夜の海岸線を走るスズカさん

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海岸線を駆ける

 夏合宿も終わりが近い。

 10人ぐらいの人数で合宿所の一部屋を共有し、共同生活を送る。度々“お前はマイペースだ”と言われる私――サイレンススズカだけど、確かに私はマイペースだと感じる場面が多かった、気がする。走りたいように走れないことにやきもきしたり、早朝から走って、朝ごはんの配膳当番をすっぽかしたり。色々、私のマイペースが人に迷惑をかけたと思う。

 でも、エアグルーヴや、アグネスタキオンさんにジャングルポケットさん、マンハッタンカフェさんが、こんな私を気にかけてくれた。

 私も、歩み寄る、という当たり前を、私があまり目を向けていなかったことを、少しでも頑張ってみて、得られたものがあったと確信している。みんなで協力して何かをするのは、とても楽しくて、いつか後ろを振り返った時、歩いてきた道を華やかに彩ってくれるもの。背中を押してくれるものなのだ。

 楽しい日々だった。

 

 「……」

 

 でも、心残りはまだある。さざなみの音を聴いていると、それは一層高まっていく感じがする。

 満点の星空に彩られる海上。潮の匂い。汗が滲み出るような熱帯夜に吹く優しいそよ風が、私を合宿所の近くの砂浜まで駆り立ててしまった。砂浜には、まだ午前中の跡が残っている。

 ビーチパーティの提案をして、エメラルドグリーンのグラデーションが素敵な水着を受け取ってから、ずっと気になっていた。これで砂浜を走ったら、とっても気持ちいいだろうにって。

 パーティが無事成功に終わって、いつも通りお風呂に入って歯磨きをして布団に入って。でも、全く目が冴えて眠れない。天井の木目を数えて、合宿の日々に思いを馳せ、また天井の木目を数え……。

 気づいたら、あの水着が入ったカバンに目が向いていた。洗濯して乾燥させてあるから、着ることを憚る理由はない。時間も時間だし、午前中のこともあるから、周りからはすうすうと寝息と、布団の擦れる音しか聞こえない。

 いっぱい悩んだ。でも、悩むということは、しなければ後で後悔することだ。そう自己解決して、私は水着のカバンをもって外へ飛び出した。そして、今に至る。

 ざざーんと白波が砂浜を均していく。足首から下が、波に持っていかれる砂が擦れてこそばゆい。まるで、海が囁いてくるみたい。“怒られるぞー”って。

 でも、いい。怒られてもいいから、これはやっておきたい。真夏の夜の砂浜を全力疾走なんて、気持ちがいいに決まっているから。

 

 「……」

 

 上半身を落とす。腕を脱力させ、揺れる尻尾を緊張させて、腰を高く保っておく。

 ため息をつく。唇を舐める。

 合図は、次の白波。

 

 「……」

 

 波が引いていく。

 ひいて、

 ひいて、

 引いて____

 

 「すうっ……!!!」

 

 ばちゃん、と白波を踏みつけた感覚と共に、私の視界は動き始める。

 ばちゃばちゃと海へ戻っていく波を踏みつけ、前へ、前へと身体を進めていく。風切り音が無駄な情報を遮断して、露出の多い身体に風の塊がぶつかってくる。

 これだ。これを求めていた。

 星屑を散りばめた天井の下で、光がたゆたう海の息吹を受けながら心行くままに疾走する。やっぱり、とっても気持ちいい。

 

 「はっ、はっ、はっ」

 

 まだ200mも走っていないだろう。肺に痛みはない。スピードも乗り切っていない。まだ先がある。

 脚に力を込める。砂を掴むようにして走るのがこういう場所を走るコツらしい。

 風切音が激しさを増す。身体が後ろに持っていかれそうになるのを必死に押さえつけながら、腕の振る速度も合わせて上げていく。

 視界が狭まる。前以外何も見えなくなっていく。

 後少し、後少しで、もっと、もっと。

 

 「……」

 

 おかしい。

 さらに先があることをわかっているのに、辿り着けない。なら、もっと脚を動かそう、腕を振ろう、集中しよう。

 

 「……」

 

 違う。そういうことじゃない。

 

 「……」

 

 あぁ、萎えてきた。

 腕が鈍る。脚が動くのをやめようと伝えてくる。肺はまだまだ余裕そうだし、無駄なことを考える余裕がある。広がっていく視界は、どんどん遅く、退屈に変わっていく。

 もっと遅く。

 さらに遅く。

 

 「はぁ、ふぅ。……」

 

 ついには、砂浜の中腹ぐらいで、私の景色は静止してしまった。ぶつかってきた風の塊はそよ風に逆戻り。また、さざなみが私の足をくすぐってくる。熱のもやが体を包み込んでくる。

 後少しで、先頭の景色が見られたというのに、なぜ私は足を止めてしまったのだろう。

 

 「……」

 

 とっくに答えは出ている。

 先頭はレースじゃないと、他人がいなければ成立しない。今の私は孤独だ。

 先頭は暖かくて楽しい。孤独は寂しくて辛い。

 ただそれだけの話だ、と、思う。

 当たり前だ。でも、私は一人でそれに気づくことはできなかっただろう。

 みんながいたから気づけたんだ。きっと。仮に違ったとしても、そう信じたい。

 

 「……」

 

 なんだか、不完全燃焼なのにスッキリしてしまった。

 今はただ、眠ってしまいたい。みんなの寝息に包まれて、みんなの匂いに囲まれて。

 あぁ、でもお風呂に入らないと。


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