有馬かなが刺された世界(そして前向きイマジナリー重曹ちゃん)   作:settu

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続きとなります。お楽しみ頂けたら幸いです。



第二話 アクア -はじまりの日-

 午前二時。

 

 照明を落とした自室で、俺は静かに待っていた。

 そろそろ、()()を始めても良いのかもしれない。

 今日はそういう日かもしれない。

 

 監視を解いてもらうまでは結構日にちがかかった。

 どうしても自分自身、気落ちしている部分は隠し切れない。

 原因ははっきりしているから、猶更。

 だから周囲も心配する。何か極端な行動をとるんじゃないか、と警戒する。

 それでは、落ち着いて動けない。

 

 そして最近、やっと、監視を解いて、一人にしても大丈夫、というレベルまでには信用を得ることが出来た。

 実際やっていることは、朝起きて、そのまま晩まで、自室で、ベッドの上でぼうっとしていることだけ、ではあったが。

 

 思い起こすと、()()が起こった直後は、もう少しまともに取り繕う動きができていた。

 自分自身、びっくりするほど。

 ()()()()はいっぱいあった。

 関係者として、参列しなければいけない()()もあった。

 その場で初めて分かった真実に、そこにあった彼女の孤独の真実に、より一層己の罪深さを認識させられたのだけれども。

 

 ただ、その一通りのごたごたが終わって、また、俺自身も、仕事上の最低限の後始末を何とか済ませたあたりで、急に、()()

 

 そこから先は、わかりやすく言えば、生きる屍といった塩梅か。

 

 栄養補給の時だけ部屋の外に出て。適当な保存食と水分を「補給」して自室に戻る。ルビーも、ミヤコさんも、こちらの状況を慮って、それについて何も言うことは無かった。有難い。ただ、放置してくれる状況さえ作れれば、いい。

 さすがに、それ以上の何かをする、その気力は起こらなかった。

 そして、日々を過ごした。

 

 ()()()()()()は、一人でゆっくり考えて、一人でゆっくりと行いたい。

 

 ……細かいことは思い出したくない。

 正直なところ、少しでもその時のことを思い出せば、体に震えが出て、動けなくなる。

 自分の罪深さに、何も出来なくなる。

 

 ただ、言い訳がましいことを言えば。

 本当にどこまでも愚かな、言い訳がましいことを言えば。

 

 俺は。

 

 <自分の目的の為に、利用出来るものは全て利用する>

 

 それは確かに決意していた。

 それがたとえ、()()()()()()

 

 言い訳はしない。

 それは、俺の責任で、俺が決意した。

 そうだ、俺の計画の中には、有馬を利用することは当然その一部として組み入れられていた。

 その通りだ。

 でも。

 だけれども。

 

 俺の……、僕の、計画は。

 ()()()()()()、とは言ったが、()()()()()()()()、という意味じゃなかった。

 そういう意味じゃ、無かったんだ。

 無かったんだ。

 そんなこと、俺は、望んじゃいなかった。

 分かるだろう?

 そんなこと、分かるだろう?

 

 俺は、俺の言葉に呪われてしまった、ということかもしれない。

 でも、その呪いが、どうして俺ではなく、有馬に向かった。

 

 俺は呪われればいい。俺は初めから最後まで、無価値な人間だった。

 

 でも、有馬はそうじゃない。

 

 有馬には、皆と同じく、幸せな人生を歩んで貰う筈だった。

 俺には手の届かない遠くで。

 遠くで、輝いて貰う筈だった。

 消えるのは自分だけ。

 計画は完璧。

 

 その筈だったのに。

 

 涙があふれる。

 嗚咽が止められない。

 

「くっ、うっ、あ……」

 

 情けない声が出る。

 あいつは、あいつは。

 ()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

 俺はあいつの才能を歪め。その輝きを歪め。命を、歪めてしまった。

 失わしめてしまった。

 

 輝いていて欲しかったのに。ただ、輝いていて欲しかったのに。

 

 ……そして、俺には、あのまっすぐな視線を向けられる資格なんて無かったのに。

 俺は、有馬の、最後の視線を、自分だけで独占してしまったのだ。

 あいつは、最後に俺だけを見て。

 俺だけを視線に収めて。

 そして、満足そうに微笑んで。

 そのまま、去ってしまった。

 俺なんかが、最後に、有馬を独占してしまった。

 そして、あの輝きは。

 失われた。

 

 俺は……、僕は、無力で。

 最後まで、無力で。

 誰も、助けられずに。

 

 これでは、いけない。

 冷静にならないといけない。

 こういうことは、冷静にならないといけない。

 

 ……ダメだ。

 どうにもならない。

 というか、もうどうでもいい。

 

 逃げたい。

 

 ()()()()()()()

 

 なぁに、すぐ終わる。

 

 震えた手つきで、()()を始める。

 本当は、どこか遠くに行って、ひっそりと済まして、行方不明にでもなるつもりだったが。それで、ルビーやミヤコさんがこっちを探し続ける、なんてことになると申し訳ない。ちゃんと、どうなったかは()()()()()()()()()。それはそれで、少しばかり申し訳ないけど。

 そもそも、そうなった後の姿を見せること自体がひどいことなんじゃないか、という考えも一瞬浮かんだが、それはすぐ消えた。

 正直そこまで構っても居られない。

 どうでもいい。すべてが、本当にどうでもいい。

 逃れられれば、それで。

 

 自決、というのは分かりやすい言葉だ。自分で決める。その通り。自分で決めればいい。

 

 俺は、必死になって、急いで準備を進める。

 

 会えるのだろうか。

 

 こうすれば、俺は、有馬に会えるのだろうか。

 謝らないといけない。

 謝って……、伝えないといけない。

 償わなければならない。

 そうだ、これは有馬の為の行動だ。

 

 手が止まる。

 本当に、有馬が()()を望んでいるのか?

 そう、聞かれた気がした。

 

 言うまでもない。

 ()()()()()が、有馬の望みの、筈がない。

 そうだとも、俺は……、ただ、逃れたくて。

 この罪から、逃れたくて。

 償い切れない罪から逃れたくて。

 

 ベッドに腰かけたまま、さめざめと。

 両手で顔を覆って、さめざめと、ただ、情けなく泣いて。

 

 壊れる。

 壊れてしまう。

 

「…………有馬」

 

 ふと、その名前を口にする。

 

 ……そう、口に出してしまった。

 

「あ………あ………」

 

 もう、呼びかけても、返事を得ることが出来ない、その名前を。

 かつて、俺に、無限の希望を与えてくれたその名前を。

 なのに、その希望を、俺自身が失わしめてしまったその名前を。

 俺には、口にすることすら憚られるその名前を。

 その名前を。

 

 罪びとには、あまりにも恐れ多いその名前を。

 

 情けなく、咽ぶ。

 

 寒い。

 とても寒い。

 以前にも、こんなことが、あったような。

 そんな感覚を微かにどこかで覚えつつ、咽び続ける。

 

 

『あーくん』

 

 

 その時、ありえない声を聴いた。

 聞こえる筈のない声を。

 聞こえる筈のない、その人の声を。

 

 ありえない奇跡が。

 

 暗闇の中で、見渡す。

 

 

『あーくん?』

 

 

 もう一度、聞こえた。

 そして、姿が見えた。

 

 有馬だった。

 かつて、再会した時の、あの制服姿で。

 

 なぜか空中に、ふわりと浮かんでいた。

 

 暗い部屋なのに、何か一瞬、光が満ちたような感覚を覚えた。

 

 有馬は……、何故か、どこかこちらを恐れるかのように、自分を見下ろしている。

 なんだか、緊張しているようにも見えた。

 

(……有馬なのか)

 

 声にもならない思い。だが、どうやらそれが彼女には伝わったようだった。

 彼女の表情から、こわばりが消えたようにも思えた。

 少しだけ、笑う。

 

『嬉しいわ。()()()()私が分かるのね』

 

 どうやら……、安心したらしい。

 

『どう見える?』

 

(……あの時に、有馬は)

 

『そーね。それが真実ね。ついでに言えば、その後の色々もアンタには記憶がある。なんというか、人間社会ならではの行事色々。あと、報道とかそういうやつ、色々。インタビュアーとか来なかった? ミヤコさんとかがうまい具合にシャットアウトしてくれた? ……まぁ、色々あったわよね。そういうことね。……なら、それは真実なのでしょう。不可逆の真実』

 

 その口調が、だんだんといつもの有馬になってきたように感じる。

 

 そして、有馬は、ゆっくりと降りて、俺の前に立った。

 

『で、私は、どう見える?』

 

 すこし悪戯っぽく、こちらに問いかける。

 

 それには答えずに、震えながら、右手を伸ばす。

 触れられるのなら、このひとに、触れられるのなら。

 既に失われてしまった筈の、このひとを、抱きしめられるのなら。

 

 だが、俺の手は。

 有馬を抱きしめようとしたその手は、虚空をさまよう。

 有馬の体を突き抜けて。

 

『いきなり乙女の体に手を伸ばすとはご挨拶じゃない。ナチュラルにセクハラよ、セクハラ。ま、良くわかるでしょう、これで』

 

 どこか自嘲的に笑う。

 

(……なら、お前は)

 

『……違うわね。多分その考えているものとは違う。人をユーレイか何かと思った? そういうもの、じゃないわねぇ。ここに、魂は、そういうものはない。私は幻。ただの幻影』

 

 幻。

 

『そ、幻。アンタが見ている都合のいい幻。イマジナリーな有馬かなさん。そこは間違えちゃいけないわね。アンタは追い込まれて、とうとう幻を見るようになった』

 

 

(……はは、それは本格的にヤバいな)

 

 

『そーね。ヤバいわね。でも、そうね』

 

 こちらを、からかうように、有馬は問いかける。

 

『……幻でも。それでも、私に会いたいとでも思ってくれたのかしら?』

 

 ……それは。

 言うまでもなく。

 

『ふふっ、そうでなければ、こうもリアルな幻、出てこないでしょう』

 

 確かにリアルだ。間違いない。

 こんな風に話しているだけで、今、俺は、こんなにも救われてしまっている。

 俺の表情から、有馬は何かを感じ取ったようだった。

 

『……幻が、話をしているだけ。それで、救われるのなら、その程度の悩みなのよ。大丈夫』

 

 反応に困ることを言う。

 有馬らしい言い方とは思うが。

 

『あーあー、それにしても涙でぐしゃぐしゃ。酷い顔』

 

 否定は出来ない。散々、泣いていた。

 

『まぁ、いいわ。とにかくね、私は幻。幻影。イマジナリー有馬さん。でさ、そのイマジナリー有馬かなさんとして、ちょっとお願いがあるの』

 

(言ってみろ。というか、言われなくても、償いはするつもりだった。もう少し待っていてくれればいい)

 

『おバカ!』

 

 大()で、有馬は叫ぶ。

 

『何言ってんのよ! 逆よ! 逆!』

 

 有馬は急に怒り出す。その感情の起伏が、なんだかとても懐かしいものに感じられる。

 それすら、嬉しい。

 

『……お願いは極めてシンプル』

 

 有馬は言った。

 

『今日を生きて。そして、明日も生きて』

 

 

「……………………生きる」

 

 思わず、声に出た。

 単純だけど、だが、今の俺には、とても罪深い、その行い。

 

 

『そう、生きる。まずはそれ。()()()()()()()()。今日でおしまい、というのはナシ』

 

 

「色々と準備をした。やっと、償いができる状況になったんだ」

 

 

『少なくとも、この幻の有馬さんはそうは思わないわね。こっちに少しでも償いたいという気持ちがあるのなら……、とりあえず、明日も話させて』

 

 

「明日も、いてくれるというのか」

 

 

『アンタが望むなら。望むなら、居てあげる』

 

 そしてほほ笑む。

 

 

『だから、今は、お休み』

 

 そして、有馬は。

 その、どこか透けたようにも見える、「幻」の体でこちらに近づき。

 そして、俺を、()()()()()

 

 

「あ……………ああ…………………………………」

 

 

 涙が。

 涙が、あふれる。

 

 有馬の体が触れる感触は、無い。

 ただ、確かに有馬はそこに居て。

 小柄な彼女が、両の腕を回して、俺を、優しく、抱きしめて。

 

 なぜか、どこか温もりを感じて。

 

 俺はただ、必死に体を震わせて、何とか嗚咽するのを耐えていた。

 目を剥き、歯を食いしばり。

 ただ、耐えて。

 

『あーあーあー、また、泣いちゃって』

 

 有馬は優しく言う。

 

『大丈夫。私はここに居る。だから、アンタも、大丈夫』

 

 有馬が、耳元で、囁く。

 

「ぐっ…ふっ…あ…りま………………」

 

 言いたいことがある。伝えたいこともある。謝りたいこともある。

 いくらでもある。

 語り切れない。

 

 だけど、そういう言葉ではなく。

 

 この気持ちを。

 この気持ちを、伝えたい。

 

 嗚咽。肩が震える。

 

『大丈夫。全部、全部、分かってるから。本当に大丈夫だから』

 

 有馬は、何度も、何度も、繰り返す。

 

『私は大丈夫だから。安心して。私は大丈夫。本当に、大丈夫。だから、アンタも、大丈夫』

 

 俺は、震える手で。

 

 なんとか、空を抱くように。有馬の体を抱こうとして。

 でも、震えて、うまくいかなくて。

 

『難しいわよー、それ。きっと。いーのいーの。でも、ありがとう』

 

 有馬の声は、どこか楽し気で。

 

 俺はただ、肩を震わせる。

 

『そーこまで、私のこと気にしててくれたんだ? へー? ふーん? へー?』

 

 有馬は、からかうように、明るく言葉を繋げる。

 

 

『それより、お願い。もう、寝よ?』

 

 

 有馬の声が、頭に響く。

 

 その言葉を聞いて。なんだか、急に疲れが出てくる。気力が色々と、失せてくる。

 

『疲れたでしょう。もう寝ていいわ。今はおやすみ』

 

 唐突に。

 本当に唐突に。

 眠気が。

 

 

 俺はそのまま、耐えられずに、ベッドに倒れこむ。

 俺を抱きしめてくれていた、有馬の腕を、そのまますり抜けるようにして。

 

 虚空を抱いたような姿で浮かんでいた有馬の姿が目に入る。

 有馬が苦笑したようだった。

 

『んー、しまらないわね』

 

 ただ、その声はどこか楽し気で。

 

 有馬は、倒れこんだ俺にふわりと近づくと、俺の額に手をのせた。

 

『そー、寝ればいいのよ。本当に、大丈夫だから』

 

 そして、俺の頬に顔を寄せて、優しく、囁く。

 

『お休み、あーくん』

 

 この声が。

 この声が明日も聞けるのなら。

 俺に、こんな罪深い俺に、そんな幸福が許されるのなら。

 もう少し。

 もう少し、()()に居ても良いと思った。

 

 朧げな意識の中で、俺は、問いかける。

 

 ……居るんだな、明日も。

 

『大丈夫。居る。アンタが望むなら。ちゃんと居る。……アンタが、必要としてくれるのなら』

 

 不思議と、その言葉は信じられた。

 ただひたすら、安堵が心の中に広がっていく。

 

 微睡みの中で、ほほ笑む彼女を、俺はただ、見つめていた。

 

 

『また明日ね、あーくん』

 




今後も投稿を続けて行きたいと思います。どうぞよろしくお願いいたします。
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