東方龍白録 〜The End of Crossover Fantasy. 作:タミ
誰かが言った。
"恥の多い生涯を送ってきました"。
私もきっと、何も残せず、何者にもなれず、その生涯を終えるのだろう。
……そんなの、嫌だ。
声が聞こえる。強く優しい、幼い日に憧れたあの星のように遠い人の声だ。
声が聞こえる。耳障りで私の心に爪を立てる、嫌な人たちの声だ。
おまえの夢は、叶わない。
いや、おまえに元々夢なんて無かったな。
いい加減に現実を見ろよ。
身の丈に合わない理想なんて、哀れだ。
なんて哀れで、無意味で無価値な肉の塊。
「今日のお稽古は……」
「なぜこんなこともできないのだ」
だから、逃げ出した。
小さい体、未成熟な心で力の限り、逃げ出した。
けれど、この世界はそれを許さなかった。
━━人間は、妖怪に襲われる
そんなこと、大昔から分かりきった摂理だった。
牙を剥き出しにし、少女に向かって妖怪は唸り声をあげる。
死ぬ
少女の心は虚になった。
思い出したくもない記憶が蘇り、少女の脳を支配していく。
そうか、死ぬのか
恐怖で震え上がった体は地面に転がる。
その刹那、妖怪の首が宙を舞った。
そして、少女の目の前には赤が広がっていた。
あか。
アカ。
赤。
ごく普通の少女がそうそう見ることがないような景色が辺り一面に広がっている。
「妖怪は人間を襲う、それがここの摂理だ。そりゃ間違ってないが……未来ある子供が殺されるのを黙って見過ごすわけにはいかないね」
妖怪の首を吹き飛ばした張本人が亡骸にそう呟く。
「大丈夫?立てるか?」
変わった装束を見に纏い、黒い長髪を靡かせ少女に手を差し伸べる。
そのとき、少女は何を思ったのだろう。
「人里の子、かな……名前は?」
先程妖怪を葬った女性は服や肌に飛び散った血を拭き取りながら尋ねる。
少女は俯き答える。
「そうか……勝手に人里の外に出歩いたらダメだろう、と説教をかましたいところだけど、今はやめとく」
女性は優しい微笑みで少女の頭を撫でた。
「怖かっただろう、でももう大丈夫」
頭を撫でられたことは、少女にとって初めての経験だった。
初めて与えられた、優しさだった。
「さァ、ウチに帰ろう……送っていくよ」
と、女性は手を引く。
少女は答えた。帰りたくない、と。
すると、女性の表情は一瞬にして険しくなった。
「……それは、どういう意味かな」
その表情に、少女は思わず身を震わせた。
だが、その表情はすぐに元の優しげなものに戻った。
「……わかったよ、なら今日はうちに泊まっていきな」
そして、凡愚な少女の意識は再び現在へと戻ってきた。
「……そうか…寝ちゃってたのか、私」
確かめるように呟く。
魔理沙はレミリアたちを介抱した後、1人で近くの湖畔にいた。
「……クソっ」
魔理沙は感情のままに手元にあった石を湖に投げ込む。
石は水面に波紋を広げ、消えていった。
「なんなんだ、私は」
才能という言葉が嫌いだった。
いくら憧れに近づこうと努力しても一向に強くなれない。
体も、心もだ。
負けて、凹んで、すぐヤケを起こす。
その繰り返し。
今日だって、運良く勝てたか、コテンパンにやられた。
「……畜生」
視界が滲む。
行き場のない苛立ちが募ってゆく。
涙が止まらない。
悔しくて仕方がない。
悟空の優しさでつけ上がった自分が情け無くて仕方がない。
矮小な自分に嫌気が差す。
「おーい、魔理沙」
声のする方へ振り向くと、そこには羨望と嫉妬の対象がいた。
「……悟空か」
「霊夢にはほっとけって言われたけど心配になっちまったからさ」
悟空は照れくさそうに頭を掻いている。
魔理沙はその姿を見て、また泣きそうになってしまった。
「……私と闘った時……本気じゃなかったのか」
己を心配し駆けつけてくれた者に対する開口一番がそれなのか、と自分の良心が責め立てる。
だが、魔理沙の口からはそんな言葉しか出てこなかった。
そんな自分がますます嫌いになる。
「……それは、……すまなかった」
悟空は察したのか俯き謝罪する。
「……いや、いいんだ、ごめん……悟空にあたるのはお門違いだってことは……わかる、わかってる、つもりだ」
悟空に背を向けたまま己に言い聞かせるように魔理沙は言う。
「……悔しいなあ…強くなれたと思ったら、今度はまた更に馬鹿でかい壁が出てくるんだ」
魔理沙は嗚咽混じりに続ける。
その小さな背中は、今にも崩れ落ちてしまいそうなほど脆く見えた。
「強くなりたい……もっともっと、誰にも負けないくらいに」
魔理沙は肩を震わせながらそう言った。
その願いは、あまりに切実で、純粋で、痛々しいものだった。
「私は……霊夢が目標だったんだ……霊夢さえ越えれば私が最強だって……そう、考えてたんだ」
馬鹿だよな、と魔理沙は嗚咽混じりに笑う。
悟空は何も言わず魔理沙の話に耳を傾けている。
「子供の頃は……自分だって立派になれるって、誰かに誇れる自分になれるって思ってた」
「それがこのザマだ……情けないなあ」
「弱い私が嫌いだ、落ちこぼれな私が嫌いだ、弱音を吐く私が嫌いだ、八つ当たりしか出来ない私が、嫌いだ」
そう言って、魔理沙は膝を抱えうずくまる。
しばらくの沈黙の後、悟空は魔理沙の隣に座った。
「オラもよ、落ちこぼれだったんだぜ」
ホントかよ、と目で言う魔理沙にホントだぞ、と返す。
「昔さ、オラ言われたんだ」
「おまえは戦士の素質を検査されて落ちこぼれだったから地球に送られたんだって」
「地球に送られた……ってどういうことだよ、悟空って宇宙人なのか?」
魔理沙は驚きを隠せない様子で尋ねた。
「ああ、詳しい話はまた後で話すさ……とにかく、オラそう言われてよ」
「……今の悟空からは想像できねーよ」
「はは、そうかもな……それでオラ言い返したんだ、"落ちこぼれだって必死に努力すればエリートを超えることがあるかもよ"ってさ」
「でもそいつには一対一では負けちまってよ……今でもまだそいつとは決着ついてねえ」
悟空は星空を見上げながら言う。
「そっか……強いな、悟空は」
私と違って、と続けようとする口を慌てて閉じる。
「オラの師匠も言ってたぞ、"世の中上には上がいる、まだまだ強いヤツはゴロゴロいる"ってさ」
「オラだって急に強くなれたわけじゃねえんだ、焦らずおめえはおめえのペースで強くなればいい」
悟空は魔理沙の肩に手を置く。
魔理沙は暗い表情で頷いた。
悟空は言い分は全く間違っていない。
しかし、正しさとは大抵痛みを伴うものだ。
慰めも、励ましも、どうしても痛みが伴ってしまう。
ああそうか、と素直に全てを受け入れられるほど魔理沙という生き物は強く出来ていなかった。
ナイフで心臓をほじくり出されるような、そんな胸の痛みが続く。
この感情をどう処理していいのか、魔理沙は分からなくなっていた。
悟空は悪くない。悪いのは自分だと分かっていても受け止めきれない。
「……なあ、悟空」
魔理沙は顔を上げずに尋ねる。
ん?と悟空は首を傾げた。
すると、魔理沙は立ち上がり悟空の前に立った。
「あのときなったあの金髪に、もっかいここでなってくれるか」
その瞳は真剣そのもので、その声には有無を言わせぬ迫力があった。
悟空は一瞬躊躇ったが、分かった、と言って構える。
悟空は気合を入れ、超サイヤ人へと変身した。
「……ッ!」
魔理沙は悟空から放たれる気の嵐になんとか耐えようと片足を下げ踏ん張った。
「……はは、やっぱり凄えや」
魔理沙は力無く笑い、その場にへたり込む。
「……悟空、その金髪の姿でも、まだ本気じゃないんだろ」
魔理沙の台詞に悟空は驚いた表情を見せ、超サイヤ人をやめる。
そして魔理沙の言葉を肯定した。
それを聞いた魔理沙は俯き黙り込んでしまった。
だが、しばらく何かを考えたのち再び立ち上がる。
今度は先程のような弱々しさはない。
そこには何かを決意した魔理沙がいた。
口の中が急速に乾いていくのを感じる。
恐怖、不安、緊張、それらが混ざり合い喉元までせり上がってくる感覚に襲われる。
ばくん、ばくん、と今までにないような音で心の臓が鼓動する。
縫い付けられたように動かない口を、全霊の力をもって動かす。
震える拳を確かめるように何度も何度も握り直す。
━━おまえには無理だ
ああ、もう、もう2度と、そんなこと言わせるものか。
━━さぞかし幸せなんだろうな
ああ、なってやるとも。おまえらなんかよりずっと。
地面がとんでもない柔らかさになる。
上手く立っていられない。
震える足を叩く。
たった一言、言うだけじゃないか。
やめてくれ。これ以上、私をクズにさせないでくれ。
ここで逃げ出したら……きっと、もう2度と戻ってこられない。
くだらない見栄も、恥も、外聞も、かなぐり捨てろ。
「……私を……」
惨めでも、浅ましくても、構うものか。
ここで、ここまで来て逃げ出すことに比べたら。
息が荒れる。視界が滲む。
━━「強くなりたい」
他の全てが偽物だろうとも、その熱い想いだけは本物だと、信じたい。
凡庸で軽い頭を深く下げる。
「……私を強くしてください」
……言った。言えた。言ったぞ。言ってやった。
私は、私は今、はっきりと自分の意思で口に出した。
魔理沙は心の中でそう叫んだ。
これで、やっと、やっとスタートラインに立てた気がした。
悟空は真剣な表情で沈黙を貫いている。
静寂が魔理沙の心を蝕んでいく。
怖い。怖くて仕方がない。
だが、逃げたくない。逃げたくなかったのだ。
半人前のちっぽけな勇気を振り絞った数秒前の自分すらも裏切るのはごめんだ。
「……頭を上げてくれ、魔理沙」
悟空はゆっくりと魔理沙の肩に手を置く。
ああ、トドメを刺される。
悟空には断る選択肢だってある。
当然だ。それを選ぶ権利は魔理沙には無い。
勇気を振り絞った行動が全て報われるのであれば、全ての努力が必ず報われるのであれば、今ここに魔理沙はいないだろう。
魔理沙は目をぎゅっと瞑る。
そうだ。私は言ったんだ。言いたいことを。
どんな結果になろうとも、悔いはない。
「……おめえの気持ちはよく伝わった」
魔理沙は恐る恐る目を開ける。
「おめえの頑張りをふいにすることはオラにはできねえ」
「……っ……と、いうことは……」
「……いいか、オラの修行は厳しいぞ!ついてこられるな!」
衝撃が走った。
何も言えなくなってしまった数秒が永遠に感じられた。
「…………え?」
魔理沙は絞り出すようにそう呟いた。
「だから、オラの修行はキツいぞって言ってんだ」
そうじゃなくて、と言う魔理沙を他所に悟空は続ける。
「それにな、さっきも言ったけどオラはおめえの頑張りを無駄にしたくねえんだ」
「オラに修行をつけてくれって言った時もかなり無理してたもんな」
オラも応えてやりたいって思ったのさ、と悟空は魔理沙に微笑む。
「もう一度聞くが、オラの修行は厳しいぞ、覚悟はいいな!」
そうか、届いたんだ。
魔理沙は胸に手を当て、溢れ出そうになる感情を抑えようとする。
頬を濡らす雫が、乱れる呼吸が煩わしい。
「……ああ、もちろんだ!」
平凡で愚かだった少女は、涙を拭い力強く答えた。
師は、よし、と笑いかけた。
「じゃあ霊夢たちのところに戻ろうぜ、おめえもハラ減っただろ」
その言葉に反応するように鳴いた腹の虫に、少女は茹でられた蛸のようになってしまう。
「……悟空、先に帰っててくれ」
泣いてたって特に霊夢にはバレたくないからさ、と少女は鼻水をすすり目頭に溜まった雫を再度拭った。
師は分かった、と笑顔で答えると飛び上がった。
少女は深呼吸をし、空を見上げる。
満天の星が輝いていた。
いつも見上げていた遠い遠い星が、少しだけ近くに来た気がした。
一連の会話を隠れて聞いていた赤いリボンをした巫女少女は、凡庸な魔法使いに気付かれぬように静かにその場を去っていった。
紅霧異変は終わり、また安息の日々が戻ってきた。美鈴と魔理沙は悟空の元で更なる強さへの小さな一歩を踏み出す。次回、其之十「普通の魔法使い休業中」をお楽しみに。
感想やお気に入り、評価、ここすき等、是非お願いします。やる気が出ます。次回投稿が早くなります。……たぶん。