女たちは言う。イケメン、美男子、美青年と。しかし、俺に相応しい呼び名があるならそれは……   作:でぃくし

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月の光を浴びた乱暴者

「ぐ……はう……くっ……」

 

女は苦しげな声を漏らし、四つん這いの姿勢でたかしを睨みつけると、折れた手足に構うことなく、汚れた土に塗れることも気にせずに地面の上を這いずって来る。

 

その血走った目に宿っているのはただひとつ、圧倒的な殺意だけだ。

 

あたけは気圧され、後ずさる。

 

「え!?し……死んでないよな!?」

 

何を言ってるんだお前は。

突拍子もないあたけの言葉にたかしは呆れながらも口を開く。

 

「……生きてるだろ、ゾンビとかじゃないならな」

 

ゾンビどころか月明かりを浴びた女の顔立ちはとても美しいものだった。

 

仄かに青を帯びたその銀色の髪は、平素であれば天使のようと表現されても少しも誇張はないものだろう。

 

だが、それは今や見る影もなく血と泥に汚れ、その血走った目からは彼女が憎悪に飲まれ、理性を失いつつ存在であることが見て取れた。

 

「……こ、殺す……殺してやる……」

 

そんな彼女の様子を見てたかしはにこりと笑う。

 

「寝起きがいいタイプではないようだな」

「お、おい、お前の知り合いなのか、たかし?」

 

「いや……でもな……」

 

言うが早いかたかしが指を引き絞ると、いつの間にか女の首に巻きついていたワイヤーが生き物のように動き、その首を強烈に締め上げた。

 

「その根性は気に入った」

「ぐっ!?はっ……がはっ……」

 

しかし女は抵抗を止めるどころか、血反吐の混じった唾液をまき散らし、折れた手足をバタつかせて暴れまわる。

 

あまり人が良いとは言えない性格のあたけですら、女のことが哀れに思えてきた。

 

「な、なあたかし、まさか殺したりとかはしないよな?」

 

「……さあ、どうだろうな。このままほっといたらお前が噛みつかれるかもしれないしな」

「で、でもさあ……」

 

たかしは暴れる女になど構いもせずに近づくと、その顎を掴んで口を開かせるとまじまじと覗き込む。

 

「……ぐっ!?」

 

「お前は半吸血鬼だな」

「えっマジ!?じゃ、じゃあ仲間じゃん」

 

「なんだと……」

 

仲間という言葉に反応したのか、女が口を開く。

弦楽器のような美しい声だったが、怒りに染まり、わずかに震えているのがわかる。

 

あたけは彼女の気迫に押されながらも続けた。

 

「そ、そうだろ!吸血鬼仲間だろ!」

「……違う、私は」

 

そう言うやいなや、折れていた女の腕がぐにゃりと蛇のように動き、たかしの腕に素早く巻きついた。

そしてそのまま腕をへし折るつもりなのか、凄まじい力で締め上げる。

 

「たっ、たかし!?うわあっ!!」

「いいぞ、簡単に諦めない、そんなところも実にいい」

 

たかしは顔色一つ変えずに彼女の動きを評価する。

 

あたけにはたかしに絡みついている女の腕の方が苦痛に悶えているようにも見えたが、何にせよ尋常な力ではないということは確かだった。

 

「ハッ……吸血鬼の男よ、ずいぶんと余裕だな。だが、その余裕ももう終わりだ。先ほどのワイヤーには吸血鬼の力の根幹たる血の硬化能力を妨害する毒が付着している」

「そうか、俺より動脈硬化の人間に使ってやったらどうだ」

 

「た、たかし?」

 

たかしの言葉に驚くあたけ。

 

「ふん、くだらん奴め……そんな冗談はもう言えなくなるぞ。お前がどれほどの力を持っているかは知らないが、毒に冒されたお前の体はこれから人間と同様の脆さになるのだ」

「それだとお前も危険なんじゃないのか?お前だって半吸血鬼だろ」

「……だが、私は死を恐れない。吸血鬼を殺すためにこの命を犠牲にする覚悟は既にできている!」

 

「そうか……それならもう少しもったいぶった方がいいだろう。後ろに潜んでいる男の不意打ちを成功させたいつもりならな」

「……っ!?」

 

女が明らかな動揺を見せた瞬間、たかしは疾風と化していた。

もちろんそれは物のたとえでしかない。だが、誰の目にもそうとしか映らなかった。

 

「ほれ、受け取れ」

「うっ!?」

 

気が付いた時にはたかしは女の腕を容易く振りほどき、自分を拘束していた彼女をしっかりと抱き上げて、背後から迫る襲撃者に向かって差し出していた。

 

「お前の仲間だろ」

「…………」

 

たかしの腕に抱かれた女は何が起きたのかわからないのか、呆然と相手の顔を見上げている。

襲撃者の男も両手剣を振り上げたままその動きを止めていた。

 

「く、くそっ、な、なんなんだお前は……」

「何をボサっと突っ立っている!こっ、殺せ!吸血鬼を殺すんだ!」

 

「重いんだからさっさとしろ」

「なっ、なんだと!?」

 

女がわずかに身じろいだだけで男は両手剣を取り落としそうになっていた。

 

たかしに抱えられた女は目を血走らせながら、男を怒鳴りつけるも抵抗らしい抵抗を見せない。弱っているのか、それともすでに覚悟を決めているのか。

 

そんな彼女を前に、襲撃者の男は完全に躊躇しているようだった。

たかしはそんな男の戸惑いを見て思う。

 

(あたけみたいな奴だな)

 

女を抱えていたたかしは手を離して地面に下ろすと、その背中をそっと押してやる。

 

男はよろめく彼女を受け止めようと手を伸ばすも、女はその手を振り払うと男に向かって血の混じった唾を吐きかけると地面に倒れ込んだ。

 

「……はあ、はあ、はあ……バカが……さっさとそいつを殺せ」

 

たかしはそんな二人の様子を見て、男に微笑んでみせる。

 

「打ち合せ通りに動けない。かと言って自分がやりたいようにも動けない。軽蔑されて当然だろうな」

 

「お、お前っ!」

「その女は根性を見せたぞ、お前はどうする?」

「……」

 

たかしの挑発的な物言いに男は頭に血が上りかけたようだったが、すぐに深呼吸をして気を取り直すと剣から手を離し、降参の姿勢を見せてしまった。

 

「だめだ。こ、降参する。俺では何をやっても無駄……」

「……無駄だと?」

 

「え?」

 

静かな怒気を孕んだたかしの言葉が男の耳に届いた瞬間、たかしは男の顔面を殴りつけていた。

 

「ぶがっ??!」

 

砲弾が直撃したかのような強烈な衝撃に大柄な男はたまらず吹き飛んでしまう。

 

「ええーっ!?たかし、何やってんの?!」

 

「自分の仲間が命をかけて戦っていたのをお前は見ていたはずだ。それなのに、無駄だと?俺が無駄じゃないと言ってもか?」

 

「い、いや……それは……」

「お前は戦うために訓練して来たんだろう、何も見せずに終わるつもりか?」

「…………」

 

女は自分の横で尻餅をついたままの男を横目で睨むよう見つめている。

 

「立て。10秒以内だ。立てなければお前の目の前でその剣をへし折ってやろう」

 

「お、おい、たかし……!」

「……わかった」

 

男は再び立ち上がると、太陽を背に両腕を広げた骸骨の彫刻が束に施された奇妙な形状の両手剣を構えてたかしに向き直った。

 

「……後悔させてやる」

 

たかしの威圧感に気圧されたのであろう。

その言葉とは裏腹に男の手足は気の毒なほど震えていた。

 

だが、たかしはそんな男の様子を笑うことはなく、静かにうなずくと目の前の男に問いかける。

 

「俺はたかし、お前は?」

「ルクス……」

 

「ではルクス、3分後のお前に届くように全力で打ち込んで来い!」

「え、ああ……あ?いやっ、わ、わかった!」

 

ルクスと名乗った大柄な男はたかしの言葉の意味を探ろうと少し考えているようだったが、すぐに迷いを吹っ切ったのかのように力強くうなずくと、両手で剣を握って腰を落とし、大地を蹴ると電光石火の勢いでたかしに飛び掛かっていった。

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