儚……こっちの世界のお風呂好き……。
お湯がいっぱい、すぐに使えるの便利……。
髪洗うのは長いからちょっとめんどくさいけど……泡まみれ気持ちいい……。
リビング。
二階から降りてきた優李がひょっこりと顔を出し、テレビを見ていた千佳達に声をかけた。
「ねぇねぇ! 今お風呂誰が入ってる?」
「えー? 儚だったはず」
「ありがとー!」
優李はそれだけ尋ねるとパタパタと小走りで廊下を走って行った。
リビングでは千佳と望とあゆ、そして莉緒が顔を見合せて四人だけで納得していた。
「明日はあれね」
「あれだな」
「あれね~」
「あれだね」
風呂場。
身体ごしごし……。
泡まみれ……楽しい……。
ゆったりお風呂タイム好き……。
「イエーイ!!!!!! 儚ちゃん一緒にお風呂入ろーーー!!!!!」
ゆったり、とは……。
なんで、人がお風呂入ってるところに突撃できるの……?
これが、陽の力……!?
うっ……!
ま、眩しい……溶ける……!
「ぐあっ!?」
「え!? 儚ちゃん泡になってる!? いやマズイってお風呂でその死に方は!? 儚ちゃーん!!!」
なんとか助けてもらいました。
結城荘のお風呂は広いので二人で入るぐらいがちょうど良いとユウリさんは言いますが、狭いので正直やめてもらいたいです。
「いやーいい湯だね~」
「ユウリさんが入ってこなければもっといい湯でした……」
「なんか言ったー?」
「ひぃん……」
今の儚にユウリさんを拒否する権利はないみたい……。
「お、儚ちゃんの谷間のとこにあるのそれタトゥー!?」
「えと、ハカイブの紋章です……」
胸にある黒い十字架を逆さまにしたみたいなハカイブの紋章……。
剣のようにも見えるけど、その割には刃にあたる部分が波打ってるみたいになってるから多分違う……。
「あ~ライダーズクレストってやつ」
「なんですかそれ……」
「えーとね、仮面ライダーが持ってる……家紋的な……。それはまあいいや!」
いいんだ。
「にしてもさー。何もしなくても谷間出来てるもんね~。すご~い。わたしなんて上半身の肉を集めてようやくって感じだもん」
「は……(笑) それ谷間じゃないですよ。下水道の側溝ぐらいのもんじゃないですか」
「はーいいお湯だったー」
ホカホカとした優李がリビング前の廊下を歩いて自室に向かっていくのを見た千佳は訝しんだ。
あれ、儚は?と。
だがすぐにまあいいかと思考を切り替え、テレビのバラエティーに視線を戻す。
「それじゃあ私、お風呂いただこうかな」
「いってらー」
ソファに座り料理本を読んでいた莉緒が、本をぱたりと閉じてお風呂の準備を始める。
浴室に入り、浴槽の蓋を開ける。
「ゴポ……(ひぃん……)」
儚ちゃんがいた。
顔面がめりこんだ。
「儚ちゃん……」
「ゴポポ……(前が見えねえ……)」
「シュルトケスナー藻に浸かる橘さんの真似?」
「ゴポポ……(違います……)」
「というわけで殴られた上にお風呂に沈められました……」
「お風呂に沈められるをそのままの意味で聞くのは新鮮ね……」
救助され、リビングに集まるユウリさんとリオさん以外の人達に、お風呂で何が起こったのかを話す。
あの痛ましい暴行事件の真実を……お話します……。
それにしても……。
「どうして急に一緒にお風呂なんて……」
「ああ、それね。明日オーディションがあるのよ」
オーディション……?
オーディションって、なに……?
「そ、アニメかゲームか分かんないけど」
「オーディションの前の日になると緊張のせいか分からないけど、一人でお風呂入ったり寝れなくなっちゃうのよね~」
「最近はずっとアタシにくっついてたからな。これからは儚が担当だな」
「え、嫌です……」
「自分に正直過ぎんだろ」
「まあそう言わずに協力してあげて。優李はね……」
寝る支度を終えて二階に上がると、ユウリさんの今まで聞いたことのない声がしました。
誰かと、言い争ってるような……。
ユウリさんの声がする部屋を覗き見ると、スマホで電話しているユウリさんの姿が。
「だけん帰らんって言いよーじゃろ! まだ時間あるじゃろ! せからしかっ! 明日んオーディションやけん切る!」
あ、電話終わった……。
「あ、あの……」
「あ、儚ちゃん……。ごめんね、変なとこ見せちゃって」
「そ、それは良いんですけど……」
「うん?」
「どうして、儚の部屋にいるんですか……?」
それも、パジャマ姿で。
「まあまあ細かいことは気にせず。ささ、ベッドへどうぞ~」
「あの、儚のベッド……」
「違う世界に一人で来て寂しいよねお姉さんが添い寝してあげよう」
ああ、これがアユさん達が言ってたやつ……。
あたかも儚のためを装っているけど、その実はユウリさんが緊張を誤魔化したいだけ……。
はあ……。
部屋の電気を消す。
「おお! 素直にベッドに入ってくるなんて! また貧乳がどうのとか陽キャがどうのとか言ってくるかと思ったよ~!」
「……言ったら殴られるので」
「うん!」
うんじゃないが。
「儚ちゃん寝る時はそのローブかけて寝るんだ」
「これないとよく眠れなくて……」
「あー。ブランケット症候群的な?」
「ブラ……? ユウリさんには必要ないもの……」
「永遠の眠りに就かせてやろうか」
「ひぃん……」
やっぱりユウリさん暴力的……。
「……明日オーディションなんだ~」
「チカさん達から聞きました……」
「あ、そう? 明日もだし来週もだしオーディションいっぱいだよ~。特に来週のオーディションはね! 本当にやりたい役なんだ!」
「はあ……」
「ムシ娘ってソシャゲなんだけどね、グラントシロカブトちゃん……一目見た時からこの役やりたい! って思って……。友達の子ももう出ててね! いつか共演するんだーって夢、叶えたいんだ!」
正直、ユウリさんの言ってることの一割も儚は理解していない。
けれど、夢を語るユウリさんは暗い部屋の中でも輝いて見えた。
「あの、ユウリさん……」
「なぁに?」
「あの、チカさんから聞いたんですけど、23歳になるまでに名の有る役を出来ないと故郷に帰っちゃうって……」
「あー、うん。そうなんだー。さっきも親とそれで喧嘩しててさ~」
親と、喧嘩……。
「もうひどいんだよ? 23までってあと一年あるのに帰ってこい帰ってこいってさ~」
「あう……」
「絶対オーディション合格してギャフンって言わせてやるんだ。親は田舎で公務員やれって言うけど……私は声優になりたい。お芝居したい。同期で仲良かった子はもう売れ始めてる。負けたくない」
「……セーユーさん、すごく狭い門だってチカさん言ってました。けど、ユウリさんならきっと大丈夫です」
「儚ちゃん……」
「だって、ユウリさんは胸がないので狭いとこもスルッて入っていけますから!」
次の瞬間、目を開けたら朝になっていた。
うう……おでこ、痛い……。
墓荒らし集団グレイダー本部。
すらりとした長身に白衣が似合うドクターハカリ、漆黒と表すに相応しいマットな質感のスーツを纏った幹部のクロフトがモニターを見つめていた。
モニターに映るは、玉座に居座るグレイダーの首領。
顔は影となって見えないが、その声の深さから壮齢であることが伺える。
「────では、完成したのだな」
「はい。グレイダーの叡智の結晶……トゥームグレイダーバックルです」
ドクターハカリがアタッシュケースを開き、首領に見せたもの。
トゥームグレイダーバックル。
黒いバックルの中央でハンマーとピッケルが交差しており、その裏側には何かを嵌め込めるような窪みがあった。
また、トゥームグレイダーバックルの隣には灰色の箱状のものが二つ。
そのうちの一つをドクターハカリは手に取り、トゥームグレイダーバックルについて説明を始める。
「トゥームグレイダーバックルとこちら……まだ何の怪人の魂も入っていないのでブランクトゥームとでも呼びましょうか。これがあれば、怪人の魂の力をより効率的かつ安全に利用可能となっております。従来の魂を直接、憑依させる方法に比べると約1.5倍の出力向上。憑依者へのバックファイアは70%の軽減となりました」
「素晴らしい。これはまた大きなビジネスチャンスになる」
首領はトゥームグレイダーバックルの誕生を心から喜び、祝福していた。
大きなビジネスチャンス。
グレイダーの再興にも繋がるであろう新アイテムの開発成功は、組織内でも既に噂され活気づいていた。
ドクターハカリの隣で聞いていたクロフトも微笑み、頷いていた。
「ありがとうございます。……しかし、トゥームグレイダーバックルはまだ改良の余地があります。更なる性能向上のため……首領がお持ちである、
ドクターハカリの言葉に、クロフトの表情が一変した。
「ハカリ。言葉を慎め」
冷たい眼差しでドクターハカリを見つめるクロフト。
それを首領が諌めた。
「クロフト……まあ良い。ドクターハカリ、トゥームグレイダーバックルの改良に努めようとする君の思いは理解する。だが、あの二つの魂は我々の最後の切り札。おいそれと使わせるわけにはいかぬ」
「はっ……」
首領は決して声を荒げることはせず、ドクターハカリに諭すように言葉を発していた。
「他に性能向上のため、協力出来ることがあれば何でも言ってくれたまえ。それに、改良にはまず現状のデータ収集が最優先だろう」
「仰るとおりです。既に実戦配備用にロールアウトした二基をクロフト様がヒラリーに手渡しています」
「ヒラリー本人がトゥームグレイダーバックルのテスターに立候補しましたので」
「そうか……。ドクターハカリ、ヒラリーと将来有望な若手がいてくれてとても喜ばしい。戦果に期待している」
画面は暗転。首領への報告が終わるとクロフトはネクタイを緩めながらドクターハカリへと聞かせるように独り言を呟いた。
「首領も丸くなったもんだ。かつての首領なら、あれ貸せなんて言った奴はその場で始末してたぜ」
「まあ怖い。でも、今のお優しい首領が私は大好きですよ」
「まったく……。女だから優しくしてんのかコンプライアンスに気を付けてるのか……」
「時代ですよ~」
「時代かぁ……」
ぼやきながら煙草を咥えるクロフトであったが、ドクターハカリが煙草をクロフトの口から取り上げた。
当然抗議するクロフトであったが……。
「ここ、というか全館禁煙になったんですよ~。知らなかったんですか~?」
「嘘だろ!? じゃあ喫煙所とか出来たのか!?」
「ありませんよ~」
「なんでだよ!?」
「だってクロフト部長ぐらいしか喫煙者いないですし」
「え、マジ?」
「時代ですね~」
「時代、怖ぁ……」
クロフトは腕を擦りながら、ニコニコとした笑顔を浮かべるドクターハカリと共に役員室を後にするのであった。
オーディションの会場は似たり寄ったり。
なんとなく、見覚えのある同年代ぐらいの子達が大勢集まる。けど、今日は久しぶりの出会いがあった。
「優李!」
「萌~! あはっ久しぶり~!」
今は大手の事務所に所属して、駆け出しながらも既に人気アイドルゲームに出演したり、何本か来期のアニメにも出演が決まっている。
クールな歌声が魅力的で、動画サイトのチャンネル登録者も順調に伸びてる。
わたしと違って、売れっ子。
事務所も押し出している、期待の新星。
それに比べたら、わたしは……。
「優李……?」
「あ、ごめんごめん! お互い頑張ろうね! 負けないゼ!」
「うん……!」
配られた台本を演じる。大丈夫、いつも通りにやれば大丈夫。
────本当に、いつも通りにやればそれでいいの?
マイナスな考えが過る。
────いつも通りにやって上手くいってないじゃん。
やめよう、そんな考えは。
今はもうオーディション本番間近なんだから、今の自分の全力を出し切るだけ。
チャンスはもう今年一年だけなんだから。
────そう、今年一年だけ。もう、一年しかないんだよ。
うるさい。
────パパとママも心配してるよ。
分かってる。
分かってるんだ、そんなこと。
でも、やっぱり夢を諦めたくは……。
「次の方どうぞ」
次、私だ……。
「────」
あれ、声が……。
最近の怪人騒動。やっぱり墓荒らしがこの世界にいることは確定的に明らか……!
というわけで、儚、墓荒らし探す……。
とは、言ったものの……手がかり/Zero。
キョロキョロしてたら人とぶつかったりして……。
「おい前見て歩け!」
「ひぃん……ごめんなさい……」
とてもとてもお家に帰りたい……。
お布団に包まれたい……。
けど、儚めげない……!
墓守としての使命を全うする……!
そう決意を固めていたところ。
「あれ、ユウリさん……?」
歩いているユウリさんを見つけた。
けど、なんだかユウリさんへこんでる……。
ユウリさん、オーディション駄目だったのかな……。門が狭すぎて貧乳ユウリさんでも通り抜けられなかったのかな……。
と、とりあえず元気づけてあげないと……!
「ユウリさん……!」
儚の声を聞いて、ユウリさんがこっちを向いた。
すると、声をあげずに泣き出した。
な、泣いちゃった……!
どうしよう、さっきお家にはまだ帰らないぞと決意したばっかりなのに……。
とはいえ一大事に変わりはない。
現れない墓荒らしと目の前で泣いてるユウリさん。どっちを優先すべきかは確定的に明らか……!
結城荘の一員として……!
「声が出なくなったぁ!?」
リビングに結城荘メンバー6人が集結。
驚くチカさん。
頷くユウリさん。
ユウリさんはスケッチブックに文字を書いて、筆談形式で話していた。
なんでも、オーディション中に声が突然出なくなってしまったとか。
病院にいっても原因は分からなかったとのこと。
「まさかこんなヤクザ脚本みたいなことが起きるなんて……」
「こうなってくると、いつ私達も歩けなくなったり目が見えなくなったりするか分からないわね~」
そんなこと言ってる場合だろうか。
「莉緒、あんたも気を付けなさいよ。突然味が分からなくなったりするかもよ」
「それは困るな……。味覚以外だったらいいんだけど」
味覚以外ならいいのか。
いや、よくはないだろ。
「あゆ、あんたは金メッシュがなくなってただの黒髪になるわよ」
「なんでだよ」
「化粧も薄くなっちゃって幸薄そうなすっぴん顔晒すことになるかも~」
「なんでアタシだけ見た目に関することなんだよ」
「じゃあ私と儚ちゃんはおっぱいが無くなるかも~」
「今すぐ消滅させたろか」
「困りますおっぱいが消えちゃうのは……。貧乳にはなりたくない……貧乳と一緒にされたくない……。」
……チラリ。
だ、駄目だ……。
ボケのラッシュ、貧乳ネタでもユウリさんのツッコミが、声が出ないなんて……!
「あ、あの……他に方法とかないんでしょうか……。治す……」
「大体の問題は時間が解決するものだけど~」
「それって、どれぐらいかかるんですか……?」
「分からない。恐らく、優李の心の問題。時間が解決するっていうのは、納得するってことだから。何年もかかるかもしれない」
「そんな……! ユウリさん、来週すごくやりたい役のオーディションがあるって……! すぐに治してあげられないんですか……!」
「とはいえ、医者でも専門家でもないからなぁ私達。……優李。荒療治になっても声を取り戻したい?」
チカさんがそう訊ねると、ユウリさんは力強く頷きました。
希望が見えたからだろうか、目に輝きも戻っている。
それを見たチカさんはスマホを取り出し、耳に当てる。
誰かに電話をかけているようだ
「あ、もしもしサン? ちょっと日曜車貸して。さんきゅー。……というわけで、行くわよ」
どこへ?とユウリさん。
「いつもの場所よ!」
いつもの場所?
あー、あそこ~と皆さんは分かっている様子。
ず、ずるい……!
皆さんだけ分かる場所なんて……!
小江仁萌が暗い顔で街を歩いていた。
養成所の同期であり、友人でもある優李がオーディション中に声が出せなくなるところを目撃していた彼女は大きなショックを受けていた。
いつか共演しよう。
そう約束していた優李。
23歳までに結果が出せなければ声優をやめなければいけないという事情も知っていた。
あと一年しかない。
そんな時に、こんなことが起こってしまっては夢を叶えることは絶望的ではないかと。
養成所時代、萌にとって優李は憧れであった。
人見知りをするタイプである萌は友人を作れずにいたが、優李が声をかけて仲良くなっていったのだ。
明るく、誰とでも仲良くなれるムードメーカー。
萌にとって、優李はアイドル。
そのため、なかなか優李が売れないという現状が萌にとっては理解出来ず。
どうして、優李の魅力を誰も分からないのだろうと。
街の中、萌は一人そんな不満に没頭していた。
「そこのお姉さん。ちょっとお話よろしいですか~?」
突然、声をかけられ足が止まる。
お姉さんというのは確かに萌のことらしかった。
スーツ姿の長身の若い男が、萌に笑顔を浮かべて挨拶をした。が、萌は無視して足早に歩き立ち去った。
ビジネスマンというには、あまりにも雰囲気が違った。
髪はホワイトアッシュで、少し長め。
細身で、色白。
ホストのような出で立ち。ナンパか何かと思い黙ってその場を後にしたのだ。
しかし、男はついてくる。
しつこく、しつこく。
「ねぇねぇ、お姉さん~」
「ついてこないでください! 警察呼びますよ!」
「えーそんなこと言わないでよ~。それに……呼べるかな?」
「え……あれ……?」
スマホは何故か圏外となっていた。
なにより、萌自身気付かぬ間に人通りのない路地に来てしまっていたようで、周囲には誰もいない。
咄嗟に助けを求めたくとも、不可能であった。
男は笑顔のまま萌に近付き、萌を壁際に追い込むと萌の足の間に膝を割り込ませほとんど密着。
男はあくまでも笑顔のまま、萌の顔を覗き込みながら灰色のUSBメモリのようなもの……ブランクトゥームを萌の右手に二つ持たせた。
「ひっ……!」
「さ~て、何が出るかな何が出るかなテレレテンテンテレレテンっと、キタコレキタコレ」
上空からブランクトゥームに向かって飛来する青い炎のようなエネルギー体。二体の怪人の魂が、それぞれブランクトゥームへと吸い込まれていく。
「ハカリちゃんがこの街にぶちまけてきたやつが来たね~来た来た」
ブランクトゥームに文字が刻み込まれる。
クジラ男。
バットドーパント。
「いいね、いいね~。それじゃ、これつけてね~」
男はジャケットの内側からトゥームグレイダーバックルを取り出し、萌の下腹部にあてるとベルトが巻き付く。
すると、バックルから電流が走り萌の体の自由を奪った。
「なにを、する気……」
「ん~? なんだろね~?」
笑顔で答え、もう密着する必要はないと男は一歩下がると、バックル中央で交差するハンマーとピッケルを指で弾いて開放。
クジラ男トゥームとバットドーパントトゥームをバックルに挿し込み、バックル右横のグリップに備わるトリガーを引いた。
すると、倒れていたハンマーとピッケルが勢いよく起き上がり、トゥームを叩く。
《クジラ男》
《バットドーパント》
「
男はニコニコとした笑顔から一転、細めた瞳を鋭く開き邪悪な笑みを浮かべて発した言葉。
憑装。
怪人の魂を人間に纏わせる呪いである。
「うああああ!!!!!!」
萌の姿が異形へと変わる。
白い体。
左腕はコウモリの飛膜となっているが、右腕は肥大化しクジラの頭となっていた。
バットドーパントに似た顔は悲痛な叫びを上げ続けているかのように口は大きく開いたまま。
「あぁ……あぁ……! ユウリ……! ユウリ!」
「いってらっしゃーい」
飛び立つ異形を笑顔で見送る男。
小さくなっていくその影を見送ると、ピアスのついた長い舌で唇を一舐めり。
男の名はヒラリー。
グレイダーの幹部候補である。
日曜日。
い つ も の 場 所 。
「いつもの場所だと、さいたまスーパーアリーナとごっちゃにならない~?」
「地の文につっこむんじゃない」
早朝から車に乗って数時間。
戦士の墓場にもこんな場所がある……。
採石場って、言うらしいけど……ここで何をするんだろう……。
チカさんは赤ジャージ。
ノゾミさんは青ジャージ。
リオさんは緑ジャージ。
アユさんは黄色ジャージ。
ユウリさんは桃色ジャージ。
儚は……いつもの格好。
ひぃん……仲間外れ……。
とにかく、皆さん動きやすい格好となっている。
『なにするの?』
スケッチブックに書いて訊ねるユウリさん。
儚にも伝えられてないから、知りたい。
「声の出し方を思い出させてやんのよ」
「えっと、どうやってですか……?」
「声、コミュニケーションのために発達したものよ。特にその中でも重要とされるのが……悲鳴。自分の窮地を仲間に伝えるためにね」
ユウリさんと二人で首を傾げる。
正直、まだ全然何にも分かってない。
「それじゃあすいませーん! お願いしまーす!」
チカさんが遠くに向かって叫ぶ。
なんか、知らない人がいる。
何かの機械を弄って……。
ドカーン!!!!!!!
突然、爆発が起きた。
え? え?
「それじゃあ今からスカイライダーの特訓風鬼ごっこを始めま~す」
ノゾミさんが言ったことは儚には分からなかったけれど、ユウリさんには何か分かった様子。
なんだか、すごく、青ざめている。
「合法的に優李をしばけるってわけだ」
「なんだかこういうの楽しいね」
「それじゃあ儚は私が合図するまで待機ね」
「は、はい……」
ユウリさん以外の4人はどこから取り出したのかハリセンを手にしていた。
ユウリさんは言葉は出せずとも、何が言いたいのかは伝わってくる。
待って、待ってと唇は動き、後退っていた。
「それじゃあスタート~」
ノゾミさんの合図で再び爆発が。
同時にユウリさんは逃げ出し、チカさん達が追いかけていく。
「こら待て優李ぃ!!!!
いやぁぁぁ!!!!!
なんでこんなことに!!!!!
教師とは思えないよ!
ヤクザだよ千佳さん!
「この間のプリンの落とし前つけやがれ!!!!!」
ぎゃあぁぁぁぁ!!!!!!
それは本当にごめんなさいぃ!!!!!
あゆの頭見てたらプリン食べたくなったんだよぉ!!!!
「優李ちゃ~ん。この間、私のブラで遊んでたでしょ~」
望さんごめんなさい!
でっか~とか思ってましたごめんなさい!
あと付けてみたりしました!!!!
ブラの内側の無の空間を見つめて虚無ってましたごめんなさい!
「優李ちゃん」
……いや、なんもないんかい!!!!
たしかに莉緒さんに対しては何もやましいことはありません!!!!
これからもよろしくお願いします!
あ、おかずから茄子は抜いてくれると嬉しいです!
「ふー! ふー!」
「儚ステイッステイッ。まだだッまだだッ!」
うわぁ!
さっきまで一緒に首を傾げてたはずの儚ちゃんが何故か興奮状態に!?
殴ったから!?
殴ったことの怨みを晴らそうとしてる!?
「今だ! ゴーゴーゴー!」
「わぁッ!」
ぎゃあ来たぁ!?
待ってめっちゃ速い!
誰よりも速い!!!
ばり速い!
なんかわたあめみたいな棒振り回してこっち来てる!?
殴られても痛くないようにかなあれ!?
「シィッ!!!」
ぎゃあっ!?
間一髪避けたけど……!
い、岩が砕け散ったぁ!!!
あんなわたあめみたいななので!?
ヤバい、あんなの食らったらわたし死んじゃう!
木っ端微塵になって死んじゃう!
「ユウリさん声出せぇ!!!!!」
ひぃぃぃぃ!!!!!!
助けてぇぇぇ!!!!!
殺されるぅぅ!!!!!
「ユウリ……!」
えっ、今の声は萌……?
えっ!?
「なっ!? 魂融合怪人!」
突然、飛んできた怪人がわたしを抱えて飛んでいる。
でも、今の声は……まさか、萌なの……?
「ユウリ……! ユウリ!」
萌、どうしちゃったの!?
あ……駄目だ、声が出せないから萌に何も伝えられない!
どうすれば……どうすれば……!
てか高っ!?
まって高いところ苦手なんだってば!
あ、あ、あ、あ……!
「誰か助けてぇぇぇぇぇ!!!!!!!」
「今の声、ユウリさん……!」
「儚!」
「はい!」
ユウリさんが声を出せるようなったのを祝うのは後!
助けてからだ!
ローブから取り出した墓守ノベルトを巻き付け、キセキレジスターに書き込む。
この距離は狙撃するしかない。
《ボディ 仮面ライダースカル》
《アーマー アポロガイスト》
拝み────。
「変身!」
《仮面ライダースカル×アポロガイスト》
《街の涙拭う骸骨男 非情なる太陽神 日輪骸装》
《仮面ライダーハカイブ パニッシャーマグナム》
変身後、即座にガイストマグナムの折り畳まれた銃身を起こしライフルモードへ。
狙いを定める、が。
コウモリの飛び方は忙しない。パタパタパタパタと飛ぶものだから、狙いが定めにくい。
それでも!
「当てます……。すぅ……」
息を止める。
パニッシャーマグナムは仮面ライダースカルの能力によって、変身と同時に死体となっている。
ゆえに、呼吸を止めても問題はない。
呼吸が止まれば、身体の微細な動きも止まる。
まるで、機械のように。引き金を、引くだけ。
銃声。
一発の弾丸が風を切り、音を越え、怪人の背に直撃する。
「ぐわぁっ!?」
「えっ!? 待って離さないでよ!? うわぁぁぁぁ!!!!!」
落下してくる怪人とユウリさん。
怪人はいいとして、ユウリさんがあの高さから落ちたら死ぬな……。
それにしても、良い悲鳴を上げる。ふへへ。
「おいこら儚助けろコラァ!!!」
「ひぃん……! も、もちろん助けます!」
《仮面ライダーハカイブ マシンヤイバー》
「クロックアップ……」
世界はスローモーションに。
頑張って走ってユウリさんの落下地点まで。
しかし、このまま受け止めるのでは衝撃でユウリさんがヤバイ。
《仮面ライダーハカイブ アサルトゴシック》
アサルトゴシックへとフォームチェンジ。
右手の先から蜘蛛の糸で巣を作り、ユウリさんを優しくキャッチ。
「うへぇ……ネバネバ気持ち悪い……」
「蜘蛛の糸なもので……」
蜘蛛の糸が絡み付いたユウリさんを起こして、立ち上がらせる。
「ユウリさん、声出て良かったです……」
「うん……。あ、あのね儚ちゃん。あの怪人わたしの友達なの。だから、その、倒すにしても優しく……お願い?」
「……善処します」
そう返事をしていると、怪人が儚達の前に立ちはだかりました。
「お前……ユウリを殺そうとしていた!」
「えっ、あっ、いやっ……」
数分前。
「今だ! ゴーゴーゴー!」
「わぁッ!」
ぎゃあ来たぁ!?
待ってめっちゃ速い!
誰よりも速い!!!
ばり速い!
なんかわたあめみたいな棒振り回してこっち来てる!?
殴られても痛くないようにかなあれ!?
「シィッ!!!」
ぎゃあっ!?
間一髪避けたけど……!
い、岩が砕け散ったぁ!!!
あんなわたあめみたいななので!?
ヤバい、あんなの食らったらわたし死んじゃう!
木っ端微塵になって死んじゃう!
「ユウリさん声出せぇ!!!!!」
ひぃぃぃぃ!!!!!!
助けてぇぇぇ!!!!!
殺されるぅぅ!!!!!
「言い逃れ出来ません……」
「せめて殺意だけでも否定して!!! それより萌! 怪人になっちゃって苦しいかもしれないけど今助けるからね! 儚ちゃんが!」
「頼まれたので、優しく戦ってあげます……。そしてあなたの戒名は……クジラコウモリです」
「もっとカッコいい名前がいい!!!」
そんな我が儘を言いながら、クジラコウモリがクジラの腕で殴りかかってくる。
優しく……優しく戦う……。
避ける、避ける、避ける……殴……るのは優しくない……?
優しく戦う……難しい……。
「ハァッ!」
クジラコウモリが口から放った音波が、えっと、たしかショベルカー……だったっけ……? に当たる。
すると、ショベルカーが一人でに動き出して儚に襲いかかってくる。
「チッ……」
「儚ちゃん……!」
二対一。
ショベルカーには、優しくしなくてもいいよね……?
いや、逆にあれを使えるかも……。
「トウッ……」
ショベルカーの攻撃を掻い潜り、ジャンプ。ショベルカーの上に飛び乗り、右手でショベルカーに触れる。
すると、赤黒い蜘蛛の巣の刻印が刻まれて……よし。
「なにっ!?」
「にへへ……ショベルカー寝取った……」
ショベルカーはこれで儚のもの……。
どれだけ機械を操れても、これが可能と分かれば問題なし……。
恐るるに足りない……。
ショベルカーさんは休んでてもらって、あとはこいつ倒すだけ……!
「くっ……。いや、あれは……ハァッ!」
「今度は何を……」
「ふっ……!」
「儚ちゃん避けて!」
そう突然言われましても。急に足下が爆発するなんて、避けられません……。
「くぅ……!」
「儚ちゃん!」
「ユウリを襲った奴! 倒す!」
巨大なクジラの腕が胸に直撃。
勢いづいて、次々と攻撃を繰り出される。なんとか距離を開けることが出来ても、爆発の仕掛けがあるところに誘導されてしまって……脱け出せない……!
優しく戦う……難しい……!
「優李! 大丈夫!?」
儚ちゃんの戦いを見守る中、千佳さん達がわたしの元まで来てくれた。
「わたしは……でも、儚ちゃんが……」
「強いね、あいつ」
「儚ちゃんが苦戦するなんて……」
「くそ、儚……」
爆発に巻き込まれて、殴られて、蹴られて……。
どうしよう、優しく戦ってなんてわたしが言ったから……。
「儚ぁ! なにぬるい戦い方してんの! ちゃんと戦いなさい! ……ほら、あんた達も応援しなさいよ」
「いや、千佳姐それ応援っていうか」
「部活のコーチみたい~」
「うぐっ」
「ふふ、職業病だね」
みんな……。
「すぅ……儚ちゃんがんばれー!」
「おお、流石声優」
「ヒーローショー見てる子供の演技~?」
「素だよ!?」
人のこと子供扱いして……!
そんなことよりも儚ちゃん……萌のことを助けてあげて……!
攻撃……していいのか。
いや、しなきゃ勝てない。
でも、優しくって……無理……。
ん、あれは……。そうだ!
「倒れろ!」
「ぐっ……!」
クジラの口から放たれた音波が直撃。後退った先が斜面となっていた。
砂利と共に転げ落ちていく。
それを、上からクジラコウモリが見下ろしていた。
今だ……!
「いい気味だ……なっ!?」
突然、自身も滑り落ちていくことになりクジラコウモリは驚いているだろう。
わざわざ儚を見下ろすからこうなる。
手から放った糸をクジラコウモリの足首に巻き付けて、道連れ……!
今のうちに、必殺技の準備!
キセキレジスターを一度閉ざして、開く!
《怪奇強襲! 怪奇強襲! アサルトゴシックブレイク!》
「すぅ……」
転げ落ちてきたクジラコウモリ。
こちらは既に、準備万端!
右足に溜まったエネルギーをひしひしと感じる。
「とうっ……はあぁぁぁッ!」
よろけるクジラコウモリ目掛けて、キック。
キックと同時に蜘蛛の糸を放つ。
本来ならば、これは相手を拘束するためのもの。けど、今は……。
儚の右足に、巻き付ける!
そして、アサルトゴシックキックがクジラコウモリの胸を蹴り飛ばす。
着地し、クジラコウモリの方を向く。
「うぁぁぁ……」
クジラコウモリ爆発。
すぐに、取り憑かれた人のもとへ。
火から遠ざけて……。
よかった、無事そう……!
「あれ、なんだろこれ……」
優李さんのお友達はベルトを巻いていた。
墓守ノベルトとも違う。見たことないやつ。
しかし、それは瞬きした瞬間に消え去っていた。
「あれ……!? 一体、どこに……!」
「どうも~」
「ッ!? 誰、ですか……!?」
そいつも、魂融合怪人。
巨大な曲がりくねった灰色の二本角を備えた、龍のような顔。両腕にも龍のような意匠が見られる。
右手には巨大な龍の牙を双刃とした得物を握り、左手にはさっきのベルトのバックルを手にしていた。
さながら、龍人といった姿か。
灰、緑、赤で彩られた龍の戦士。
それに、こいつも同じベルトをしている。
そこらにいる奴等とは違う。
強い、こいつ。
「僕はヒラリー。グレイダーの幹部候補だよ、よろしくハカイブちゃん」
「……そのベルトはなんですか」
「うーん。今はうちの新商品としか言えないな~。それじゃ、今日は挨拶だけね! 次は殺す~」
さらりと、物騒なことを言ってのける。
けど、その言葉が嘘ではないことは分かった。
軽いけど、本当だ……!
立ち去ろうとしたヒラリーと名乗る龍人だったが、そうだそうだと何かを思い出した様子で再度こちらを向いた。
「そうそう、もしも知り合いかなんかだったらさ~インフェルニティに次は必ず殺すって伝えといて~。この前まであいつにやられた傷治してたんだよね~」
「お、お父さんに……!」
「え、お父さん? インフェルニティが? 紅薔薇帝が? インフェルニティの娘がハカイブなんて、おかしいでしょ。……ちなみに、君の名前は?」
「……儚・インフェルニティ・ブツダンブッカ・ソナエモン・ハカイブ」
「……はっ。そりゃ随分と大層な名前だな~。面白い女の子は好きだよ。それじゃ、今度こそばいばーい」
手を振ると、姿が消えるヒラリー。
透明化? いや、高速移動だ。
龍人のような姿となると、あれは……。
「儚ちゃん!」
「ユウリさん……うわっ」
抱き付かれて、ちょっとだけよろけたけれどユウリさんは軽いので無問題。
「ごめんねぇ! わたしが優しく倒せなんて我が儘言っちゃったから苦戦したよねぇ!」
「あ、その……にへへ……儚、ちゃんと優しく戦いました……!」
「えぇ!?」
「蜘蛛の糸を足に巻き付けて、キック当たる時に……ぽふって、なるようにしました……!」
「ライダーキックがぽふって、なるか?」
「すっごい爆発してたけどね~」
「うわぁん! もう言い付け守るなんて良い子かよぉ! よしよし!」
わっ……髪ぐしゃぐしゃしないで……。
……考えることは多いけど、とりあえず今はユウリさんの声が戻ったことを喜ぶ……!
「そういえば、帰りその子乗せていかなきゃだよね? あの車、6人乗りだけど……」
「あっ、だったら儚、ショーリョーマッ乗っていきます……」
「あー、ごめんね儚」
「いえ、このあたり走るの、気持ち良さそうなので……!」
「バイクか……アタシも免許取ろうかな……」
ユウリさんのお友達を車まで運ぶために担いでいると、あゆさんもライダーになりたそうにしていて、儚ちょっと興奮……!
「あ、せっかくここまで来たので観光したいで~す」
「明日仕事だからダメ!」
「じゃあ~千佳抜きで~」
「誰が運転するのよ! くっそペーパードライバー共め……」
「あ! 今日のお礼に奢るのでご飯だけでもどっかで食べようよ!」
「言うて栃木だぞ」
「宇都宮近いっちゃ近いけど遠ざかることになるからねぇ」
そんなことを口々に話しながら、帰宅の準備。
みんなでお家に帰ろう……!
そんな彼女達を見つめる者がいた。
バツ字の仮面の、もう一人の墓守が……。