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「うるせえなぁ……」
「ごめん、セットしてたぁ」
今日は週末。学生の休日ってやつだ。
本来なら惰眠を貪り、8時まで寝て9時に学食を食べるということを
割と日課にしていた。
しかし今日は西尾が目覚ましをセットしていたようで、けたたましいベルが脳天を貫いた。
いかに”常識”がある西尾でも、間違ってしまうことがある。
それは、”仕方のない”ことだ。
一つため息をつくと、西尾はすぐに飛び起きて準備する。
なんの準備かというと、ライスシャワーのソウル波の観測行動だ。
何ヶ月か前に西尾が何やら悩んでいたので、あまりにも偶然とはいえない
状況に追い込まれるウマ娘を紹介した。
そいつこそ、ライスシャワーというウマ娘だ。
濡鴉の髪に惹かれ、幼稚な言葉遣いと仕草に気後れしながらも、
その瞳には曇りがまったくなく何等かの信念を持っているようだった。
強いて言えば、惹かれた。
ウマ娘は総じて容姿が優れている。
浜内や田淵、女子たちも口々に言う。かわいい、格好いい、きれいと。
いきなり入学するはずだった学校から案内が来て、
全寮制のトレセン学園に通学してくださいと言われた時どんなに驚いたことか。
なぜなら禁断の花園と言われ、地方とは比べ物にならない容姿や地頭を持つ
よりすぐりのウマ娘がいて、なおかつ同年代の男子禁制だからだ。
いわゆる女子校ってやつ。
それを聞いた時、胸が高鳴った。
そうして最初に案内してくれた生徒会所属のウマ娘と面と向かった瞬間、
今までであった女子の記憶が過去のものとなった。
圧倒的な異性に惹かれたんだ。
あいつらがいうように、毒である。俺達もまた、毒である。
本来なら同年代の男がおらず、同性・同種族のみだったんだ。
そんな中に、俺達が入ったんだ。
どんなことが起こるのか。
昔ならやったーだけだろうが、携帯電話が流行しあらゆる情報にアクセスできるようになっている今……衝撃が来た。
圧倒的なんだ。すべてが。
だから俺は”常識”ある行動を示した。
小学校ではクラス委員を努めていたんだ。自分の感情を制御する方法は心得ている。心を制御しないと食われる。
そう、思ったんだ。
実行したその日から、クラス委員長として選ばれたから全力で皆の、
ヒトの模範であるよう努力した。
そして結果的に困った人を助けようと、”常識”ある西尾に助けを求めた。
西尾遠矢。
俺が通学する為に充てがわれた部屋の相方で、クラスで一番”常識”があるすごいやつだ。
だから俺も頼るし頼られるのは嬉しかった。
そして一緒に行動もする。
結果、幼気なライスシャワーをスピカというチームに押し込んだのは、俺達の
手八丁口八丁が巧みだったからだろう。
それからというもの、ライスのソウル波を観測し干渉する機械を作り上げた西尾。多大な恩恵はないものの、それらを使ってライスの理不尽をなんとかしようと奮闘したんだ。
俺も技術工作を手伝って、ライスを助けようとした。
「新田くん、ありがとう!」
赤信号が青信号になって、不幸なことも起きにくくなったライスは涙ながらに
そういった。胸を打たれてしまった。
ただの感謝なのに。
今までもそういうのはあったが、ここまで胸にくるものはなかった。
今日もまたそれを夢見てしまう。。
そしてそれのために、ライスを助けようとも思った。
だからそのためにも、西尾の実験に付き合う必要がある。
脳裏に焼き付くあの笑顔のために、どんなことでも。
「は? 宝塚記念とおんなじことをする?」
「そうそう! ソウル波を観測するとさ、パターンが宝塚記念なんだよ」
「はあ、それでどうするんだ?」
「えーと、概算だけど、ゴルシさんに放送席で放送してもらって、三番人気・枠番8・ウマ番16、芝2200m、稍重、頭数17で」
「めっちゃ詳細じゃん」
頭数17かぁ、クラスメイトとスピカでいけるか?
セッティングのためにスピカのトレーナーに話を通した。
流石に長時間ウマ娘じゃない生徒に貸すのは問題になるみたいで、
練習のためにスピカトレーナーが急遽トレーニングを入れてくれた。
本格的な練習じゃなくて、軽い運動のためと称している。
また今回ソウル波の詳細なデータを観測するため、干渉機とは別の子機を
出走する全員に着用してもらうそうだ。
「おーい、こっちだこっち!」
「宝塚記念の時のゲート位置ってここだったか?」
「レース場の形状が違うんだ、誤差だろ誤差」
「ちょっと!? ちゃんと指示書通りにやりなさいっ」
「わたくしのウマ番は7、枠4みたいね」
「おれは10で枠5が!」
「うちは1番で1! テイオーちゃんは何番?」
「ボクは12番で6!」
「2200mなら全部使わないので、ゴールから逆算しなければなりませんわね」
「G1なのに体操服着んの?」
「勝負服なんて、麻生や委員長二人しか持ってないじゃん!?」
「はいこれ。ゴルシさん、宝塚記念のファンファーレ」
「まじで流すのかー」
現場が混沌としている最中、俺はと言うとスピカのトレーナーと俺等の担任にもしもに備えて相談をしている。
今までの経験上ソウル波関連でろくな目にあったことがない。
だから突然なにかが発生しても対処できるように、レース場付近を立ち入り禁止に指定し周邊に近づかないようナリタブライアンさんやシンボリルドルフさんから直接声をかけてもらっている。
流石にこの行動をすると何をする気だと凄みを効かされるが、ウマ娘のよりよい未来のためといえば簡単に首を縦に振ってくれるようだ。
彼女は大っぴらに公言している通り、トレセン学園の生徒会長としてウマ娘にとって過ごしやすい環境を整えているだけはある。否やはないと。
「なあ、遠矢」
「ん? どうしたんです、ゴルシさん」
「引き返すなら今だぞ」
「あはは、データが取れるんだから引き返す手はないですよ」
「テイオーやライス・新田はもちろん、アタシら皆悲しむだろうが」
「……面白いことをいいますね。僕がどうなろうと、心配する人はこの世にいませんよ」
「お前狂ってるよ、遠矢」
「ありがとうございます」
二人が何やら話しているようだが、今現在トレーナーと先生との協議もありドクターヘリの手配をした。
これで日に日に強くなってきているらしいライスのソウル波の影響を受けても、
すぐに処置すれば軽い症状で済むだろう。
「新田くん!」
「お、ライス。皆、出走準備できたか?」
「うん! 皆が開始のファンファーレを待ってるよ!」
皆の準備が終わったことを西尾の方にも、トウカイテイオーが向かって伝えている。
全員体操服にゼッケンを貼り付けて、2200mを走る準備が完了した。
「皆さん! 今日は僕の為に集まってくれてありがとうございます!
注意事項が一つだけあります! 途中で走るのをやめず、一度はゴールしてください!
では、ゴルシさんお願いします」
俺はこのひと声で確信した。すぐにレース場へ降りられるよう、担架とともに先生方にもスタンバイしてもらう。
理由はこの一声だけじゃない。西尾の表情が少し固いからだ。
作り笑顔なのが余計に不安を駆り立てる。
やめろよ、西尾。今お前がその身に宿しているのは、
最近ソウル波が強くなってきているライスのウマソウルなんだ。
ここでなにか起こしてみろ。ライスがふさぎ込むだろうが……!
<今年もあなたそして私の夢が叶う宝塚記念>ガシャン
<一斉に飛び出しました>
ファンファーレが始まって一通りの説明をした後、全員駆け出した。
といっても、ウマ娘と人間じゃ脚力が違いすぎる。
ウマ娘たちはまっさきにターフを駆け抜け、メジロマックイーン・トウカイテイオー・ダイワスカーレット・ウオッカの順番でゴール板を通過した。
田淵や小比賀は、ウマ娘たちの競争に熱視線を向けている。
肝心のクラスメイトや西尾は、まだ第二コーナーを曲がったところ。
少しして第三コーナーを曲がったのを、中継カメラでとらえていた。
そろそろ最終直線────
「西尾が倒れたぞ!」
「ああっ、クソ! 内海!」
「チィッ」
「遠矢!!」ダッ
「テイオー!? 新田さん、遠矢さんがッ」
「わかってる! 先生がた頼みます」
「医療車両出るぞ!」
「どこで倒れた!?」
「第三コーナーだ!」
皆がてんやわんやし、トウカイテイオーとメジロマックイーンは自分の脚で現場へ向かった。
ただウオッカやダイワスカーレットは、本格化がまだらしく脚が動かないらしい。
伝えていないが重賞勝利バであるメジロマックイーンと本気の戦いをしたんだ、
消耗に関していえば仕方ないと思える。
そして当の本人であるライスシャワーのところへ足を運ぶ。
本人は自分のウマソウルが原因で、転倒したことにショックを受けている。
「ライス! 大丈夫だ、西尾の転倒とライスのウマソウル、いやライス自身とは関係ない!」
「ぅ、ぅん……」
ライスのことだ。自分を否定するクセがついているからか、自身を卑下して
勝手に傷ついている。
今回もそうだが、西尾が勝手にやったことだ!
全く関係な……まてよ……?
たしか西尾は言っていた。ソウル波でわかるのはパターンだけ。
そこに文字で書かれているわけでもないし、ましてや比較したのはライスとマックイーンだけ。
だとすると、あの夜に見せてくれた二人のソウル波から何を見出したんだ?
それとも、こうなることを知っていた?
ただ、ライスの宝塚記念周邊の波長とマックイーンの有馬記念周邊の波長が、ほぼ同じ形を示していたのもそういうことなのか?
西尾。お前は、”常識”の外を見て何をしようとしているんだ。
まあいい。病院で診察したらすぐに問い詰めてやるからな?
「開放性脱臼骨折?」
ドクターヘリで東京大学医学部附属病院に搬送され、帰ってきた俺等の担任が帰ってきた矢先の第一声がこれだ。
聞いたことがない症状でピンとこない。
「全治二ヶ月だそうだ」
は?
突拍子のない言葉に、頭が真っ白になってしまう。
わけがわからない。
なんで? なんで? なぜだ?
今までスピカの面々と走り込みだってしたし、坂路も駆け上がった。
少し暴走するような練習もやったことあるが、脱臼も骨折もその予兆なんて全く見当たらなかった。
認めたくない。たった二ヶ月で二ヶ月かそれ以上西尾と遊べなくなるのは、
認められない!
「ら、らら、ラ……イスの……せいだっ、ライスが……ライスが悪いんだっ」
「違う! ライスシャワー! キミは悪くない!」
「違わないわけない! だって、理不尽なツキがなくなるならって思って、書類にサインしたのはライスなんだよ? ら、ライスが、ライスがサインしなけれ
ば!!」
「ライスシャワー、キミは悪くない。それに、どのみち西尾はこうなる運命だったんだ」
「嘘だ!」
「嘘じゃない!」
宝塚記念試走組が集まったトレセン学園本校舎の多目的室で、
俺とライスの問答が繰り広げられる。
彼女の自己否定は、的外れだ。
なぜなら、俺がライスシャワーを紹介していなくても、結局だれかのソウル波を使って大怪我していたはずだ。
”常識”があるなんて、一側面の物差しで人を推し量ることなんて意味がないことだった。
俺はそれを今思い知っているっ。
”仕方ない”だ? 仕方ないとか、どの口が言ってんだよクソが!
西尾を潰したのは俺だ。
西尾を”常識”でのみ推し量り、その他の物事を”仕方ない”と除外していた。
俺はアイツのことを何も知らない!
今度こそ、なんでもだ。何でもしてやる。
何が何でも、ソウル波を解明してやる。
まずは、西尾に接触しなければ。
ーーーーーー
第三コーナー。あと少しで、ゴールする。
息も絶え絶え。あまり長い距離を走ってこなかった代償だ。
さあ、第四コーナーと意識したその時、耳をつんざく悲鳴が聞こえた。
後ろを走っていた西尾が、倒れた。
長時間走っていることで、頭に酸素がいかないおぼついた脳みそで自体を把握する。
わたくしがその場に踵を返し、西尾を視認する。
ぇ──あ、脚、あし?
わたくしは急激に体から熱がなくなる感覚を覚えてしまう。
なぜなら西尾は、泣き叫びながら歓喜していたからだ。
「ひ、ハハハ! 実験、じ、じけっ、実験は成功だア! ハハハハハ!!!」
わたくしはそのときからかな。西尾が怖くなってしまった。
もう、西尾を直視できない。
新田委員長からみた西尾はどう映るかというものです。
西尾の狂気性は、これから垣間見るとおもいます。