女たちは言う。イケメン、美男子、美青年と。しかし、俺に相応しい呼び名があるならそれは……   作:でぃくし

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ありちゃんとご先祖様

「うっす!音量がおっきいままだったっす~!」

 

ありちゃんは床に転がったたかしに覆いかぶさると、ここぞとばかりに彼に抱き着いて胸板に顔を埋める。

 

「うっへへっ~びっくりしちゃったっす~♪」

「……ああ、確かにびっくりしたね」

 

少し呆れた微笑みを浮かべながら、たかしはありちゃんを抱え起そうとして気づく。

彼女の髪の毛はほとんどに水に濡れたままだ。

 

「ありちゃん」

 

「うへっ?なんすか先輩?」

「いや、髪の毛がびしょびしょだから乾かさないと……」

「えー!このままでいいっす!」

 

「ダメだよ、風邪を引いてしまったら任務に支障をきたしてしまうから」

 

まあ、人狼だし風邪なんか引かないだろうけど。

 

(……そこはあれだ)

 

念には念をと言うか。

上司と部下として、先輩と後輩としてこう、適切な距離というかな。

 

「うっす!」

 

「ドライヤーは脱衣所に?」

「うっす!」

「じゃあちょっと待っててくれ」

「うっす!」

 

たかしはありちゃんをひょいと持ち上げてソファに座らせると、ドライヤーを取りに脱衣所へと向かう。

 

脱衣所は脱ぎ捨てられた服が散乱し、ドライヤーは下着の山に埋もれていた。

たかしは真新しいバスタオルを手に取りコンセントを引き抜くと、下着をかき分けながらコードを巻き取っていく。

 

(デカいな……)

 

何がって、もちろんドライヤーがデカいわけじゃない。ブライヤー、いや下着でありそれはブラジャーだ。

ありちゃんもブラをするんだな、当たり前だけど。

 

それにしても大きい。

見てくれ、カップにあたけの頭が入りそうじゃないか。

 

「フッ……俺は何を考えてるんだ」

 

自分もこのマンションの不思議な雰囲気に呑まれたのだろうか。

普段ならなんとも思わないはずだ。しかし、一糸まとわぬありちゃんの肢体が脳裏にちらつき、たかしは思わず苦笑いを漏らす。

 

(俺が上司であることを忘れられては困るな……)

 

タオルとドライヤーを手に戻ると、ありちゃんはソファの上で足をばたつかせながら全身で喜びを表現し始めた。

 

「はい、お待たせ」

「うおおおお~っ!せんぱあああああいっ!ありがてえっす!」

 

「まずはタオルドライだ」

「うへ」

 

たかしはぶわっと広げたバスタオルをありちゃんの頭にかける。

 

なぜ風呂上がりの女の髪に、恋人でもないはずの俺は触れているのか。

まあいい、正しいドライヤーの使い方を部下に指導することもリーダーの勤めのはずだ。

 

たかしはありちゃんの頭皮を優しく揉むようにしながら、根元の水分をタオルで吸い上げると、そのまま毛先へとタオルをたたみ込むように圧をかけ、丁寧に髪を乾かしていった。

 

「う~~……ドライヤーはまだっすかあ」

「濡れた髪にいきなりドライヤーをしても乾きにくいからね」

「うっす!」

 

たかしはドライヤーのスイッチを入れる。

軽いモーター音と共に暖かい風が柔らかな髪を揺らす。

 

(ありちゃんをこんな近くでまじまじと見るのは初めてかもしれないな……)

 

まずは温風、そして根元からだ。

たかしは少し湿った髪の毛に指を通し、ボリュームが出るように髪を散らせていく。

 

大きな手に頭皮を撫でられて心地よいのだろう、ありちゃんはうっとりと目を細めていた。

 

たかしの口角も無意識に上がる。

 

たかしのドライヤーのやり方は従姉妹に教わったものだ。

だが、従姉妹にそうするのとは違い、どこか大型犬の世話をしているかのような気になって思わず吹き出してしまいそうになる。

 

たかしは新たな趣味を見つけてしまったのかもしれない。

 

「うっふー……もわ~ってあったかくてすっごく気持ちいいっす先輩~……」

「ふふっ、ああ……それはよかった」

 

冷風を送り、キューティクルを引き締めながら軽く手櫛を通してやると、ありちゃんの髪の毛は薔薇のような甘い香りを漂よわせ、たかしの手の中できらきらと艶を出す。

 

まるでシルクのように美しく、そして滑らかでゴージャスな手触り。

その生活習慣のわりに何とも強靭な髪の毛だ。流石は人狼の中でも選りすぐりの戦士の家系というところか。

 

「サラサラだな」

「うへへ~そうっすか~?」

 

たかしに褒められたのが嬉しかったのだろう、ありちゃんは体を揺らし、声を弾ませる。

 

「ありちゃんの髪の色って染めてるわけじゃないんだな」

「うっす!マミーと同じ色っす~!おっぱいが大きいのも遺伝っす!」

 

「ありちゃんはお母さん似なんだね」

 

「そうっす!けどマミーは怖いだけのちんちくりんであんまり強くないっす!」

「ならありちゃんが強いのはお父さんの遺伝かな」

 

「パピーはマミーよりもひょろひょろで弱いっす!マミーの話だとあたしが強いのは先祖返りだって言ってました!」

 

「先祖返り?」

「うっす!マミーのご先祖様は最強の人狼だったらしいっす!あたしはその人狼に似ているらしいっす!」

 

「最強……か」

 

たかしはその言葉にふと思う。

 

この現代で最強の人狼とは一体どんな奴なのだろう?

そいつはありちゃんと比べてどれほどのものなのか?

 

そもそも、吸血鬼の中でも特に強い奴についても自分は知らない。

 

叔父さんから戦う力を奪ったという吸血鬼や、自分の母親を殺した吸血鬼とやらについても未だに教えてもらえていない。

 

どんな奴なのだろう?俺よりも強いのか?

そいつは今、どこで何をしようとしているのだろう?

 

「ちなみにどんな人狼だったんだ?その最強のご先祖様って」

 

「えっとー……夜が来ないくらいの北の果てで、ずーっと雪が降ってる山に狼たちと一緒に住んでたらしいっす!」

「かなり寒さが厳しそうなところだね」

 

「うっす!ご先祖様は体の大きさが5メートルくらいあって、満月になると麓に住む人間たちがウサギやシカを生贄に捧げに来ていたらしいっす!」

 

「それはすごい、まるで神様だ」

 

たかしの想像の中でありちゃんの髪と同じ色の巨大な人狼が凍てついた山の頂で村人たちを見下ろしている。

 

月の光を浴び、神々しいまでに輝く人狼の巨体を前に、村人たちは冷たい雪の中でぶるぶると震えていたのだろう。

 

そしてバスタオルに包まれた自分の胸を見つめながら、ありちゃんは思い出すように続ける。

 

「そんでご先祖様はあたしよりもおっぱいが大きくて、たくさんの子供を産んでたらしいっす!」

「ならありちゃんの親戚は世の中にたくさんいるってことか……」

 

たかしの想像の中で人狼が一族を上げて運動会を開いている。しかし、そう単純な話ではないらしい。

 

「でも、ご先祖様はすっごく厳しくて超怖かったらしいっす!」

「なるほど……」

 

「うっす!自分の子供にも超厳しくて弱い子供なんかは生まれた瞬間崖から捨てられたり、病気になったら岩に叩きつけられたり、狼の餌にされたりしてたみたいっす!」

「……」

「だから生き残ることが出来たのはほんの一握りだけだったってマミーは言ってたっす!」

「人狼の子育てはだいぶハードだな……」

 

「うっす!今、ご先祖様があの世から戻って来たら、今の人狼のほとんどは失格になって殺されるってマミーは言ってたっす!」

 

「ありちゃんはきっと合格だろうな」

「うへへー!」

 

人狼たちが狼の餌にされたり、崖から投げ捨てられていたとは。

ともあれ、ありちゃんの話ではもうその方針を継続している人狼の一族はいないか、あるいは数少ないようだ。

 

ありちゃんが嬉しそうに口を開く。

 

「あたしのマミーもすごく怖くて厳しいっす!でもマミーは美味しいお肉をくれたし、いっぱい遊んでくれたし、お菓子も持ってきてくれたっす!病気で動けないお姉ちゃんも殺さないで生かしておいてくれたっす!だからマミーのためにあたしもがんばるっす!」

 

「そうか……いいお母さんなんだな」

「うっす!あたしにとっちゃあ最高のママっすよ~!」

 

ありちゃんは明るく笑う。

そんな会話を続けている内にドライヤーの時間は終わった。

 

(さて……これからが本題だ)

 

たかしはコンセントを引き抜くと、気持ちを切り替えるようにドライヤーをしまい込む。

 

そう、たかしにとっての本番はこれからだ。

ありちゃんですら恐れるという呪われたテレビ。

その謎を解明しなければならない。そのために自分はここに来たのだから。

 

ヨトウムシを退治している女だとか人の顔を持つ犬だとか猛スピードで高速道路を走り回る老婆だとか、地下の黄色い空間だの捨てても戻ってくる人形だのとずいぶんと横道に逸れてしまったがようやく終わりが見えてきた。

 

こほんと咳ばらいをしてから、たかしは口を開く。

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