女たちは言う。イケメン、美男子、美青年と。しかし、俺に相応しい呼び名があるならそれは……   作:でぃくし

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たかしとありちゃん、二人きり

「えっへへー、あたしんちこんなんっすー!」

 

クリーム色の髪、そしてとびきりの愛らしい笑顔と筋肉の塊のような体を持った185センチの人狼の女。

 

そんな彼女から生み出される混沌以外は、ぱっと見渡しただけでも殺風景なほどに何もない部屋だった。

まるで空白にただ色を付けていっただけのような、そんな空っぽの空間。

 

「……」

 

足の踏み場もない、というほどではないものの床が物で溢れていて歩くのに苦労するほどだ。

 

例えばそれは、パズルのピースのような謎の欠片だったり、からあげのパッケージやスナック菓子の袋だ。

そしてペットボトルは迫りくる虚無に立ち向かうかのように、至る所で不安定に積み重なっている。

 

そんな状況でも不自然なほど匂いは感じない。

照明は付いているはずだが奇妙なまでに薄暗かった。

 

「先輩、どーぞ入っちゃってくださいっす~!」

 

玄関からすぐに見えるところにはトイレとお風呂場と思しき扉があり、ゲタ箱の上では先ほどの人形が疲れ果てたかのようにぐったりと横になっているのが見えた。

 

「ああ……」

 

たかが汚い部屋ごときにたかしが怯むことなどあり得ない。

 

雑に転がされていた人形をそっと座らせてやると、たかしは小さな動物園のようなリビングへと進んでいく。

類まれなる美貌を持つたかしの存在感の前には、ゴミも汚れもその美しさを引き立てる退廃的なオブジェにしかならない。

 

「うっす!喉渇いたっす!」

 

ありちゃんは自分の部屋の状況を気にする様子もなく、キッチンの蛇口をひねって水をがぶがぶと飲み始める。

その邪気のない仕草を見ているだけで、たかしはなんだか色々なことがどうでもよくなってしまうのであった。

 

たかしはさも当然のように脚を伸ばすと、窓際のソファにふわりと腰掛ける。この「むまっ」としたクッション性は間違いなく低反発ウレタンだろう。

 

「がぶがぶぶがっ、ぶおぶばっ、おぐ、ごくん……」

 

二分くらいぶっ続けで水を飲み込み続けるありちゃんを横目にたかしは部屋全体へと視線を巡らせていく。

 

(さすがはありちゃんの部屋だ)

 

片付いているとは言えない。

そしてそこはかとなく彼女の趣味を感じるインテリア。

 

ひまわり柄の水色のカーテン、痩せこけたアザラシのポスター、壁にかかったどこかアニメチックなキャラクターがプリントされた愛らしい時計など……。

 

家具にまったく統一感はなく、すべてがちぐはぐで混沌としている。

 

(それにこれだ)

 

たかしはソファの上に転がっているぬいぐるみたちに目を向ける。

 

耳の千切れたうさぎ、腹わたのはみ出たアルパカ、首がもげそうなダンゴムシ……。

もっともありちゃんには猟奇的な趣味はない。

 

寂しいのだろうか、ただぎゅっと抱きしめたら彼女の愛情に耐え切れず潰れてしまったただけなのだ。

 

「はい!先輩、これ飲んでっす!」

「ありがとう」

 

ありちゃんは水がなみなみと注がれたコップをたかしに手渡すと、自分ももうひとつのコップからぐびりぐびりと豪快に飲み始めた。

 

「ふう……」

 

たかしはコップの半分ほど水を飲み、窓の外へと目を向ける。

 

人工的な灯りも星も見えない夜。

電灯に照り返された自分の青白い美貌が真っ黒いキャンバスの上にただ浮かび上がっているだけだ。

 

街から追い出された静寂と闇がゆっくりとこのマンションを飲み込もうとしているのかもしれない。

 

たかしは何となくそんなことを考える。

 

ありちゃんはどこまでも明るく、鋼のように強靭な精神力を持ち合わせている。

しかしこのマンションの奇妙な状況が、彼女に何らかの影響を及ぼさないとは言い切れない。

 

一方、そんなたかしの心の声など知る由もないありちゃんは未だ水をがぶ飲みしていた。

 

「はーっ!生き返るっす~!」

 

大きく息を吐きだすようにありちゃんはコップから口を離す。

彼女の喉に一筋の水滴が流れ落ちて、胸元へと吸い込まれるように消えて行く。

 

(やばやばっす~!緊張して喉が渇いてどうしようもねえっす~っ!でもやっと先輩をあたしのお部屋に誘い込むことに成功したっす!)

 

ありちゃんは乙女心を膨れ上がらせながら、チラリとたかしの横顔を盗み見る。

 

(後はおっぱいと生尻を見せてあげれば先輩は絶対にえっち全開になってあたしを求めて来るはずっす!うっすっす……先輩ったらすっごくすけべぃだからすぐ釣れるはずっすよ~♪)

 

「すっかり暗くなったね……」

「う、うっす……!」

 

(いけないっす!先輩のセクシーすぎる横顔や肩幅を見てたら頭がぼーっとしてあたしの方から求めちゃいそうっす!うっす!)

 

沈黙を破ったのは予想通りもちろんたかし。

視線を窓の外に向け、ぼそりと呟く。

 

「それで、ありちゃん。この部屋にある恐ろしいものって言うのは……」

 

「せ、先輩っ!シャワーに行って来ていいっすか!すぐ戻ってくるっす!」

「シャワー?」

「うっす!体を清め忘れるわけにはいかないっすから!それじゃあ!」

「ああ……」

 

慌てた様子のありちゃんは床のゴミを蹴っ飛ばしつつ、上着を脱ぎながら脱衣所に向かう。

 

(お清めか。ありちゃん、ずいぶんと本格的に困っているようだな……)

 

バスルームで何もなければいいが、と少し不安になるが……まあ、何かあれば唸り声が上がるだろうし、たかしにも助けを求めるだろう。

 

「さて……」

 

たかしはソファに背中を預け、そのままゆっくりと目を閉じる。

眠ろうというのではない、神経を研ぎ澄ませているのだ。

 

たかしの超常的な能力はなにも運動能力だけではない。

たかしは吸血鬼の聴覚により、周囲に存在しているであろう気配を探り始めた。

 

電気の流れ、水の流れ、そして空気の流れ。

 

雨水管を這いまわる小さな虫の足音まで、たかしにははっきりと聞こえてくる。

パイプの材質や汚れの厚み、虫の足先の形状を音だけで調べ上げることさえ、たかしにとっては難しくはない。

 

だが多いのは寝息と、そしてありふれた生活音だ。

先ほどはエレベーターの挙動や人形に不信感を抱いたものの、それ以外におかしな気配は感じられない。

 

そしてたかしは目をゆっくりと開く。

風呂場からざあざあとシャワーの音が聞こえてくる。

 

(何もなし、か……)

 

ため息を吐き、たかしはリモコンを手に取り、テレビのスイッチを入れる。

 

しかし次の瞬間、たかしはソファの上から転がり落ちてしまった。

 

「ぐおっ!う、うわ!」

 

久しぶりに驚愕するたかし。

 

画面の中で全身に色鮮やかなペンキを塗りたくった芸人たちがペンギンのようなポーズで奇声を上げて走り回っていたからではない。

音量の設定がアホみたいな爆音になっていたからだ。

 

『極寒!ペンギンペンキ徒競走!』

 

鼓膜が張り裂けんばかりの芸人の叫び声は窓を揺らし、床の埃を巻き上げ、音に反応するものまねダックの体を激しく揺さぶった。

たかしが慌ててリモコンを弄りまわすとテレビの電源がプツンと落ちる。

 

(なんでこんな大音量になってるんだ?)

 

たかしは少し息を吐き、乱れた髪を整える。

 

(たぶん……リモコンの使いかたがわからなかったんだろう)

 

まったく仕方のない奴だ。

上司として先輩として、そしてリーダーとして俺が導いてやらねばな……。

 

たかしがため息をついていると、バスタオルを巻いたありちゃんがひょいと現れる。

湯上りのありちゃんの艶々とした肌は桜色に火照り、巨大な乳房は今にもタオルを押し退けてぶるるんと飛び出しそうだった。

 

「うっす!ただいまっす!今のってなんの音っすか!」

 

「いやテレビの音がちょっと大きくてな」

「あーっ先輩!見てもらいたいのはそのテレビっす!呪われてるっす!」

 

ありちゃんは少し悪戯っぽい笑みを浮かべながら、たかしの隣に体をねじ込む。

 

鼻をくすぐるシャンプーの甘い香り。風呂上がりの健康的な温かさ。

はち切れそうな筋肉の弾力、むちむちとした柔らかな脂肪。そして妖しい光を宿したオリーブ色の瞳。

 

「……呪われてる?テレビが?」

「うっす!」

 

そう言うとありちゃんは床に転がったリモコンをつまみ上げ、電源ボタンを強く押し込んだ。

 

「いやだから音量!」

 

たかしの制止は一手遅く、たかしとありちゃんは爆音と共にソファから転げ落ちるのであった。

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