女たちは言う。イケメン、美男子、美青年と。しかし、俺に相応しい呼び名があるならそれは……   作:でぃくし

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たかしの雑魚狩り日記⑤

「デカい虫だな……」

 

たかしがもう何度目かになるお決まりのセリフを口にする。

 

「うっす!めちゃきもいっす!」

「…………」

 

何かが軋む音と共にゆっくりと、まるで油の切れかかった機械のようにぎこちない動きとともにそれは姿を現した。

 

谷底近くの苔むした石垣のようなコンクリートの斜面に陣取るように現れた怪物は、ただ何をするわけでもなく不気味に佇んでいて、人が近づくと消えるようにどこかへと逃げてしまう。

見た目はハサミムシそっくりで、全長は2メートル前後、体は黒光りする甲殻に覆われており、その頭部は蟻のようでもあった。

しかし、やはり特徴的なのはその尾端にある巨大なハサミだろう。

 

とりあえず今のところはこいつ自身がハサミを振り回して何かをしたという報告はないが、やはり見た目が気持ち悪いとのことで、そのおぞましい姿と遭遇した者たちはみな一様に恐怖に怯えきってしまうのだそうだ。

 

そして目撃者の一人が怯えて後ずさりした際に、あやまって足を滑らせて転んでしまい、そのまま崖下へと転落してしまったという。

 

以来、この怪物は『死のハサミ』と呼ばれるようになったらしい。

 

裂け目の怪物たちの行動には謎が多く、遭遇した生き物に襲い掛かりその血肉を貪り食う怪物が大半だが、中には自分のテリトリーをそこと決めて必要以上に活動しない怪物もいる。

この死のハサミとやらもその類なのだろう。

 

しかし、特に動きがないからといって放置することはできない。

何故なら裂け目の怪物との戦いこそがガンドライドの戦士たちに与えられた使命なのだから。

 

「あたけ」

「わ、わかってるよ」

 

あたけは拳銃を構えると、死角となる位置から震える手で狙いをつけようとする。

正直なところ、あたけは射撃が得意とは言えなかったが、2メートル近い巨体でおまけにじっとしたまま動かない標的を撃つぐらいはどうにかできるだろう。

 

乾いた銃声が周囲に響き渡り、弾丸がハサミムシの腹部に命中したかのように見えた瞬間、怪物は腹を庇うかのようにぐるりと渦を巻き、一瞬にしてその場から姿を消した。

 

あたけとありちゃんの二人は困惑した表情を浮かべながら顔を見合わせる。

 

「や、やった……!?」

「うっす……?」

 

「いや、二人とも見てくれ」

 

たかしは苔むしたコンクリートの表面に穿たれた弾痕のような穴に指を向ける。

 

「ど、どういうことだよ……!?」

「逃げたんだろうな。死んだという感じはなかった」

 

たかしの言う通り、再び現れたときハサミムシは無傷だった。

 

その後、三人は何度か同様の行動を繰り返したものの結果は同じだ。

近づいたり傷つけようとすれば奴は消え、こちらを嘲笑うかのように現れては逃げ去ってしまうのだ。

 

そんなことを繰り返していると、ありちゃんが鼻をならしながら口を開く。

 

「そこの穴からさっきのハサミムシの臭いがするっす!」

「……へ?」

 

崖の斜面を覆うコンクリートの擁壁にはいくつかの小さな水抜き用の孔が開いており、その一つから確かに先ほどのハサミムシのものと思われる臭気が漂っていた。

 

もちろん直径10センチにも満たないビニールパイプの穴は先ほど怪物の巨体が潜り込めるような大きさではない。

 

あたけは恐る恐るといった様子で、ビニールパイプの中の暗闇を覗き込む。

 

「いや……なんもいないというか……この穴に入るとか無理だろ」

 

あたけの反応は正しいだろう。

だが、たかしは告げる。

 

裂け目の怪物と戦う時には先入観に囚われてはいけない。

やつらは元々、”毒を吐く裂け目” という別次元に潜む存在だ。

ならばこの世界の法則を超越するような力を使っても何ら不思議はない。

 

「では、次にあいつが出てきた時に試しに塞いでみるか」

「え?でもどうやって……」

「まあ、俺がやるから見ていろ」

 

たかしたちはしばらく物陰に隠れ、ハサミムシが姿を現すのを待つことにした。

 

「うっす!来たっす!」

「よし」

 

まるでカメレオンが擬態を解くようにして、コンクリートの擁壁にハサミムシの不気味な姿が浮かび上がる。たかしは素早く動き出すと、足元に落ちていた枝をビニールパイプの中に突っ込んで雑に蓋をしてみせた。

 

(そんなんでいいのかよ)

 

あたけは怪しむように眉間にしわを寄せる。

 

すると数秒後、大人しくしていたハサミムシから何の前触れもなく耳を引き裂くような大音量が発せられ、足元を揺らすほど強い風が辺り一帯に吹き荒れた。

木立は揺れ、落ち葉が舞い上がり、鳥たちが慌ただしく飛び立って行く。吹き上げられた砂が頬を切りつけ痛いほどだ。

 

茂みに潜み、銃を構えて様子を見守っていたあたけは思わず耳をふさぎ、銃を取り落としそうになった。

 

「……うっす」

 

ありちゃんは少し迷惑そうな顔をしていたが、特に驚いた様子はなく、ただ金属バットを持ったまま次の行動に備えている。

 

一方で、たかしはどこ吹く風だ。

 

数十メートル離れた林の木々すら風圧に苦しそうに身をよじる中、たかしは微動だにしない。まるで窓に垂れた水滴の行方を追うように平然とした表情でハサミムシの動向を観察している。

 

たかしは思う。

 

自分がやればこんな虫けらは一瞬で殺せると。

 

(……でも俺たちはチームなんだ)

 

たかしは経験を必要としている。

 

しかし、こんな靴底にこびり付いた泥の中に潜む微生物のような存在と戦ったとして、何の経験が得られるというのだろうか?

 

やるなら俺はもっと手ごわい相手と戦いたい。

 

だが、こんな雑魚でもあたけとありちゃんなら十分に糧となるはずだ。

 

彼らのことを見下しているわけではないが、二人はもっと戦い方を学ぶ必要がある。特にあたけには自信を持ってもらいたい。

 

やがてハサミムシは身を震わせると、縄張りにしていたコンクリートの擁壁からその巨体を離し、土煙とともに車道の上へどすんと着地した。

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