女たちは言う。イケメン、美男子、美青年と。しかし、俺に相応しい呼び名があるならそれは……   作:でぃくし

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たかしの雑魚狩り日記②

「デカい虫だな……」

 

「うっす!めちゃきめえっす!」

「…………」

 

あたけは無言のまま銃で狙いをつける。

 

それは、一見すると巨大な節足動物のように見えた。より正確に表現するならばイシノミに似ているだろう。

もちろん、イシノミが通常は十数ミリにしかならないことを考えれば、その大きさは異常という他が無い。

 

全長は一メートル前後で、その体は鉄片を丹念に貼り付けたかのような錆色の甲殻に覆われている。

そして、頭部の複眼の直下には鞭のような長い触覚と鋭い鎌を持つ顎があり、

そこから毒液のようなものを絶えず滴らせていた。

 

また、彼らの体は廃墟が作り出した影に巧妙に紛れており、

その姿を捉えることは非常に困難だ。視覚だけに頼るなら苦戦は免れないだろう。

 

しかし、奇妙なことに連中はたかしたちの前にしても、

まったく動きを見せようとしなかった。

 

「うっす!!来ねえんすか!?じっとしてないでかかってこいっす!」

「おい……」

 

ありちゃんの挑発にも反応せず、

怪物たちはただ息を殺しその身を闇に潜めたままだ。

 

怪物の中にはもともと呼吸しないようなものもいるが、目の前に潜むそれらは長い触覚を時折ぴくりとさせたり、口元の鎌に付着したを液体を前脚で拭うかような仕草を見せた以外は石のように微動だにしなかった。

 

たかしは疑問に思う。

 

(……なんだこいつらは?)

 

このような怪物は総じて知能は低く、周囲の生命を殺し尽くす以外の行動は取らないはずだ。

しかし、目の前にいる怪物たちはたかしの存在を恐れ、彼が何もせず静かに立ち去ってくれることを期待しているかのようだった。

 

たかしは思う。

 

(まあいいか)

 

こんな化け物が何をしようとしているかなどどうでもいい。

来ないのならこちらから仕掛けるまでだ。

 

「あたけ、あそこの壁でじっとしているやつを撃ってみろ」

「えっ!?お、おう……」

 

「ありちゃんはあたけが……」

 

たかしがありちゃんに指示を出そうとしたその時だった。

たかしの背後でごろっと何かが転がるような音が聞こえ、次いで固いものが床にぶつかるような鈍い音が響いた。

 

(なんだ?俺の後ろにはあたけしかいなかったはず)

 

たかしが振り向くと、ローラーか何か踏んづけて転んだあたけが白目を剥いて仰向けに倒れ込んでいた。

 

「おい……」

 

さっきから何をやってるんだこいつは。

まあいい、あたけのことは後にしよう。

 

問題はあたけが倒れたことで刺激されたのか、

周囲の怪物が一斉に動き出したことだ。

 

「ありちゃん、後ろで転がってるやつのことは任せる」

 

「うっす!!」

 

ありちゃんは元気よく返事を返すと、あたけの襟首を掴んで引きずり起こす。

そしてぐったりしたあたけを抱え上げると、素早く跳躍して怪物たちから距離を取った。

 

「そうだ、偉いぞ。ありちゃん」

「うっしゃー!もっと褒めてくださいっす!」

「ああ、後でな」

 

「うっす!!」

 

ありちゃんは嬉しそうに笑うと、あたけを背負ったままバットを構える。

 

(優秀だな。本当に)

 

さて、俺は俺の仕事をするか。

たかしはそう思い、迫り来る怪物たちに向き直った。

 

⋱♱⋰ ⋱✮⋰ ⋱♱⋰ ⋱✮⋰ ⋱♱⋰ ⋱✮⋰ ⋱♱⋰

 

すべては一瞬の出来事だった。

 

たかしに攻撃を仕掛けた怪物は三体。

一体は首筋を喰らいつこうと、一体は足元を目掛けて、そして最後の一体は触覚を鞭のように振り回し、たかしの胴体を絡め取ろうと襲い掛かってきた。

 

まず最初に異変が起きたのは触覚を伸ばし、たかしを鞭打とうとした一体だった。

 

鋼鉄の刃のような触覚がたかしに命中するかと思われた寸前、頭部が粉々に吹き飛び絶命する。次にたかしに飛び掛かろうとしていた二体が同時にずたずたに引き裂かれ、破片となって宙を舞った。

 

「……」

 

そして、吐しゃ物と廃油が混ざったかのような悪臭を放つ残骸を無表情のまま一瞥すると、たかしはいつの間にか手の中で弄んでいた怪物の触覚を放り捨てた。

 

(うっ、うっす……先輩、まじかっけっす……)

 

ありちゃんは目の前で起きた刹那の破壊と殺戮に呆然する。

言葉にすることも忘れ、彼女は感心しきりだった。

 

恐るべき動体視力を持つ人狼のありちゃんですら、たかしが何をしたのかまったく理解できなかったのだ。

 

だが、たかしがしたことはそれほど複雑なことでもない。

それはありちゃんにも可能なことだろう。

 

目にも止まらない速度で行われたという点を除けば。

 

彼は怪物の頭部から引きずり出した触覚を残りの怪物に向けて振り下ろし、全身を容赦なく切り裂いてしまっただけだ。

 

それはたかしの神話的フィジカルが実現させた、単純な出来事にすぎなかった。

 

彼女は思う。

 

(これが……あたしのリーダー……!)

 

ありちゃんはすっかり震えあがってしまう。

しかし、ありちゃんが抱いた感情は決して恐怖などではない。

 

それは喪失感にも似た、胸が締め付けられるような憧れの気持ちだった。

まるで、ずっと昔に失ったはずの初恋の相手を見つけたかのような、そんな不思議な思いだった。

 

「うっす……」

 

たかしはありちゃんの思いなど知る由もなく、残りの怪物に向かい歩みを進める。

 

怪物は逃げることもせず、あるいは出来もしないのか、

吸い寄せられるようにたかしに近づき、そして次々に砕かれ、

引き裂かれて絶命していく。

 

「……」

 

たかしは全力を出しているわけでもなければ、

本気で戦っているわけでもない。

 

しかし、彼は油断しているわけではない。

相手が取るに足らない虫けらだからといって慢心しているわけでもない。

 

志方多加志(しかたたかし)はまさしく太陽だった。

 

太陽に油断や慢心、

それに悪意や善意があるわけでない。

 

太陽は何かに立ち向かうことなどないし、

何かに襲い掛かるようなこともない。

 

それでも太陽は不用意に己に近づく者をことごとく焼き尽くし、

例外なく死を与えるのだ。

 

それは自分の輝きに耐えられない者に対する虐殺だった。

 

やがてたかしの目の前から怪物の気配が消え去ると、彼の視線は床に散らばった怪物の残骸を金属バットで念入りに叩き潰しているありちゃんへと向けられた。

 

⋱♱⋰ ⋱✮⋰ ⋱♱⋰ ⋱✮⋰ ⋱♱⋰ ⋱✮⋰ ⋱♱⋰

 

「ありちゃん、援護ありがとう」

 

「……うす」

「どうした、ありちゃん。……もしかして怖かったのか?」

「うぅう~……早く先輩に褒めて欲しいっす!」

 

「ああ……よし、偉いぞ。ありちゃん」

 

たかしが微笑みながら腕を広げると、ありちゃんは嬉しそうにたかしの胸板に飛び込み、頭を撫でられる。

 

「うっしゃあぁ!!先輩に頭ナデナデされたっす!」

「ところでありちゃん、あたけはどこに?」

 

「うっす!あたけ先輩が横になれそうな場所があったんでそこに寝かせたっす!」

 

ありちゃんが示す方向を見ると、崩れたベルトコンベアに寝かされ今にも落ちそうになっているあたけの姿が見えた。

 

「あたけ、大丈夫か」

 

ぺちぺちと頬を叩かれ、あたけが目を覚ます。

 

「え?えっ、ああっ……!」

 

状況が呑み込めていないあたけは慌てて飛び起きようとしたが、何もないところに手をつこうとしてバランスを崩してしまい、そのままベルトコンベアの上から転げ落ちてしまった。

 

「ぐああ!」

「おい、何をやってる、しっかりしろ」

 

あたけは痛みを堪えながらも何とか立ち上がった。

 

「くっそぉ……痛って~……あれ?終わったの?」

 

終わったの、じゃないんだよ。

たかしはそんな言葉を呑み込むと、あたけに向かいにこりと微笑んで見せる。

 

「まあな……みんな怪我なく済んでよかったよ」

「お、おう……」

 

「ところで、あたけ」

「な、なんだよ……」

「次の任務では期待しているぞ」

「あ、ああ……」

 

あたけは何か言いたげだったが、結局気まずそうに黙り込んでしまった。

 

(くそっ、俺は何やってんだよ……)

 

一方のたかしはそんなあたけを気にする様子もなく、床にしゃがみ込むと小さいビニールパックやスプーンを取り出す。

そして床に垂れた怪物の粘液や毒液を拭い、袋に入れて回収し始めた。

 

「た、たかし、何やってんだよ……」

「ん?ああ……」

 

たかしは淡々とあたけに説明する。

 

裂け目の怪物は活動を停止すると、その残骸は数分で悪臭を放ちながら空気中に散逸してしまう。

そのため解剖による調査が不可能に近く、それは裂け目の怪物との戦いを困難にしている大きな要因の一つとなっていた。

 

しかし、怪物の体液や犠牲者の肉片と混ざり合った破片などは消滅まで数日から数週間を要することもあり、たかしはこうして分泌物を回収して持ち帰ることで、少しでもガンドライドに貢献しようとしていたのだった。

 

「うへぇ……でもこんな臭えもんよく集めようなんて気になれるなぁ、お前やっぱすげえよ……」

 

「まあ、こういうところで地道に評価を稼いでおかないとな」

「……お前はそんなことしなくたって十分評価されてるだろ」

「さあ、どうだろうな」

 

「うっす!たかし先輩、あたしも手伝うっす!」

「ありがとう。それじゃあ、このパックの口を閉じて、あそこの袋の中に入れてくれ」

 

「うっす!」

 

「ちょ、ちょっと待って!!俺にもやらせてくれよ!」

「……ああ、頼む。ビニールに穴が開くようなアブナイものは放置してくれよ」

 

あたけは自分の失態を取り戻そうとしているのか、あるいは単純に手柄を立てようと思ったのか、悪臭に顔を背けながら必死に作業を続けるのであった。

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