四葉ルートだけじゃなくて、もしも学園祭で他の姉妹が選ばれたらというIF短編もここに詰め込まれる予定です。
季節とか、誰が選ばれた世界とかは毎度一筆分かるようにしておきます。
今回は風四世界(原作世界)の風一のお話。
特別なドキドキがあるわけでもない、普通な日常の特別な一時。
※風太郎×姉妹の誰かを(風一~五)で表現するらしいですね。
ある寒い日の朝
その日、一花が目を覚ますと寝起きだというのにやけに体は重く、欲求に従いしばらくまどろんでいた。
原因は分かっている。昨日は収録が長引いて帰りが遅くなってしまったせいだ。
その証拠として床に散乱している衣服の山の一番上には昨晩脱いだばかりのワイシャツとスカートが放り出されている。
「起きたくないなぁ……」
幸い今日は休みなので、このまま布団の中でミノムシになっていたところで誰も責めてきはしない。
しかし、高校三年の一月のこの時期ともなると甘えてもいられない。
自分はともかく、他の姉妹たちが受験を目前にしてピリピリしているのである。
二乃と三玖の調理専門学校組はそれほど気負ってもいないが、後の二人、特に教育大学を受けようとしている五月などは受かるかどうかの瀬戸際らしく、ことあるごとに弱音を漏らしていた。
そんな妹たちをよそに、自分だけぐーたらを決め込むのは流石の一花であっても気が引けたのであった。
「よし、せーので起きよう」
意気込んでから、心の中で合図をする。
自分で決めた号令をかけると布団から飛び起き、直後に冬の寒さが体を覆い震えた。
「さぶっ」
急いで散らかっている服の山の中からパジャマを手に取ると、のそのそと着始める。
パジャマなど買ってもどうせ寝る時は脱ぐのだが、寝るまでのリラックスタイムの時などは着ているのである。
最近のお気に入りはジェラピケだった。可愛いしもこもこで温かい。自分のキャラじゃない自覚はあったが、春から撮影することになっている少し可愛いよりの役作りのためにもよいと思ってのことだった。
パジャマを着終えるころになると寒さも幾分かはマシになった。
服そのものが暖をとってくれているのと、着替えのためにドタバタしたおかげで代謝が良くなったのだろう。
こごえるほどではなくなったので、一花はその足で顔を洗いに脱衣所へと足を運んだ。
給湯器の電源を入れ、お湯の栓を捻ると少しの間流しっぱなしにした。
蛇口からそのまま排水溝へと水が流れていく時間がしばらく続くと、洗面台から徐々に湯気が立ち上り始める。水道管に溜まっていた冷やされた水が出切り、給湯器で暖められたお湯が出始めたのだ。
一花はそれを確認してから手で器を作ると、水流に手を差し込む。
じんわりとした温かさが手のひらから伝わってきて、そのままお湯で暖をとりたい気になるが我慢するとお湯を顔に押し当て少し肌をこすった。
二度、三度と同じ動作を繰り返す。そうしているうちに、背後からガチャリと扉が空く音がした。
姉妹の誰かが起きてきたのだろう。
一花は顔を上げずに言う。
「おはよー」
「一花か。おはよう。お前にしてはずいぶんと早起きだな」
「なんだフータロー君か。てっきり私はみんなのうちの誰かかと──」
直後、言葉を切って大慌てで振り返った。
「なんでフータロー君がここにいるの!?」
「おい先に顔を拭け! 垂れてるぞ!」
指摘され、顔に付いたままだった水滴がぼたぼたと床に落ちていることに気が付いた。
「わ、いけないいけない!」
慌てて用意しておいたフェイスタオルで顔を拭うと、床に落ちた水滴も拭いた。
しゃがみ込んだ一花の横をすり抜け、風太郎は脱衣所にある洗面台の前に立った。
「俺は朝の歯磨きだよ」
「そうじゃなくて、なんで君がうちにいるのかって聞いてるの!」
まるで我が家のように振る舞う風太郎に再度一花は問い詰める。
そこで風太郎はようやく思い出したかのように「あー、そういや昨日お前いなかったか」と呟いた。
歯磨きを始めようと手に持っていた歯ブラシを戻すと、風太郎は顔をこちらに向けてくる。
「五月に泊まりで勉強を教えてたんだよ。あいつ、もうすぐ受験日だろ。昨日はやたら不安がりやがってな、お前こそ昨日いなかったろ。いつの間に帰ってきたんだ?」
「……私は結構遅くだよ。帰ってきた時にはリビング真っ暗だったし、みんな寝ちゃってた時間なのかも。私も自分の部屋に直行して倒れるように寝ちゃったし」
「そうか」
短く返すと、風太郎は歯ブラシを口にくわえた。
「ちょっとちょっと! 話はまだ終わりじゃないって! いくら姉妹が相手だからって、女の子の家の泊まりを四葉が許したの?」
「……? 当たり前だろ。というか昨日も少しは寝たが、その時は四葉の部屋で寝たし」
「え?」
「なんだよ」
「……じゃあ、四葉はどこで寝たの?」
「自分の部屋だろ、そりゃ」
「……!!」
「だから何だって」
淡々と説明をなおも続けようとする風太郎に一花は詰め寄った。
「君は! 自分が何を言ってるのかわかってるのかな!?」
「何って……お前何か勘違いしてるぞ。同じ部屋で寝てたって言っても俺は毛布借りて床で寝てただけだぞ」
「だけって……まったく、風太郎君のそういう無自覚なところもだけど、四葉も不用心だよ……」
一つ、ため息を一花はついた。
「はぁ、まあいいよ。まさか本当に何かあったとはお姉さんも疑ってないし。これ以上は聞かないでおいてあげる」
「なんで俺が責められてるみたいになってんだよ……ったく、もういいか?」
「どうぞ」
一花の許しを得て、風太郎は加えていた歯ブラシを動かし始めた。シャコシャコと音が響く中、一花はふと風太郎を横目で見た。
ただ並んで立っているだけ。それだけなのに思ってしまう。
(私たちが付き合ってたら、これが私たちの日常になってたのかな……)
そんな風に思ってしまった。
だからだろうか、気が付けば一花の手は自然と自分の歯ブラシへと伸びていた。
「あー、私も昨日は疲れてちゃってすぐ寝たから歯を磨けなかったし、やらないとなー」
「ほうか」
我ながら下手な演技をするものだと思いながら、けれど風太郎はその下手な演技にも気にすることなく歯ブラシをくわえながらぶっきらぼうに言った。
風太郎の隣で自分も歯を磨き始める。
本当は昨日寝る前にギリギリで歯磨きもしたからいらないのだけど、それでも──
(だらしないパジャマを着て、鏡の前で並んで一緒に歯を磨く。ロマンチックでもなんでもないのに、なんでこんなに落ち着いちゃうんだろうなぁ……)
今更未練があるとは微塵も思っていない。
だけど四葉には悪いけど、もう少しだけこの気持ちを収めるには時間がかかりそうだと思う一花であった。