私は今現在PS4版も買って五週目ですが、やっぱりウォルターが好きです。
「仕事の時間だ、621」
体操着事件から早数週間。気温も暑くなり、夏真っ盛りな七月某日。621は、ウォルターに唐突に渡されたシンプルな黒の甚平に着替え、彼の頼み事を聞いていた。実際、「仕事の時間だ」と言っても、大体はお使いやらの頼み事であり本格的なものではない。
何故なら──この世界にACはないからだ。
だから、621はまたなにか頼み事でもあるのかなぁ、とぼーっとした雰囲気でウォルターの言葉を待つ。
「今回の仕事は、近所で行われる花火大会でのエアのエスコートだ。去年は俺の都合に付き合わせて行けなかったが、今年は問題ない。資金は巾着袋に入れておいた、なくすなよ」
「……ウォルターは行かないの?」
「友人との野暮用があってな。終わり次第、現場へ向かうつもりだ。それまでは、二人で夏祭りを楽しんでこい。普段世話になってるお礼を、しっかり返すんだぞ」
「了解」
手渡された少し重たい巾着袋を片手に、621はスタスタとリビングのドアに歩いていく。そして、ドアノブに手をかけた瞬間、もごもごと躊躇い気味になりながらも一言、呟いた。
「行ってきます──父さん」
「っ! ……あぁ、行ってこい」
去っていく621を尻目に、ウォルターは何年かぶりに聞いた「父さん」という言葉を頭の中で反芻させる。嬉しいや幸せといった表現では足りない、満足感にも似たなにかが彼を満たしていく。
仕事を託した息子がいなくなったリビングで、ウォルターは目を細めて微笑み、自分の仕事に戻る。ほんのちょっと、体が軽くなった気がした。
◇
自宅から、恥ずかしさから逃げるように、下駄を履いて玄関を飛び出した621は、自分を待っていたであろうエアと視線が重なり、いつもと違う彼女に目を奪われる。邪魔にならないように、後ろで纏められた髪。派手ではないのに目を引く白地に彼岸花が描かれた浴衣。最後に、薄らと見えるメイクのあと。
自然体でも美しく、可愛らしいエアだが、それにメイクやら衣装を合わせれば魅力は倍々。日常とはズレた非日常、そんな空気を感じる装いに621の視線は釘付けになる。
もっとも、そこまでの効果を期待していなかったエアは固まってしまった彼に対して、あわあわと詰まりながらも言葉を零す。
「あ、あの、レイヴン? 私の格好は……そんなに変でしょうか? カーラ先生に選んで貰ったので、私自身、自分に似合っているかわからなくて……」
「……すごく綺麗」
「へ? そ、そうですか。ありがとう、ございます」
「……夏祭り、行こっか」
「は、はい」
予想外の返しに、エアの透き通るような白い肌は朱に染まり、声が震える。621はそんな彼女を気にしつつも、どこかマイペースに花火大会へと歩き始めた。もちろん、彼女の手を繋いで。
正直、エスコートという意味をあまり理解していない彼だが、エアが喜ぶことをすればいいということはなんとなくわかっているため。いつもより距離感を近く、彼女の傍による。
もっとも、普段とのギャップでエアの脳はバグりまくりであり、喜ぶ以前の問題だが621はそれに気付いていないのか、ずんずん先に進んでいく。
(……ダメです、心臓が持つ気がしません)
長い長い夜が始まった。
◇
会場に着く頃には、エアのバグも治まったが、今度は621のテンションが上がり始めた。並ぶ屋台の看板に描かれる、色とりどりの絵と言葉が彼の心を躍らせるのだ。
「たこ焼き、りんご飴、焼きそばにイカ焼き……色々ある」
「射的や輪投げ、型抜きに金魚すくいなどもありますね。どれから行きますか、レイヴン?」
「ん……たこ焼きがいい。お腹減ってて」
「なら、そうしましょうか」
花火が始まるのはまだ少し先だと言うのに、会場はすごい人だかりができており、人口密度が高い。621はしっかりとエアの手を握り、彼女を屋台へと案内する。彼自身、身長は170後半に届かないが、エアは160にすら届かないためはぐれたら大惨事だ。
それはもう、休みの日、ミシガン先生に会うくらいには。
「すいません、たこ焼きを──」
「おぉ! よく来たなG13にエア! 二人揃って花火大会に遠足とは随分と楽しそうだな!!」
「……ミシガン先生こそ、何故ここに?」
本当に、何故なのか。体育教師であるミシガンは頭にタオルを巻き、着慣れた白無地のシャツで器用にたこ焼きをひっくり返している。一朝一夕の技術でないことから、よく作っていることが伺えるが、違う。聞きたいのはそうじゃないのだ。
「私がここにいる理由だと? 気にするな、ただの地域貢献だ! それよりG13! たこ焼きだったな! 何個食べる!」
「……エアも食べる?」
「少しだけなら」
「じゃあ、12個で」
「よし! 24個だな! 少し待っていろ!」
「???」
「申し訳ありません、ミシガン先生。レイヴンは12個と──」
「安心しろ! 12個はおまけだ! エアも食べるんならあと6個まけて30個にしてやる!!」
「いえ、そこまでは……」
よく食べろ、という意味なのだろう。絶対に話が通じない雰囲気がある。何が酷いかと言われたら、これを善意でやっているのだからタチが悪い。621は案の定、呆然としており。数分と経たぬ内に山盛りのたこ焼きが彼に押し付けられた。
唯一の救いは、12個分の値段しか取られなかったことだろうが、アレでお店がやっていけるのか、二人には甚だ疑問である。
「……あっつ! はふ、はふ……」
「お腹が減っているからといってがっつくからですよ……ほら、冷ましてあげますから」
そう言うと、エアは自分用に貰った楊枝でたこ焼きを持ち上げ、ふーふーと息を吹きかける。自然とこういうことができるのも幼馴染みの特権なのだろう。621は、その流れで自分の口の方へと運ばれたたこ焼きを食べて、満足気に頬を緩ませる。
「熱くないですか、レイヴン?」
「平気。エアも食べたら? おいしいよ」
「では、少しだけ」
なんてやり取りをしながら、ぼちぼち食べ歩き、次の店──もとい標的を621が見つける。
「射的……」
「やっていきますか?」
「うん、少しだけ──」
「おい! 野良犬! やっと見つけたぞ! 昨日の恨み! 今度こそ果たしてやる!」
「……うるさいのに見つかりましたね」
「あぁん! 誰がうるせぇって!」
「おめぇだよ! イグアス! つうか、お前が型抜きで勝負だとか抜かしてきたから付き合ってたのに、野良犬見つけた途端出てくとか正気かよ!」
「黙ってろヴォルタ! こっから真剣勝負なんだよ! 昨日、こいつとV.ⅠⅤのイタズラに巻き込まれたお陰で、こっちはミシガンに筋トレ二時間もやらされたんだぞ!」
花火大会だというのに、相も変わらず勝負を吹っ掛けてきたイグアスは、染めろと言われてもやめない茶髪と眼光の鋭い焦げ茶の瞳で621を睨む。体格は621と大差ないが若干小物臭がするのがたまにキズだ。そして、イグアスの悪友、もといヴォルタも彼を追ってやってきたのか隣につく。ガタイがよく、髪も坊主でザ・運動部といった感じではあるが、鼻が少し曲がっている。
なんでも、一度他校とのケンカでやらかしたのをミシガン先生に見つかり教育的指導を受けたとかどうとか。
そんな二人に絡まれたエアは心底嫌そうな表情だが、621は友達に会ったような気安さで勝負を受ける。さっきまで型抜きという地味な作業をしていたからか、射撃で白黒つけようと誘い出したイグアスは、店主に金を払い、銃と弾を受け取った。
「見てろよ野良犬。格の違いを見せつけてやる」
煽るような笑みを見せつつ、イグアスは静かに銃をかまえ、一発。手乗りサイズのぬいぐるみを狙った一射はギリギリを掠めただけだったが、それで大凡の当たりはついたのか。二発目は的確に、位置をずらし。三発目で見事、景品をゲット。鼻で笑って誇らしげに胸を張る彼とは対照的に、621はいつも通り何事もないような表情で店主にお金を渡し銃と弾を受け取る。
三発二百円。お財布にも優しい値段だ。621は、狙いをつける前にエアの方へと振り返り、余裕そうに声をかける。
「エア、何が欲しい?」
「……じゃあ、あの小さなうさぎのストラップを」
三段棚の右端に二体ペアで置かれている一匹を指差し、エアが言うと621はコクリと頷き銃を構える。軽く息を吸って、吐いて。慎重に狙いを定める。遊びであってもあくまで勝負。負ける気のない彼は、ちょっとしたテクニックを見せようと、ストラップの頭ではなく足元に銃口を向ける。
物体の大きさは五センチもないが、心配はない。心臓の鼓動だけが聞こえるほどに集中した621の弾丸は、吸い込まれるようにストラップの足元に当たり、ペアとなるもう一匹を押し倒すようにして棚から落ちた。一発で二個も景品を落とす、まさに神業。
そのあとは、適当な袋詰めのお菓子を落としゲームセット。完全敗北したイグアスは額に青筋をピクピク浮かせて、もう一回と勝負をせがもうとしたが──そこに壁が立ち塞がる。何を隠そう、前回のイタズラの主犯……V.Ⅳラスティだ。
「勝負をしたいなら、私が引き受けよう。君もそれで構わないな、戦友?」
「いいけど……」
「イグアスはどうだい?」
「はっ! お前から来るなら手間が省ける! こいよ、輪投げ勝負といこうじゃねぇか!」
「望むところさ」
「……私は、何を見せられてるんでしょうか」
エアはわけのわからない男の「友情……?」にため息を吐きつつも、621からもらったストラップを手に握る。
お揃いは、少しだけ嬉しかった。
◇
屋台を周り、人ごみを抜けて、二人はベンチに座って花火が上がるのを待っていた。なんでも、エアが言うにはこのベンチが最高の隠しスポットらしい。カーラ曰く、このベンチからが一番綺麗に見えるよう調整しているとか。そもそも一般教員が花火師の仕事に混ざっていること自体が不思議なことだが、毎日変なガジェットを作ってはホームルームで遊ばせている彼女からしたら不思議ではないのだろう。
「静かだ」
「きっとここなら、花火がよく見えますね」
軽い雑談を交わしている内に、時間は過ぎていき。──そして、空に光の花が咲く。赤、青、緑、黄。様々な色の花火が打ち上がり、視線が釘付けになる。ただ一人、621を除いて。
「奇麗な花火ですね、レイヴン」
「うん、綺麗だ」
空を見上げるエアの横顔を、621は見つめる。あの時、家の前で彼女の姿を見てから、彼の心はずっと縛られたまま。日常ではありえない、夏の魔力に魅せられたようにエアに囚われている。色とりどりの光に照らされた白髪が、綺麗なものを純粋に映す紅い瞳が、眩しくて、美しくて。621は花火と同じかそれ以上に、彼女のことを綺麗だと思った。
普段鈍い彼と違い、エアは視線にも敏感に気付く。今日一日、いつもより621が自分を見ていることに気付いていた。だから、変に勘違いしてまいしそうになる。エアからしたら、621はただ珍しい自分の姿を見て興味を持っているだけで、そこにそれ以上の意図なんてない。ないと、わかっているのに。
「……花火が奇麗ですね、レイヴン」
「花火も、綺麗だね」
「……あなたのそういうところ、ズルいです」
重なっていただけの手を離さないように、エアが指を絡ませる。跡が残るくらい強く握ると、621はそっと握り返した。優しく、包み込むように。
「また来年も、誘っていい?」
「……誘われなかったら、私から誘います」
形のない約束に縋るように、一歩距離を詰める。肩が触れ合う距離になっても、621は何も言わずに受け止め、エアはそれに甘えるように寄りかかる。
祝福の鐘を鳴らすように、何度も何度も、空に光の花が咲いた。
眩しい、花束だった。
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