女たちは言う。イケメン、美男子、美青年と。しかし、俺に相応しい呼び名があるならそれは……   作:でぃくし

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店内で拾い食いするたぬきが見られる田舎の定食屋

(というか……)

 

老婆は別としても、こうして見てみると色々とおかしな店だ。

 

外食は初めてだが、それでも理解し難い点がいくつかあった。

まず、ウサギを模した間抜けなヘルメットをかぶった従業員らしき若い女。

 

そいつが自分の顔を一目見ようと同じ座席ばかり掃除して、こちらをちらちらと見てくるのはまだ理解できる。

 

だが、カウンター席では教科書に出てくる原始人みたいな恰好の男がろくろを回しているではないか。

あいつは一体何をしているのだ?

 

先ほどから店内に響き渡る懐メロはソンブレロハットにポンチョをまとったアミーゴたちによる生演奏だ。

理解できない。外食はみなこうなのか?

 

しかしこんな奇妙な空間の中でも、注目を浴びているのは自分なのだ。こうして座っているだけでも、やはりあちこちから視線を感じてしまう。

やはり自分の容姿が原因らしいが、たかしには何故この顔がそんなにも人を惹きつけるのかがわからなかった。

 

「へい、お待ちぃ……」

 

しばらくして、店主のおばさんがトレイを持って現れる。

 

「はい、こちらちゃっぴーの気まぐれ……。ごゆっくりどうぞ……」

 

店主は料理の乗った不気味な色合いの皿をごとんと置くと、たかしの前から逃げるように立ち去ろうとした。

 

「うっ!?」

 

たかしは驚愕した。マントを羽織った男が雄たけびを上げながら窓の外を通り過ぎて行ったからではない。

いやそっちも驚いたのだが、その辺の雑草で盛り付けられた皿の上のそれが、焼いた亀の死体のようにしか見えなかったからだ。

 

「あっ、あの……ちゃっぴーの気まぐれって、亀の死体なんですか?」

「は?」

 

店主はぽかんとした表情を浮かべる。

 

「死体じゃなくて料理!」

「これは雑草なんですか?」

「すべりひゆ!」

 

店主との要領を得ない不毛な会話を終えると、たかしは亀と向き合う。

 

たかしは戸惑った。首を切断され、甲羅の隙間からはみ出した内臓と、その奥に見える焦げ臭い血がこびりついた赤黒い肉片。もはや料理の体を成していないように見えたが、それでもたかしは空腹だった。

 

そして何より、店内の誰もが自分の一挙手一投足を監視し続けているような気がしていた。

 

(食えばいいんだろ!食えば!)

 

若い女の視線は言わずもがな、店主の女の目つきも妙に熱っぽい。

原始人は足元に落ちた埴輪か土偶を拾うフリをしながら、しかしその目はたかしのことを盗み見ている。ここで食べずに逃げ出す訳にはいくまい。

 

「い、いただきます」

 

たかしは中央突破を諦め、まずはサイドから攻め上がることにした。割り箸を手に取って甲羅を掴むと、乾燥した角質がぼろぼろと剥がれ落ちていく。

 

たかしは意を決すると破片の一つを口の中に入れてみた。

 

(くせえ!)

 

何とも言えない強烈な臭いが鼻を突き抜けた。

 

食感は固く、そして口を動かすたびに腐臭のようなそれでいて薬品のような刺激臭が口に広がり、吐き気すら覚えるほどだった。

 

思わず口中の破片を吐き出して、水をがぶ飲みしたくなる衝動を抑えながら、必死に顎を動かし続ける。

噛めば噛むほど臭みとえぐみが増していく気がするが、とにかく今は我慢するしかない。たかしは吐き気をこらえ、涙目になりながらも、頃合い見て喉の奥へと流し込もうと覚悟を決める。

 

その時、背後から声をかけられた。

 

「君、それは内臓を食べる料理だよ」

 

振り返ると、そこには丁寧に仕立てられたスーツに身を包んだハンサムな中年紳士が立っていた。

 

「へ?な、内臓?」

「そうだ、甲羅は固くて食えないだろう?」

「あ、ああ」

「だから、甲羅は捨てなさい」

「は、はい」

「うん、いい子だ」

 

紳士は微笑むと、たかしの向かい側のテーブルに音もなく腰かける。

若い頃はとんでもない美形だったのだろう。その物腰は優雅で気品に満ち溢れ、どこか浮世離れした雰囲気を醸し出していた。

 

「あ、あの、ご注文は?」

 

いつの間にか紳士の傍らにいた店主が緊張気味に尋ねる。

 

「ちゃっぴーの気まぐれを」

「えっ!?ち、ちゃ、ちゃっぴーの気まぐれですか?!」

 

店主は戸惑った。

 

しかし、紳士の優し気な眼差しに気圧されてか慌てて厨房へと向かう。すると再び鎖を叩きつけるような音と老婆の怒鳴り声が響いた。

 

「そんなもん一日に何度も頼むんじゃねーよ!」

 

紳士はそんな厨房の騒動を気にする様子も見せず、たかしに向かって口を開く。

 

「その黄色い塊のような部分から食べてみるといい、まだどうにか食べられる方だ」

 

紳士に言われるまま、たかしは毒々しい黄色に染まった内臓を割り箸で小さく千切り、恐る恐る口に含んでみた。

……言われてみれば、確かに飲み込めるというか、甲羅に比べて歯切れが良いように感じる。美味しくもなんともないが。

 

「どうだい?」

「ま、まあ、食べられなくはないです……」

「ははは、だろうね」

「は、はぁ、でもなんで皆こんなものを食べに来てるんですか」

 

たかしの言葉に紳士は少し微笑むと、わざとらしく店内を見回す。

どこから入り込んだのか、床に散らばったキャットフードをたぬきが拾い食いしていた。

 

「まあ……こんな店だからな。店主や客が何を考えてるかは私にもよくわからない」

「た、たしかに……」

 

紳士とは少し言葉を交わしただけだったが、たかしはとても落ち着いてる自分に気がついた。

 

「あの、ありがとうございます」

「何が?」

「い、いえ、食べ方を教えていただいて……」

「……別に、大したことじゃない。間違った食べ方でお腹を壊してしまっては君にもこの店にとってもよくないと思っただけだ」

「は、はい……」

「君は旅行客か?こんな田舎に観光に来るなんて珍しいな」

「い、いや、僕は……」

 

たかしは紳士に対し、まるで昔から知っているような懐かしさを感じていた。

 

たかしは紳士と世間話をしながら、ちゃっぴーの気まぐれを食べ続ける。

美味くもなんともない。生臭く、食感もよくはない。しかし、紳士との会話に集中していたたかしには、どうでもいいことだった。

 

たかしは喋った。自分のこと、そしてここに来た理由まで。

それが相手にとって、どれほど大きな意味を持つのかたかし自身にもわかっていなかった。

 

たかしは頭の良くない男だ。とんでもないことを言ったかもしれない。ここに自殺するためにやって来たことまで話してしまったかもしれない。

 

紳士はたかしの言葉に何度も優しく頷き、そしてどこか悲しそうに笑う。

 

「そうか。君は、死にたかったんだな」

「は!……はい」

「なぜ?」

「…………」

 

「それは君の心の問題か?」

「い、いえ、違います。僕がバカなだけです」

「なら死ぬ必要なんてないだろう」

「え?」

「バカなら何も考えずに生きていられるはずだ。君はバカなんかじゃない」

「…………」

 

いや、違うんだ、僕が何も考えていないせいで周りの人たちが不幸になってしまうんだ。たかしはそんな感じのことを言おうと思ったが、頭がうまく働かず言葉が出てこなかった。

 

「ちゃっぴーはなかなかしぶといか」

「はい……でも、ちゃんと最後まで食べますよ」

 

店主が紳士の席に料理を運んでくる。先ほど注文していたちゃっぴーの気まぐれだろう。

紳士は恭しく皿を受け取ると、楽し気に笑いながら料理を口に運ぶ。

 

「おお、今日は当たりの日だな」

「え?どういうことです?」

「ちゃんと中まで火が通っている!」

「……」

 

それからたかしと紳士は無言で食事を続けた。二人の間に会話はなかったが、それは居心地の悪い沈黙ではなかった。

 

「ごちそうさま」

 

たかしはちゃっぴーの気まぐれを胃袋に納めると、伝票を手に取って立ち上がる。

 

「あ、あの、楽しかったです。どうも……」

「ああ、こちらこそ……」

「……それじゃあ、失礼します」

 

紳士はとても寂しそうでたかしは何故か心が痛んだが、しかしもう会うこともないだろうと思い、紳士に背を向ける。この紳士は何者なのだろうか。

 

だが知ってどうする。どうせ自分は死ぬのだ。気にはなるが気にしても仕方ない。

さあ、行こう。最後の旅だ、山で死ぬか、川で死ぬか。まだ決めてはいないが、とにかく歩き出さなければならない。

 

会計を済ませようとスマホを取り出し、たかしは電子マネーのアプリを起動した。

するとカウンターに座った女主人が口を開く。

 

たかしは耳を疑った。

 

「……あんたのその ”がもがも” は使えないね」

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