あの合コンから数日後。
結城荘はいつも通りの花のない日常を送っていた。
時刻は10時過ぎ。
あくびをし、後頭部を搔きながらあゆが二階から降りてリビングに現れた。
「あ~……頭いてぇ……飲まされ過ぎた……」
昨晩、千佳と望の晩酌に付き合わされたあゆは二日酔いになっていた。
「あゆちゃんおはよ~」
「ああ……」
なんで自分より呑んでた望さんはけろっとしているんだ。そんなことを思いながらあゆはソファに倒れ込むようにして寝転んだ。
「二日酔いには蜆、お茶に梅干し、ラムネがいいわよ~」
「うあ……今なんも食える気がしない……」
寝返りをうち、腕で顔を覆ったあゆがそう返事すると、あゆはあることに気付いて望に訊ねた。
「そういえば儚は?」
千佳と優李、莉緒は仕事でいないのは分かるが、儚の姿が見えなかった。
「儚ちゃんはね~講習会があるとかで自分の世界に帰ったわよ~」
「講習会……?」
「うん~。年に一回はあるんだって~。仮面ライダーも大変ね~」
「めんどくさそ……」
講習会なるものが楽しかった記憶など微塵もないあゆはそう吐き捨てると、二日酔いでダウンし再び眠りに就くのであった……。
戦士の墓場。
一級認定墓守士講習会会場。
はぁ……今年もこの時期が来てしまった……。
家に帰ったけど、お父さんには会えなかったし……。
「おい、なんだあの怪しいやつ」
「ああ……ハカイブだよ」
「あれが今の……?」
「あんなんが本当にハカイブなのか?」
ひぃん……みんな見てくるからやっぱり講習会嫌い……。
いつもは寝て過ごすからいいけど今日の講師は……。
「フードは取る!」
「ひぃん……!?」
がばっと視野が明るく、そして広くなる。
こ、この声は……!
「お久しぶりですね、ミス・ハカイブ」
「お、お久しぶりです……ソナエモン先生……」
きりっと鋭い目付き。右目に片眼鏡をしたブロンドヘアにソナエモン家の白を基調とした装束。
タイトなスカート……。お尻おっきい……。
ソナエモン先生が今日の講師……。
うう……怖いから苦手……。
これ分かる人~って質問、儚によく当てるし……。
「おいおい見ろよあんなんがハカイブだってよ」
「頼りね~」
……ひぃん。
「ミス・ハカイブ。最近の活躍は私の耳にも入っています。頑張っていますね」
「は、はい……」
「その調子で引き続きお願いします。……他の皆さんも、これぐらい頑張ってもらいたいものですが。さて、それでは講習会を始めたいと思います」
……怖いけど、不思議な人でもある。
儚を見つけると、必ず儚に話しかけてくる……。
あ、あとでソナちゃんのこと聞こう……。
「それでは、本日最初の講習内容は怪人の魂に取り憑かれてしまった人へのアフターケアについてです」
アフター……ケア……。
「憑依されてしまった人間には負荷がかかります。肉体面もそうですが、精神に影響を及ぼすことにも留意しなければなりません。アフターケアを行ってこそ、一流の墓守と言えるでしょう」
ア、アフターケア……!
儚、アフターケア全然やってない……!?
昼下がりの結城荘。
「あら儚ちゃん帰ってきたの~? おかえ……」
「いってきます!」
望に告げ、猛スピードで廊下を駆け抜けていく儚。外からはショーリョーマッの嘶きとエンジン音が聞こえ、遠くなっていく。
「いってらっしゃ~い」
ぼうとそんな光景を見ていた望は誰に聞かれるわけでもないが、そう言って儚を見送った。
すると、ソファで寝ていたあゆが目覚め、不機嫌そうに声を発した。
「……なんだよ、今の頭に響く声は……」
「珍しくアクティブな儚ちゃん~」
「槍でも降んじゃねーの……?」
まだ二日酔いの抜けないあゆは再びダウンし、ソファに沈んだ。
小テスト中。
あー、楽だわー。
授業全部小テストにしたいわー。
でも、やることなくて暇なのよね。ちょっと見回るフリでもするか。
まさかとは思うけどカンニングなんてしてる奴はいないわよね……。
「ん?」
窓の外を見下ろした時だった。
体育の授業中のクラス。ではなく、別のものを見つけていた。
校庭の隅の方、物陰に隠れながら移動する見慣れた真っ黒い人影。
「なんでいるのよ……!」
思わず声が出て、生徒達の視線が集まる。
小テスト中にごめんね!
それにしても、また変なことになると困る。
ここはあれの対処が優先だ!
「ちょーっと先生抜けるけど、真面目にやっててね。終わった人はテストの裏に英単語書けるだけ書いときなさい! 加点してあげるから。それじゃ! シュッ!」
あーもう本当に何してるのよ儚は……!
小走りで校舎を走り、校庭へ向かう。
職員用玄関から外に出て、なんとなく私も目立たないようにこそっと走り……いた!
桜の木の後ろに隠れて……。私も見つからないように……。
「こーらっ!」
「ひいっ!」
「な~にやってんのよ。また不審者扱いされたいわけ?」
「ひぃん……アフターケア……」
アフターケア?
なにそれ急に。
大体なんのアフターケアよ。
「あの、前に取り憑かれちゃった人……」
「うん? ああ、原先生のこと?」
コクリと頷く儚。
なんでまた急に気にして……。
「まあ? あれ以来、なんか大人しくなったというか……憑き物が取れたというかって感じだけど」
前みたいなネチネチとした感じもなくなって、人間性が改善されたようで大分接しやすい。
あれもやっぱり怪人になって倒されたからなのか。
「多分気にしなくていいと思うわよ?」
「そう、ですか……」
「ええ、だから安心して。安心して、家に帰る。OK?」
ビシッと結城荘の方角……かは兎も角、指を差して帰宅を促す。
「あう……」
「ほら、ハリーハリー」
肩を落とし、しょぼんといった風でありながら地面を軽く蹴っただけでフェンスを飛び越え学校の敷地外へ。
とぼとぼと歩いていく黒くて小さな背を見つめながら、オリンピックに出したら金メダルを全て獲得するんじゃないだろうか。なんてことを考える。
にしても……。
「アフターケア、ねぇ……」
なんだか、空回りそうな予感がするけれど……。
ま、その時はこっちがアフターケアすればいいか。
そう言い聞かせるも、一抹の不安が胸中に。
あんまり不安がっても仕方ないと、私も教室に戻るのだった。
ひぃん……。誰のアフターケアも出来ない……。
あのプロデューサーとかいう男は見つけられなかったし……。ユウリさんのお友達はなんか普通に元気らしいし……。
必要ないならそれでいいかもしれないけど……。
「はあ……。まっすぐ結城荘に帰ろ……」
とぼとぼ……とぼとぼ……。
「はあ……俺なんて死んだ方がいいんだ……」
とぼとぼ……とぼとぼ……。
「なんか今、ヤバいこと言ってる人いなかった……?」
数歩引き返すと、公園のベンチの上で体育座りしているストーカー男がいた。
「どうせ俺なんか……」
「あっ、そろそろバグれ刑事の再放送の時間……!」
「待って! 俺を置いていかないで!」
ちっ、逃げられなかった……。
「なんですか、こんなところで……」
「頼むよハカ……なんだっけ……」
「儚です」
「墓場女! 俺を見捨てないでくれ!」
「儚です。……それで、死ぬんじゃなかったんですか? あ、死ぬのを手伝ってあげればいいんですね。分かりました」
「待って話を聞いて!? ていうか君、仮面ライダーだよね!? 主役だよね!? 物騒過ぎるぞ!?」
ストーカーの話なんて聞く価値……はっ。
アフターケア……。
うう……ストーカーも怪人に……それも3回も……。
一番アフターケアすべき存在かも……。
うう、嫌だ……。
でも、儚はお父さんみたいな一流の墓守を目指してるから、頑張る……!
「はあ……仕方ありません。儚が聞いてあげます」
「本当か!? ありがとう! 本当にありがとう墓場女!」
ストーカーに感謝されてもあんまり嬉しくないな。
「はあ、それであの店もクビになり絶賛無職のロクデナシの最低最悪のストーカーになってしまったと」
「そこまでは言ってないぞ。あとストーカーじゃない。今の俺はただの無職……。これも全部怪人になっちまったせいだ……。こんな俺じゃ、千佳さんにあわせる顔が……」
元々ないだろそんな顔。
そう言ってやりたいけれど、言ったらまた怪人の魂に取り憑かれてしまいそうなのでグッと堪える。
儚えらい。
「こんなんじゃ、俺はずっと何かある度に怪人になっちまうんだ……。だからもう死んでしまった方がいいんじゃないかって思って……」
「……」
このストーカー、津木纏はいわゆる霊媒体質というもの……。
元々霊に憑かれてしまいやすいのが、墓荒らしが撒いたと思われる怪人の魂の絶好の憑依先になってしまって……。
こればっかりはどうしようもない……。
体質だから。
「はあ……死ぬ前に、せめて一度は女の子とデートでもしてみたかったなぁ……」
「……分かりました。デートしてあげます」
「そうだよな……こんな俺とデートしてくれる女の子なんて……ええ!?」
仕方がありません。
いくらストーカーとはいえ、死なすわけにはいきません。
怪人に憑依されたことで苦しむ人を救うのが、一流の墓守……。
「それでは、デートしましょう」
「あれ乗ろうぜあれ! やっぱり遊園地来たらジェットコースターだよな!」
「一人で楽しんできて、どうぞ」
「デートなのにそりゃないだろ!?」
うう……人が多い……。
でも、さっき見たら閉園まであと一時間……。
テキトーに切り上げよう……。
「儚はここで座ってますから、楽しんできてください」
テキトーにネットサーフィンしようぜ……。
「なにその育児放棄してる親みたいな感じ! 全然デートっぽくねぇよ!」
チッ……。
構ってやらなきゃ駄目か……。
「まったく……あなたみたいな非モテが儚という超絶美少女と行動を共に出来るだけで感謝してもらいたいぐらいなのに……」
「自分で超絶美少女とか言える自信はどこから来るんだよそれ。頼むから分けてくれよその自信」
儚が超絶美少女なのは常識。
お父さんも言ってた。
だから当然のことを当然のように話すのです……。
けど、そうだアフターケアだから……優しく……優しく……したくないなぁ……。
「おい! そこのお前!」
突然の怒声に振り向くと、お巡りさんが二人こっちに向かって歩いてきた。
お巡りさんは儚の横を通りすぎ、ストーカー男の両腕を掴んで……。
「お、おい! なんだよ!」
「いいから来い!」
「ちょっと待って! おい! 警察手帳見せろ! 罪状は!? 俺は元警官だぞ! おかしいぞこんなの!」
「ストーカー……あなた、何をしたんですか……」
「何もしてないって!」
「来い!」
れ、連行されていった……。
いや、けどこれでよかったのかもしれない……。
檻の中で反省すればきっと、これ以上おかしなことはしないはず……。
さて、チケット代がもったいないので遊んで帰ろ……。
連行された津木纏は遊園地の外に停められていたパトカーに押し込まれた。
両隣を連行してきた警官二人が挟み、逃がさないようにしている。
「なんなんだよ! 俺は何もしてないぞ!」
「んーそうだねー。ま、これからしてもらうんだけどね、色々」
助手席に座っていた若い男がそう言うと、振り向いて津木纏に笑顔を見せた。
男は、グレイダーの幹部候補ヒラリー。
「な、なんだお前……警察じゃないな!」
「正解~。警察じゃなくて、墓荒らしでーす。よろしくね」
「は、墓荒らし……?」
「そ、というわけで」
《トゥームグレイダーバックル》
「ん!?」
ヒラリーはトゥームグレイダーバックルを起動させると津木纏の下腹部に押し付ける。
ベルトが巻かれると、既にセットされていたブランクトゥームに文字が浮かび上がっていく。
トゥームに刻まれた文字を見て、ヒラリーの顔は人の良さそうな笑みから狡猾な笑みに変わった。
「流石だねー。やっぱり霊媒体質ってのはいいね~。この調子でトゥームをバンバン作っていきたいところだけどまずは……」
ヒラリーの瞳が開く。
捕食者のごとき瞳が見つめるのは……。
ふう……ジェットコースター……。楽しそうだなぁって思ってたけど、こっちの人間基準なものだから儚的にはそこまでだったな……。
でも、おかげでいい勉強になった……!
儚、戦士の墓場に遊園地作る……!
「やあごめんごめん。一人で遊ばせちゃって」
「あ、ストーカー……。だ、脱獄ですか……!?」
「違う違う。人違いだったみたいだよ。困るなー本当に。お詫びの印にこれをあげよう」
手渡された一輪の薔薇。
ストーカーから渡されたというのはあれだけど、薔薇は綺麗だし、薔薇に罪はないので受け取っておこう。
薔薇もストーカーの手より儚の手にある方が嬉しいだろうし。
それにしても、いい匂い……。
……あれ?
なんだか、このストーカー、さっきとなんだか様子が……。
「どうしたんだい?」
「なんか、儚……」
うう……身体が熱くて、世界がぐるぐる……。
ばたん、きゅー。
「ただいまー」
「おかえりなさーい。あれ、千佳さんも儚ちゃんと一緒じゃないかー」
優李が出迎えてくれながら、そんなことを言った。
「え、儚帰ってきてないの?」
「うん。なんか、昼過ぎに出てったきり帰ってこないんだって。電話も出ないって」
「学校に来たけど……。帰らせたし……。アフターケアがどうのとかって」
「あ、それわたしも電話で聞かれた」
……あの時の不安が的中してしまったか?
でも、儚は強いから大丈夫だとは思うけど……。
ひとまず部屋に荷物置いて、近くを探し歩いてみるか。
未成年があんまり夜に出歩くものじゃない。
最悪、警察にも……。
「ただいまです……!」
噂をすれば……!
「儚あんたこんな時間までどこ……げえっ!? ストーカー男!?」
「な、なんで儚ちゃんと一緒に!?」
やたらトレンディな白いスーツを着て、胸ポケットに薔薇なんか差して……。
「やあ、こんばんは。今日は皆さんにご挨拶に伺いました」
「はあ? どういうことよ」
訊ねると、やたら幸せそうな満面の笑みで儚が衝撃発言をした。
「にへへ……儚、この人と結婚します……!」
というわけで、結城荘緊急会議である。
リビングで津木纏と儚が並び、千佳達五人が向かい合って座っていた。
「儚ちゃん……本当に結婚するの……?」
「にへへ……はい……。纏さんがいないと、儚もうダメ……」
「儚! なに言ってんだ! コイツは千佳姐のストーカーなんだぞ!」
「それは過去の話……纏さんは罪を償って心を入れ替えた好青年なんです……!」
「おかしいよ儚ちゃん! 何かされたんじゃないの!?」
「そんな何かなんて……ただ恋に落ちただけ……にへへ……」
「儚ちゃん……お腹空いておかしくなっちゃったの? 夕飯食べる?」
「纏さんへの愛でお腹も心も満たされてます……」
すーっかり、儚はストーカー男に夢中になってしまったようだ。
でも、一体どうして?
どうすればそんなことになる?
優李が言ったとおり、儚はこいつに何かされたんだ。
なんせ、三回も怪人になった男よ。きっと四回目よこれは。
怪人の力で、儚を操ったか何かと考えればこの状況に説明がつく……!
「千佳、どう思う?」
「どうもこうもないでしょ、絶対にあいつが何かしてる」
隣の望とこそこそと話す。
まずはあいつに取り憑いた怪人の正体を探らないと……。
既に一体は見当がついている。
トレンディドラマみたいな白スーツに薔薇、洗脳と来ればエグゼイドに出てきたあいつ。
ラヴリカに違いない。
もう一体は分からないけれど、ともかくこの状況はラヴリカの能力によるそれだろう。
だとすると、厄介だ。
ラヴリカの能力によるものだとして、洗脳を解くには儚をときめかせないといけない……!
でもどうやってときめかせればいいのよ……!
「……さて、こうしてご挨拶に伺ったわけだ。手土産を渡さないとね。……薔薇手裏剣!」
おもむろに立ち上がった津木纏の白スーツの袖から四つの薔薇の形をした手裏剣……そのまんまじゃない!
薔薇手裏剣が私以外の四人に刺さって……!?
「きゃ~! 纏さん好き~!」
「纏さん大好き~!」
「ア、アタシも……!」
なんて、こと……!
薔薇手裏剣ってことは、えーと、たしか……バラランガ!
多分、ラヴリカとバラランガに取り憑かれている!
「はっはっはっ! これが今の僕の力さ。誰の心だって意のままさ!」
「料理……!」
莉緒は一人、台所へと向かっていってしまった。
「莉緒だけおかしなことになってるけど」
「えっ、なんで……。まあいい。なんで僕がこんなことをしているか分かるかい千佳さん?」
「分かりたくもないわよ! みんなを元に戻しなさい!」
「いいでしょう」
「えっ、本当!?」
「ただしその代わり! 千佳さんは僕と結ばれる。それが条件だ!」
くっ……なんて、卑劣な……。
そこまでして私に執着するなんて、本当にこいつ……!
「彼女達は僕の言うことなら何でも聞くよ。自殺しろと命じれば自殺する!」
「やめなさい! あんた、自分がなにしてるか分かってるの!?」
「そんなこと言っても無駄だよ。さあ、どうするんだい? 嫌と言ったら、一人ずつ……」
……すう……。
ひとまず、落ち着け。
みんなを人質に取られているんだから……。儚もやられて、私がどうにかするしかないんだから……。
「……分かったわ。結婚でも何でもしてやるから皆を解放して」
「ふっ……」
「だけど、いい? よく聞きなさい。心まではあんたには渡さないし、屈しないから」
「なんだと……!」
「どうせつまらないプライドで私のことを洗脳しなかったんでしょうけど。心まで欲しいなら洗脳したら?」
絶対に、絶対に。
何があってもこんな卑劣な奴に私なんかを渡してなるものか。
「馬鹿にしやがって!」
薔薇手裏剣が投げられる。
どうしよう。
あんな風に言ったけど、洗脳とかされたくない……!
そう思った瞬間だった。
リビングの窓ガラスを割り、カーテンを突き破って何かが薔薇手裏剣を貫きテーブルに突き刺さった。
薔薇手裏剣を貫いた物。それもまた、薔薇であった。
「また、薔薇……?」
だけど、なんだろう。
津木纏のよりも、綺麗だと思える……。
そんな風に薔薇に見惚れていたら、いきなり部屋中が赤い光に覆われてものすごい衝撃に結城荘が揺れた。
あたかも、庭に隕石でも落ちたような……。
「……ここか、結城荘というのは」
若い、男の声だった。
砕けた壁を気にせず、煙と逆光の中から現れた青年。
「あ、お父さん……!」
儚がその青年を指してお父さんと呼んだ。
それに戸惑ったのだ。
なんせ、見た目が若すぎる。
二十代前半にしか見えない。
すらりと背が高く、手足も長い。
少し長めで、癖のある金色の髪は獅子の鬣を思わせる。
白磁のような肌に、薔薇と同じ紅に染まった涼しげな瞳が目を引く。
漫画とかで見るような、異世界の軍人のような出で立ちで、黒い外套の下、紅の軍服の胸には褒章だろうか、たくさん輝いている。
背中には大きい、というより長い布の包みを背負っていた。
オタク風に言わせてもらうと、CLA○P作品から出てきた?と言いたくなるような美丈夫……!
それにしても、お父さん?
儚のお父さん?
そういえばと思い出す。
年齢は200歳ぐらい。
趣味は倒した敵の首を集めること。
や、ヤバいことになるんじゃ……!?
「久しいな、儚。……あなたは、結城荘の者か?」
「あ……はい、そうです……。新田千佳といいます……」
なんだか畏まった物言いになってしまった。
いや、これは緊張するって……。
ただ、儚のお父さんは私の名前を聞くと、小さく微笑んだようであった。
「そうか、あなたが……。儚からの手紙で、知っている。娘を世話してくれて感謝している」
「いえいえ、そんな……。こちらこそいつも助けていただいて……」
「……なにいい感じに喋ってるんだ! 俺のことを忘れるなぁ!」
しまった、つい津木纏を忘れてしまった。
「なんなんだお前は!?」
「あ、纏さん……。儚、さっき結婚するってお父さんに連絡したから……」
それですっ飛んで来たのか……!
そりゃそうだ。娘が結婚するとなったら父親は気が気ではないだろう。
それも、別の世界に行かせた娘がそこで結婚するともなれば。
「くそ! 邪魔すんじゃねぇ!!!」
《バラランガ》
《ラヴリカバグスター》
ヤッバ怪人態になった……!
にしてもなんだそのガイアメモリみたいなやつとベルトは!
そして、読み通りラヴリカとバラランガの組み合わせだったみたいだ。
薔薇のブーケを持つ薔薇みたいな姿の怪人……薔薇が薔薇を差し出そうとしてるなんて、なんていうか共食いじゃないけど……うん、変。
「儚が結婚するというから慌てて来てみれば、こんな奴に娘はやれん」
「俺だっていらねえよ!」
「なんだと」
突風が吹いた。
目を瞑り、風が止んでから目を開けると津木纏と儚のお父さんは消えていた。
だが、すぐ外で戦っているような音がするので、慌てて追いかけた。
「纏さ~ん!」
「わたしも一緒だよ~!」
お前らも来るんかい!
ツッコミはさておき、儚のお父さんは津木纏怪人態と生身で戦って、圧倒していた。
だけど……!
「俺の娘は世界一可愛いというのに、いらないとはなんだ」
「ぎっ……!」
津木纏の顔面にパンチが直撃。だけど、MISS!という表示が。
「効かないんだよ、そんな攻撃!」
「きゃー! 纏さんカッコいい~!」
「がんばれ纏さん!」
「がんばれー!」
「纏さん、お父さんやっつけちゃえ……!」
「儚……!」
儚のお父さんに精神的ダメージが!?
くそ、ラヴリカの能力は厄介だ。普通の攻撃は普通には効かないから……!
「あの、お父さん! あいつには普通の攻撃が効かないから! 儚達をときめかせないと駄目なんです!」
「ときめかせる……?」
津木纏の攻撃を回避し、飛び退いて私の隣に儚のお父さんが着地した。
「ときめかせるというのは、その……」
「儚達をキュンとさせればいいんです!」
「……すまない。私はそういうのは苦手なんだ……口下手で……」
その顔で!?
いっぱい女を口説き落としてそうなのに!
それに、腰が低いぞ思ったよりも!
「いいからキュンとさせて! じゃないと儚、あいつのもののままよ!」
「……承知した。ああ、あと」
「なに?」
「グランだ。グラン・ノヴァ・インフェルニティ。それが、私の名だ」
グラン……。
「さて、振り向かせるか……」
「はっ! やってみろ色男!」
「────儚」
あっ、めっっっちゃいい声……。
パパより優しいテノール的な……。
「はうっ……」
「儚、お父さんと結婚するんじゃなかったのか?」
それ絶対小さい時の約束でしょう。
「すりゅ……!」
「なにぃ!? ぐわっ!?」
儚の洗脳が解けたため、津木纏にダメージが入った!
洗脳が解けた影響か、儚は気を失ってしまったようだ。
「洗脳解けた!」
「ふう……慣れないことはするものじゃないな……。すまない、千佳女史」
慣れない呼び方をされて、反応が一瞬遅れた。
「あ、はい……」
「他の三人の名前はなんだろうか」
「そか……あっちのが望で、ちっこいのが優李で、化粧濃いのが、あゆです」
「承知した、ありがとう。……望、優李、あゆ。すまないが、儚と共にいてやってくれないか」
これは……!
娘を思いやる父の優しさ!
分かる!
同級生の優しくてかっこいいお父さんに女子は惚れがち……!
「「「は、はいっ!」」」
堕としたッ!
「ぐわっ!?」
これで取り巻きはゼロ!
あ、いや莉緒が洗脳されたままだけどこいつには靡いてないからよし!
これで攻撃が通るはず!
「────さて、どちらが薔薇の似合う男か決めようか」
背負っている包みを塀に立て掛けると、グランさんに儚と同じ墓守ノベルトが巻かれた。
紅い表紙のキセキレジスターは宙に浮き、開帳。
キセキレジスターに、グランさんは書き込んでいく……。
なにで変身するのかな……(オタクの好奇心)
《ボディ ローズオルフェノク》
《アーマー 仮面ライダーダークキバ》
「変身」
《ローズオルフェノク×仮面ライダーダークキバ》
《王宮の薔薇 宵闇のエンペラー》
《薔薇皇帝!》
《仮面ライダーインフェルニティ ダークネスローズ》
……は!
好きな作品の好きな怪人とライダーの組み合わせで息するの忘れてた!
赤い薔薇がどこからともなく降り注いできた。
その中央に、彼は立つ。
白いスーツは薔薇のトゲが身体の各所に生えていて、その白いスーツの上からゴシックな真紅の鎧が纏われる。
仮面には薔薇のような王冠があり、蝙蝠のような緑色の複眼と合わせると薔薇そのもののよう。
黒いマントを翻し、優雅に佇んでいた。
「お前も操ってやる! 薔薇手裏剣!」
「ふっ……」
津木纏が放った薔薇手裏剣をインフェルニティは避ける素振りがない。
当たればあいつの意のままになってしまうというのに。
薔薇手裏剣はインフェルニティに突き刺さ、らない!
彼は赤い薔薇となって姿を消した。
そして、津木纏の目の前にインフェルニティは現れる。
鋭い拳が顔面を穿つ。MISS!にはならない。あいつに通常攻撃を無効化する能力はもうない!
そして薔薇降るこの場はいま、彼の独壇場だ。
津木纏に成す術はなく、インフェルニティの鋭く重い一撃が確実に、そしてクリティカルにヒットしていく。
「お前に名を与える。お前は……バラバラ男だ!」
……あ、儚のネーミングセンスはお父さん譲りみたい。
《薔薇皇帝! 薔薇皇帝! ダークネスローズブレイク!》
インフェルニティは一輪の薔薇を手にし、ダーツのようにバラバラ男に向かって投げつける。
薔薇はバラバラ男の胸に突き刺さると、紋章となってバラバラ男を拘束。
薔薇に包まれた牙のような紋章。
そして、紅い夜が来る。
「はぁぁぁ……」
腰を深く落とし、眼前で腕を交差させるインフェルニティ。地面を蹴り、深紅の月に向かい飛び立つ。
月を背に、薔薇の嵐と共にインフェルニティのライダーキックが迫る。
薔薇の花弁がバラバラ男に襲いかかる中、インフェルニティは薔薇の棘のように鋭い牙が備わる両足を突き出し、拘束されたバラバラ男に直撃!
バク宙で着地したインフェルニティの紅い鎧を、爆炎が照らす。
「ふっ……上々だな」
インフェルニティはキセキレジスターを手に取ると、津木纏から分離したと思われる二つの魂を吸い込み回収。津木纏から外れたベルトのバックルが吹き飛び、インフェルニティは余裕気にキャッチする。
変身が解除されると、バックルを外套の内ポケットにしまい、グランさんは最優先で気を失っている儚のもとへと向かった。
「儚」
「う……ん……。あ、れ、お父さん……?」
「ああ、お父さんだぞ」
まだ少し朦朧としている様子だが、儚は立ち上がる。
すると、徐々に意識が鮮明になってきたようだが、同時に顔が青ざめていって……下水に向かって吐いた。
おい主人公。
「……はっ! おえぇ……! さ、最悪な記憶が……儚は……おぇぇ……」
ああ……記憶が残ってるのね……。
可哀想に……。
「大丈夫だ。儚はお父さんが取り戻したぞ」
「お父さん……」
……儚と話す時は、とても穏やかな顔をしている。
それに、一人称がお父さんになってる。
ほんと、仲良し親子なのね……。
「……あれ、なんで私酔っ払ってないのに外で寝てるの~?」
「あれ……? ここは……?」
「二日酔いより気持ちが悪い……」
あ、操られてた三人も目を覚ました。
「大丈夫? あんたら津木纏に操られて……」
「……うあっ!? 言わないで! 思い出したくもない……」
「うああああ!!!!! 洗脳なんて最悪だよ~!」
「あいつ……ぶっ殺してやる!」
まあ、そりゃそうなるか。
人の心を弄んだのだ、それぐらいの殺意を向けられても仕方ない……。
「待ってほしい」
あゆが津木纏を殴りに行こうとすると、グランさんがそれを制止した。
「んだよ!」
「彼の処遇は私に任せてほしい」
グランさんはそう言って、倒れる津木纏のもとに歩み寄っていった。
その時、私の横を通り過ぎていって……。
「儚に手を出した報い……」
とか言ってたわよ!?
むしろグランさんのが殺意高くない!?
一応止めた方がいいのではと、グランさんの後ろをついていく。
グランさんが津木纏の近くへ行くと、津木纏もちょうど目を覚ましたようで、グランさんを見て怯えていた。
「ひっ……なんだよ! 殺す気か!」
「……」
グランさんは黙ったまま、視線を津木纏に合わせるため膝をついた。
「……執着は身を滅ぼす。何かを得ようとすることは間違ったことではないが、どれだけ努力しようと得られぬ物もこの世には存在する」
「……どうせ諦めが肝心とか言うんだろ!」
「そうだな……だが、そう諦められないのが人だろう。だからこそ、他のもの達を追いかけてみてはどうだろうか。貴殿の手は、貴殿が思っている以上に大きく、多くのものを手にすることが出来るものだ」
優しく微笑みながら、グランさんはそう諭すように話す。
説法のようだ。
その空気にあてられてか、津木纏も黙って聞き入っていた。
「彼女だけを手に入れようとするのは勿体ないことだと、私は思う。だからもっと、多くのものを追いかけてほしい。そして、様々なものを手にしてほしいというのが、私の願いだ」
「グラン様……」
……あれ?
おい、なんか様子がおかしいぞ。
なんだそのメスの顔は。おい。
まさか、惚れたのか!?
ときめきクライシスしたのか!?
「も、申し訳ございませんでしたぁぁぁ!!!!!」
「己を省みることが出来るのは美徳だ。そんな貴殿であればこれからは、より多くのものを得られるだろう」
立ち上がり、津木纏に背を向けたグランさんは今度は私に用があるようだった。
「千佳女史。あれを倒す術の助言、感謝している」
「い、いえそんな……! ただのオタク知識と言いますか……ふへへ……」
「貴女の切った啖呵。とても強い心の持ち主だと見受けた」
わ、私の切った啖呵……?
あ。
「だけど、いい? よく聞きなさい。心まではあんたには渡さないし、屈しないから」
これかぁ……。
「き、聞こえてたんですか!?」
「こちらの世界の人類より、耳は良くてな。……貴女のような人が、儚と出会ってくれて私も嬉しい。これからも儚のこと、見守っていただけないだろうか」
「あ……はい。その、しっかり監督させていただきます……」
ま、任されちゃった……。
改めてそう言う風に言われると、緊張するな……。
などと思っていると、サイレンの音が近付いてきて……。
「消防と警察……。まさか、家!?」
ああ……そういえば壁が粉砕して……。
《ウェポン オーディンタイムベント》
え?
家の壁が修復されていってる……!
オーディン大好き!
初めてオーディンのこと好きになれたわ。
「すまない……儚が結婚すると聞いていたので焦って破壊してしまった……」
「あ、いや……。直していただいたので大丈夫です。それより、警察から色々聞かれるとまずいので、グランさんは隠れた方が……」
「そうか……。では、私はこの世界を去ろう。儚」
呼ばれた儚は駆け寄るとグランさんの顔を見上げる。
身長差エグい。
「また近いうちにこちらには来るが……体調には気を付けるんだぞ」
「はい!」
おお、珍しくハキハキとした儚。
「それから、今回のような洗脳してくる敵も多いから油断するな」
「あう……ご、ごめんなさい……」
あ、いつもの弱々儚になった。
でも、グランさん微笑んでる。
「怒っているわけではない。だが、洗脳されるとお父さんも傷付くからな……」
ああ……お父さんやっつけろって言われたの相当堪えたんだな……。
「一緒に暮らしてる人達と仲良く暮らすんだぞ」
「うん……!」
「一人で大変だろうけれど、お父さんは常に儚の味方だぞ」
「うん……!」
「早寝早起き、ちゃんと三食残さず食べるんだぞ」
「うん……!」
「家に帰ってきたら手洗いうがいを……」
「あの! 心配だったら今晩泊まっていきます!?」
つっこんでしまった。
いや、なんというかまだ娘と別れたくないんだなっていうのをひしひしと感じてしまって。
「すまない……つい長居をしてしまった。それではな、また近いうちに様子を見に来る」
「うん、じゃあねお父さん」
「ああ。千佳女史も皆さんもよろしく頼む」
「グランさん今日はありがとうございました……!」
私がお礼をすると、グランさんは微笑みで返した。
塀に立て掛けていた包みを再び背負い、グランさんは銀色のオーロラの向こう側へと行ってしまった。
……。
「千佳~どうしたの~?」
「へっ!? な、なによ望……。なにニヤついてんのよ!」
「ふ~~~ん?」
「だから何よ!」
「また来るって、良かったわね~」
「? チカさんもお父さんと会うの楽しみですか!」
「ああもう! ほら! 警察と消防になんて言うか口裏合わせるわよ!」
何を言い出すかと思えばこいつらは……!
ああもう頭は切り替え!
まったくストーカーのせいで面倒なことに……!
全ての説明を終えて、ようやく家の中へ。
すると、なにやらダイニングに料理が大量に並んでいた。
「あ……みんな。ごめん、なんかいつの間にか作りすぎちゃって。夕飯の後だけど、食べて」
「そういえば莉緒。あんただけ変な洗脳のかかり方してたものね……。にしても作り過ぎでしょ」
「は、儚……まだご飯食べてないし、さっき胃の中の物出したのでいけます……!」
「私達も胃の中空っぽにしたから大丈夫よ~」
「あんた達も吐いたの!?」
吐かれるほど嫌がられるとは……流石に少し同情するかもしれない。津木纏に。
まあ自業自得だけど。
これに懲りて、今度こそストーカーから足を洗ってほしいわね~。
「こら儚。つまみ食いしようとしない」
「ひぃん……! 莉緒さんの料理の誘惑が……」
「さっき家に帰ってきたら手洗いうがいってお父さんに言われたでしょう!」
「料理は逃げないから大丈夫だよ儚ちゃん」
というわけで莉緒以外の五人で手を洗いに。
まったくもう……気分はすっかり母親である。
こんな大きな娘を持つような歳じゃないっての。