夜8時50分ぐらい。一階エントランスにて。
風太郎「五月」
五月「上杉君、おかえりなさい」
風太郎「帰る時間大体一緒だからよく鉢合わせるな」
五月「お互いもう少し残業早く切り上げて帰れるようにしたいね」
風太郎「教師に残業なんてあるのか?」
五月「もちろんだよ。私達が学生の頃、時間割通りに授業やれてたのは誰のおかげだと思ってるの?」
風太郎「確かに、家庭教師をやってたころは一晩かけて作った問題集が二、三時間で消化されるのなんてザラだったしな」
五月「その節は大変お世話になりました」
風太郎「よせ。あれも仕事のうちだったんだから──(ピンポーン)──ほら、エレベーターきたぞ。先入れ」
五月「うん──そういえば上杉君、お昼のニュースは見た?」
風太郎「いや、まだだが……」
五月「お昼休みに見つけた記事なんだけど、これ見て」
風太郎「────おいおい」
『中野一花熱愛発覚!』
『一般男性と歩いている姿を記者が目撃!』
『すでに子供の姿まで!?』
風太郎「この記事の写真に映ってるの、どう見ても俺と四葉と楓だよな」
五月「だね。まあ一度くらいはこういう事あるかなって思ってたけど」
風太郎「こういうのって掲載する前に連絡とか来ないのか? 確認あったら明らかに誤報だって分かるだろ」
五月「もちろんあるらしいよ。それに業界の中だと一花が五つ子ってことは有名なんだって」
風太郎「ならなんだってこんな記事が出回るんだよ」
五月「いるんだよねぇ、仕事がないからって嘘だと分かってても嘘をそのまま、しかも無断で記事にしちゃう悪質な記者が。昔もこういうことあったし」
風太郎「そうなのか。一花のとこの事務所……あのおっさんはちゃんと対処してるんだろうな」
五月「前はしてくれたよ。今回のは私も今日知ったばかりだから詳しくは知らないけど──(ピンポーン)──着いたよ。お先どうぞ」
風太郎「さんきゅ──それにしても一花のやつ大丈夫かよ。へこんでねえといいけど」
五月「うん、それが心配。前はドラマの配役が云々、みたいな話だったから本人も笑ってたけど……今回のは……」
風太郎「もし暗い雰囲気だったら慰めてやろうぜ」
五月「だね──じゃあ、中に入るよ?」
風太郎「ああ」
五月「ただいまー」ガチャ
一花「何が熱愛発覚じゃい隠し子じゃい! 子供なんかFu〇kしなきゃできないんだぞ!? こちとらそのチャンスが無くて毎日苦労しとるんじゃい! むしろFu〇k meじゃFu──」バタン
風太郎「…………」
五月「…………」
風太郎「五月、今日うちの実家の方来るか?」
五月「いいですね。まだこの前のらいはちゃんのカレーが残っているらしいですし是非──」
ダッダッダッダッ
二乃「(扉バーン)逃がさないわよあんた達!」
五月「すみません人違いですそういうのいいんで声掛けは他でお願いします他で──」
二乃「姉妹相手に他人のフリ通用するわけないじゃない!」
風太郎「じゃあ五月、俺はちゃんと送り届けたからな。出しておいた宿題は次の家庭教師の日までやっておけ──」
二乃「いきなり十年前にタイムリープしたって追いかけてやるわよ! 今の一花を連れて!」
風太郎「それは当時の一花の心を折りかねないから止めてやってくれマジで」
五月「あの、一花どうしちゃったの?」
二乃「どうもこうもないわよ。あんた達昼間のニュースは見た?」
五月「ああ、やっぱりそれなんだ……」
二乃「知ってるのね。そういうことよ。泣かれるよりはマシだけど、おかげで大虎が絶賛暴れ中なのよ」
風太郎「四葉がいれば止めてくれそうだが……」
五月「確か、お父さんの家にお泊りだったよね。何故か上杉君は抜きにして」
風太郎「まあ未だにあの人との距離微妙だからな、俺。お義父さんも楓と会いたいだけだろうし」
二乃「でもあの子、うちに財布忘れてってるのよね。もしかしてどっかで帰ってきたりするんじゃないかしら」
風太郎「なるほど」
二乃「何がなるほどなのよ?」
風太郎「いや、何となく今日のオチが見えた気がした」
二乃「はぁ? オチって何言ってんのよ。こっちは一花の相手で精いっぱいなんだからフー君まで変なこと言わないで」
四葉「へくちっ」
マルオ「風邪かね?」
四葉「うーん、誰か私の噂をしてるなぁ。しかもこの感じは、風太郎だ」
楓「まま、ふーたろーのこと、とおくでもわかるの? すごい……!」
四葉「ししし、パパとママはずーっと離れてても赤い糸で結ばれてるからね」
マルオ「楓、こちらに来なさい」
楓「……? うん」
四葉「え、なにお父さんどうしたの急に?」
マルオ「四葉、父が使ってた部屋へ行っていなさい。後で母に君の夜ご飯を持って行かせるから。風邪が治るまで楓とは接触しないように」
四葉「今の話聞いてた!? くしゃみ一つしただけで隔離って爺バカ過ぎないかな!?」
楓「ちち、はは……? ママに母がごはんもっていく?」
マルオ「曾おばあちゃんのことだよ、楓。四葉、後で診て大丈夫そうなら戻ってきていいから、早く行きなさい」
四葉「身内にお医者さんの職権乱用しないでほしい……ていうか娘を本当に部屋から追い出すかな普通」ブツブツ
バタン
四葉「おばあちゃんのご飯も美味しいけど、味濃いの欲しくなるんだよねぇ。何か買いに出ようかな──うわ、財布家に忘れてきてるじゃん。最悪だよぉ……ま、いっか。今日は我慢しよ」
一花「それでねぇフータロー君! 私言われちゃったのよその子に! 『中野さんはお綺麗で女性としても自立されていて、僕なんかじゃ不釣り合いです』……って。こっちから付き合ってほしいって言ってるのにだよ!? もうはっきりタイプじゃないって言ってくれればいいのに!」
風太郎「ソーダナ」
三玖「フータローが帰って来てくれて助かった…………さっきから無心でずっと『ソーダナ』って言うだけのbotになってくれてるおかげでこっちに飛び火が来ない」
二乃「botってなに?」
五月「これいつまで続くんだろうね」
三玖「お酒飲む前の一花から先に聞いたんだけど、事務所が色々火消しに動いてくれてるんだって。結果が今日には帰ってくるらしいわ」
五月「今日って……もう十時過ぎてるよ? 事務所のマネージャーさんこんな遅くまで頑張ってくれてるの?」
二乃「マネージャーというか、社長ね。ほら、昔会った菊ちゃんのお父さんの」
五月「ああ、あの人か。菊ちゃんも懐かしいなぁ、高校卒業した後も何度か会ったことあったよね」
三玖「最後に会ったのもその頃だけどね。あの頃一花もロケで遠くへ行ったり海外行ったり忙しかったから、それに社長さんがついて行くために預かってただけだし」
二乃「ねえ知ってる……? 菊ちゃんもうすぐ成人するらしいわよ……?」
三玖「時の流れ…………はや」
五月「…………ハァ」
プルルル
一花「──! はい中野です!」
風太郎「ソーダ──思ったよりおっさんからの電話早かったな」
二乃「まだ社長さんか分からないけどね。ていうかフー君こっちの話聞いてたの?」
風太郎「同じ話が三回目の突入をしだした辺りから聞くの止めてたからな」
三玖「本当にご苦労様……」
一花「はい……はい……それじゃあ、これからの活動は────よかったぁ……! はい、ありがとうございます。それじゃあ失礼します」ピッ
五月「その様子だと大丈夫だったみたいだね」
一花「うん。出版社から正式に謝罪もらったって。向こうでも記者が事実確認取ったって嘘までついてたらしいから、販売差し止めにするみたい」
風太郎「ったく、飛んでもねえ奴だな」
一花「だねぇ」
二乃「ていうか何よ。結構普通にしてるじゃない。さっきまでの大虎はどこ行ったのよ」
一花「あはは、結構空元気してたというか……やっぱり不安なものは不安だったからねぇ」
三玖「でも一花、今日は本当に凄い量飲んでたよ。ちょっと心配になるぐらいに」
一花「うん、しばらくはちょっと控えるよ。それじゃあ私は部屋にもど──あれ?」
風太郎「あぶねぇ!」
一花「ごめん、よろけちゃった。安心したらお酒が一気に回っちゃったみたい」
二乃「ちょっとあんた本当に大丈夫なの!?」
五月「部屋まで運ぼうか?」
一花「大丈夫だって。別にこれくらい酔っちゃったこと前にもあるし、その時も平気だったから。少し休んでから部屋戻るよ」
三玖「でも……」
一花「本当に、心配しなくていいから。それに歩けなさそうならここに有望な男手がいるから、肩を貸してもらうよ」
風太郎「自慢じゃないが、俺を男手として期待するなよ」
三玖「本当に自慢じゃない……むしろ恥ずかしい……」
二乃「何かあったらすぐ呼びなさいよ」
五月「私もまだしばらく起きてるから」
一花「うん。素直に頼らせてもらいます。だから今は大丈夫。おやすみ」
二乃「ん、おやすみ。はぁ、やっと解放されるわ」
三玖「本音漏らすの早い。一花に聞こえる。あ、一花、フータローおやすみ」
五月「きっと聞こえるように言ってるんだよ。おやすみなさい一花、上杉君」
風太郎「ああ────で、一花、お前は大丈夫か? 少しソファで横になるか?」
一花「大丈夫。頭を横にしたら本当に寝ちゃいそうだし」
風太郎「そうか。なら水取ってくる」
一花「待って」
風太郎「あ?」
一花「肩貸して」
風太郎「一花……?」
一花「…………さっきの話だけどね」
風太郎「どれのことだ」
一花「私が若手の俳優君に告白してフラれたって話だよ──一個だけ、皆の前だから嘘ついてたところがあるんだ」
風太郎「なんだよ」
一花「本当はね、俳優君にこう言われたんだ。『中野さん、他に好きな人いますよね? 自分で分かってないんですか?』って」
風太郎「────! 一花すまん、俺は──」
一花「バカ、誰もフータロー君だなんて言ってないじゃん」
風太郎「…………」
一花「私がその俳優君と本気で付き合ってもいいって思って告白したのも、本当。だからそう言われた時、びっくりしたんだ。自分の気持ちなのに分かってないことあるんだって」
風太郎「それは、誰だって自分の気持ちが分からなくなる時くらいあるだろ」
一花「そうだね。それでモヤモヤしてたところに今日のニュースじゃん? 午後はね、社長と一緒に私も色んなところへ対応の電話とかしてたんだ」
風太郎「ならどうして今日は帰って来てたんだ?」
一花「途中で分かんなくなっちゃったんだ。写真に映ってるのはフータロー君と楓ちゃん、それと四葉っていうのは分かってるけど……でもあの写真に映ってる光景は私の憧れそのもので、なんでそれを必死になって否定してるのかなって」
風太郎「それは……」
一花「大丈夫、分かってるから。あの写真に映ってるのは私じゃないって、ちゃんと……それでね、途中で様子がおかしい私に気が付いてくれた社長が帰っていいよって言ってくれたの」
風太郎「そういうことか……」
一花「ねえフータロー君。君と私が結婚してたら、今とおんなじ未来になってたかな」
風太郎「……さあな」
一花「同じって言ってくれないんだ。優しいね」
風太郎「同じって言ったら、お前は、欲しくなるだろ……その未来が」
一花「じゃあさ」
一花「試してみない?」
風太郎「…………一花、何度でも言うが俺は──」
一花「なんちゃって!」
風太郎「……は?」
一花「今の今度やる月9ドラマのシナリオをパクってきたんだけど、雰囲気出てたかな?」
風太郎「一花?」
一花「悪女ムーブってやつ? 私そういう路線もイケるって思われ始めてるらしくってさ、抜擢されたんだ」
風太郎「おい、あんまり無理するな。酒だって入ってたんだから聞かなかったことにぐらい──」
一花「ほんとほんと。ドラマのタイトル、『優雅なる一族』ってやつ何だけど調べてごらん?」
風太郎「────本当にありやがる。お前の名前も……一花、お前やっぱり酔ってるな? 結構心臓に悪かったぞ」
一花「ごめんって。フータロー君なら私が本気で落としにかかる演技をしても大丈夫だって分かってたから。結構いるんだよねぇ、台本通りに誘ってるだけなのに現実に引きずっちゃう俳優さん。メンドクサ」
風太郎「ま、女優のお前とも昔台本読みを手伝ってやって以来の仲だからな。その俺が太鼓判を押してやる。今のは大した役者ぶりだったぞ」
一花「ふふーん。もっと褒めてもいいんだよー? それに実際は今の生活に結構幸せを感じてるんだからね。私」
風太郎「幸せ?」
一花「姉妹みんながいて、フータロー君まで一緒にいて、お父さんたちも楓ちゃんも皆仲良くて、しかもお仕事まで充実してる。これ以上望んだらバチがあたっちゃうくらいだよ」
風太郎「……言えてるな。俺も結構気に入ってるよ。この生活」
一花「でしょー? そんなわけだから、話してる間に結構お酒も抜けてきたしフータロー君も休んでくれて大丈夫だよ。付き合ってくれてありがとね」
風太郎「二階まで連れて行かなくて大丈夫か?」
一花「大丈夫。お水飲んでもう少し休んだら一人で行けるから」
風太郎「今日はもう酒飲むなよ?」
一花「ねえ私どれだけ酒カスだと思われてるの?」
風太郎「自覚無いのか? ひどいぞ」
一花「わー、若手俳優君に言われたのよりショックかも」
風太郎「ま、俺たちの前でしか飲んでないみたいだから禁酒しろとまでは言わねえよ。お前と飲んでると楽しいしな」
一花「ポ、フータロー君、スキ」
風太郎「ソーダナ」
一花「フータロー君がまたbotに戻っちゃった」
風太郎「我ながら介抱のスキルがどんどん上がってくるの嫌になるぜ。じゃあな、これ以上は付き合ってられん。俺は部屋で寝るぞ」
一花「わーフータロー君の死亡フラグ―、おやすみー」
風太郎「ああ、おやすみ」
一花「さて、私も寝るかなぁ……ほんと、複雑すぎて自分でもよくわかんないや。今の生活が幸せなのも本当なんだけど、でも────ま、考えても仕方ないか。思ったより冷めてきちゃったし後一本だけビールを──」
風太郎「(扉バーン)やっぱり飲もうとしやがったな!? 寝ろ!」
一花「何で見張ってるのぉ!?」
タイトルに姉妹の名前が入る回はセンチメンタルになってまう