有馬かなが刺された世界(そして前向きイマジナリー重曹ちゃん)   作:settu

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第0話 「有馬かなが刺された日」② ルビーの誓約

 

 

「あ、ああ……先輩……やだ……」

 こちらに駆け寄ってきていた星野ルビーが、散乱したケーブルの向こうでへたり込み、青い顔でこちらを見ていた。

 一目で、ルビーの状況がわかる。

「やだ……ママ……」

 アクアとは違い、ルビーは、アイのその時には触れてはいない。だから、その受けるはずの心の傷は、本来すべてアクアが受け止めた。だが、そうだとしても、それはルビーに何の傷を与えなかった、ということは意味しない。

 とりわけ、親しい人の腹部に、直接刃が突き立てられた状況を目撃でもすれば。ルビーの傷は何かのかたちで再度抉られるのは当然のことであり。

「ルビー!」

 わざと大声で呼びかける。アクアのその声にルビーがびくりと震えた。

 そして、アクアは、努めて冷静に、ゆっくりと言った。

「大丈夫だ。出血が少ない。あの時とは、違う」

「……違う?」

 アクアの声に、ルビーが、不安そうに問いかける。

 アクアは、重ねて、一言一言、言い聞かせる。極力、落ち着いて。否、落ち着いて、聞こえるように。

「あの時とは、違う。容体は、安定している。腹部大動脈に、損傷はない」

 わざと、それらしい用語を使う。多分……その方が、そういう言い方の方が、きっとルビーは安心する。アクアにはそういう判断があった。もし……アクアの中に、かつての研修医の姿を見ているのだとしたら、と。

「違う……」

 ルビーは、震える声の中に、かすかに落ち着きを滲ませつつ、そうつぶやいた。

「そうだ、違う」

 アクアも繰り返した。それは、自分に言い聞かせているようでもあり、どこか、願っているようでもあった。

 ルビーはふらりと立ち上がると、散乱したケーブル類を避け、アクアたちのそばに来て、ぺたりと座った。

「先輩……どうして」

 ルビーの疑問。

 それは、尤もな疑問。

 ただ、アクアには、何となく分かってしまう。

 多分、その疑問は。根本的な、否、根源的な、その問いは。この、アクア達を、何よりも、有馬かなを襲ったこの事象においては、その運命の導きにおいては、重要なことではないのだろう。

 それを……直観として、理解してしまう。

 アクアは、何かを選択した。そして、何かを引き起こした。多分その中には、選ぶべきでなかった何かもあった。

 その結果として。その、取り合わせの結果として。

 この現実が顕現した。

 これは、この刃は、本来、自分が受ける筈のものだったのではないか。

 ……あるいは。

 アクアは一瞬ルビーに目をやる。

 恐怖を感じる。

 それはまた、今起こっていること同様に、アクアにとって決して、決して許容し難いこと。何よりもあってはならないこと。最悪のこと。

 どちらも、起こってはならないこと。

 ……だからこそ、この事象が。

 有馬かなではなく。もちろんルビーでもなく。アクア自身に起こったことだったのなら。

 だとしたら、どんなに良かったことだったか。

 だが、もはやその仮定は意味を為さない。

 辻褄は、既に合わされてしまったのだろう。

 結局のところ、アクア達には与り知らぬ、何かの結果として。

 何故か、ツクヨミの得体のしれない微笑みが思い浮かんだ。彼女自身の神秘性は、アクア自身によって剥ぎ取られた部分もあったかもしれないが、それでも、彼女はやはり超常の何かではあった。

 また……別種の、嫌な感覚もあった。

 もしも、アクアや、ルビーが。

 それぞれが。

 そこの比重に差があろうと、無かろうと。超常の何かから目を掛けられている存在だとするのならば。彼ら、もしくは、彼女らは、アクアや、ルビーよりも……、そう、それ以外の誰かが傷つけられる方をきっと喜ぶのだろう。超常の者たちにとっては、有馬かなは『そうではない』からこそ、代償として丁度良かったのではないか。そんな嫌な妄想。

 いずれにせよ、何よりも重要なことは。

 如何に、超常的な何かに、神々の勝手な運命操作に、その作用の理解を仮託しようとしたとしても。そのような勝手な何某かの働きと考えようとしたとしても。

 それでも、アクアには認識がある。

 そう、これは、アクア自身が引き起こしたこと。

 この現実は、アクアの選択の結果として起こったこと、そういうことなのだった。

 少なくとも、アクアの理解では、そのようなものであり、また、そのような責を問われるべきもの、となるのだった。

「そんな顔しないでよ。大したこたぁ無いわ」

 有馬かなが、気張った口調で言う。

「……いやぁ、流石にそれは」

 ルビーが、少しだけ苦笑いしながら突っ込みを入れる。

「……そういう時は、適当に話をあわせてくれりゃいいのよ」

「あはは……」

 アクアから、星野アイの状況とは『違う』と言われ、さらに、有馬かなのあくまで明るい口調に、ルビーも少しだけ調子を取り戻したようだった。

「先輩、これ、芸の肥やしにしちゃう?」

「……悪くないわね。迫真の演技が出来るわ。こんな経験なかなかないから」

「そりゃ、無いだろうねぇ……」

 ルビーが、ちょっと呆れたような、それでどこか楽し気な口調で言った。それは、不安さを押し隠すかのようにも見えた。

 有馬かなは、自らを支えるアクアに視線をやって言った。

「……にしても、さ。あれよね。こいつ、随分と手際が良いわ。何だか落ち着いてるしさ。まるで医者か何かみたい」

「それは……そうだよ」

 ルビーは嬉しそうに笑う。そして、続けた。

「だって……お兄ちゃんは、せんせだから」

 そう言って、ルビーは、本来彼女にとって一番大切な、ルビーとアクアの繋がりの価値を示す筈のその最高機密を、そして、さりなと雨宮吾郎にとっての紐帯そのものであるその奇跡(サイン)を、微塵の躊躇もなく、あっさりと明かした。

 アクアは驚きの表情を浮かべた。

 アクアが、かつてなりゆきから、己の前世を明かした時、ルビーは、極めて強い反応を見せた。だからこそ、ルビーが、天童寺さりなの記憶の保持者であるアクアの妹が、依存とすら表現できる、アクアへの強い感情を持っていることを認識してはいる。故に、そこにある秘密もまた、決して軽いものではないことも想像はできる。本質的に自己評価の極めて低いアクアではあったが、それでもその程度の価値判断はできた。だからこそ、その秘密は、少なくともルビーにとっては、まるで雑談のように気軽に話すようなものではない筈だった。故に疑問を持つ。それを、何故、今。

 ふと見ると、有馬かなもまた虚を突かれたような顔をした。

「……何よそれ。ドラマの役か何かでもやったってこと?」

「違うよ」

 ルビーは明るく笑いながら、首を振る。

「お兄ちゃんは……アクアは、せんせーなんだよ。お医者さんなんだよ。凄いんだよ。なんたって、私のせんせなんだから」

「……ふぅん」

 有馬かなが、少しだけ、楽し気ながらも、思う所のありそうな口調で答えた。ルビーの語りに、何かを感じ取ったようだった。

「ちゃんと説明しなさいよね、それ」

「うん、もちろん、説明するよ」

 そこで、ルビーの口調は何故か真剣なものになる。

「後で、ね」

「今じゃないの?」

「後でだよ。ちゃんと後で説明する。約束」

「……そ」

 その言葉で、アクアは、ルビーが何をしようとしていたのか理解した。

 ルビーは、彼女にとっての秘められた真実を明かし。それを、「後」に説明する、ということを明示することで。

 ……そのことで、ルビーは。

 いわば、運命の神に対して、ルビーと有馬かなの間に、「後」で果たされる約束があることを示すことで。そのこと故に、有馬かなの生存を保証するよう求めたのだった。

 そう、ルビーは、有馬かなの、その未来の生存の裏付けを求める為だけの目的で、彼女にとっての最も大事なたからものを、躊躇なく開示するということを選んだのだった。それこそ、その転生の秘密すら「説明」する、という誓いを立ててまで。

 言ってみれば、彼女は真実からの願いでもって、そのような、子供染みたまじないをした、ということなのだった。

 明かす秘密が大きければ大きいほど、価値が高ければ価値が高いほど、その誓約の価値は、効果は高まる筈。そんな、純粋な願い。

「……そう、じゃあ、楽しみにしている」

 有馬かなも、ルビーの口調に、その願いを感じ取ったのか。どこか嬉し気にそう言った。そして、続ける。

「それなら、私からも一つ教えとこうかしらね。JIFの時にさ、直前までぴえヨンが直接指導に来てくれてたでしょ? 覚えてる?」

「もちろん。懐かしいねぇ」

 ルビーの返答を聞き、有馬かなは、悪戯っぽくアクアを見上げた。

「……おい、待て、有馬」

 アクアの制止を無視して、有馬かなもまた、一つの秘密を明かす。

「あれ……中身アクアよ」

「……ええ!?」

「びっくりよね」

「え? ちょっと待って? だって、あれ…」

「そうよ。アクアよ。アクアが、あのクソ暑い被り物して、あのキッショい声出して、私達の指導をしてたのよ」

「なにそれ!? なんで!?」

「なんでかしらね?」

 有馬かなはもう一度アクアを見上げる。

「いや……」

 アクアは言い淀む。それを見て、有馬かなは続けた。

「私がアクアとケンカして、話さなかったから」

「ええ……?」

「その反応になるわよねぇ」

「そっか……確かにあの時……アクアと先輩ってやり合ってた感じだったよね……」

「そうよ。だから、あの声で私達に指導しちゃってたのよ。本人曰くアンタの為だってさ」

「ええ……。いや、お兄ちゃんはシスコンだから何をやったって不思議じゃないけど、でも、それ、ちょっと強引感が……」

「他でもないシスコン対象者としてもそう感じるかしら」

「それに、やり方が、滅茶苦茶ネクラな……」

「そうよねぇ」

 有馬かなとルビーの楽し気なやりとりが、どこまでも続く。

 アクアはぼそりとぼやいた。

「何で突然暴露大会が始まってるんだ……」

 その言葉に、二人は少しだけ笑った。

 

「アクたん!」

 

 MEMが、アクア達の所にやってきた。

「消防と警察には連絡済み。消防にはアクたんが言った通りの内容を伝えた。ミヤコさんもこっちに車で向かってる。アクたんの希望通り、余計な人には距離をとって、こっちに入らないようにして貰ってる。犯人は……逃げた。見つかってない。警備員さん達とステージの係員さん達が周囲を警戒してる。後はスタッフさんに色々頼んだ。それと、言われた通りタオルとか一杯持ってきた」

「有難う」

 アクアが一通り依頼した事項を、MEMはこなしてくれたようだった。

「かなちゃん……」

 MEMが、心配そうに有馬かなを見つめた。

「そんなに深刻になってるんじゃないわよ」

 有馬かなが、少しだけ顔をしかめながら、笑う。

「いや……痛いは痛いし、辛いは辛いけどね」

「救急ももうすぐ来る。それまでの我慢だ」

 アクアの声に、MEMも頷いた。

「もうすぐだよ、かなちゃん。もうすぐ」

「そりゃ、有難いわね」

 そんな有馬かなを見て、ルビーが、少しだけふざけた調子で言う。

「でも良かったよ。先輩、案外元気そうでさ」

 ただ、その口調には、同時にすこし必死さも混じっている。

「そりゃそうよ」

 有馬かなが不敵に笑った。

「こちとら芸能界で10年以上ボコられ続けてきたのよ。この程度でどうにかされてたまるもんですか」

 彼女たち三人が、くすくすと笑い合う。

 ただ、アクアは、有馬かなを、その表情をじっと見ていた。

 有馬かなの額には、脂汗も浮かんでいた。彼女を襲う激痛は、確実に、彼女の精神にダメージを与え、疲弊させ続けている。

 ……そして勿論、ダメージは、精神だけのものではなく。彼女の傷は、彼女の肉体に刺し込まれた刃は、確実に、有馬かなの体力を削り続けているのであった。

 有馬かなと目が合った。どうということはない、とでもいう様に、彼女はアクアに目線を送る。

 

 結局、今のアクアに、待つ事以外に出来ることはなかった。半ば逃避で、今日の出来事に思いを巡らす。何故、こんなことになってしまったのか。アクアの意識は、過去に向かう。

 

 そんな中、有馬かなは、ぼそりとつぶやいた。

「それにしても、痛いわね……」

 

 

(第0話 「有馬かなが刺された日」③に続く)




 いつも感想反応等有難うございます。
 ここまでお読み頂き有難う御座いました。
 また続きを投稿したいと思っていますので、引き続きどうぞよろしくお願い致します。
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