夜八時、中野家の風太郎の部屋の扉が開かれた。
楓「とりっくおあとりーと」
風太郎「来たなちびっこお化け。いつもならこの時間は寝る前だからダメだが、今日だけは四葉のお許しも出てるからな。ほら、キャンディだ。後で歯をちゃんと磨くんだぞ」
楓「わーい。ふーたろー、ありがと」
風太郎「…………!」
風太郎(これじゃお化けというより天使だな)
風太郎「……楓、もう一個やろうか?」
楓「いいの?」
風太郎「ああ」
楓「ふーたろー、だいすき……!」
風太郎(最近あいつらと馬鹿騒ぎばかりだったからなぁ。いいなぁ、こういうの)
楓「ふーたろー」
風太郎「ん? まだ何かあるのか?」
楓「もっと」
風太郎「……後一個だけだからな。ほら」
楓「ふーたろーさいこー。もっと」
風太郎「…………ほら」
楓「ふーたろーいけめん。もっと」
風太郎「…………」
楓「もっと」
風太郎「楓。パパ、そういう自分の可愛さを武器にするやり方、楓にはまだ早いと思うんだ。だから今日はおしまい。いいな?」
楓「わかった」
風太郎「よし、良い子だ。あの馬鹿共も楓ぐらい聞きわけが良かったらいいんだがな」
楓「じゃあふーたろー、おやすみ」
風太郎「ああ、おやすみ」バタン
風太郎「……まったく、親の弱点を突いてきやがって。素直で良い子だったはずなんだが。成長してきたってことなのか……?」
楓『いちかママー、ふーたろーからおかしうばってきたー』
一花『でかした楓ちゃん! 君には褒美に一個分け前をやろう』
楓『ははー、ありがたきしあわせ』
風太郎「(扉バーン)一花ァ! ちょっと部屋まで来い!」
風太郎「ったく一花の奴め、油断も隙もねえな。楓に変なこと吹き込みやがって」
コンコン
風太郎「ん? どうした一花。忘れ物か? 入っていいぞ」
四葉「風太郎、トリックオアトリート」
風太郎「四葉か。仮装は……してないんだな」
四葉「何で残念そうなの?」
風太郎「別に、何でもない……悪いがお菓子なら楓に全部やっちまったぞ」
四葉「ししし、安心して。そんなこともあろうかと私が用意しておいたから」
風太郎「何で訪ねてくる側が持参してくるんだよ……まあいい。中身は──クッキーか」
四葉「三玖が作ってくれたんだけど自信作だって。私も味見したけど美味しかったよ」
風太郎「そうか。後で三玖にも礼を言っておく」
四葉「そうしてあげて。なんだか張り切ってたから……後ね、風太郎」
風太郎「うん?」
四葉「お菓子のついでに、私からのイタズラも、い、いかがですか? なんちゃって……」
風太郎「…………!」
四葉「あ、あはははは…………やっぱ今のなしで!」
風太郎「照れるくらいなら初めからするなよ……まあ、その……後でいただく」
四葉「~~~~!」
風太郎「い、今はまだ時間も早いからな!? そうだ、せっかくもってきてくれたんだからクッキー食べるぞっ!?」
四葉「ぜひぜひ! わ、私は部屋に戻ってるからっ!?」バタン!
風太郎「四葉の奴も油断も隙もねえな……ん、美味いなクッキー。ちょっと苦い気もするが、カカオじゃないような、なんだこれ?」
コンコン
風太郎「四葉? 忘れ物か? 入っていいぞ」
五月「上杉君、お邪魔するね」
風太郎「五月?」
五月「さっき四葉が三玖の焼いたクッキーをこちらへ持っていくのが見えたから」
風太郎「から?」
五月「ト、トリートオアトリート……!」
風太郎「……せめてハロウィンの体裁ぐらい保て。ほら」
五月「三玖が作ってる時から美味しそうな匂いがしてたからつい。ありがとう上杉君。それじゃあ私は失礼するね」バタン
風太郎「あいつ食い物だけもらってさっさと帰っていきやがった」
風太郎「ちょっと暑くなってきたな……もう十月も終わるってのに……」
コンコン
風太郎「またか……今日は客が多いな。入っていいぞ」
(頭にバカでかいリボンを付けた)四葉?「フータロー、クッキー食べてくれた?」
風太郎「…………」
四葉?「ちゃんと減ってる。良かった……えっとじゃあ、トリックオアトリック────」
風太郎「お前三玖だろ」
三玖「────! フータロー、お酒入ってても私のことわかるんだ……! 当たり……!」ギュッ
風太郎「やめろ抱き着くなお前との大事な思い出が汚れる。つーかあのクッキーやたら苦いと思ったがやっぱり酒を仕込みやがったな!?」
三玖「ちょっと何言ってるか分からない」
風太郎「今のが分からないなら病院に行け」
三玖「耳の?」
風太郎「頭の」
三玖「ちゃんと四葉に味見してもらった。お酒入ってないって証言してもらってもいいんだよ?」
風太郎「それ四葉基準での話だろ!? てかお前は何故真っ向から反論する姿勢なんだ!?」
三玖「ごめん冗談。ちょっとからかいたかっただけ。ちゃんとお詫びに水も持ってきてる」お水スッ
風太郎「三玖」
三玖「なに?」
風太郎「鼻を近づけなくても分かるぐらい酒の匂いがするんだが?」
三玖「四葉基準の水だからじゃない?」スピリタスをスッ
風太郎「当たり前みたいに言うな。それが水ならこの世の酒の全てがあいつにとって水になるぞ」
三玖「ミズナラのが良かった?」ウイスキー瓶をスッ
風太郎「ウイスキーブランドのシーバスリーガルの銘柄の一つな!? 分かりにくいボケはやめろ!」
三玖「風太郎なら拾ってくれるって信じてた」
風太郎「そんな信頼なら捨てちまえ……もう出てけよ」
三玖「……わかった。最後にもう一個、私の前でもクッキー食べて。フータローに美味しく食べてもらうために頑張ったのは本当だから」
風太郎「ったく、わかったよ。いただきます────ああ、ちゃんと美味いぞ」
三玖「良かった……!」
風太郎「お前の料理に対する情熱は本当だ。もっと自信を持っていいんだ────」
三玖「フータロー、アタリ入り引いてくれた……!」スピリタスをスッ
風太郎「ブッ!? 前言撤回! 出てけ!」
風太郎「くそっ、本格的に回ってきやがった」
コンコン
風太郎「もうだれでも来いってんだ。どうぞ」
一花?「フー君。さっき三玖が変なの作ってるの見かけたけど大丈夫?」
風太郎「……一花か」
二乃「ダメそうね。一花じゃなくて二乃よ。ほら、お水持ってきてあげたから飲みなさい」
風太郎「四葉基準のか……?」
二乃「何の話よ。ただの水道水よ」
風太郎「わりぃ、助かる」
二乃「まったくあの子ったら、後で説教ね。料理人にあるまじき行為だわ」
風太郎「店じゃこんなことやってねえだろうな?」
二乃「当たり前。むしろやろうとしたって私が絶対に止めてやるわ」
風太郎「今日だけはお前が一番頼りに見えるぞ……」
二乃「”だけ”は余計よ。それよりフー君」
風太郎「ん?」
二乃「せっかくだし、トリックオアトリート♡」
風太郎「三玖の酒入りクッキーしかないぞ」
二乃「いいわよそれで。一枚いただくわ────ちょっと苦いわね。普通のチョコクッキーのが好みだわ」
風太郎「俺もそっちのが良いんだが……」
二乃「フー君からお菓子ももらえたことだし部屋に戻るわ。ちゃんと休みなさいよ」
風太郎「言われなくてもそうする」
二乃「じゃあね。おやすみ」バタン
コンコン
風太郎「もう勝手に入れ」
五月「フータロー君、おっじゃましまーす。あ、何それ三玖のクッキー? 独り占めはだめだよ。ここはお姉さんがもらってあげよう。トリ────」
風太郎「まだ食うのかよ。やるからさっさと戻れ、五月」
五月「何故バレたのですかぁ!?」
コンコン
一花「おじゃましま────」
風太郎「クッキーならもう全部食っちまったぞ」
一花「え、急にどうしたの? 晩酌の誘いに来ただけなんだけど」
風太郎「ん……なんだ、違うのか……つーか、誰だ? ……ヒック」
一花「うわフータロー君酒くさっ!? 一人で何そんなに飲んじゃってるのさ!?」
風太郎「別に、俺はまだ酔ってなんか……」
一花「はいはい。酔っ払いは皆そう言うんだよ。自分の部屋なんだからもうベッドにごろんしちゃいな。肩貸してあげるからさ」
風太郎「……悪い、四葉」
一花「はいはい。私は四葉ですよー。寝るまで傍にいてあげるから、さっさと今日は寝ようね。いるならお水持ってきてあげようか?」
風太郎「だいじょうぶだ……それより……」
一花「ん?」
風太郎「さっきお前がくれるって言ってたイタズラ……今ほしい……」
一花「────!」
風太郎「四葉……?」
一花「フータロー君、ここに来たのが私で良かったね……他の子達だったら大惨事だったかもしれないよ……?」
風太郎「……?」
一花「君が期待してるイタズラは今夜はおあずけ。もう寝なきゃ」
風太郎「zzz」
一花「寝落ちはやっ。本当に限界ギリギリだったんだね……まったくフータロー君って、自分が男の子だからって無防備すぎだよ。そんなんじゃ本当に悪い狼に食べられちゃうぞー?」
風太郎「zzz」
一花「……仕方ない。四葉でも誘おっかな……あ、でも」
一花「寝ちゃってお菓子をくれないフータロー君にはちょっとだけイタズラをあげる……ほっぺだけどね」チュッ