかった。

 

 要救助者は連れ去られ。

 アクアはそこに放置されていた。

 執念を向ける対象がいなくなったことで、自然に落ち着いたのか。

 アクアが床に座りこみ、救わないと、救わないと……とただつぶやいている。

 ぶつぶつと、つぶやいている。

 そのアクアを、MEMが前から抱きしめる。

 アクアを守ろうとするかのように。

 アクアを傷つけるものから守ろうとするかのように。

 覆い隠すかのように。

 MEMが、アクアを抱きしめる。

「大丈夫だよ、アクたん、大丈夫だよ……かなちゃん、きっと、大丈夫……!」

 MEMは、必死にアクアに言葉をかける。

 MEMは、泣いていた。泣きながら、アクアに、呼びかけていた。

「だから……アクたんもしっかりしよう……? ね?」

 アクアを慰める、MEMの言葉が、響く。

 

 ルビーは、一歩も動けず、その情景を、ただ、見ていた。

 

 

 

 

        *   *   *

 

 

 

 

 有馬かなは。

 その情景を見ていた。

 不思議な感覚だった。

 有馬かなは、アクア達を見下ろしていた。

 ステージ脇のスペース。

 アクア、MEM、そして周囲の人々。散乱した物品。

 そして、何より、寝かされている有馬かな自身の体。

 アクアが。

 自分の胸の、体の中心の辺りを懸命に押していた。

 リズミカルに。

 リズミカルに。

 不思議な感覚だった。

 感慨もあった。

 こうなっちゃったか。

 アクアが、有馬かなの事でこれだけ必死になってくれているのは、ちょっとだけ嬉しく感じた。ただ、それよりも、伝わってくるアクアの必死さと、その悲しみに、とても申し訳ない気分になっていた。

 MEMが、何事かを叫んでいた。

 きちんとは聞き取れなかったが、その意味は、そこの意志は理解できた。

 やはり、申し訳ない気持ちだった。

 そのうち、アクアが、アクア自身の口で、有馬かなの口を覆う。

 息を吹き込んでいるのだ。

 それは、とても真面目な行為なのだけど。

 それでも、僅かばかり、恥じらいのような気持ちも沸く。

 ああ、そうか、と思う。彼女自身は、どこまでもアクアのことを思い焦がれていたというのに、アクアと口づけをしたことすら無かったのだ。

 しちゃったかー。

 やはり不思議な感慨が沸く。

 

 だが、やはり、状況は思わしくはないようで。

 彼女には、諦念があった。

 しょうがないか。

 

 ああ、どうせなら、もうちょっと思わせぶりなこと言えば良かったかしら。

 きわどい事っていうか。

 

 それでも心残りになるのも、なんか悪かったのよね……。

 ああ、でも、少しは心残りになりたかったかも……。

 

 でもどうせそのうちすぐ新しいなんちゃらとか見つけちゃったりするんでしょ、浮気者。

 良いけどさ。

 

 精一杯の強がり。

 ただ、それは、同時に、所詮彼女自身は、アクアにとって、その記憶としては、そこまでのものに留まるのだろう、という諦念もあってのことだった。生きているのならまだしも、と。

 多分、数日で、彼女は忘れ去られるのだろう。

 記憶には残してくれるかもしれないけれども。

 結局は過去の事実になるのだろう。

 所詮、その程度。

 それが、有馬かなの自認。

 

 ただ、それでも、必死になっているアクアから、目をそらすことはできなかった。

 本当は、離れたくはない。

 離れたくはない。

 まだ、伝えたい言葉もある。

 伝えたい思いもある。

 あの、雨の日の事も。

 ちゃんと、話したい。

 できることなら。

 ああ、できることなら。

 

 ただ、アクアの動きに。目を奪われる。

 

 リズミカルに。

 リズミカルに。

 アクアは、有馬かなを、その体を懸命に押す。

 押される度に、有馬かなの体が揺れる。

 その手の動きに、有馬かなの心は惹かれていた。

 不思議な感覚だった。

 どくん。

 どくん。

 一回押される度に。

 なぜか、宙に浮かぶ彼女自身が、そこに、アクアの手に巻き取られるような感覚を覚えた。

 どくん。

 どくん。

 引かれる。自分が、引かれる。

 アクアの方に。

 どこまでも想いを寄せていた、その人に。

 引かれる。

 ただ、引かれる。

 

 そのまま、有馬かなの意識は。

 眠りに落ちた。

 

 

 

 

 

        *   *   *

 

 

 

 

 

 声が響く。

 

『そして、ものがたりは、見つけてしまった』

 

 どこからか声が響く。

 

『見つけてしまったんだ』

 

 誰の声なのか。

 

『そういうもの。そういうものなんだ』

 

 誰に向けての声なのか。

 

『良いか悪いかではなくて。そういうものなんだ』

 

 声は響く。

 ずっと、響く。

 

『かくて、終わる筈だったものがたりは、一つの可能性を見つけてしまった』

 

 その声は、どこか、悲しんでいるようでもあり。

 喜んでいるようでもあり。

 興味深く思っているようでもあり。

 

『夢は、その先を見つけてしまった』

 

 ただ、その声に、多分、失望だけは含まれていない。

 

『これは、もう終わってしまった、袋小路の先の物語。多くの人にとっては、既に意味をなさない物語』

 

 やはりそれは。

 どちらか言えば。

 うれしそうな声。

 

『世界にとって意味は無く。神様にとっても意味は無く。だからどうしたという話でもない。そんな他愛のない出来事。取るに足らない存在の、取るに足らないお話』

 

 改めて思う。これは、誰に向けての声なのか。

 

『だから、私にとっても。これは、ただ、娯楽として眺めるだけのお話』

 

 声は続く。

 

『利益もなく。損失もなく。リスクもなく。リターンもなく』

 

 それでも、一つだけわかるのは。

 

『ただ、どうせ娯楽なら。素敵な娯楽を見たくはあるよ』

 

 多分それは、きっと願いの声だった。

 

『……だから見せてよ、幸せな夢を』

 

 

 

(「有馬かなが刺された日」完)

 






 「有馬かなが刺された日」のシリーズは本話で完結となります。
 次回から通常の話を投稿するかたちとなります。
 ここまでお読み頂き有難う御座いました。
 ご感想等頂けましたら幸いです。
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