窓を叩く雨の音を覚えている。
メンバーの一人がなかなか現れず、練習を始める気分にもならず、アタシはなんとなくベースを撫でていた。
他の奴等もそんな感じで、各々が時間を潰している。
未だに来ないそいつはずっと学校を休んでもいたから、今日の練習にも来るか、分からなかった。
でも、あいつは来た。
傘を差さずに来たようで、びしょ濡れで。
メンバーの一人が駆け寄って、心配していただのと声をかけたが奴はお構い無しに口を開いた。
「今日は言うことがあって来たの」
そう前置いて、奴はいきなり言った。
「クレイモアを……やめる」
雨は降り続いていた。
何故?
どうして?
奴を引き止める声をただ、遠い雨音に重ねていた。
結城荘の午前中はそれなりに忙しない。
朝7時。
「いってきまーす」
まず、チカさんが一番に家を出る。
お庭でショーリョーマッに水浴びさせている時間なので、お庭からお見送り。
先生の朝は早い。
「いってくる」
「いってきま~す!」
次はアユさんが学校に行くか、もしくはユウリさんがお仕事へ。
ユウリさんはいろんな時間に出勤していろんな時間に帰ってくるから大変そう。
「儚ちゃんお留守番お願いね~」
今日はノゾミさんもお出かけ。
普段はあんまり外出しないし、外に出ても近場で買い物を済ませるノゾミさん。だけど今日は夜までお出かけらしい。
なんのお出かけかは分からないけど。
「お昼と夕飯は冷蔵庫にあるから。それじゃあね」
お昼頃、朝食から夕食までを作り終えたリオさんが出勤。お仕事でもお料理作るのに、お家でもこんなにお料理作るなんてと尊敬している。
結城荘に調理当番といった概念はないのだ。
それは流石にどうかと思って、最近はちょっとだけどリオさんのお手伝いしてる……。
それにしても……。
「お家に、一人……」
ここに住み始めてから、はじめてのお家で一人……。
いつもは誰かしらいるから、こんなにしんとしてるのは久しぶり……。
「……久しぶりに、しちゃおっかな……」
お家に一人、だから……。
気にせず……出来る……。
最寄り駅を歩いていると、特徴的でよく通る声がアタシの名前を呼んでいた。
「あゆー!」
「うっせぇな恥ずかしいだろ」
「うぇ!? ご、ごめんって!」
こういう時、曲がりなりにも優李は声優なのだと思わされる。
その声は人目につきやすい。
声なのに目につくとはおかしな話だ。
当然だが帰る場所が同じなので、こうして駅で会ったらそのあとは一緒に歩くことになる。
「今日は午前で終わり?」
「午後もあるはずだったけど休講になった」
「そっか。わたしもスケジュール変更でさー」
その後も、取り留めのない話をしながら結城荘へと向かって歩く。
駅からは近いから、さくっと帰れるのはいい。
「そういえば、望さんも出かける~って言ってたから儚ちゃん一人だよね。そしたら年下組三人でなんかしようよ~」
「なんかってなんだよ」
「えっと、ゲームとか?」
「優李は儚にボコられて終わるだけだろ」
「ひどい! これでも練習ちゃんとしてるんだよ!」
まあ、それは知っているけど。
下手だからな、こいつ。
ゲーム下手のゲーム実況とか、よほど喋りが面白いか、面白い下手くそでないと許されないだろ。
そんなことを考えている間に家に到着。
「ただいま~! ……って、なんか聴こえる。儚ちゃ~ん? 大音量でロックでも聴いてるの~?」
聴いてる?
いや、これは……。
リビングの扉が開けられた瞬間、耳に鋭く斬り込んでくるようなサウンド。
そこいらの奴等よりよっぽどキレがある。
身体の底に響く音。
懐かしい、この感じは……。
「あっ! 儚ちゃんギター弾いてる!?」
「……えっ」
演奏者は儚だった。
優李の声でアタシ達に気付いた儚は……木っ端微塵に砕け散った。
「儚ちゃーん!?」
床に舞い散る枯葉や木くず。
さながら、魔化魍が倒されたかのよう。
「儚ちゃん……自分の音撃で死んじゃった……」
とはいえ儚のことだから蘇生するだろう。
ひとまず、優李と共に枯葉をかき集めることに。
枯葉の山を築いたら儚は予想通りに蘇生。だが、家の中でアタシ達しかいないのに儚はローブを目深に被ってしまった。
「ひぃん……」
「は、儚ちゃんすごいね~! ぎ、ギター弾けたん、だぁ……」
何をそんな恥ずかしがってんだか。
他人に裸見られたわけでもあるまいし。
「は、儚……へ、下手くそだから……いっぱい練習しないと……聴かせられない……」
「え? 全然下手なんかじゃないよ。ねえ、あゆ?」
「ああ。いっぱい練習した奴の音だよ」
何か、過去に嫌なことでも言われたのだろうか。
そういうことを気にして、下手だと思い込んだのだろうか。
いいや、そんなことはなかった。
そこらのライブハウスにいる奴等より、よっぽど良かった。
「ほ、本当ですか……?」
「ああ」
「にへへ……儚、天才美少女弦使い……」
「自信のつき方が極端」
褒めてやったら自信がついたのかローブから顔を出した儚は笑っていた。
自信過剰かもしれないけれど、まったく自信ないよりはマシか?
天才かはともかく、美少女の部分はそのとおりなので否定はしないでおく。
「ねえねえ儚ちゃんのギター……というかさ、それ、烈斬っぽいよね! ザンキさんの!」
「斬鬼雷斬……。これも墓守の武器のひとつですが……武器以外にも、こうして音を奏でられるので、儚好きです」
穏やかな顔で儚は斬鬼雷斬を撫でた。
本当に好きらしい。
さっきの演奏中も、楽しそうにしていたしな……。
「儚」
「はい……?」
「一緒に弾くか」
そう訊ねると、儚と優李は顔を見合せた。
久しぶりにケースから出したアタシのベース。
しばらく手入れもしてないから、いろいろ不安だ。
悪かったと謝罪の意で一度かき鳴らす。
思ったよりは、あの頃のままだった。
あの頃の……。
「あゆ?」
「……なんだよ」
「大丈夫?」
「何がだよ」
いや、分かっている。
儚以外の同居人達は全員アタシの事情を知っているから気遣ってくれたんだ。
それに、未だこんな風にしか返せない自分が腹立たしい。
けど、目の前でワクワクと目を輝かせている儚を見たらそれもなくなった。
「……即興であわせるから、好きに弾けよ」
「はい……!」
儚が弾いているのは儚なりの音撃斬らしい。
練習しているうちに、趣味になっていったという。ああ、たしかに、そんな音だ。
楽しいと好きで溢れている。
音楽している。
昔、あいつが言ってたな。
演奏を楽しむことを忘れたらそれは音楽ではなくただの音だと。
『あゆは別の人達のところにいった方がいいと思うの』
「アユさん……?」
「え……」
気が付くと、演奏は止まっていた。
アタシの手が止まってしまったようだ。
「……悪い」
「アユさん……」
「ベース、手入れしたらまたやろ」
「は、はい……!」
儚の心配そうな顔を見てしまい、ついそんなことを口走ってしまった。
次、なんて。
しかし、約束してしまった以上は仕方がない。
そして、思ったよりも次は早く来てしまった。
あのセッションから三日後。その日は結城荘の入居者全員揃っての夕食だった。
白菜の味噌汁を啜っていたら、千佳姐が何かを思い出した様子でアタシに話しかけてきた。
「あ、そうそう。あゆと儚に相談なんだけどさ」
「は、はい……」
「近所のお寺あるでしょ? あそこで定期的にライブしてるんだけど」
「なんで寺で定期的にライブしてんだよ」
そこは説法とかだろ普通。
「住職の趣味なのよ。で、住職のお友達もいっつも参加してたんだけど、ぎっくり腰しちゃったんだって。それも、二人」
「ぎっくりこわい……」
「で、なんだよ」
「いやーちょうどその二人がギターとベースらしくてね。代わりに出てくれない?」
何がどうしてそうなるんだよ。
「出ない」
「えー! 代わりのメンバー探すって約束しちゃったのに!」
「勝手に約束すんなよ!」
「どうせメンバー探すから奢って~。とか言ったんでしょ~」
望さんの予測は当たっているらしく、千佳姐は罰の悪い顔をしていた。
「でもいい機会じゃない? わたしもあゆのベースまた聴きたいし。ライブ行きたい!」
「ならライブハウス行けよ」
「いやほら……なんか怖いし」
偏見が過ぎる。
ライブハウスは怖い場所なんかではない。
ちょっと癖の強い人とか、社会に適合してない人が少しいるだけで基本的にはまったく怖い場所ではない。
「私もあゆちゃんと儚ちゃんが演奏してるところ、見てみたいな」
「聞いたあゆ!? あの料理と特撮以外に興味のない莉緒が興味を持ってるわよ!」
その言い方は流石に失礼ではないかと思ったけれど、でも莉緒さんだからな……。
とはいえ、このままだとライブ参加に押し切られてしまいそうだ。
ただでさえ千佳姐と優李と莉緒さんという半数が賛成に行ってるんだ。
望さんはこういう時、別に味方はしてくれないだろうしな……。
「あゆちゃんの思う通りにするべきよ~」
とか言う。
絶対に。
そうだ、こうなったら。
「儚はどう思ってんだ。ライブってなれば人前に出るんだぞ」
この間、アタシと優李に見られただけで爆発四散した儚だ。
ライブなんてもってのほかだろう。
そう、思っていた。
「ついに天才音撃弦使い儚の出番ですか……」
誰だこいつをおだてた奴。
アタシは、優李のことを睨み付けていた。
そんなこんなで寺でのライブ、お寺イブに参加することになってしまった。
今日は初の合わせの練習。
ライブ本番まではもうあまり時間がないから集中したい。
お寺イブというだけあって、ライブハウスではなく本当にお寺でやるらしい。敷地が広いのもあって、騒音トラブルには発展しなさそうだ。
そんなことを考えながら寺に入ると、住職さんが出迎えてくれた。なんてことない普通の住職だ。
「やあやあ君達が千佳ちゃんのところの子だね? おや、君は……」
「ヘイセイ98年のオショーさん……!」
「ああ、そうかそうか。今は千佳ちゃんのところにいたんだね君。こうしてまた会うのも縁だねぇ」
軽く挨拶と自己紹介をして、寺を案内されて歩く。
歩きながら儚にあの坊さんと知り合いかと訊ねると、小声で教えてくれた。
「この世界に来た時に初めて会ったのが和尚さんでした」
なるほど、それはたしかに縁かもしれない。
それにしても、ライブ会場が寺というのはどうも……。
お釈迦様やら何やらが見ている前でロックというのは、こう……信心深い方ではないけど、申し訳ないというか、大丈夫?という気持ちだ。
「オショーさん、なんでお寺でライブするんですか……!」
アタシも気になってたことを儚が訊ねた。
「いやー第一に私の趣味だからなんだけどね。実はお寺でライブやコンサートを開くアーティストさんは増えてるんだよ」
「マジかよ」
「マジよマジ。お寺って、木造でしょう。乾いた木は音をよく返してくれる。音響がいいんだよお寺は」
たしかに、寺で鐘とか木魚とかお経とか聞くと身体に響いてくるような……。
「そもそも、お寺っていうのはね、お釈迦様が説法ライブを行う場所だからね。お寺は古来よりライブハウスなんだよ。いや、私に言わせればライブハウスは実質寺だからねあれ。推してるバンドの信者としてライブハウスに通うって自分の宗派の寺に行くのと同じだからあれ」
「な、なるほど……!」
「感心してんじゃねえよ!」
「読経はあれ、お釈迦様のリリックを伝えるためのものだからね」
「うるせえよ! 無理矢理仏教とロックを絡めんじゃねぇ!」
くそ、妙な住職だ。
いや、そもそも千佳姐の飲み友達って時点で察しておくべきだった。
「あ、あの……」
「なにかな?」
「オショーさん以外のメンバーって……」
「ああ、ぎっくりやっちゃったギターとベース。あとギターボーカルの子が一人見つかってね。今日来てるよ。檀家の子でねぇ、ちょうどあゆちゃんぐらいの歳の女の子なんだけど」
アタシぐらい……?
てっきり、おっさん、じーさんだけだと思ってた。
「いやぁ、すっかり若い女の子に囲まれちゃったねぇ。私もなんだか若くなった気分だよ。張り切っちゃうぞ~」
「煩悩にまみれてねぇか?」
「チカさんとお酒飲んでる時点で」
「ああ、たしかに」
結城荘、千佳の部屋(通称チカ室)。
千佳と望が晩酌中。
「ぶえぇっくしょぉぉん!!!!!!」
「ちょっとやだも~おっさんみたいなくしゃみ~」
「誰かが私の噂してんのよ」
そう言って、千佳はウイスキーを飲み干した。
「ここの本堂が会場になるからね」
坊さんが障子を開ける。
その向こう側からは、どこか聞き覚えのあるサウンド。
赤いメッシュの入った黒髪を短いポニーテールにまとめて、赤いエレキギターを爪弾く姿は、あの頃とまったく変わっていなかった。
「奏……」
無意識に名前を呟くと、奏はこちらに顔を向けて目を見開いていた。
「あゆ! あー久しぶり~!」
奏は駆け寄って抱きついてきた。というより、アタシに飛び込んできた。
「あゆ~! よかった~まだ続けてたんだ~!」
「離れろって暑苦しい!」
頬擦りまでしやがってこいつ……。
メイク落ちたらどうすんだ。
「アユさん……。お知り合い、ですか……?」
「ああ……。
「そうだったんだ。じゃあ、もう息ピッタリだね」
「任せてよ和尚さん! 私とあゆがいれば、このお寺満員にしちゃうから!」
なにを調子のいいことを。
こいつは昔からそうだった。
まったく変わってない、こいつ。
言動も見た目も、あの頃のままだ。
「いやーまさか助っ人があゆとは思わなかったよ~」
「あと儚もなって、おい。なに隠れてんだよ」
「……」
儚はすっかりアタシの背中に隠れて、ローブも更に目深に被り警戒態勢に入っていた。
貝が貝殻に引きこもるみたいに。
原因はなんだ?
優李に似たタイプだからか?
……いや。
「はあ……貧乳嫌いが発動しやがった。たしかに奏は貧乳だけどな、絶壁だけどな、下敷きみてぇな胸だけどな、歌とギターは上手い」
「あゆ~? 私、笑ってるけど心は泣いてるよ?」
「ったく、奏。こいつは儚……以下略。儚だけ覚えればいい。今アタシが住んでるシェアハウスの同居人」
「儚・インフェルニティ・ブツダンブッカ・ソナエモン・ハカイブです……! 大事な名前を略さないでください……!」
珍しく、儚に怒られた。
仕方ないので正式名称を改めて教える。
「儚・インフェルニティ・ブツダンブッカ・ソナエモン・ハカイブだ」
「芸名?」
「一応本名」
「そう」
まさかの儚の名前を「そう」の二文字で済ませるとは。
奏ならもっと、オーバーに驚くもんだと思ってたけど。
「よーし。じゃあ挨拶も済んだとこだし、早速練習を始めようか」
「はーい!」
「やるぞ、儚。……儚?」
儚の銀色の瞳がまっすぐと奏を見つめていた。
さっきまで警戒心マックスで隠れていたのに。
「ほら、儚。準備しろ」
「……はい」
そうして、合わせの練習は特に問題なく終わった。
ライブまでの日数は少ないから、出来る限り全員で合わせようということもあって、奏からは頻繁に連絡が来るようになった。
こいつはSNS魔でもあったからな。
久しぶりにうるさいスマホが、妙に嬉しかった。
戦士の墓場。
御三家会合というインフェルニティ、ソナエモン、ブツダンブッカの三家が集まる会合が定期的に行われているのだが、今日のそれは緊急のものであった。
それぞれの家の者達が顔を連ねるわけだが、特段今回は皆険しい顔を浮かべていた。
グラン=ノヴァ=インフェルニティを除いて。
ブツダンブッカ家当主代行の若い禿頭の男、ヒラサカは特に苛立ち、語気を強めてグランを問い詰めていた。
円卓を力強く、何度も何度も叩きながら。
「グレモリーが現れたとはどういうことか! 彼の一族は十年前に滅びたのではなかったのか!」
「仰るとおり、グレモリー一族は亡びている」
「ではグレモリーが現れたのは何故だ! どう説明するつもりか!」
グランは変わらず、平静であった。
それをソナエモン家当主、ホウヨウが横目に見つめる。
ホウヨウも努めて冷静であろうとはしているが、事が事のために動揺が隠しきれていなかった。
「グレモリーの生き残りが他にもいたということか?」
「だが、しかし……」
「いや、あり得るぞ。何故なら……」
周囲の声が増えていく。
何故、グランがこのように一人追及されるのか。
それは……。
「グラン・ノヴァ・インフェルニティ。貴殿は十年前、忌まわしきグレモリウス・ファントム・グレモリーを打ち倒した英雄だ。それと同時にグレモリウスとは親しい友人であった! ……果たして、グレモリウスを討ったというのは事実か? 討ったと言って我等を騙したのではないか! 貴殿はグレモリー一族唯一の生き残りを養っている。一人養うも二人養うも同じではないか!?」
貫くような視線がグラン一人に集中する。
だが、やはりグランは平静であった。
瞳を閉ざし傾聴していたが、グランは紅い瞳を開くと淡々と、そして力強く言葉を紡いだ。
「グレモリウスは、俺が討った。たしかに、この手で」
グランの瞳は、十年前を見ていた。
燃え盛るグレモリーの城の中、己が聖剣で仮面ライダーグレモリーの胸を貫いた時の景色を。
仮面が砕け、露となった虚ろな紫の瞳。血を吐き死に行く友の顔を。
「………そのような言葉だけで信じろと!」
震える口調でヒラサカが言うと、グランは立ち上がり執事に預けていた剣を手にした。
鎖で厳重に縛られた、グランの身の丈に迫るほどの剣。
グランが柄を掴むと同時に鎖は解かれ、黄金の鞘が現れると参加者達は息を呑んだ。
「あれが、インフェルニティの聖剣……」
美しい黄金の鞘に手がかけられ、聖剣の刃が放たれる。
伝承には、黄金の鞘と水晶の刃を持つと謳われる聖剣。
だが、その刃は聖剣のものとは思えないほど赤黒く穢れていた。
「これは、グレモリウスの血だ」
「なに……!?」
「紛れもない、本物だ。調べれば分かるだろう。……ホウヨウ」
「……なんだ」
「いい機会だ。そちらで調査してもらってもいいか。それなら、疑う余地も無くなるだろう」
「……承った」
ため息をつき、髪を弄りながらホウヨウが了承したのを見て、グランはヒラサカへと目線を移した。
「結果は後日となるが、これで納得してくれれば幸いだ。……グレモリーについても調査を進めている。情報が入り次第、皆に共有する。ああ、それとだヒラサカ殿」
「な、なんだ」
「骸についても情報があれば共有してもらいたいのだが、その後どうだろうか。奴の居場所などは」
グランがそう尋ねると、ヒラサカの顔は真っ赤になった。
会合が終わり、グランはホウヨウを秘密裏に誘い出し人気のない尖塔に来ていた。
「集中砲火だったな」
「あの程度、火の粉にもならん。とはいえ、ヒラサカ殿はどうも苦手だ……昔から俺にあたりが強い」
「何かしたんじゃないか?」
「何か、とは」
グランが訊ねると、ホウヨウは一瞬目を見開くが、すぐに悪戯な笑みへと変貌。
グランへの抗議もこめて、グランに具体例を示した。
「ヒラサカの女を横取りした、とか」
「ホウヨウ……」
グランは至極真面目な顔を浮かべ、毅然とした態度で反論した。
「俺は童貞だ」
「そんな真面目な顔で言うことじゃない!!! まったく、お前は相変わらず……」
「いけないことだろうか?」
「あの、そうだな、うん。少なくとも童貞であることは誰彼構わず他人に言うべきではない」
「ああ。ホウヨウだから言ったぞ」
「本当にお前は……」
右手で顔を覆い、ホウヨウは表情を隠す。
もうこれ以上この会話を続けては自分が駄目になりそうだと話題を切り替えることにした。
「それにしても、骸はどこに行ったんだ。ヒラサカにブツダンブッカを任せきりにして……」
「……俺の勘だが、恐らく骸は儚の世界に近いうち現れるだろう。……ホウヨウ、妹君の方は順調か」
「あ、ああ……。直に修行を終える予定だが……。まさか」
「これからの戦いは荒れる予感がする。戦力を整えておきたい」
「……すまない。私が十年前……」
そう言いながら、ホウヨウは無意識に両手を下腹部に当てていた。
それに気付かないグランではない。
「謝る必要はない。今のホウヨウにしか出来ないことがある」
「……ただでさえ役立たずの私に、勘違いさせるようなことを……」
「勘違いではない。正当な評価だ。頼んだぞ」
「……ああ」
ホウヨウはどこか安堵した顔でグランを見上げた。
これから先の戦いのことか、かつて討った友のことか。思いを巡らすグランの瞳には、ホウヨウは映っていないようであった。
グレイダー本社もとい本部は何やら騒がしい様子であった。
口々に話す同僚達を横目にドクターハカリが廊下を歩いていると、凝った肩を回しながらエレベーターから出てきたクロフトとばったり鉢合わせ、自然と話す流れとなる。
「よう、聞いたか?」
「いえ、なにも。この浮わついた雰囲気と何か関係でも?」
「ああ。首領がララを本部に呼び戻したらしい」
「ララ? あの、激走のララですか?」
「他に誰がいるよ。そんで、奴はもう既にこっちに来たんだが、早速仕事に出たってよ。相変わらず速えなぁ」
激走のララ。
グレイダー営業二課もとい墓荒らし二番隊隊長。
墓を荒らすのが誰よりも速く、霊魂を売り捌くのも速く、敵対した墓守や同業者を倒すのも速く。とにかく速さが売りのグレイダー幹部の一人である。
「ヒラリーがやられたのもあって首領も本気らしい。俺の出る幕が無くなっちまうぜ」
「そうですね~。クロフトさんにも、現場に出てもらわないと困ります~」
「あ! やっぱりお前もそう思う? 頼りになる上司に現場に出てもらいたいよな!」
「………………はい~」
「今の間はなんだよ!」
適当にはぐらかし、ドクターハカリは白衣を翻して一人歩き去る。
今時珍しいガラケーのようなものを取り出し、人目につかない場所で操作して耳に当てるのだった。
ひとりぼっちの夜の公園。
ベンチに座り、街灯に照らされながらスマートフォンの光で目を焼いた。
お願いだから返信して。
ねえなんで無視するの。
未読スルーのつもり?
なんで。
逃げんなよ。
始めたのはココなんだよ。
壁と、会話しているようだった。
それでも、続けた。
「もしもし歌織? あのね、あゆと会ってね、あゆまだベース続けてたの! だからまた四人で……」
「ごめん奏、私もうバンドは……」
「待って!」
無感情な音だけが鳴っていた。
波打ち際で砂をかき集めているようだった。
せっかく集めても、波が拐っていってしまう。
大事に大事にしていたものを、理不尽にも奪われてしまう。
もう、これ以上奪われてたまるか。
全部が、全部があった頃に戻るんだ。
「絶対に、また四人で……」
イヤホンを耳につけ、動画を再生させる。
全部があった頃。
クレイモアとして活動していた、高校生の頃。
四人の音が重なって歌になる。
私は、バンドが好きだった。
なのに、なのに。
「クレイモアを……やめる」
「あゆは別の人達のところにいった方がいいと思うの」
どんどん、バラバラになっていって。
「待ってあゆ!」
「一人に、させろよ……」
一人になってしまった。
でも、あゆは戻ってきてくれたもんね。
だったら、きっとココと歌織も戻ってきてくれるよね。
曲が終わる。
フェードアウトしていく音の次は自分だと言うように何かの音が聞こえてくる。
その音は大きくなり、こっちに近づいてきているのだと分かった。
そして、その音がバイクの音だということも。
こんな整備された公園の中で、走ってるっていうの?
怖くなって逃げ出そうとした時だった。目の前に、黒いオフロードバイクが停まったのは。
ライダーは細身の女性だと体型で分かった。
真っ黒なライダースーツが女性的なシルエットを浮かび上がらせていたからだ。
黒いフルフェイスのヘルメットを脱ぐと、肩にかからないよう切り揃えられた黒髪の中年女性の顔。
恐らく、若い頃は美人だったのだろう。
だが、そんなことはどうでもいい。
明らかに公園に乗り入れてはいけないだろうバイクで、わざわざ私の目の前に停まるなんて。明らかに危険な人だ。
「あ~ら、その感情とってもいいじゃない」
女の声は、酒で焼けた声だった。
「な、なんなの!?」
「いいわよ~執着している人間は。霊が取り憑きやすいから」
霊?
何を言ってるの!?
戸惑っていると、女の背後に二つの光の玉が浮かび上がって……私の中に入り込んだ。
いや、嫌、イヤ!
寂しい!
私を一人にしないで!
「あああああああああ!!!!!!!!!!!」
「はい、それつけて完了」
激しく渦巻いていた感情が沈んでいく。
嫌な感情の支配が終わり、周囲の様子に気を配る余裕が出来ると、自分の腰に銀色のベルトが巻かれていることに気付いた。
「あなたは力を手に入れたのよ」
「力……?」
「そう。全てを思い通りにすることが出来る力。それで何をするかは、あなたの自由よ」
女はそれだけ言い残すと、ヘルメットを被り走り去ってしまった。
「全てを、思い通りに……」
もしも、それが本当なら私は……。
無意識のうちに、口角が吊り上がっていた。
これからのことを考えると、楽しくて笑えてきちゃう。
ああ、全部、取り戻そう。
「いよいよ本番ね~。みんなで見に行くから!」
朝食中、たくあんをポリポリと齧っていたら千佳姐が誰よりも張り切っていた。
「別にそんな気合い入れて行くようなもんじゃ……」
「いやぁ、でも千佳さんの気持ち分かるな~。こう、末の子二人の晴れ舞台となるとなんだかこっちが気合い入るというか!」
優李まで……。
「そんなこと言って、あんま儚にプレッシャーかけんなよ」
「儚ちゃん、緊張とかしてる~?」
望さんが儚に伺い立てる。
当の儚は大根の味噌汁を飲み干し、茶碗を置いた。
「緊張なんて、味噌汁で飲み干してやりました。それよりチカさん」
「なに?」
「見に来ないでください。聴きに来てください────」
「ッ!? そうね儚! 聴きに行くわ!」
何を調子の良いことを。
正直めちゃくちゃ不安しかない。
というか合わせの練習ですら緊張して突っ走ってる奴が本番人前でやるなんて、もうどうなってしまうか想像に容易い。
「……そういえば、莉緒さんは何やってんだ?」
いつもなら一緒に食べるはずなのだけど、まだキッチンに立っている。
「ごめんお待たせしちゃって」
噂をすればというやつで、莉緒さんがキッチンからダイニングに。……大皿を手にして。
こんな朝に、更にもう一品追加されるのか?
テーブルの中央に、置かれる大皿。
キャベツの千切りを添えられ、ドンとこんがりきつね色が鎮座する。
「あゆちゃんと儚ちゃんの験担ぎということで……トンカツ」
「いや、別にライブは勝ち負けがあるわけじゃ……」
「いただきます……!」
儚はすぐにトンカツに食いついた。
すげぇ……こんな朝に、トンカツを……。
それも、朝飯ほとんど食い終わってからに。
正直、かなり腹キツイけど……食べないのは申し訳ないんだよなぁ……。
食べないと莉緒さん、表情にあんまり出ないけどがっかりするし。
……仕方ない。
アタシは、腹を括った。
日中は普通に大学。
それはともかくとして完全に胃もたれしたぁ……。
美味しかったけど、美味しかったけども、やっぱりキツイ……。
そもそも油ものはそんな得意じゃないし。
普段は買わない健康にいいお茶を買って飲む始末。
知り合いからは二日酔いかと煽られたが、つっこむ元気もなかった。
くそ、ライブ本番なのに……。
「電話……歌織!?」
まさかの相手からの電話に、アタシは出るか迷った。
なんで、今更。
まさか、奏が今日ライブあるとか言ったんじゃないか?
躊躇している間に切られるかと思ったけれど、着信は鳴り続けていた。
震える手でスワイプし、震える喉で言葉を発した。
「……もしもし」
「あっ……あゆ……」
電話越しの相手も、声が震えていた。
アタシが出るとは思っていなかったのだろう。
「……なんだよ、急に」
「うん……ごめん……。忙しかった?」
「いや。いいよ、用件は?」
「うん……あの、昨日からココと連絡が取れなくて……」
そう言われた瞬間、第一に思ったのがお前らは連絡取り合っていたのか。ということだったのが自分自身嫌だった。
「……そう、か」
「……知らないよね。ごめん」
「別に」
限りなく低い可能性にかけてアタシに連絡してきたのだろう。
それほどまでに切羽詰まった状況なのだろうか。
それだけでも聞こうと思ったのだが、向こうが口火を切った。
「……ライブ、するんでしょ。奏から聞いた」
「……ああ」
「……奏がね、クレイモアを再結成しようって、連絡してきたの」
絶句した。
そんなこと、合わせの時には一切なにもアタシには言ってこなかった。
そんな雰囲気も、まるでなかったはずなのに。
「それで、ココにも連絡取ったらココも奏からすごい連絡されてたみたいで……。ちょっと落ち込んでたから、相談したりとかしてたんだけど……。あゆは奏からは何も?」
「……あ、ああ。アタシには、何も……」
「そう、なんだ……。こんなこと頼める義理もないと思うんだけど、奏に伝えて。クレイモアは、再結成……」
言葉が途切れた。
かわりに継ぎ足された言葉は、歌織の悲鳴。
「歌織! 歌織!! どうしたんだよ!?」
とにかく歌織の名前を呼び続けた。
すると、歌織ではない者が一方的に告げてきた。
「ライブハウスで待ってる」
邪気を纏ったかのような声だった。
切られる通話。
なんだよ、ライブハウスで待ってるって。
どんだけライブハウスがあると思って……。
嫌な想像に行き着いた。
とても簡単な推測。
今の声には聞き覚えがあった。
今の状況。
ライブハウスで待ってる。
わざわざ、ライブハウスの名前を言わなかった理由なんて簡単だ。
アタシに、それで通じると思ったからだ。
もしかしたら、あいつ……!
電話をかける。やはり、奏は出なかった。
「くそ!」
馬鹿野郎!
なんでこんなことするんだよ!
とにかく、走った。
ライブハウスStars。
そこが、アタシ達の活動拠点だった。
大学からも近くて、それが理由で進学したぐらいだ。
でも……。
「はあ……はあっ……」
息を整えながら、直視した。
地下への階段を降りた先の扉の貼り紙。
Starsは閉業していたのだ。
アタシ達の、場所まで……。
首を振った。
感傷的になってる場合じゃない。
来いと言ったからには、開いているのだろう。
扉をゆっくりと押す。
邪魔するものはなく、開いた。
埃っぽく、薄暗い。
でも、たしかに見えた。
「歌織! ココ!」
縛られ、口を塞がれていた二人の姿。
歌織はあの頃よりも長いポニーテールに青いメッシュを入れた姿。
ココは、ピンクに染めていたのを黒に戻して、メイクもほとんどしていないのではないか?
昔と印象が違っていたから最初は分からなかった。
とにかく助けようとすると、二人は怯えた顔で首を横に振っていた。
それは来るなという意味で、次の瞬間には強い衝撃と痛みがアタシを襲った。
うつ伏せに倒れたアタシの頭上から、声がする。
「これで揃ったね」
「かな、で……おまえ……」
痛みが引かず、身体の自由を奪われる。
抵抗も出来ず、アタシも歌織とココのように縛られてしまった。
唯一違うのは口をテープで塞がれなかったことだけ。
口を塞いでいたのは、一時的なもののようで二人に貼ったテープを奏は剥がす。
「奏! なんでこんなことを!」
歌織が一目散に叫んだ。
「なんで? クレイモア復活のためだよ」
「そんな……クレイモアはもう……」
「出来るよ。四人が揃えば。Starsは無くなっちゃったけど、私達でやればいいよ! Starsも復活させよ!」
笑顔で、明るい未来の展望を語るように奏は言う。
だけど、アタシ達三人は暗い過去を直視させられていた。
「奏、お前……! 本気で言ってんのかよ!」
「本気だよ。私には力があるから」
「力……? まさか!」
奏は微笑むと、赤いレザージャケットの内に潜めていた銀色のベルトを見せつける。
二本の墓石のようなアイテムをバックルに装填し、その身を変貌させた。
二本足で立つトカゲに、蝙蝠の羽のようなものがついた蛇が巻き付き左肩越しに凶暴そうに口を開き威嚇しているようだ。
頭に生えた巨大な二本の角、真っ赤なマントに身を包み、胸部には真っ青な禍々しい顔があった。
「か、怪物!?」
「あはは、この力があればなんでも出来るんだよ! あはははは!」
「そんな、奏……」
歌織とココはあまりの事態にショックを受けていた。
けれど、アタシは儚のおかげで知っている。
「違う! あれは取り憑かれちまったから奏はおかしくなったんだ! 奏の意思じゃない!」
「違うよあゆ。私はずっと望んでた! クレイモアの復活を!」
「だからって、こんなことするお前じゃないだろ! 目ぇ覚ませ!」
届かない、アタシの声は。
やっぱり、駄目なのか。
アタシの声は届かないのか?
儚じゃないと、あいつを救えないのか?
扉一枚隔てられた向こう側、魂融合怪人がいる。
人質は三人。
指笛を吹き、カラスを呼び寄せる。
肩にとまったカラスに書状を咥えさせ、飛ばす。
自分が突入して怪人を倒すのは容易だ。
しかし、それでは計画のためとはならない。
ゆえに、彼女の出番。
「儚……」
カラスが見えなくなった。
ここにいる意味はもうない。
願わくは、見届けたいものではあるが立ち去ろう。
いずれ、嫌でも顔を合わせるのだから。今は、その時ではない。
一方、その頃の結城荘では。
「ちょっと~? 儚ちゃ~ん? ライブ本番だからって、そんな大音量で練習するのは~」
結城荘を揺らすビート。
防音が整っているはずの結城荘に響き渡るのだから、かなりの音量だ。
しかし、この音は……。
儚の部屋の扉を開けた望。そこで望が目にしたもの。
それは、倒れて泡を吹く儚の心臓が震え、燃え尽きそうなほどにヒートしている姿であった。
結城荘を揺らしていたもの。
それは、儚の、心音。
「儚ちゃん!?!? ちょっと! 緊張はお味噌汁と一緒に飲み干したんじゃないの!?」
「ムムム無理ですぅ! や、やっぱり儚が知らない大勢の人達の前で演奏だなんてぇ!」
「ええ~……そんな緊張しなくても……」
「ああああ……絶対変なことになってネットに晒されちゃうんだ……ヒィン!」
「被害妄想で死んだ!?」
儚を揺さぶり蘇生を試みる望であったが、窓を叩く音に意識が向いた。
ここは二階。窓を叩けるものは基本的にはいないのだが。
「カラス? 何か咥えているけど……」
「あっ……この子は使い魔です。今回限りみたいですけど」(蘇生した儚)
「ワンナイト使い魔ってこと?」
「そーゆーことです(ワンナイト……?) それにしても、一体誰が……」
儚はカラスから書状を受け取る。これで役目は終わったとカラスは飛び立っていってしまうが儚は構うことなく書状を開いた。
「なんて書いてあるの~?」
書状を覗き見る望。だが、まるで見たこともない文字で書かれた文章に困惑した。
「墓守が使う暗号です。キセキレジスターを使えば……」
儚がキセキレジスターを開くと、書状の文字が紙から浮き上がりキセキレジスターへと吸い込まれていく。
そして、キセキレジスターの中で解読され文章となる。
「ライブハウススターズニ怪人ノ気配アリ。人質三名。ウチ一人ハ……アユさん!?」
「あゆちゃんが人質……!?」
儚は、部屋を、結城荘を飛び出した。
キセキレジスターから相棒であるマシン、ショーリョーマッを呼び出す。
メタリックグリーンの馬の意匠が施されたバイクに儚が跨がり、発進すると同時に望も結城荘から出て儚の背を見送る。
見送ると同時に、火打石を叩き、一人呟いた。
「これ、一回やってみたかったのよね~」
「ごめん、なさい……」
ココが、涙を流していた。
しきりに謝りながら。
「謝らなくていいんだよココ~。クレイモア、またやればいいんだから」
「それ、は……できない、の……」
「なんで」
クレイモアを否定するようなことを言うと、奏は普段からは考えられないような冷たい声を発する。
「ココさ、何も言わずにクレイモアをやめたよね。なんで。ココがやろうって言い出したんだよ」
「それ、は……」
「言い出しっぺがいの一番に抜けるとか、ふざけんなよ。こんなに人を巻き込んどいてさ。人生めちゃくちゃにされた気持ち分かる?」
「っ!? ほ、本当にごめんなさ……!」
「ふふっ、だから謝らなくていいんだよ~。謝らなくていいから、クレイモア、再結成、シヨ」
奏の奴、そこまでして……。
でも……。
「歌織はどう? 再結成しようよ、ねぇ。あ、もしかしてあゆに酷いこと言ったの気にしてる?」
「それ、は……」
歌織が横目にアタシを見た。
歌織が言った酷いことというのは、あれか。
「大丈夫だよ。あゆは優しいから、謝れば許してくれるって。だから謝れよ。あゆに」
「ひっ……! ご、ごめんなさい!」
「私にじゃなくあゆにだってば!」
歌織に白目を剥いたトカゲの顔面が迫る。
あれで謝れだなんて、大体アタシはそんなの!
「やめろ奏! 歌織、アタシはもう別に気にしてなんか!」
「あゆ……」
奏は歌織を責めるのをやめてくれた。
だが、次に矛先が向いたのはアタシにだった。
「もう別に気にしてない? クレイモアのことなんてどうでもいいって言うの」
「奏……違う!」
「そうだよね~あゆ。今はあの陰気なのと一緒なんだもんね。新しい居場所なんか見つけちゃってさ。あ、いいこと思い付いた。あの子と……結城荘だっけ? ぶっ壊しちゃお。あゆの居場所はクレイモアだけだよ」
「な……なに言ってんだよ! やめろ!」
「大学も家族も……ココと歌織もだよ。私達の居場所はクレイモアだけでいい……。クレイモアだけが私達の居場所!」
歌織とココが泣きながら叫んでいた。
アタシも何か叫んでいたと思う。
このままじゃ、みんなが危ないと思ったから。
それと同時に、胸に浮かんだもの。
どうして、こんなことに。
なんで、こんなことになってしまったんだろう。
こんなの、誰も幸せにならない。
奏だって。
なんとか、出来ないのか。
アタシはあいつに、何もしてやれないのか。
「それじゃあラストチャンス。クレイモア再結成~するよね?」
ここで嘘でも再結成すると言わなければ、みんなが……。
でも、そうだ。儚なら、儚なら、きっと……。
いや、無理だ。
ここでこんなことが起きてるなんて、気付くわけが……。
古い金具の嫌な音が響いた。
細い螺旋階段を降りてくる足音。
真っ黒なローブに身を包んだ、儚……!
「お前は……!」
「パニックと……ヨブコ、ですか……」
キセキレジスターを閉ざし、螺旋階段を降り終えると銀の瞳が奏を真っ直ぐ見つめていた。
「陰気女……!」
「儚です。そういうあなたは……えー、メンヘラヘビトカゲと名付けてあげます」
相変わらず、ネーミングセンスがねぇ!
煽ってるし!
「お前ぇ!」
奏の鋭い爪が輝いて、儚を引き裂こうと襲いかかる。
「儚!」
「こんなので死ぬ儚ではありません……!」
奏の攻撃を回避し、儚は奏を蹴り飛ばす。
奇しくも、奏はステージの上で倒れた。
その隙に、儚は真っ黒いベルトを巻き、キセキレジスターを開帳。
細い筆でキセキレジスターに書き込み始めた。
《ボディ アマゾンアルファ》
《アーマー ネオアマゾン素体》
「変身」
《アマゾンアルファ×ネオアマゾン素体》
《野生の解放×生への渇望》
《命獣血脈!》
《仮面ライダーハカイブ バイオレントブラッド》
鮮血の紅の上に纏った青い生物的な装甲。
盛り上がった背中が蠢き、四本の腕が目覚める。
ハカイブは右肩を掻くと、躍動。狭いライブハウスの中、距離を詰めるのは一瞬だ。
アームカッターで切りかかり、殴り付け、蹴り飛ばす。
まさに獣のような獰猛さ。
「ぐあっ……!」
奏がダウンしている隙にハカイブはアタシ達の拘束を解いた。
「逃げてください」
「悪い、儚! 歌織、ココ、行くぞ!」
「う、うん……」
「さ、させないぃ!」
逃げようとした矢先だった。
奏の身体に巻き付く蛇から音波が放たれる。
あまりの煩さに耳を塞ぐ。
だが、アタシ達以上にハカイブにはダメージがあるようだった。
「はか、な……!」
「くっ……感覚が、鋭敏なせいで……。だったら!」
ハカイブはキセキレジスターをバックルから取り外し、フォームチェンジするようだ。
《ボディ 魔進チェイサー》
《アーマー 仮面ライダーサソード》
「変身」
《魔進チェイサー×仮面ライダーサソード》
《鋼の番人 刃の貴公子 死神毒剣》
《仮面ライダーハカイブ マシンヤイバー》
「秒速340mを越える……! クロックアップ……」
次の瞬間、奏は派手に火花を散らしていた。
クロックアップの間、ハカイブが青い刃の刀で無数の斬撃を喰らわせたのだろう。
「トドメです……」
キセキレジスターを開閉させ、ハカイブは必殺技を発動させる。
《死神毒剣! 死神毒剣! マシンヤイバーブレーク!》
青い刃に紫色のエネルギーが宿り、ハカイブは一閃。
斬撃波が奏目掛けて飛ぶ。
勝った!
「こんなもの!」
奏の周囲が震える。
そして、ハカイブが放った斬撃波は奏の目の前で掻き消されてしまった。
この力は……!
「チッ……なら!」
再度、必殺技を発動させようとするハカイブ。
「遅い!」
そう言ってのける奏の手には、パンパイプのようなものが握られていた。
胸の青い顔の口に当てると、ハカイブはアタシ達に慌てて叫んだ。
「耳を塞いでください!」
アタシは間に合った。
しかし、ココと歌織は間に合わず笛の音を聞いてしまった。
その、影響からか。
「うあぁぁぁ!!!!」
「死ね!」
ココと歌織は凶暴化してしまい暴れ始めた。
そうして、ハカイブに襲いかかる。
「くっ……や、やめてください……!」
「歌織! ココ! やめろ!」
「あゆぅぅぅ!!!」
歌織が迫る。
歌織はアタシを突き飛ばし、馬乗りになってアタシの首を絞め始めた。
「あゆぅぅぅぅ!!!!!!」
「かっ……」
「アユさん!」
「あゆの命が惜しいなら動くな」
「くっ……がっ!」
はか、な……。
無抵抗の儚が、奏にやられている……。
この、まま、じゃ……。
「ぐっ……はあっ!」
奏の隙をつき、ハカイブは床を転げながら毒の斬撃波を放つ。
けれど、やはり奏の蛇が放つ音の障壁の前には無意味。
「動くなって言っただろ!」
「ぐあっ!?」
「はか……」
鋭い爪がハカイブを袈裟に切る。
火花を散らし、膝を突くハカイブに奏はトドメを刺そうとしている。
アタシ、は……。
こんなんで、こんなんで……!
歌織の手を掴み、剥がそうと試みる。
少しでも、隙間が、出来れば……!
「かっ……かなでぇぇぇぇ!!!!!」
「アユ、さん……」
「あゆ……?」
「こんなことを、したって……何も戻らねえんだよぉぉ!!! もっとバラバラにしようとしてんのが分かんねえのかよ!!!」
「っ!?」
奏は確かに、アタシの言葉に呆然とした。
その隙を、ハカイブが見逃すはずがない。
《ウェポン 斬鬼雷斬》
ハカイブは手にしたギター型の武器、斬鬼雷斬の鋸状の刃を振るい奏を数度切り裂くと、トドメと言わんばかりに突き刺した。
そのまま押し込み、二人はステージの上へ。
そして、ハカイブは弦をかき鳴らした。
鋭いビブラート。
この音の力か、歌織とココの洗脳は解けたようだった。
「あ、ゆ……? ご、ごめん! 私なにを……」
「けほっ、けほっ……気にするな。操られてたんだよ。それより……」
「この、音……」
細かく、素早く奏でる。
歌織もまたギタリストとして、この音に聴き入っていた。
だが、奏はまだ諦めていなかった。
「私はぁぁぁぁ!!!!!!!」
再び、あの蛇の口から放たれる音の障壁がハカイブの演奏を打ち消す。
これじゃあ……。
「奏! もうやめて!」
「奏っ!」
「……奏ぇぇぇ!!!!」
「っ……!」
届いた。
届いた。
アタシの、アタシ達の声が。
音の障壁は消え去り、今が好機!
「音撃斬……
暗い影を落とす心を清める音。
激しく、鋭く、技巧的。
「うっ……ああああああッ!?!?!?」
奏が爆発すると、奏に取り憑いていた魂が二つ浮遊する。
ハカイブは変身を解除し、キセキレジスターを開帳させて怪人の魂を吸い取った。
戦士の墓場に送ったのだ。
「奏!」
倒れた奏で駆け寄るココと歌織。
アタシもすぐに奏のもとへ向かった。
奏はすぐに目を覚ますと、自分が何をしていたのかを自覚したようだ。
「あ、れ……私……。あっ……私、みんなに酷いことを……! ごめんなさい……ごめんなさい!」
「奏、あんた……!」
「待ってください……。彼女は怪人の霊に取り憑かれて暴走してしまっただけなので、どうか……」
儚が制止し、歌織は振り上げた手を下ろした。
そして、儚は奏がつけていたベルトのバックルを手にして歩み寄ると、屈んで奏と目線を合わせる。
「これをあなたに渡した人がいますね? どんな、人でしたか……?」
「黒いバイクに乗った……女の人。40歳ぐらいだと思う……」
「そうですか……。ありがとう、ございます……」
「なあ、儚……少し四人で話してもいいか?」
「……分かりました。外にいます……」
「ありがとう」
儚はぺこりと頭を下げて外に出た。
アタシ以外の三人も、話したいみたいだ。
だけど、何から言えばいいかで迷い、沈黙。
そして……捻り出した言葉は。
「「「「ごめんなさい!」」」」
四人とも、謝罪だった。
その事実がなんだかおかしくて、笑えこそしなかったけど、空気が弛緩したのが分かる。
「あ、あの……私からいい?」
ココが手を挙げ、話し始めた。
「元はと言えば、私がクレイモア抜けたのが、原因だと思うから……。あの頃、お母さんが病気で倒れちゃって……。うち母子家庭で妹達を食べさせなくちゃいけなくて、バンドしてる余裕がなくて……」
そんな事があったなんて、アタシも歌織も奏も知らなかった。
ココはプライベートが謎で、そういうキャラで売っていたからだ。
だからきっと、髪もメイクも服装も……。
「でも、そんなこと言ったら絶対に三人は私のこと助けようとすると思ったから、負担にはなりたくなくて……。本当にごめんなさい。ちゃんと、話せば良かったのに……」
「そんなことないよ……。私達はココが戻ってくる場所を守ろうって言ったのに、私があゆを……。私、あゆに嫉妬してた。実力もあって、可愛くて……。そんなあゆに……でも、憧れてたんだ、ずっと。演奏を支えてくれるあゆを。だけど私はあゆに支えてもらえるようなギターじゃなくて、あゆの足を引っ張ってると思ったから……。ごめんなさい、あゆ」
だから、あんなことを……。
複雑な感情が織り交ぜで、歌織自身上手く言葉を紡げなかったのだろう。
作詞担当だったのに。
「それを言ったらアタシは何も言わなかった。反論もせずにクレイモアを抜けた。もっとアタシはクレイモアが好きで……他とか考えられない。お前達とやるのが好きだったんだって、ちゃんと言えば良かった。ごめん」
自分がいなくなれば、ココが帰ってくるんじゃないか。
そうすれば、クレイモアはまたやっていける。
そんな風に思い込んだ。
でも、アタシが抜けて、歌織もまた去っていった。
「私、一人だった……。他の人とは上手く話せなくて、他所だと全然ダメで……。私、クレイモアじゃないとダメなんだよぉ……。ほんとは今日のライブも、逃げたくて……。でも、あゆが来てくれたから、もしかしたらって……。だから、私、私……!」
……きっと、この中の四人の誰もが怪人になっていてもおかしくはなかった。
みんな、クレイモアに対する想いは強かったのだ。
「……クレイモアは、あの時終わった」
ポツリと、ココが呟いた。
悲しげに俯く奏だったが、ココの二の句には顔を上げずにはいられなかった。
「でもね、弟達も成人して、進学したり就職して、お母さんも具合良くなってまた働き出すようになって、余裕が出来たからさ……ドラム、再開したんだ」
「ココ……」
「……でもね、やっぱり一人はつまんないから、さ……。またバンド組んでって、簡単には言えない。けど、また四人で集まって、たまに演奏っていうのは、出来ないかな……?」
「うん……やろう。やろうよ! 私も、ギターは続けてたからさ」
ココの提案に、歌織が食いついた。
アタシは奏と目を合わせる。
まだ、奏の目には躊躇いがあった。
「でも、私……」
「気にすんなよ」
「うん。さっきのは、もう水に流した」
「奏は末っ子ポジションだから、まあいつものワガママってことにする」
ココと歌織は笑っていた。
困った妹を見つめるように。
アタシも多分、そんな顔をしている。
すると、また奏は泣き出してしまってココが頭を撫でて、歌織が言葉をかけていた。
ああ、そういえば前もこんなだった。
「ちっとも変わってない」
自然と出た呟き。
何かが変わってしまったから終わったと思っていたクレイモア。
だけど、なんにも変わってなんかいなかったんだ。
数時間後。
お寺にて。
「あゆちゃんと奏ちゃん、なんだかボロっとしてるねぇ」
「あはは。昔のバンド仲間と殴りあって友情を再確認した的なやつです~」
「そっかぁ。それはよかったねぇ」
「いや良くねぇだろ。坊さんが暴力を肯定すんなよ」
「ひぃん……暴さんって、コト!?」
「いやぁ私も若い頃はヤンチャでねぇ」
「今もヤンチャなんでしょ? コノ~!」
「あはは! いやぁ実はね、なんて!」
「あはははは!!!」
だ、駄目だ。
ツッコミがアタシしかいねぇ……。
胃が、胃が痛くなってきた……。
「よーし、それじゃあ行こうか」
「はいっ!」
「いい返事だねぇ儚ちゃん。でも、どっくんどっくんうるさいから心音が。ドラムの音掻き消しちゃうから深呼吸しようか」
「ひぃんひぃんふー……ひぃんひぃんふー」
「変わったラマーズ法だねぇ」
儚もまだ緊張してるし。
大丈夫なのか?
「あゆ」
「なんだよ」
「私ね、クレイモアが、三人のことが大好き」
真面目な顔で、奏は言った。
「でね、前の私ならそれだけだったんだ。けど……これからは、好きなもの、いっぱい増やすよ。居場所を」
「ああ」
「前はそういうの、良くないことだって思ってたんだけど、今のあゆを見て気付いたの。新しい居場所が、好きなものって、増えていいんだって。だから……私、がんばる!」
笑顔を浮かべる奏は、その笑顔のままライブをやりきった。
大盛況に終わったお寺イブ。
結城荘の奴等も、ココも歌織もいた。
ああ、とにかく良かった……。
帰り道。
儚は夜に溶け込んで隣にいるのにいないかのよう。
でも、いつになく興奮した様子でいるのは分かる。
「皆さん盛り上がってくれて良かったです……!」
「そうだな」
「アユさんも、カナデさん達と仲直り出来たみたいで良かったです」
「そう、だな」
少しばかり考えてから、口を開いた。
「ありがとな、助けに来てくれて。よく分かったな、あそこ」
「えっと……誰かが教えてくれたんです。使い魔を使って知らせてくれて……」
「誰かって、誰だよ」
「分かりません……。でも、外で、扉の前で待ってた時になんだか懐かしい匂いがして……」
「匂い?」
「分かんないですけど……」
いまいち要領を得ない話し方をする。
はぐらかされているようだ。
いや、まさかな。
儚も本当に分からなくて困っているだけだろう。
それよりも、今の思いを言語化して吐き出そう。
伝えるんだ、儚に。
「はあ……にしても、過去ってのはついて回るもんだな。自分ってのはどこまでも結局地続きなんだと思い知らされたっつーか」
「過去は……ついて、まわる……?」
「ああ。どこに行って、何をしても、過去は過去。消そうと思っても消えないんだよ」
儚はぽかんとした顔をしている。
だけど、いい。このまま話を続けよう。
言い切ってしまいたい。
「……前に、千佳姐に言われたんだ。大体の問題は時間が解決するって。だから……あの時のことが解決するのに今日までかかったんだな。アタシは自分の中で区切りをつけたことにしてたけど、こういう結末になってよかった。それには、儚がいなきゃたどり着かなかった。だから、ありがとな」
照れくさいけど、ちゃんと礼を言えて良かった。
ああ、アタシは幸せだ。
大切なものを取り戻せたし、大切なものを増やすことが出来た。
きっと、これからも傷ついて、傷つけることだってあるかもしれない。
でも、これからは傷ついたとしても、もう少し前向きになれるだろう。
傷は、いつか癒えるということを理解したから。
「過去は、ついてまわる……」
「儚?」
「あ、はい……」
変な儚。
いや、いつも変だけど。
「さっさと帰るぞ」
「は、はい……!」
夜の道。
無意識のうちに鼻歌を歌い、儚がそれに合わせてきた。二人で笑い、歌いながら結城荘へと帰った。
夏といえば肝試し!
幽霊に扮する儚達の前に現れたのは新たなる強敵。
女の涙に大苦戦!
次回「恐怖の恨めしや作戦 ユウレイ村の独身女」にご期待ください。
おまけ
儚「い、いっぱつげ~い……。歯ギターやります……」アサルトゴシックに変身
あゆ「怖いからやめろ」