結城荘は男性禁制女性専用シェアハウスである。
現在の入居者は5名で、全員が20代。
入居者を古い順に並べていくと……。
まず私、新田千佳27歳。職業高校教諭。実はここの大家とは古い付き合いがあって入居したというかさせられたと言うのが正確か。
続いて斉藤望26歳。職業……不詳! 冗談。ここに来る前は普通にOLとして働いてた。仕事を辞めて結城荘に入居してからはあちこちアルバイトしては辞めてを繰り返していた。
辞めた理由は……まあ、その、色々。
今は株やら何やらで生計を立てている、私の呑み友にして仇敵。
長谷部莉緒25歳。職業板前。珍しい女性板前というやつである。実際、料理の腕はとんでもない。私なんてお話にもならないレベルだ。
休みの日すらキッチンに居座り、自分の部屋にいるよりキッチンにいる時間の方が長い人である。
なんでも、料理に夢中になりすぎて家賃滞納やら何やらで前のアパートを追い出されたところを大家に拾われたとかなんとか。
瀬尾優李22歳。職業声優。
現役声優とかいうもうレアな人物であるが、まだ芽の出ない新人。
オーディションに落ちては酒に溺れるので、愚痴に付き合ってあげている。
とりあえず、今のうちにサインもらっておくか?
そして最後の一人……。
「なんだよジロジロ見て」
「ひぃん……」
「言いたいことあんなら言えよ、ああ?」
絶賛、儚さんが怯えている相手が織笠あゆ、20歳。
現役JDである。……ちょっとたんま、現役JDって言い方はなんかおっさんくさい。女子大学生だ。
いかにもな現代っ子というか、なんというか。
渋谷系の、男受けの悪い威圧的なレディースファッションを好む結城荘のファッションリーダーだ。
実際にやってるところを見たことはないけど、ストゼ○をストローで飲んでそう(偏見)
「まあまあ、そう威圧しないの」
「威圧なんてしてない」
本人はそういうつもりはないかもしれないけれど、儚さんが怯えている以上は威圧になってしまう。
ひとまず、この二人は引き離しとくか。
「儚さん、ひとまず私の部屋に行きましょうか」
「は、はい……」
儚さんを引き連れ、私の部屋へ。
……片付けしなきゃか?
いや、片付けしなきゃだ。昨日の晩酌の跡が残っている。
「儚さん、ちょーっと待っててね」
「は、はい……」
流石にこの部屋を見せるわけにはいかない。
ちょっと悪いが待っててもらおう。
部屋の中からは、何かものすごい音がしている。
さっき大丈夫か扉越しに聞いたらものすごいドスの利いた声で、「開けるな」と言われてしまったので大人しく廊下で待つことに。
すると、廊下で鉢合わせてしまいました……。
ア、アユさんに……。
じ、自分の部屋に入ろうとしてる……?
「ひっ……」
「……」
じ、じろじろ見たらまた怒られる……。
で、でも……。
「おい」
「ひぃん!」
そ、そんな見てないはずなのに声かけられた……。
ど、どうしよう……ま、また怒られる……。
「……なにしてんだよ」
「え、え、えっと……待ってます……」
「何を」
「あ、あう……チ、チカさん待ってます……」
「は?」
ひぃん!
ま、また怒った……。
な、何にも失礼なこと、してないはずなのに……。
「お前……」
「は、はい……」
「そんなとこ突っ立ってねぇで、下にでもいたら。千佳姐さん、どうせきったねぇ部屋片付けてんだろ。しばらくかかるぞ」
……!
あ、あれ……。
こ、この人、意外と優しい……?
「んだよ……。ジロジロ見んなっつってるだろ」
「あ、あう……」
や、やっぱり怖い……。
で、でも……せ、せめてこれだけでも言っておきたい……。
「あの……」
「なんだ」
「ふ、服……か、かわいいですね……」
あーやばいどうしよう言ってしまった言ってしまった後に気付いたこれ自分ヤバい奴なんじゃないかキモイ奴なんじゃないのか。
見ず知らずの人から服装のこと言われるのあんまりよく思わないかもしれないし、どうしよう取り消した方がいいかな……。
「お前……」
「ひぃん! ご、ごめんなさい調子乗りましたぁ!!!」
「おいちょっと待て」
は、速さならお父さんのパンチよりも速いって褒められたこともある、自慢の土下座で謝罪を……。
「お前、ちょっと面貸せ」
「ひぃん……」
ツラカセ……!
き、聞いたことある……こ、怖いことされる前に言う呪文……!
「おら、立て」
「ひぃん……! た、立ちますぅ……」
腕を掴まれ、アユさんのお部屋に連行される。
ど、どうなってしまうんだろう……!?
「儚さんお待たせ! あれ、いない。下いったのかな」
流石に待たせ過ぎた、リビング行っちゃったかな。
階段を降りてリビングへ。望しかいない。
「儚さんは?」
「千佳と二階に上がっていったでしょ~」
「えぇ……下には来てないの……?」
もう一度、二階に戻って儚さんを探し……。
「はっ! いいじゃん!」
ん?
あゆのテンション高い声が部屋からするなんて、珍しいこともあるものね。
「は、はい……こ、これ好きです……!」
え、儚さん?
あゆの部屋にいるの?
とりあえず……ノックしてもしも~し。
「あゆ~? 儚さんいるの~?」
「ああ、千佳姐さんも入って見てくれよ!」
見るって、何を?
とりあえず入ってみるか……。
失礼しま~す。
「なっ……!?」
そこには、とんでもない格好の儚さんがいた。
黒いチューブトップブラウスという、肩も臍も出した露出度がくそ高い格好だ。袖はついているが……いや、それにしたって。
私にはとても出来ない。この子らと同じ歳の頃でも出来ない格好だ。
スカートも短いし、なんだそのスカートの上の虫食いされたみたいな布は。お洒落なのかそれは。
「は、儚さんそれは……?」
「ア、アユさん……とってもお洒落……」
「そうそう、こいつ
「ファッションと書いて話ってルビ振るの初めて見たわ」
さっきまで危ない空気が流れてた二人なのに、この一瞬で仲良くなって……。
こういう瞬間を見るために教師になったところあるなぁ……って、この子らは私の生徒じゃないけど、なんで家で感動してるんだ私は。
「儚さんはそういうファッション好きなの……?」
「はい……! 黒くてカッコよくて可愛いです……!」
「そう……なのね……」
「千佳姐さんはファッション固いんだよ。だから男っ気ないんだよ」
「そういうあんたも男受け悪いファッションよ、それ」
「アタシは千佳姐さんと違って別にどうでもいいから、男とか」
こ、こいつぅ~……!
いや落ち着け新田千佳。相手は二十歳の小娘。私は27歳の大人だ堪えろ……!
アンガーマネジメント……6秒数えろ……。
1……2……3……4……5……。
「う……」
「どうした?」
「胸、ちょっと苦しい……」
ブチッ。
「なに儚さん当てつけかしら~?」
「あだだだだだだ!!!!!! もげ、もげるぅ!」
指が柔らかく沈んでいく……この感触が私の心を傷つける!
「千佳姐さん落ち着けって! そんなことしたってあんたの貧乳はもうどうにもならねぇんだよ!」
「んだとコラァ!!! あんたも大してでかくないだろうがぁ!」
「いだだだだだだだ!!!!!」
「あんたよりはあるわ! あんたは70ちょいで、アタシは82だ! 70と80! 70と80だぞ!」
「70、70連呼するな! 74よ!」
「ヴェェェェェ!!!!!!!」
「四捨五入したら70じゃねぇか!」
「胸、千切れ……!!! ヴェっ……」
あれ、なんか手触りが……。
餅というかスライムみたいな……。
「おい儚! しっかりしろ! 儚ァ!」
「え!? 儚さん一体なにが!?」
気を失った儚さんの口から儚さんっぽい何かが出ている!
身体も心なしか溶けてる!
溶けてる!?
「あんたがやったんだろ!」
「と、とりあえずベッドに!」
「ヴェェェ……」
あの強い儚さんがここまでダメージを負うなんて一体……。
にしてもどういう身体の作りしてるんだ……?
「……んん……」
「あ、千佳姐さん。儚起きた」
あ、よかった目が覚めて……。
身体も……ちゃんと固形ね、よし。
「大丈夫?」
「うぅ……な、何故か胸がとても痛みます……」
「儚、いま胸とかバストとかはあんまり口にするな。またやられるぞ」
「うっ……。何か恐ろしい記憶が……うぅっ……!」
「無理するな。思い出さなくていいんだ、怪人貧乳女にやられたことなんて忘れろ!」
「怪人貧乳女……!? た、大変です皆さんにも危害が及ぶ可能性が……!」
「え、なに? またやられたいの?」
まったく仲良くなりすぎじゃない?
歳が近いからというのもあるかもしれないけど、よほど波長があったのね……。
「まあともかく、儚さん。貴女について色々聞きたいから、私の部屋行きましょ」
「汚い部屋で話すんの?」
「か、片付けたわよ!」
「片付けたとして、アタシの部屋より綺麗か?」
……。
…………。
………………。
「マジかよ……。ま、話ぐらいならここでやれよ。アタシは気にしないし、儚のことは気に入った」
「いやでも儚さんが……」
「わ、私は大丈夫です……。チカさんも、アユさんも、信頼出来る人ですから……」
そういうことなら……。
「それじゃあ早速、まず一つ目の質問」
「は、はい……」
「貴女、こっちで暮らす家はあるの?」
「あ、ありません……」
……そんなことだろうと思った。
儚さんが気絶してる間に色々と考えてみたけれど、この予想はやはり当たった。
「え、じゃあお前どこで暮らしてんだよ」
「今日、こっちに来たばかりで……」
「いや来る前に物件とか探すだろ」
「ブッケン……?」
「……はあ、外に放り出すわけにもいかないわよねぇ」
そんなの駄目に決まってるだろとあゆが叫んだ。
なんだろう、捨て猫拾ってきてどうする?みたいな話になってきている。
いや、拾ってきたのは私なのだから、責任取るべきは私。
とはいえ、どこまで面倒を見れる。
しがない高校教師が、一人の少女の面倒まで見れるか?
いや、厳しすぎる。
「お金も持ってないでしょうし……」
「あ、お金ならあります……」
「え、本当? どのくらい?」
少し待ってくださいと、儚さんは畳んでいた黒いローブに手を突っ込むとローブの中をまさぐり……黒い巾着袋を取り出した。
巾着袋を開けて、中から出てきたのは……。
「に、二千円札が三枚と……」
「なんだこれ? 100円玉の偽物か?」
「……東京オリンピックの記念硬貨よ。この間のじゃなくて、昭和の……」
なんで、なんでこんなレア物しか入ってないのよこの財布は!
普通の硬貨が一切ない!
なんでよ!
「お、お父さんからもらったのがそれで……」
「なに? 儚さんのお父さんってコインコレクターか何か?」
「いえ、特にそういう趣味みたいなものは……。あ、でも倒した敵の首は集めてます……」
「物騒過ぎるでしょう!!! 戦国武将か何かお父さん!?」
やばいわこの子のお父さん。
儚さんのことちゃんと養育してたのかすら怪しい。
こんな少額しかお金を渡さずに、一人で東京に来させるなんて……。
「そもそも……儚さんはこの世界の人間?」
何言ってんだという、あゆの視線が痛い。
いやでもだ。
儚さんの世間離れっぷりと……今日出会った怪人、そして儚さんが変身した仮面ライダー。
仮面ライダーはテレビ番組だ。実在はしないもの。
それが今日、二度も目の前で。
「はい……。私は、戦士の墓場から来ました……」
「戦士の墓場?」
「善悪を問わず、勇敢に戦った戦士達が行き着く終着点……。私はその戦士の墓場の墓守として、戦っています……」
「だから、アナザーアギトとかサソードとか……」
蜘蛛男も魔進チェイサーも、戦って死んだ。
死者の力を使い、いや、お借りして戦う仮面ライダー。それが儚さん、ハカイブ……。
「私はお父さんから、武者修行して来いと言われてこの世界にやってきました……。お父さんも昔、この世界に来たというので、この世界を選びました……」
「ああ、そういえばお父さんが学校行けとか色々言ったのよね。お金のこととかから鑑みるにだいぶ昭和の時代だけど……。お父さん、何歳?」
「えーと……たしか、そろそろ200歳」
「長命なのねぇ」
「いやそこも驚けよ!!!」
あゆに言われて、自分の感覚が麻痺してることに気付いた。
たしかに人間の平均寿命が伸びているとはいえ、200歳は普通じゃないな。
「てかなんなんだよ、さっきから黙って聞いてれば」
「え、あー……。儚さん、仮面ライダーなのよ」
あゆが固まった。
まあ、無理もない。
「にしても武者修行だなんて、儚さん充分強いのに」
「強い……。ヴェヘヘ……」
照れてる……。
おだてられると駄目そうねこの子。
「あ……。で、でも武者修行は強くなるためじゃなくて……」
「うん?」
「コミュ力を養うための武者修行で……」
「そっち!?」
なんというか……あれだ。
英語は全然だけど海外で生活してれば自然と身に付くみたいな考え方してる……!
こういう場合、日本人は日本人とばっかりつるんで駄目なのよ本当。なんのための留学よってなるのよねぇ……。
って、話逸れた。
「そ、それにしてもこの世界で怪人と出会うとは思いませんでした……」
「あ、ああ……あの怪人達は?」
「あれは戦士の墓場で眠りについているはずの者達……。ですが、そんな戦士の魂を悪用しようとする者が……墓荒らしがいるのです」
「墓荒らし……」
「グレイダーという組織が最も大きな墓荒らし勢力です。奴等によって、多くの魂が持ち出されてしまいました……。だから、墓守は墓荒らしに対抗すべく力を……仮面ライダーを生み出したのです……」
暗いどこかの路地に、寂しげな男の咽び泣く声が響いていた。
「千佳さぁぁぁん……千佳さぁぁぁん……」
夕刻、ハカイブに敗れ、千佳からもうつき纏うなと言い渡された津木纒である。
そんな彼のもとに歩み寄る、黒い足音。
「あなた、なかなか才能あるわね。霊に憑かれる、ね」
その怪しげな人影は女で、スレンダーな体型は身長以上に背を高く見せて、長い黒髪と白衣を夜風に靡かせ、丈の短いタイトなスカートからすらりと伸びる足は黒いタイツで素肌を隠していた。
右手に二つの青い火の玉を浮かばせ、にたりと笑う顔を青く照らすと、虚ろな目をして千佳の名を呟き続ける津木纒に青い火の玉を……怪人の霊魂を注ぎ込み……。
「うぉぉぉぉぉ!!!!!」
「きゃーカッコいいー」
女は棒読みで、月下に生まれた怪人の誕生を祝福した。
怪人は頭のテンガロンハットの位置を直し、愛する女のもとへ走り出していった。
路地に取り残された女は手を振って怪人を見送る。そこへ、姿はないが女に語りかける謎の男の声が響く。
「順調そうだな、ドクターハカリ」
「首領……。ええ、墓守まで来ているのは想定外でしたが大した問題ではありませんわ」
「しかし既に貴重な魂を四つも失ってしまったぞ」
首領と呼ばれた者の声が厳しくなったのに女、ドクターハカリは気付いた。
その上で、余裕のある笑顔を浮かべた。
「あの墓守……ハカイブの実力を調べるため。必要経費ですわ」
「……では、今のもそうか?」
「もちろん、倒せるものを選んでいるつもりです。ですが、ハカイブは墓守の中でも多様な姿を持つ戦士。また、戦力調査に終わってしまうかもしれません」
「……まあ、良いだろう。君はこれまでの新人の中でも優秀な部類だ、甘く見よう。ただし、そう時間をかけずにあの墓守、仮面ライダーハカイブを倒すのだ。いいな!」
「かしこまりました。秤は、常にグレイダー首領に傾きますでしょう……」
風が揺らすドクターハカリの白衣。
月光が、その背に描かれた黒いツルハシとそれに絡み付く蛇を映し出していた。
儚さん問題(さっき名付けた)は私の頭だけでは解決しないと、今いる人達全員リビングに集合。
三人寄ればというやつだ、三人以上いるけど。
今いないのは夕方から居酒屋バイトに行っている優李だけだ。
莉緒に声かけた時は……。
「え? それって、私必要?」
とか言われたけど!
無理矢理引っ張ってきた。
念のため言っておくが、莉緒は悪意からこんなことを言ったわけではない。
自分が本当に必要な話?という意味と、料理にかける時間を減らされるのが嫌なのだ。
「そういうわけで、困ってます」
「それは大変ね~」
「そうなんだ」
望は相変わらずの間延びした声。
莉緒はどこか他人事のよう。
まあ、仕方ない。そもそも、私が持ち込んだものなのだから。
「とりあえず、大家に相談したら?」
「それが一番よね~」
「うん。千佳さん、大家さんと幼馴染みなんでしょ? だったら、助けてくれると思うけど」
「う~ん……」
それは、そう、なんだけど……。
「チ、チカさん……?」
「あいつに貸し作るのは嫌なのよ……」
「そうなの?」
「なんで~?」
だって、だって、だってだって!
あいつに貸し作ると私のこと着せ替え人形にしたりして遊ぶんだもの!
昔っから!
年々、なんか際どい衣装になってくるし!
……とは言えず。私のコスプレ写真ここの連中にばら蒔かれたりしたらマジ死ぬ。
「あ~コスプレさせられるんだっけ~」
「そうなのよ……。は? え、ちょっと望なんで知って……」
「これとか~」
「あぁぁぁぁ!!!!!!!」
な、なんで望のスマホに私の写真が!?
いやもうこんなことをした奴は分かっている。あいつめぇ……!
「なんの格好したの?」
「私が持ってるのはドライブの霧子の制服と~イズのコスプレ~」
「見せるな! 言うな!」
あの野郎……絶対にぶん殴ってやる。
マジで、絶対、確実に、1000%、この拳で、殴る。
バイト終わりの時間の道は人通りいないし、暗いしで女の子が歩くには危険過ぎるんだよねー。
暗がりから暴漢が出てきて、きゃーって感じで女性声優襲われるみたいなニュースになって……。
あ、でも私なんか声優の端くれの端くれの端くれのそのまた端くれみたいなのが襲われてもネットで、誰?としか言われないんだろうなー。病む。
「いや、そこは頑張って有名になんなきゃっしょ! 瀬尾優李ファイトー! いっぱーつ!」
よし、ブルーから脱け出せた。
しかしまあ怖いよなーこの道。マジでいつかなんか出そう。
「うおおおおお!!!!!!!」
「ひぃっ!? なに!?」
あ、明らかに暴漢の声が!
振り返ると、灰色メインのコウモリみたいな怪人が飛んできて……襲われる!?
「うおおおお!!!!!!」
「……あれ?」
咄嗟にしゃがんで、手で頭を覆ったけど、何も起きない。
それどころか、怪人の声はどんどん遠くなっていく。
え、今の明らかに襲われるシチュだったじゃん!
ライダーでよくあるやつだったじゃん!
「うおおおお!!!!! 千佳さぁぁぁぁん!!!!!」
「うえぇ!? あいつ、ストーカー男!? また別の怪人になってるなんで!?」
と、とにかく千佳さんに連絡を……!
また千佳さん狙いだし、あっちは結城荘の方角だし!
千佳さん千佳さん千佳さん……出ろ!
あ、出た!
「千佳さん! オルフェノクが!」
優李が啓太郎みたいになった。
「もしもし? なに? 555ごっこ?」
「違くて! ほんと、あのストーカー男また怪人になってそっち飛んでったから!」
「はあ!? ちょっとどういうこと!」
「私に言われてもー! とにかく気を付けて! 私も急いで帰るからー!」
いや、今帰ってくるのはまずいのでは!?
あーもう通話切れたし……くそ、なんでまたストーカー男が……。
「あ、あの……どうかしました……?」
「……ストーカー男がまた怪人になって、こっち向かってるって」
「え、えぇ……」
「ほんと、なんで日に3回も怪人に狙われるわけ! そのうち2回はストーカー男とか! 厄日にも程がある!」
まるで意味が分からない。
今日で私の日常も終わりか?
頭を抱えて絶望していると、隣の儚さんが立ち上がっていた。
「は、儚さん?」
「こっちに向かってるというなら、迎え撃つまでです……」
「おい儚!」
儚さんはローブを羽織り、リビングから飛び出していた。それを追って、あゆも。
……ほんと、仮面ライダーなんだなあの子。
怪人相手には果敢だ。その感じで、普通に人と接すればいいのに。
「ねえ千佳? 怪人がどうのって……」
「……望達も見に行く?」
「え?」
「仮面ライダー」
顔を見合わせる望と莉緒。
何のことやらといった感じだろう。というか、それが正しい反応だ。
とにかく、見てもらうのが一番手っ取り早い。
夜の闇を飛行する灰と褐色のコウモリを模した怪人は、その眼前に一人の黒と銀の少女が現れたのに……気付かなかった。
目に入らなかったというのが正しい。
今、怪人と化した津木纏の目に映るのは恋する女性、新田千佳ただ一人なのだから。
「……蝙蝠男と、バットオルフェノクですか……」
「儚!」
「あゆさんは、隠れていてください……」
「あ、ああ……」
静かな声であゆを従わせると、銀色の儚の瞳が、怪人を捉える。津木という男に取り憑く二つの魂を冷静に見据え、ローブの内側から黒いベルト『墓守ノベルト』を取り出し、細い腰に巻き付けた。
ベルトの右側に垂れ下がる細筆を手にし、黒い表紙に金の字でハカイブと書かれた折本『キセキレジスター』を開き、その中央ニ頁に字を書き連ねる。
「この姿で、お相手しますか……」
《ボディ 仮面ライダースカル》
少女の身体を、黒いスーツが身を包む。
全身に銀の、骨を思わせるラインが走り、夜の闇に浮かび上がる。
《アーマー アポロガイスト》
儚はキセキレジスターを蛇腹に閉じ、合掌。
瞳を閉じ、昂る二つの力を練り、交差させ、調和させていく。
「変身……」
閉じたキセキレジスターをバックルへ填め、屏風のように開くと、書き記された仮面ライダースカルとアポロガイストの文字が宙に浮かび上がった。
《仮面ライダースカル×アポロガイスト》
《街の涙を拭う骸骨男 非情なる太陽神 日輪骸装》
《仮面ライダーハカイブ パニッシャーマグナム》
儚の周囲に、風と炎が巻き起こる。
風が朱色のアーマーを乗せて、足先から徐々に上へと向かい纏われていく。
それに連なり立ち上っていく火柱が儚を覆うと、風が炎を消し去って仮面ライダーハカイブの新たなる姿を赤く照らした。
黒と銀のスーツの上に備わった炎のような赤いアーマー。赤い兜は炎の翼を思わせる装飾が施され、額にはクリスタルとその上を通るようにSの字が刻まれており、黒い複眼や面に施された黒い紋様は髑髏を思わせる目付きだ。
首には使いふるされ、擦りきれたようなマフラーが巻かれて、風に流れていた。
右手には専用武装である銃器『ガイストマグナム』が握られる。黒く武骨な飾り気のない銃だが、ニ連装の長い銃身が下部に折り畳まれている。
左手には日輪を思わせる盾『パニッシャーシールド』を構え、盾中央に彫られた髑髏が飛行するコウモリの怪人を睨み付けていた。
「ふん……」
ハカイブは右腕を静かに上げ、夜の静寂に銃声を響かせた。
「ぐわっ!?」
千佳のことしか頭になかった怪人はいきなり撃ち込まれた弾丸に直撃し墜落。よろめきながら立ち上がり、恋路を邪魔する存在をようやく視認した。
「なんだお前! 邪魔をするな!」
「私は仮面ライダーハカイブ……。貴方の恋路を邪魔する迷惑な存在です。そして、あなたは今から怪人……ストーカーコウモリと名付けてあげます」
「誰がストーカーだぁ!!!」
ハカイブの言葉に激昂したストーカーコウモリは二丁拳銃を取り出し発砲。何発も何発も連射するが、ハカイブのパニッシャーシールドの前には無力であった。
「き、効かない!? どうすれば!?」
「さあ……。自分に撃ち込まれる弾丸の数でも、数えていたらどうですか……」
「ぬぅぅ……盾など卑怯な!」
「……たしかに、主役の戦い方ではないかもしれません……。なので、盾は捨てましょう」
その言葉にストーカーコウモリは歓喜するが、ぬか喜びだ。
ハカイブは盾を投げ捨てた……ように見えた。捨てたのではなく、ストーカーコウモリに向けて投擲したのだ。日輪のような盾は高速回転し、ストーカーコウモリの身体を切り裂き、吹き飛ばす。
そこへ追撃と、ハカイブの銃撃がストーカーコウモリを襲う。
「終わりにしましょう……」
キセキレジスターを一度閉ざし、再度開く。
必殺のための、前準備である。
《日輪骸装! 日輪骸装!》
《パニッシャーマグナムブレイク!》
ガイストマグナムの折り畳まれていた銃身を起こし、ストックを引き出して伸ばし長銃形態へと変化させるハカイブ。ストーカーコウモリへと二口の銃口を向ける。
二連装の銃身から、それぞれ黒と赤のエネルギーが流れ出し、銃口の前に炎を纏った髑髏を形成していく。
「ふっ……」
引かれる銃爪は勝利の確信と共に。
炎の髑髏がその口を開きながらストーカーコウモリへと向けて放たれる。
「あっ……」
着弾と同時にストーカーコウモリは髑髏に噛み砕かれ爆発。
青い炎が朱のハカイブを照らすと、ハカイブは背を向けて立ち去るのであった……。
「お、おい儚……」
物陰から戦闘を見ていたあゆが儚に駆け寄り声をかけた。
まだ、目の前で起こったことを飲み込めていないようでいたが今の儚には関係なかった。
「アユさん……。帰ったら、珈琲を一杯ください……」
「あ、ああ……」
あゆが思わず、二つ返事で承諾してしまうほどの何かが、今の儚にあった。
「さんきゅー儚さん!」
「うわっ!? 千佳姐さん……望さん達も……いつからいたんだよ……」
「変身シーンのとこから、ずっと隠れて見てました~」
「あ、みんな~! 大丈夫だった~!?」
隠れて見ていたという千佳達、更には追いついた優李もやって来て結城荘の住人達が大集合。
儚にそれぞれ声をかけるも、儚はそのどれにも答えることはなく、口元だけ小さく笑い歩き去っていった。
「な、なんか……ハードボイルドね……」
「やっぱり仮面ライダーだから、カッコいいんだろうね」
「とりあえず、私達も帰りましょうか~」
望の言葉に全員賛同し、結城荘へ。
そして……。
「ほら、コーヒー」
「ありがとうございます……」
先程頼まれたコーヒーをあゆは儚へと差し出していた。
落ち着いた様子で、カップを手にしまずは薫りを楽しむ儚。どうやらコーヒーが好きなようだとあゆは儚の好物を記憶した。
そうして、儚はコーヒーに口をつけ……。
「ひぃん……にがい……」
あゆを含む儚の様子を見守っていた結城荘の住人達は、盛大にずっこけた。
あの、ハードボイルドさを感じた表情も一転し、いつもの弱々しい、自信なさげな顔となっていた。
そして、時間はもう深夜と言っても差し支えない。
結城荘に一泊した儚であったが、コーヒーのカフェインによって眠れない夜を過ごしたのであった。
仮面ライダーハカイブ パニッシャーマグナム
仮面ライダースカルとアポロガイストの魂を融合させ変身した姿。
専用武器『ガイストマグナム』は火力に優れ、遠距離から敵を圧倒。
ガイストマグナムは狙撃や必殺技を放つためライフルモードに変形する。
また、防御力は高く盾『パニッシャーシールド』による防御の他、仮面ライダースカルの力により変身時は身体が死んでいる状態となるため痛みに鈍感となり、生物であることを狙った攻撃(毒など)も無効。
変身後には、無性にコーヒーが飲みたくなる。
必殺技はガイストマグナムから炎の髑髏を放つアポロスカルショット。