有馬かなが刺された世界(そして前向きイマジナリー重曹ちゃん)   作:settu

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続きとなります。お楽しみ頂けますと幸いです。


第0話 「有馬かなが刺された日」③ 貴方の価値

 

 ―――それは、その日、あったこと。

 

 

 

 夕刻に差し掛かり、雨は幾分と強まっていた。

 この屋外仮設スタジオの設置場所として選ばれたのは湾岸地域であったこともあり、潮の匂いも時々感じさせる。

 休憩タイムに入り、アクアはステージから少し離れた、舞台袖裏のスペースに向かっていた。そこで、有馬かなを見つける。

 有馬かなはスタジオ機材に寄りかかっていた。小さく息をつく。

「有馬おつかれ」

 アクアは彼女に声をかけた。ペットボトルの飲料を差し出す。

「ありがとう」

 有馬かなは、アクアからそれを受け取る。ぱきりと蓋を開けて、中身を飲む。

「ふぅ……美味しい」

 アクアは、その姿をじっと見る。

「どうしたの」

「いや……前、受け取り拒否されたことがあったなぁ、ってな」

「あら。随分と懐かしいわね」

「懐かしくもないぞ。結構覚えてる。お前に言われたぞ。『いらない! あっちいってよ!』ってな」

 アクアは有馬かなの口調を真似る。

「真面目に覚えてるのねアンタ……」

 有馬かなは少しだけ呆れたように言ってから、笑った。

「本当にアンタも良くやったわよね。あの被り物してさ」

「まぁな」

「私が気づけたからよかったようなものの……」

 有馬かなはため息をつく。

 そしてアクアの方をちらりと見た。

「あれって、私に気づかれなかったら、どうしてた? あのまんま有耶無耶にしてた?」

「どうだろうな」

「……でも、良かったわよ。見ちゃってさ。アンタが、素顔見せてたところ」

 過去のことながら、それを語る有馬かなの口調には、どこか安堵のようなものが満ちていた。

「誰かが、何かをやってくれているのに。その事を知らされないまま、理由も知らされないまま、っていうのは、やっぱり寂しいし、悲しいもの」

「……知らないままの方が、お互いマシ、ということだってあるんじゃないか」

「いいえ」

 有馬かなは、首を振って明確に否定する。

「悲しいのよ。教えて貰えないことは。とても、悲しい」

 有馬かなは、じっと、アクアの目を見る。

「……悲しかったのよ?」

 それは、ほんの少しだけ、優しくアクアを責めた言葉だった。

「……悪い」

 アクアは顔を伏せた。

 

 二人にあったいくつかの経緯。

 アクアの『計画』は、いくつかの事象の偶然の結果か、その想定とは随分とずれた経緯をたどることになった。

 その過程で、彼の予定とは異なるかたちで起ったこともあったし、明らかになったこともあった。

 いずれにせよ、その結果として、いわば、ひとまず、明日の卒業ライブは迎えられる。そういう状況ではあった。

 

「とにかく、さ」

 有馬かなは言った。

「ちゃんと頑張るわよ、明日のライブは。アンタの意図がどうあれ。経緯はどうあれ。明日のライブは、とても大事な卒業ライブなんだから」

「違いない」

「それに、ね」

 有馬かなは何かを言いかける。

「……まぁ、今は良いわ。アンタには、ちゃんと言いたいこともある。それはまぁ、色々と済ませて、円満に卒業出来た後にでも、ね」

 その口調には、少しだけ何かの想いの籠った色があった。

「……そうか」

 アクアは、敢えてその意味を考えないようにしながら、ただ、そう応じた。そして、少しだけ、内心の耐えられない何かに突き動かされ、小さく付け加えた。

「ただ、俺は……、俺には、そんなに勿体ぶられるような資格も、……価値も無いよ」

 有馬かなのそこの想いを察してしまったからこそ。だからこそ、せめて、アクアはそう言って、その先を考えないまま、精神の平衡を保とうとしたのだった。

「価値、って言ったかしら」

 ただ、その言葉は。

 少しばかり、有馬かなには、そのまま看過が難しいものだったのか。

()()の価値」

 そう言いながら、有馬かなはアクアに近づく。

「有馬……? どうした……?」

 アクアは少しだけ戸惑ったように言った。

 だが、アクアの声を無視して有馬かなはさらに近づく。

 そして、有馬かなは両手を伸ばし、アクアの両肩を掴んだ。その握る力の強さに、少しばかりアクアは驚く。

「ねぇ、アクア」

 有馬かなは、そのままアクアを壁に押し付ける。その勢いで、アクアはしたたか背中を打った。

 二人の身長の差から、有馬かなは、アクアを見上げるような姿勢になる。

 有馬かなは、じっと、アクアの目を見つめる。

 そのまま二人はしばらく黙っていた。

 ただ、雨の音だけが響く。

 それから、有馬かなは言った。

「アンタはさ……、私が、アンタに見ていたものを、侮辱するというのかしら」

 静かな怒り。

 その、周りくどい言い方を用いることで、有馬かなは、アクアのその価値判断に怒ってみせているのだった。もしくは、罵倒してみせているのだった。

「多分、俺は、お前が考えているような、そういうものじゃないよ」

「そういうものよ」

 彼女は、即座にアクアの言葉を否定する。

「お願い」

 有馬かなの口調には、真剣なものがあった。

「私が信じた、私がアンタに見たものを、否定しないで」

 

 それは、どこか哀願にも似たものであった。

 

 

 

 * * *

 

 

 

 まったく、何を言っているんだろう。アクアは思う。

 

 ()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()は、確かに存在する。

 ……だが、その逆は。

 それがアクアの思い。

 

 

 かつて、かの『今日は甘口で』の撮影の日。

 アクアは、有馬かなの中に、何かを見た。

 だからこそ、アクアにとって、有馬かなはその心の中の一部を占め続ける存在であり続けた。

 

 有馬かなに光を見たか?

 その問いかけ。

 見ていたのか。光を、見ていたのか。

 

 ただひたすら『復讐』と名付けられた何かに駆られていた、『アクア』の人生。

 ただ、その中で、たとえそのごくわずかのひとときであっても、アクアが役者というものに関心を持ち、そこで研鑽を積んだ、あるいは積もうと試みた、そこにはアクア自身の純粋な関心、興味、欲望がどこかにあった筈で。

 

 アクアの演技者としてのはじまり。

 アイ出演のバーター、という変則的な理由から始まった、演技の世界への参加。

 

『本当に凄いよ! アクアならきっと誰よりも凄い役者になれる!』

 

 背中を押したのはアイの言葉だったのかもしれない。それへの関心は、興味は、受動的な何かから始まったものなのかもしれない。いつしかそれは、復讐の為、芸能界に関わり続ける、そのただの道具(ツール)としての意味合いに変質してしまったものだったのかもしれない。

 

『アクアは役者さん?』

 

 それでも、そのどこかに、アクア自身の純粋な気持ちもあった筈で。たとえ復讐の道具として演技に向かう日々に移行していたとしても、やはりそこにはどこかアクア本人としての何かもあった筈で。

 

 ただ、アクアはあまりにも、己の将来を気ままに望むには、賢しら過ぎた。

 

『俺にはアイみたいな才能がない』

 

 だからこそ、アクア自身は色々と理由を付けつつ、自らに不適の烙印を押した上で、『裏方の仕事』にリソースを割いていたのであり。

 

 己の精神問題に起因する、感情演技の問題が存在するのは事実ではある。

 だが、それは全てではない。

 結局のところ、問題の本質は、諦め。

 感情演技ができないなら、できないなりに、やりようだってあったかもしれない。

 演技を続けることと、そこでクオリティを求めることは、敢えて穿った見方をすれば、別のこと。

 ただ、どこかで、その希求を放棄した。

 諦めた。

 

 でも、それでも。

 諦めてもなお、どこかで、執着する。

 それは、アクアにとっては、弱さだった。

 己の心を決めきれない。

 復讐者ならただ復讐者であればよい。

 むしろ、そうであるのなら己の欲望など考えるべきではない。

 それでも、心には抑えきれない何かがあり。本来自分には許されない筈の『やりたいこと』という、まとめてしまえば実に単純なものがそこにはあり。

 自らの記憶の中にある過去の生でも、彼は己の希望をある種諦めて選択を行った。

 そして、この生でも、やはり彼は、選択を歪めた。

 それでも、ただ、執着だけが残る。

 結局は中途半端。

 そんな、弱さ。

 

 だが、あの日。

 有馬かなは、そのアクアの演技を、『好き』と言った。評価に値するといった。

 

 それこそ、アクア自身が自己評価しているのと同様、決してその演技がクオリティとしての期待を超えたものという訳ではない、そこの評価はそれこそアクアと同様のものと認めつつ、それでも有馬かなは、アクアの演技を好きだと言った。

 技量としての評価は、アクア自身の自己判断と相違しないからこそ、それは、世辞の類ではないとアクアにも良く分かるもので。

 

『ずっと努力してきた人の演技って感じがして 私は好き』

 

 己の限界を認識しつつ、それでも何かを諦めきれず、積むことだけは続けてきたアクアにとって、それが、どれほどの救いの言葉だったか。

 

 有馬かなは言った。

 

『アンタがこの仕事続けてるって分かっただけで 私嬉しかった』

 

 ただ、アクアがそこにまだ居続けたことを、彼女は感謝して。

 

『こんな前も後ろも真っ暗な世界で 一緒にもがいていた奴が居たんだって分かって』

 

 一緒にもがいていた。

 もちろん二人は遠く離れていたけれども。

 でも、常に、共に、世界の中で苦闘していた。

 有馬かなはそう言った。

 

 いわば、有馬かなは、あの時、アクアを同志と呼んだ。

 闇の中で戦い続けた同志と。

 

 有馬かなは、決して諦めていなかった。

 彼女の語る不遇の年月(としつき)

 既に子役としての求められる立場はいわば賞味期限切れとなり、その後、恐らくは、彼女が望む演技の為のまともな場を与えられないままでいた彼女。

 それでも、彼女はそこにしがみつきつづけ、戦い続けていた。

 恥を晒して、抗い続けていた。

 理由は単純。

 ただ、そこに居たかったから。

 演技をしたかったから。

 そうしたかったから。

 

 だから、みっともなくとも。

 蔑視にまみれようとも。

 恥を晒そうとも。

 ただ、続けた。

 

 己の限界を言い訳にして、自らの希望からどこか目を逸らし続けていたアクアにとり、それは、どれほど輝いて見えたことか。

 闇の中で、それがどれほど光って見えたことか。

 

 そして、その、有馬かなが、アクアを同志と呼んだのだ。

 

 有馬かなは言った。

 アクアもまた戦い続けた者だったと。

 諦めなかった者だったと。

 

 そもそも、アクアにとってどこまでも光って見えた彼女が。

 その心の支えにしていたのは、自分だったという。

 そして、今もなお、自分は彼女を失望させるような者ではないという。

 

 有馬かなは、アクアを、そのような者だと言ってくれた。

 いわば、彼女の喜びは。

 

『本当に今まで辛かったけど 続けてきて良かったって思った!』

 

 その喜びは。

 アクアに対してこそ向けられたものだった。

 『一緒にもがいていた奴』、に対してこそ向けられたものだった。

 

 アクアの中では、アクアは既に諦めた者だった。

 脱落した者だった。

 

 だが、有馬かなは、そのアクアを、いまだに戦い続けている者と、呼んでくれたのだ。

 諦めなかった者と、呼んだのだ。

 呼んでくれたのだ。

 だからこそ。

 

 

 * * *

 

 

「お前が俺に何を見たのかしらないけれど。俺は、いつだって、ただ、やりたいようにやっただけだよ。あの、『今日あま』のドラマの撮影の日だって」

 アクアは思う。

 アクアは、ただ、やりたいようにやっただけで。

()()()()、やりたいようにやってくれた」

 有馬かなが、アクアの言葉を上書きする。

 

「……アンタにはちゃんと聞きたかったこと。どうして、そこまでしてくれたの」

 

 

 

(「有馬かなが刺された日」④ 盾 に続く)




③と④は繋がった話となります。
続きは本日中に投稿したいと思います。

追記:ちょっと準備にずれこんでおります…。
今日明日中には何とか…という感じです。どうぞよろしくお願い致します…。
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