中野家if ~アナザーエイジストーリー~   作:真樹

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彼シャツ

 いつもお世話になっております。アロワナです、

 こうして再びお会いできたこと、大変嬉しく思っている所存でございます。

 今日でお会いするのは三度目でございますね。

 もはやここまでくれば私とあなたは竹馬の友、と名乗っても過言ではございませんね。

 え? 魚風情が人間様に大きい顔をするな? 身の程を弁えろ? 

 いやはや、厳しいことをおっしゃいますね。私はしがない魚風情、水槽の中で一生を送らなければならない哀れな身だというのにこれ以上何をお求めになるのですか。

 もはやこの水槽の中で泳いでる魚は私一匹。せめてあなた様と友達を名乗ることくらいお許しください、

 ところで、詮無きこととは存じておりますが一つだけお伝えしたいことがございます。

 わたくし、こう見えてもお嬢様方と同い年でございます、

 え? それが何かって? いやいや、別に深い意味はございませんとも。ええ、ほんとに、

 

 さて、長々と私一人お話しし続けてしまいましたね。

 こうして皆様とお話しできていると言うことは、中野家のリビングで何かあったということでございます。

 今日はリビングにどなたがいるかといえば……まあ別にどなたがいるというわけでもございません。

 ただソファに一着のワイシャツが置かれているというだけです。

 え? どなたのって? 

 

 風太郎さんのです。

 

「ただいまー」

 

 おや、五月さんが帰ってきたようですね。

 

「誰も帰ってないんだ……え、何このワイシャツ。全く、置きっぱなしにしたの誰かな」

 

 五月さん、ワイシャツに早速気づかれたようですね。

 ソファに歩み寄られると手に取られました。

 

「あれ、なんかサイズ大きくない?」

 

 しかもワイシャツに袖なんか通されて。

 

「やっぱりサイズ大きい……え、まさかこれって! 〜〜〜!」

 

 またすぐ脱がれましたね。

 

「…………もしもし四葉ですか!? あなたですね、私たちだって住んでる家になんてものを────」

 

 また外へ出ていかれました。昔から変わりませんが、賑やかなお方ですね。

 それにしても五月さん、いくらサイズを確かめるためとはいえ明らかに自分が脱いだものではないお洋服をなんの躊躇もなくお着になされるとは、随分と御姉妹と親しいのですね。

 おや、扉が開かれたようですね。五月さん、お電話はお済みになりましたか? 

 

「ただいまー、なんだ、みんないないじゃん」

 

 一花さんでしたか。

 

「あれ、ワイシャツ脱ぎっぱなしじゃん……こんなだらしないことするなんて、これはお姉ちゃんとして怒らなきゃダメですな〜?」

 

 なんだか悪い顔をされますね。それに私は直接みたことはございませんが、一花さんの部屋はたいそうだらしないらしいではないですか。

 あなた人のこと言えるんですかねぇ。

 

「あれ、でもこのワイシャツなんか大きいような……もしや!?」

 

 着る前にちゃんと気づかれましたか。流石は一花さ──何をなさっているんです? キョロキョロなされて。

 

「誰も見てないよね」

 

 見てますよ。

 ワイシャツをソファの座席に敷かれてどうするおつもりですか? 

 ……ワイシャツの上に寝っ転がられましたね。

 

「うわ、めちゃくちゃ落ち着くじゃんこれ」

 

 一花さん、あなた女優だからギリギリ絵になってますけどそれどちらかというとアウトですよ。

 

「ダメダメこんなの! 私変な人みたいじゃん」

 

 おっしゃる通りです。

 

「あちゃー、勢いとはいえまずいことしちゃったな。ちょっと頭冷やしてこよ」

 

 また出ていかれてしまいました。お二人とも忙しないですね。

 それにしてもお二人とも、別に間違ってはおりませんが何故サイズが大きいというだけで風太郎さんのお洋服だと分かるのでしょう。不思議ですね。

 おやまた扉が。

 

「ただいまー。何、誰も帰ってないのかしら?」

 

 二乃さんですね。だんだんパターンが読めてきましたよ。

 

「ちょっと誰よワイシャツ脱ぎっぱなしにしてるの!」

 

 きっとこれからワイシャツに近づかれて……

 

「サイズが大きい……もしかしてフー君の!?」

 

 そうなりましょうね。

 

「誰もいないわよね」

 

 わたくしがおりますとも、さっきからずっと、ええ。

 

「こんなのダメだって分かってるけど……スーッ」

 

 本当にダメなことでございますね。

 

「これ、ヤッバ」

 

 やばいのはあなたの頭でございます。

 

「これ家宝にできないかしら」

 

 進行形でやばいままですね。

 でもご安心ください。姉妹だけの家族会議であれば、おそらくその議題は可決されるかと存じます。

 

「って、どうせフー君のことだからワイシャツ一枚無くしても気づくし騒ぐでしょうね」

 

 ご慧眼です。

 

「ああでも、ちょっと昂ってるのが収まらないわね。店長に言って何かフー君用のお菓子でも作らせてもらお」

 

 二乃さんもいかれてしまいましたね。

 残るはお二人ですが、おそらくこの流れならば三玖さんがそろそろ。

 

「ただいま」

 

 ほらやはり。

 お嬢様方がこの家に、私と一緒に住むようになってから十余年。もはや風太郎さんよりお嬢様方を知っていると言っても過言ではございません。

 きっとまた、三玖さんがワイシャツの存在に気づかれ少しお調べになった後に風太郎さんのものだと──

 

「フータローのワイシャツだ……!」

 

 なんで一目でお分かりになるんですか!? 

 

「誰もいないよね……!?」

 

 何故語気が強いのでしょうか? 何をなされるおつもりですか!? 

 

「ふふふふ、フータローのワイシャツ何に使おうかな……」

 

 使うとは!? 使うとは、何にお使いになるおつもりですか!? 

 なんかもう見てる間にソファの上敷いて寝てるし、嗅いでるし、着てるし……! 

 ああダメです! これ以上はまた実況を続けられなくなってしまいます。また皆様とお別れしなけれならなくなってしまいます。

 そうはさせません! 

 

「アロワナさん元気すぎ。そんなにバシャバシャ音を立てて、邪魔しないで。餌抜きにするよ」

 

 皆様申し訳ございません。所詮わたくしは魚畜生でございます。

 餌抜きと言われれば、これほど恐ろしい脅し文句など他にはないのでございます……

 

「ほんとに静かになった。人間の言葉わかるのかな……まあいっか。とりあえずこれは私の部屋に──」

「たっだいまー!」

「!!」

 

 おや、三玖さんワイシャツを置いて二階へ逃げていかれましたね。

 それに今の声は、四葉さんですね。

 助かりました……

 

「あれー? みんないないんだ……あ、五月に電話もらったやつあった。風太郎が雨に降られちゃって脱いだやつ置きっぱなしにしてたや。流石にもう乾いてるよね」

 

 ……そういえば今朝は雨が降ってましたし、朝デートに行かれてた風太郎さんと四葉さんが逃げるように帰ってこられましたね。

 魚程度の記憶力しかありませんので忘れていました。

 

「今度返しておかないと…………誰も、いないよね?」

 

 四葉さん? 

 え、そんなワイシャツを着られまして何を……

 

「えへへ、彼シャツってやつだぁ……」

 

 ああ四葉さん。風太郎さんのワイシャツを着て、でもちょっと袖の長さが長くて手先が埋もれてしまう所謂『萌え袖』ってやつをされてるところ大変恐縮なのですが、そんなに衣服に鼻を近づかれましたら他の姉妹の方々ならお気づきにならなくても、鼻の良いあなたでしたら──

 

「あれ、風太郎以外の匂いがする。女の人の匂い」

 

 そうなるんです……

 

「…………もしもし風太郎? ちょっと"大事な"話があるんだけど」

 

 風太郎さん、骨は拾います。

 いえ、魚なのでできませんが、水槽に散骨していただければ供養はいたします……

 

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