仮面ライダーハカイブ   作:大ちゃんネオ

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ドクターハカリ!彼女の正体は?

 グラン達がグレモリーと遭遇するほんの少し前。

 戦士の墓場、ソナエモン技術局。ホウヨウの研究室ではインフェルニティの聖剣の調査が一段落ついたところであった。

 ホウヨウは書類の山を築くデスクで束の間の休息。

 カップに口をつけながら、ホウヨウは黄金の聖剣に目を向けた。

 

「グレモリウスの血、か……」

  

 グランが嘘を吐くような人間でないことは知っている。

 その上で、嘘であってほしいと思っていた。

 それと同時に、あの頃のグランの様子を知っていれば、あれが嘘でないわけがないと。嘘ではないかと宣ったヒラサカを殴りたかった。

 残酷な真実としか言いようがない。

 それほどまでにグランとグレモリウスは親しかった。

 正直に告白すると、ホウヨウはグレモリウスに嫉妬するぐらいであったのだ。

 そして、あの二人の仲に入り込んだマイリ・ハカイブには特に敵愾心と言ってもよいものを抱くほど。

 

「……マイリ」

 

 儚と同じ黒衣を纏い、銀の髪と瞳の、墓の乙女。

 誰もが彼女を崇め、求めた。

 デスクの引き出しの奥に仕舞い込んだ木箱を引っ張り出す。

 これをマイリから渡されたのは、彼女の死のほんの一週間前であったことを鮮明に覚えている。

 この研究室に突然押し掛け、木箱を押し付けてきた。

 

「これ直してほしいんだけど」

「悪いが立て込んでる。今すぐというなら他を当たってくれ」

 

 暗に突っぱねたつもりであった。

 しかし、マイリはそれでも構わないと言った。

 

「今すぐじゃなくていいの。十五年後ぐらいに渡してくれればちょうどいいかな」

 

 そんなことを言うので、マイリは何を直させようとしたのか木箱に目を向けた。

 見覚えがある。というか、しょっちゅう私がマイリに頼まれて直しているものだ。

 わざわざ十五年もかかるようなものではない。

 今の案件を終わらせ、すぐに取り掛かって一週間もあればマイリに返せるというものだ。

 だが、しかし。

 

「……それまで私に保管してろと?」

「うん。だって私が持ってたら、絶対失くしちゃうから☆」

「失くすことに自信満々! もっとしっかりしろ。それで母親とは……」

「えー。だって本当のことなんだもの」

 

 ホウヨウはこの、人を惑わすような、のらりくらりとしたマイリの物言いが苦手だった。

 いつもマイリの言葉に乗せられて、散々苦労をかけられてきたのだ。けれど、その日だけは。

 

「絶対、約束だから。お願いね」

 

 初めて、マイリという人間の奥底を見たようだった。

 今にして思えば、マイリは己の死期を悟っていたのではないかと思わざるにはいられない。

 自分が死しても、娘に確実にこれを受け渡すために。

 

「あれから、十五年……」

 

 頼まれていた物はとうの昔に修理を終えている。

 これをマイリの娘に、儚に受け渡す時が近いだろう。

 感慨に耽るホウヨウであったが、そんな感慨を吹き飛ばすことが起こった。 

 インフェルニティの聖剣が、忽然と姿を消したのだ。

 誰かに盗まれたのではない。

 グランが呼び戻したのだ。

 滅多に使わぬ聖剣を、わざわざ呼び戻す意味をホウヨウは即座に察した。

 青いスマートフォンに似た新型の墓場フォンを操作し、ホウヨウは聖剣の座標を特定しグランの居場所を確認する。

 

「儚のいる世界か……!」

 

 何かが起きている。

 グランに限って最悪のことはないだろうが、しかし。

 何も出来ないことが悔しい。

 ホウヨウはかつての戦いによる負傷でライダーとしては戦えない。無意識に両手は下腹部を押さえていた。

 

「あいつの修行ももうじき終わる……」

 

 ホウヨウは自身に言い聞かせ、呼吸を整える。

 そうすれば、この歯痒い思いも少しはマシになるだろう、と。

 

 

 

 

 

 

 

 

 戦いは、インフェルニティがグレモリーを圧倒的に上回っていた。

 蹴りの連続、パンチの応酬。

 紅薔薇が舞う中、インフェルニティは悠々と戦っている。

 

「お前は、グレモリウスではない」

 

 そう言い放つと紅のマントを翻し、回し蹴りを放つ。

 グレモリーの仮面を捉え、宙を舞い、地面を転げたグレモリーだったが、その傍らに先程弾き落とされたビーブレイガンがあるのを見つけ、即座に回収。

 光弾を放ちながらインフェルニティへと接近し、光の刃を生成する。

 インフェルニティは放たれた光弾にびくともせず、迫るグレモリーを待ち受ける。

 

「インフェルニティィィ!!!!」

 

 逆袈裟に振るわれたビーブレイガンを、血塗れの聖剣が受け止めていた。

 インフェルニティはビーブレイガンを払い、グレモリーを袈裟に斬りつけた。

 無数の火花が散り、グレモリーはよろめきながら後退。

 弱々しいグレモリーに対し、インフェルニティは聖剣の赤黒い鋒を向けた。

 

「何者だ。あの日、グレモリーの血を引く者は……」

「死んでなど、いない……! ここにいる……グレモリーの血を引く者……グレモリーの子供達はここにいる!」

 

 その時、グレモリーの身体から赤黒い何かが噴出した。

 それは、なにか。

 インフェルニティは直感で理解した。

 赤と黒の中、無数に蠢く、死者の怨念。

 苦しいと、痛いと、冷たいと、熱いと、死にたくないと、やめてと、呻く声が何万と重なりインフェルニティにのし掛かる。

 

「────」

「へっ……でやぁぁぁ!!!」

 

 インフェルニティの虚を突き、グレモリーがビーブレイガンを構え突撃。

 光剣が、インフェルニティを貫こうと迫る────。

 

「グランさん!」

 

 その叫びは、骸に任せた千佳のものであった。

 離れた木陰から骸共々、戦闘の様子を伺っていたのだ。

 この声が、グランを引き戻した。

 

「ッ!」

「なっ!?」

 

 インフェルニティは迫る光剣を左手で掴んで受け止めた。

 ギリギリで意識を取り戻したインフェルニティと、その防御に驚いたグレモリーは反応が出来なかった。

 渾身の右ストレートが、グレモリーの仮面を砕く。

 

「がっ……おの、れ……」

 

 砕かれた左半分から覗く顔を手で押さえるも、その怨嗟に狂った瞳をインフェルニティは見逃さない。

 隠し切れない表皮は焼け爛れて、彼の身に何があったのかをインフェルニティが察するのは容易であった。

 

「インフェルニティ……! 我らが最大の怨敵……! 父の仇を、我らは……!」

 

 インフェルニティを貫かんほどの怨み。

 それを前にしてインフェルニティは変身を解除し、彼を憐れんだ。

 

「……辛くは、ないか」

「なに……!?」

「君の身体は、もう変身には耐えられまい。反動で死ぬぞ」

「それがどうした……! うぁぁぁ!!!」

 

 ビーブレイガンを振り下ろすグレモリー。だが、グランは容易く回避する。

 今のグランに、彼への恐怖はなかった。

 ボロボロのグレモリーの剣を避けるのは容易く、体力の限界が近いグレモリーはやがて足を縺れさせ、地面に倒れた。

 

「はあ……はあ……」

「グレモリーの子供達と言ったな。何人生きている」

「数を聞いたとて無駄だ……。俺達に生きてるも死んでるも関係ない……! グレモリーの子供達は、お前を殺す! 必ず!」

 

 年の頃は伺えないが、もしかしたら儚と近い歳なのではないか。そうだとすれば悲しいと、グランは彼を見つめていた。

 憎悪に生きるしかなかった彼等を生み出したのは自分の責任であると。

 

「ああ。君達にはその権利がある」

「な、に……」

「それだけの怨みを買っているのは自覚している。君達の憎悪も殺意も俺は受け止める。だが、死ぬわけにはいかないのでな……」 

「ふざけるな……!」

 

 立ち上がろうとするグレモリーだったが、今の彼に立ち上がるだけの体力はなかった。

 そんな彼に、グランは背を向け言い放つ。

 

「……いつでも、この首を獲りに来い。相手になろう」

 

 そうして立ち去るグランの背に、悔恨に泣き叫ぶ声がのし掛かった。

  

 

 

 

 

 

 

「変身」

 

《仮面ライダーハカイブ マシンヤイバー》

 

 クリアブルーの刀身を持つ刀、チェイサーヤイバーを手にハカイブは駆ける。

 鏡合わせのようにドクターハカリ怪人態も走り、二人の刃がぶつかり合う。

 拮抗するハカイブとドクターハカリ怪人態。二つの仮面は互いを見つめあう。

 

「ッ……!」

「くっ……」

 

 カチカチと鳴る刃に混じり、二人の吐息が漏れる。

 先に、一度距離を取る選択をしたのはドクターハカリであった。

 後方へと飛び退き、刀の鋒をハカイブへと向けると背に羽が展開し、振動。

 

「ふっ……」

「来るッ……!」

 

 瞬きと同時に消えたドクターハカリにハカイブは身構える。

 振動する羽の音を置き去りに、神速の刃がハカイブに迫る。

 

「クロックアップ……!」

 

 間一髪、ハカイブのクロックアップは間に合った。

 振り下ろされたドクターハカリの刀を受け止め、押し返すと同時に斬りかかる。

 再度後方へと飛び退いたドクターハカリだが、ハカイブは逃がさないと追撃。

 時が弛緩した世界で唯一張り詰めた剣気は神速に達し、無数に火花を散らして斬り結ぶ。

 幾度かの剣戟を繰り広げ、二人の足が止まると同時に世界の時が二人に追いつく。

 

「ふっ…………」

「クロックオーバー……」

 

 途端に、周囲の木々が崩れ落ちる。

 二人の剣の巻き添えを喰らっていたのだ。 

 ハカイブとドクターハカリは共に剣を構えながら、相手に悟られぬよう呼吸を整えていた。

 そして互いに、打ち合った末に抱いた。

 

「「出来る……!」」

 

 同じ三文字。

 だが、そこに籠められた想いは違っていた。

 

(こいつ、ベルトを無理矢理巻かれた人じゃない……。あの、ヒラリーとかいう奴と同じ、グレイダーの幹部……!)

(データだけじゃ分からないことまで理解した。ちゃんと強くなったのね、儚……!)

 

 ジリジリと間合いを測る二人は同時に駆け出した。

 チェイサーヤイバーを振り下ろすハカイブ、刀を逆袈裟に振り上げるドクターハカリ。

 衝突し、爆ぜる閃光。

 次いで繰り出すドクターハカリの刺突は鋭く、ハカイブは根元の刃で受け流す。

 柳のような火花が刃の涙のよう。

 

「くっ……!」

「この程度じゃ、ないでしょう!」

 

 くるりと舞ったドクターハカリ。黄色い着物の袖と裾が広がり、華のよう。

 銀の閃き。

 刃はハカイブの首を狙っていた。

 

「っ!」

 

《チューンヤイバー スコーピオン》

 

 ハカイブの仮面に備わる丁髷のような部位が更なる鋼を纏い、サソリの尻尾『スティングスコーピオン』を形成する。 

 鋭く光るサソリの毒針が、廻るドクターハカリへと狙いを定め、毒液を滴しながら刺突していく。

 

「はっ……!」

 

 ドクターハカリは急制動をかけ、大きく後方へと跳ねてスティングスコーピオンを刀で払い、回避し距離を取る。

 大袈裟に見えるほどの回避には理由があった。

 

「……ハチオーグの魂が騒がしい。物は違えど、サソリの毒は嫌ですか」

 

 胸に手を当て、チェイサーヤイバーとスティングスコーピオンを構えるハカイブを見つめながら一人ごちるドクターハカリ。

 ハチオーグの死因に由来するマシンヤイバーとの相性の悪さ。

 互いに得物は刀の近接戦闘型。

 更に高速戦闘も可能。

 これだけならば五分だろう。

 しかし、ハチオーグの魂によりマシンヤイバーに対して致命的な相性の悪さを獲得してしまった。

 

「ここまでとは……。儚はそこまで考えているのかは分からないけれど……」

 

 そう考えて、ドクターハカリは頭を振った。

 今、自分がすべきことを見誤るなと。

 

「時間を稼ぐだけよ……」

 

 どこか舞い上がっていた自分を戒め、ドクターハカリは刀を見つめた。

 蜂とトカゲを真っ二つにして縫い合わせたような歪な仮面が映りこむ。

 醜い。

 二つの顔とその下の素顔。

 なんて、皮肉な顔つきだろうか。

 

「グレイダーがこんなところで何を……!」

 

 静かだが、闘志のこもった声でハカイブが問いかけた。

 すると、ドクターハカリは刀を地面に突き刺し……。

 仮面を、取った。

 

「え……」

 

 その行動にハカイブは驚くが、仮面の下の素顔を見た瞬間、儚は瞳を見開き言葉を失った。

 ドクターハカリは仮面を捨て、儚へと話しかける。

 

「十年ぶりね、儚」

「お姉、ちゃん……」

 

 ハカイブは変身を解いてドクターハカリと相対する。

 儚の顔は困惑に満ちて、唇は震えていた。

 呼吸も乱れ気味で、白い肌も青ざめつつある。

 それほどまでにこの出会いは、再会は、儚にとって想定外のもの。

 

「なん、で……」

「儚、聞きなさい。グレイダーは私が潰す」

「……!」

 

 ドクターハカリは儚へと歩み寄りながら、そう語った。

 儚の肩にそっと手を置き、銀の瞳と目を合わせ更に言葉を紡いだ。

 

「あなたは外から、私が内から。協力してグレイダーを叩くの」

「……で、でもなんでお姉ちゃんがそんなこと……。今までどこにいたの? 儚、ずっとお姉ちゃんのこと……」

 

 泣きそうな声で儚が一気に尋ねると、ハカリは儚の頬を優しく撫でた。

 その瞳もまた、優しいもの。

 

「まだ、全部は明かせない。この事は私と儚、二人だけの秘密よ」

「うん……」

「お母様そっくりなお顔……。草葉の陰で、お母様も喜んでいるわ、きっと」

「そういうお姉ちゃんはあんまり似てない……。髪も目も黒いし……貧乳だし……」

「儚。言って良いことと悪いことがあるってお姉ちゃん教えたわよね。人の痛みが分かる子になりなさい」

「ひぃん……ごめんなさい……」

 

 早口で捲し立てるハカリに儚は素直に謝った。

 思った以上に気にしていることらしい。

 儚自身は母と会ったことはないのだが、自分に似ているというならハカリは似てないのだろうと思ったことが口に出てしまったのだ。

 

「……そういえば、なんで襲いかかってきたの……?」

「それは……どの程度強いか確かめるためよ」

 

 若干、苦しい言い訳であった。

 

「そう、なんだ……。ねぇ、二人だけの秘密って、ほんとに二人だけの秘密……? お父さんにも、言っちゃダメ……?」

 

 自信なさげに訊ねる儚に、ハカリは真面目な声色で答えた。

 

「ええ。どこから作戦が漏れるか分からないから。この事を知ってる人間は少ない方がいい」

「……そっか。わかった……」

「大丈夫。儚が誰かを騙してることにはならないわ。全部終わったら、また一緒に暮らせるから。ね?」

 

 秘密を抱えることに罪悪感を抱いたであろう儚にそんなことはないと再び優しく話したハカリ。

 そんな時、ハカリは何かを察知した。

 

「……儚、私もう行かないと」

「お姉ちゃん……」

「秘密は絶対よ。いい?」

「……うん」

 

 そうしてハカリは再び仮面を纏い、刀を鞘に納めると高速移動で儚の前から姿を消した。

 一人となった儚は、姉との再会に戸惑いつつもやはり喜びの感情が強かった。

 死んだと思っていた姉と、再会出来たのだから。

 口元が綻ぶなか、遊歩道を曲がってきたグラン達が儚の目に入る。

 向こうも儚に気付き、千佳が手を振っていた。

 

「お父さん……! チカさん……!」

「おーい。おじさんのこと忘れるなー」

 

 骸のことは、スルーした。

 

「儚……探しに来たのか?」

「うん……! お父さんとチカさん探しに来た……!」

「だからおじさんを忘れ……」

「儚、何かあった?」

 

 千佳にそう言われ、儚の背に電流が走ったようだった。  

 ハカリに言われた秘密にすることが、早速試される時が来たからだ。

 儚は元来、隠し事が苦手である。

 

「な、何かって……?」

「なんか、まわりの木が倒れてるのが気になって」

「えっと、その……蚊がすごくて……。蚊を倒そうと思ったら、つい……」

「蚊を倒すのにどんな被害出してるのよ! もー馬鹿力なんだからー」

「えっと、ごめんなさい……」

 

 千佳が儚を叱っている間に、グランが仮面ライダーオーディンの力を使って周囲の時間を巻き戻し、倒れた木々を元に戻していた。

 

「蚊は病気を媒介する……。儚に何かあったら心配だ、絶滅させよう」

「お父さんの絶滅タイム……!」

「えっ、絶滅タイム!?」

「蚊ごときにそんな力出すんじゃねぇよ……。それじゃ、俺はこの辺で……」

 

 そう言って逃げようとする骸を再び捕まえるグランであったが、骸はその手を払ってグランと向き合った。

 

「わーってるって。金なら作る。夜まで待っとけ!」

 

 骸はグラン達に背を向け、一人山の中へと押し入っていく。

 ……山でどう金を作るつもりだろうかと、三人の胸中は一致していた。

 

「我々も戻ろうか」

「ええ……」

「……そういえば、お父さん達は何してたの?」

 

 儚の問いかけに、千佳は目を泳がせた。その果てにグランを見つめる。

 グランはただ、こう答えた。

 

「散歩だ」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 山深い洞窟の中。

 ドクターハカリ怪人態が左肩に抱えたグレモリーを乱暴に投げ捨てる。

 グレモリーは変身が解かれ、薄汚れた白いローブを纏った姿へと戻り、力なく項垂れた。

 ドクターハカリは仮面を脱ぐと、グレモリーであった者を蔑むような目で見下ろしていた。

 

「むざむざ死ぬ気ですか。ただでさえ死に体だというのに」

「インフェルニティがいると、騒ぐんだよ……! 兄弟達が……!」

「それぐらい抑えなさい。計画に支障をきたすわ」

「分かってるんだよ、そんなことは……!」

 

 激昂したことで咳き込む男。ただの咳ではなく、血を吐いていた。

 ハカリは膝を突くと注射器を取り出し、男の腕に刺しこむ。

 火傷跡が広く残る、男の腕に薬を注ぐ。

 それで少しはマシになったのか、男の咳は治まり、呼吸を整えていた。

 

「私達の大願を叶える、それまで耐えなさい」

「……ああ。俺達の大願、偉大なる父の復活のために……この命、使いきる……!」

 

 ギョロりとした目は強く見開き、インフェルニティへの憎悪を滾らせる。

 グレモリーの子供達の大願。

 父、グレモリウス・ファントム・グレモリーの復活。

 そのために己が命を投げ捨てる覚悟が、彼にはあった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「いやー。今日は普通にお祭り回れるようになってよかったね!」

 

 浴衣姿の優李がりんご飴片手に、儚達へ話しかけていた。

 結城荘の全員とグランはサンが用意していた浴衣を着て、露店の並ぶ通りを歩いている。

 肝試しのおばけ要員が夏風邪から復活したことにより、こうして夏祭りを楽しめるようになったのだ。

 

「うう……。人、多い……」

「も~。折角の夏祭りなんだからローブなんて羽織らない!」

 

 浴衣を着付けてもらったというのに、いつも通りローブにくるまった儚を見て千佳がローブを剥ぎ取った。

 髪もセットしてもらいツインテールとなった銀の髪が露店の明かりを反射する。

 白地の浴衣が千佳とお揃い。

 

「ひぃん……ローブ、ローブ……」

「はいはい。帰ったらね。それまではその可愛い顔出してなさい」

「にへへ……儚、かわいい……」

「チョロいわね~」

 

 すっかり儚の扱いを心得た結城荘の入居者達である。

 しかし、ローブを剥ぐことには成功したが人混みに尻込みして儚はなかなか前に進めない様子。

 それを見かねて、千佳が儚の手を取った。

 

「はぐれるといけないから。握ってて」

「はい……」

 

 手を繋いだ千佳と儚は人混みを進んでいく。

 前を行く千佳の背と繋いだ手を見て、儚はぼそりと呟いた。

 

「……お姉ちゃんといるみたい」

 

 また一緒に暮らせるというハカリの言葉を思い出し、儚は笑みが漏れでていた。

 

「儚、一人で笑うな。キモいぞ」

「きもっ……!?」

 

 あゆの注意に、儚は傷付いた。

 それはそれとして、祭りを楽しむ一行は露店でそれぞれ食べたいものを購入していく。

 

「莉緒さん、いっぱい買ったね……」

「そうだね。色々、参考になるかもしれないし」

「儚、一気にかき氷食べたらダ……」

「っ! ひぃん……というより、きぃん……」

「言わんこっちゃない……」

 

 頭痛に襲われる儚の額に露店で買った缶ビールを押し当てる千佳。

 キンキンに冷えた缶ビールによって、多少頭痛が和らいだ儚は千佳に礼を言い笑った。

 

「千佳女史、すまない」

「いいんです。慣れてますから。それにしてもグランさん……」

「なんだ?」

「……やっぱり目立ちますね」 

 

 人混みから頭ひとつ抜ける身長。

 恐らく外国人だと周りから思われているだろう。

 なにより美形。

 そういうこともあって周囲の目を集めていた。

 そんな中。

 

「あ、骸さんじゃん! なにしてるの?」

「おう、嬢ちゃん達も夏祭り満喫中かい?」

 

 骸が、紺色の甚平を着て露店を出していた。

 

「骸……。金を作ると言うから何かと思えば、真面目に働くとは……。なんの店だ」

「おう、お前らも買っていくか。カラー儚を」

「カラー儚!?」

 

 座る骸の足下。箱の中には、無数の色付けられたSD儚達が蠢いていた。

 昨日、儚が分裂した際に生まれたものである。

 

「ハカナ-」

「ハカハカ」

「ハカッ!」

「いやーこれが結構売れてさ、儚への借金も無事に返せそうだ」

「これ、人身売買にあたらないのかな?」

「500円って値段がまた……」

「ひぃん……儚が売られていく……」

「ダメよ~こういうの買っちゃ。何日かしたら元の色に戻って普通の儚ちゃんになるんだから。騙されちゃダメよ~」

「そういう問題か! というか、全員集めたんじゃなかったの!?」

「いや、結構いたぞ。お前達と別れた後な、金作ると豪語したけどどうすっかなーって悩んでたらさ」

 

 日陰のジメジメとした場所に、それは大量にいたという。

 黒くて、カサカサと動き回る……SD儚達を。

 

「説明がゴキブリ~」

「だからってそれ売ろうなんて考えちゃダメだよ!」

「ほら見ろ! 儚の親父さん黙っちまったぞ! 絶対怒ってるって!」

 

 あまりの事態に俯いて黙り込んでしまったグランをあゆは差して骸に迫った。

 肩を震わせていたグランは顔を上げ、言った。

 

「全て買い占める。可愛すぎる……」

「よっしゃ! 全部だと……めんどくさい二万でいいぞ」

「こうなると思ってたわよ! 駄目ですよグランさん! こんなん父親のあなたが抗議すればタダで取り戻せますよ娘なんですから!」

「む……。それもそうか。というわけで骸、儚は押収させてもらうぞ」

「待て! 俺の金蔓を奪うな!!!」

 

 こうして押収されたSD儚は、儚と融合させられたのでした。

 めでたしめでたし。

 

「いやカラー儚の色が混ざってヤフ゜ール人みたいになってるから!」

「ひぃん……」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 花火が打ち上げられる。

 夜空に一時だけ咲く大輪に人は思いを馳せる。

 一刹那に咲くからか、一刹那に散るからか。

 誕生か、死か。

 どちらに、思いを馳せるのか。

 あの日から、誕生ではなく死に惹かれている自分を自覚していた。

 多くの仲間を喪った。

 生き残った者達には癒えきれない傷を負わせた。

 恋した人を救えなかった。

 親友を殺すしかなかった。 

 グレモリーとの戦闘で、よく分かった。

 無数の死者の怨嗟と直面して。

 俺は、死にたがっているのだと。

 いや、俺には儚がいる。

 あの二人の忘れ形見である、儚が。

 

「グランさん」

 

 儚達から離れ千佳女史がやって来て、こちらを見上げていた。

 

「花火を見なくていいのか?」

「なんだか、消えちゃいそうな顔をしていたから」

 

 ……そんなに、顔に出る方だったろうか。

 鏡がないので分からない。とりあえず自分の頬に触れてみるが、違いは分からなかった。

 

「……そういえば、千佳女史に危ないところを救われた。感謝する」

「いえ、そんな……」

 

 照れながら、前髪を耳にかける彼女に胸が跳ねた。

 ついぞ忘れていた感覚が蘇ったことに内心驚く。

 こんな自分に、こんな感情がまだ生きていたなんて。

 

「初めて出会った時も、あなたの助言に助けられた」

「なんですかまたも~。グランさんの方が戦って私のこと助けてくれたじゃないです……っ!?」

 

 再び、俺を見上げた彼女の顎に指を添えていた。

 ……何をしているんだ、俺は。

 

「すまない……。妙な真似をした」

「い、いえ……」

 

 沈黙。

 沈黙は気まずいからやめろとホウヨウに注意されたことがあった。その時はそうだろうかと思ったものだが、ホウヨウ。君の言葉は正しかった。

 やはり君はよき友である。

 

「……魅力的な女性を前にして、変な気を起こしたわけではない」

「……」

 

 今のはないんじゃないか???

 自分でもそう思ったほどなのだから、きっとそうだ。

 訂正しよう。

 

「いや、千佳女史は非常に魅力的な女性だ。しかしそうだからといって貴女のことをどうこうしようなどと……いやこれも違う……。俺は……」 

「……グランさんって」

 

 俺が言葉を繕っている間に、千佳女史はバッサリ俺を切り捨てた。

 

「グランさんって、本当に口下手なんですね」

 

 そう言って、彼女は走り去ってしまった。

 花火が、彼女の潤んだ瞳を鮮明にしていた。

 右手で目元を覆い、悔やむしかない。

 自分自身が情けない。

 そもそも、俺は今なにをしていた。

 口説くつもりだったのか、なんだったのか。それすらも分からない。

 馬鹿な男だ。

 こんなに馬鹿な男が他にいるだろうか。

 

「グラン」

 

 左肩に骸の手が置かれる。

 奴の顔はしょうがない奴だなと言っていた。

 まったく、その通りだと思う。

 

「もろこし食うか」

「もらう」

 

 焦げ目のついた黄色い果実のようなものにかぶり付いた。

 塗られたタレが美味だと思う。

 ただ想像以上に可食部位が少ないのではないだろうか。

 中はほとんど芯ではないか。噛み砕いてしまった。

 

「まったくお前は。昔っから本当に口下手だよな」

「……口下手以前の問題だ」

「……よぅし、ここはひとつ結婚経験者として助言をだな。俺が菊と出会ったのは……」

「その話を聞くのは334度目だ」

「釣れねえなぁ。人が慰めてやろうってのに」

「いらん」

 

 骸はため息をつくと一言、重症だなと呟いていた。

 

「……ま、色々経験して男を上げてくってもんだ。戦場にばっかいたら男じゃなくて兵士になっちまうぞ」

「……そうだな。俺が男であれば、もっと……」

「ああもう張り合いねぇな! 全部素直に受け取るなよ。会話のキャッチボールしようぜ?」

「……すまない。だが、幾分かマシになった」

「おう。礼は借金チャラでいいぞ」

「無しにならないが。というか、これ以上一人で勝手に動かれるのも困るからな」

「は? おい、なにをするやめっ……アーッ!!!!!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 というわけで、結城荘の庭に犬小屋が作られ骸は数珠のような首輪で繋がれるのであった。

 

「出してぇぇぇ!!!!! 俺をここから出してくれよぉぉぉぉ!!!!!」

 




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