中野家if ~アナザーエイジストーリー~   作:真樹

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たまにはこの世界観の設定で普通のタイプをやってみたかった。それだけです。
次回からは元のフォーマットに戻ります。


風変わりな話(最新の更新話)

※先に前書きに目を通していただけると嬉しいです。

 

 ハロウィンという日は、元々はお盆のようなもので亡くなった人が帰ってくるのを出迎える行事だったらしい。

 その日、三玖の作った酒入りクッキーを食べて泥酔した俺は、夢を見た。

 あいつらの家に住んでいるせいか、俺が本当に会いたかった人とは違う、もう一人の死んだはずの人と出会う、そんな夢。

 

 

 

 午後七時、小料理屋『うえすぎ』の扉が開かれた。

 

「あら、お客さんでしょうか」

「……え?」

 

 ふと気が付いた時、俺は見慣れた場所の入り口に立っていた。

 今ではすっかり二乃達に店のスペースを明け渡してしまっているから、面影すらなくなってしまっていた母の店。

 橙色の電灯と和風づくりの店内はまるで昭和の台所を思い出させるような作りの中に、三人の影が四人掛けのテーブルで向き合う形に並んでいた。

 声をかけてきたのはその中で、唯一年上と思われる女性。

 

「すみません、看板と店の明かりを見て入ってこられたのかもしれないのですが、ここはまだ営業を始めていないんです」

「えっと……」

「いいじゃないですか零奈先生。一人や二人増えたって構いやしねえって」

 

 ──親父……!? 

 零奈と呼ばれた女性の斜め前に座る男性を見て驚いた。

 今ではすっかり老け込んだ父親の若かりし姿がそこで鎮座していたからだ。

 そういえば、親父の傍に座る二人にも何となく見覚えがある気がした。

 一人は眼鏡をかけた同じ年ごろぐらいに見える女性。きっちりした身なりをしているが、目つきの悪さから勇也と悪い意味で同類であることを隠しきれていない顔つきをしている。

 もう一人は最初に俺へ話しかけてきた女性。やはりスーツ姿なのだが、こちらは顔付きが悪人面でもなければ、何よりも美女といって差し支えない容貌をしている。

 どこで見たのか、そこまでは思い出せなくても、誰であるかは思い出せた。

 ──眼鏡の人は五月の恩師の人だっけか……それに向かいの人は確かあいつらの母親だから……お義母さんか! 

 確か名前は下田さんと零奈さんだったはずだ。

 改めて自分の置かれた状況を振り返る。目の前には亡くなったはずの人や知っている人々の若い姿があって、それにここは今はもう無き母の店。

 何でこんなところにいるのか、俺の最後の記憶は割としっかり覚えている。確か自室にいながらハロウィンのごたごたに巻き込まれて寝落ちをしたはずだ。となるとこれは────

 

「夢……?」

「あ? なーにブツブツ言ってんだよ。いーからこっち来いって」

 

 下田さんに半ば強引に引き寄せられるようにして、ともかく俺は中へと足を踏み入れた。

 敷居をまたぐと一気に周囲の湿度が上がった気がした。空気は水気を帯び、肌で感じられるほどの質量をもっているかのようで、どうしてこんなに湿気ているのかと思えば原因は音と匂いですぐにわかった。

 自分の記憶では三玖がコーヒー豆を挽いていたはずの場所では、鍋がコンロで火にかけられていた。ぐつぐつという音を絶え間なくさせ、立ち上る湯気にはだしの利いた匂いが混じり鼻孔をくすぐってくる。

 席に近づくと、既に三人の皿にはおでんが盛られていた。

 

「こちらにどうぞ」

 

 と、零奈さんが隣の空いている椅子に置いていたハンドバッグをどけて席を譲ってくれた。

 俺は軽く会釈をしてからそこに座る。

 

「強引ですみません。この人たちは悪い人ではないのですが、少々問題児達でして……」

「おいおい言ってくれますぜ。その問題児をぶん殴って従えてたのはどこの誰でしたっけ?」

「従えてなんていません!」

「いやいや、勇也の言う通りですよ。零奈先生ってば学校じゃ常に男をはべらしてたような人じゃないですか」

「誤解を招くような言い方もしないでください! あの子達は勝手に私に付いてきてただけで────」

「従えてたのは事実なんですね」

 

 思わず俺が口を挟むと、睨むような恥ずかしがるような目で「あなたまで!」と振り返る零奈さん。

 直後、正面から親父の大笑いが上がった。

 

「なかなかノリがいいじゃねえか。気に入ったぜ。今日の俺は機嫌が良いからな、金はいらねえから好きなだけ飲み食いしていってくれや……えっと、そういや名前がまだだったな」

 

 すると知っているので本当は紹介などいらないのだが、三人は口々に自己紹介をしていった。

 零奈さんが名乗った時、苗字はまだ中野ではなかった。どうやらお義父さんとは再婚をする前なのだろう。

 

「それでお前さんは?」

「俺は……」

 

 四葉に聞いた話だと、零奈さんが再婚をしたのはかなり最近だという。

 少なくとも五つ子達が生まれてかなり大きくなった後だとか。

 そうなると、時期がわからないがここにはもう俺じゃない親父の息子の風太郎がいるはずだ。

 夢なんだから気を使う必要はないのかもしれないが、俺は咄嗟に答えた。

 

「キンタロー……」

「だせえ名前だな」

「上杉君! 人の名前になんてこと言うんですか!」

「つーかてめぇんとこのガキだって対して変わんねえネーミングセンスだろ。風太郎君だっけか?」

「あ”? 一緒にすんな。うちの子は清く正しくあいつが付けてくれた名前だぞ」

 

 威圧するような声でがなる親父に、俺は聞き逃せない言葉を耳にした。

 ──お袋……! 

 どうして今まで気が付かなかったのか。

 ここが夢であれなんであれ、過去ならいるのではないか。亡くなってしまった俺の母親が。

 見れば店内だって新しいものばかり揃っている。

 小料理屋『うえすぎ』は開店してまもなく店を閉めることになるが、それからは家具も何もかもほこりを被ったままのみすぼらしい様相になっていた。

 だから店内が綺麗ということは、閉店前ということになる。

 それにさっき零奈さんは言った。まだ開店前の店だと。

 それが今日の開店という意味ではなく、新規オープンのことを指しているのだとすれば、かなり時期は絞れる。

 ──俺が大体小6ぐらいの頃だから……

 間違いない。まだお袋は生きている。

 

「あの」

「ん、なんだ?」

「ここっておや────上杉さんの店なんですよね?」

「ああ、看板見りゃそう思うよな。間違っちゃいねえんだが、正しくは俺じゃなくて女房の店だな」

「奥さんはどちらに……勝手にお邪魔するのもなので、挨拶をしたいのですが」

「残念だが今はいねえよ」

「え……」

 

 一瞬、胸が締め付けられる気がした。

 しかし。

 

「病院にいるんだ。つい最近二人目の子供を産んだばっかりでよ」

 

 ──らいはのことか。

 

「それは……おめでとうございます」

「おう、ありがとよ」

 

 祝いの言葉を述べたというのに、どうしてもガッカリの気持ちを隠し切れなかった。

 夢の中でぐらい、もう一度顔を見てみたいと思ったのだが。

 今までだってお袋の夢を見たことはあった。けれど今のような明晰夢でなければ、視界だってこんなにはっきりしていなかった。

 

「てことはこの場って出産祝いですか?」

「お題目としてはな。実際はこいつが飲みたいからって私らを集めただけだよ」

 

 言いながら下田さんは親指で親父を指さした。

 

「お子さんはいいんですか? ……風太郎君がいるんでしょう?」

 

 自分の名前を他人行儀に言うのはむず痒かった。

 加えて隣を見た。零奈の方にだって五つ子が既にいるはずだ。

 俺の知る限り、親父も零奈さんも子供を放っておいて飲んだくれるような人ではなかったはずだが。

 

「うちのも、後ついでに零奈先生のところも今日は泊まりで出かけてるから大丈夫なんだよ」

「そうですか」

 

 そんな偶然があるのか。

 

「だとしたらせっかく祝いの席なのに邪魔をしてしまってすみません」

「俺が良いって言ったんだから気にすんなよ」

 

 それより、と親父は手を一つ打ってからテーブルに置かれていた熱燗を手に取った。

 

「長話しちまったな。せっかくなんだから飲んで行けよ。酒は飲めるよな?」

「ええ、まあ」

「玉虫色の返事だな。下戸なら下戸って正直に言っておけ? 勇也の馬鹿は加減を知らねえからよ」

「いえ、大丈夫です」

 

 いまいち場の空気に乗り切れていないだけなのが態度に出てしまったらしい。いけない。

 あくまで主観的な意見ではあるが、俺は飲んだとしても五つ子の見分けがつかなくなるぐらいで他の酔っ払い的な症状は出ない方だと思っている。

 それこそ酔態を晒したのはこの夢に突入する直前に一花へ見せたのが初めてかもしれない。

 ……どれだけ三玖のやつクッキーに酒を入れやがったんだ? 

 

「それじゃあ新しい飲み仲間も増えたということで改めて、乾杯!」

「乾杯」

 

 親父の音頭に合わせて、俺を含めた一同がお猪口を上げた。

 一口付けると、切れのある辛口の熱燗が下から喉へ、そして胃まで下って行って通り道を温めていく。

 飲んだ直後だからまだ酒が回るわけもないのに、体中がかっと熱くなった気がした。

 

「早速だけどよキンタロー、オメーは”いい人”とかいるのか?」

 

 一番に日本酒を飲み下した親父が初対面相手におよそ初っ端からするべきとは思えないことを訊いてきた。

 それに答えたのは俺より早く零奈さん。

 

「あら、左手を見れば一目瞭然ではないですか」

 

 言われ、親父たちだけではなく俺も自分の左手を見た。

 最早体の一部になっているといっても過言ではないほど体に馴染んでいた結婚指輪が照明に反射してきらりと光る。

 直後、下田さんが頭を抱えて仰け反った。

 

「かーっ、独り身わたしだけかよ。F〇ck!」

「下田さん。言葉遣いが汚いです。それでも先生ですか」

「いいじゃないっすか、無礼講すよ無礼講」

「無礼講って、あなた日頃から無礼じゃありませんか」

「やだなぁ先生。私は先生の前じゃおしとやかで通してますよ。先生無しのこいつやマルオの前じゃもっと酷いですって」

「確かに」

「何共感してやがんだ少しは否定しろや張り倒すぞてめぇ」

「共感してやったのに脅されるの理不尽すぎやしねえ?」

 

 言葉ほど不満でも無さそうに、というかどうでも良さそうにおでんを摘まむ親父。

 別に疎外感を感じているわけではないが、俺に向けた話だったところから気が付けば三人だけで進んでいく会話を眺めつつ、俺も親父に合わせて自分の分のおでんをつっついた。

 箸をつけたのは大根で、よくつゆを吸っていて手ごたえなどしないほどあっさり箸は通った。

 一口運べば口の中でほろほろ崩れていき、飲み込むとダシが体中にしみわたっていく気がした。

 味付けは期待して食べたものの、お袋の味とは違かった。産後らしいからお袋が帰ってきて料理などできるわけがないので、これは下田さんか零奈さんの味付けだろう。

 黙々とおでんを消化していると、話に入れていないこちらを気にかけてくれたのか零奈さんが話しかけてくる。

 

「こちらの話ばかりしてしまってすみません。差し支えなければですが、お子さんなんかもいらっしゃるんですか?」

「四歳になる娘がいます」

「まぁ! 可愛い盛りじゃないですか」

「うちのらいはほどじゃないだろうがな」

「張り合うんじゃねえよ。大体おめぇはまだガラス越しで顔を一度見ただけじゃねえか勇也」

「それで十分だよ。うちの子が一番可愛い」

「親バカ野郎が」

「親というのは誰だってそんなものですよ」

 

 とはいうものの、らいはが可愛いことなど俺だって知っている。

 だから親父の言うことには同意ではあるのだが、うちの楓だって負けてない。

 どっちが勝ってるかというと……選べねぇ……

 

「うちにも娘がいるんですよ。もう小学六年生と結構大きくなってしまいましたが」

「知ってるかキンタロー君。零奈先生のところの子は五つ子なんだぜ?」

「そりゃ、育てるのも大変そうですね」

 

 実際、あの五人の先生をした身としては心の底から同上と共感をしてそう言った俺であったが、ふと見れば真顔の親父たち。

 

「驚かねえんだな。俺なんか初めて聞いた時はたまげたもんだが」

「あっ……そうなんですねぇ! 五つ子なんて本当にいるのか。ドラマでしか見たことなかったですわ!」

「何か白々しいなあ」

 

 と、ジト目で睨んでくる親父。

 その隣でため息を吐く下田さん。

 

「にしても、おかげで見分けるのが大変でよ。私なんか写真でしか見たことねえから、いっつも先生から話を聞く時写真のどの子のことを話してるのか必死で仕方ねえよ」

「俺もそうだわ」

「あら、言ってくれれば普通に教えますのに」

「……零奈さんはもちろん見分けられるんですよね?」

 

 分かり切った質問を問いかける俺。

 いわゆる祖父譲りの『愛があれば見分けられる』というやつはこの時からあったのかと聞いてみたかった。

 

「いえ全然」

「全然!?」

「勘で呼ぶと結構当たるんですよね、これが」

「まるで愛がない!」

 

 あいつら泣くぞ。特に五月あたりが。

 

「冗談です」

「……本当に?」

「冗談です」

「二回目の冗談はどっちの意味ですか……!?」

 

 零奈さんの二重否定の真意を探ろうとしていると、横からがんもどきをつつきながら下田さんが、

 

「零奈先生が冗談なんて珍しいっすね」

 

 と言った。

 

「あら、私だって冗談の一つぐらい言いますよ」

「そうでしたっけ? 私らが高校で世話になってた時は冗談どころか仕事のこと以外話さない人のイメージだったんですけど」

「……もしかしたら、彼のおかげかもしれませんね……一緒にいるとお互い静かなので、自然と話すようになりましたし」

「あのストーカー野郎ですかい。男なんだから少しはリードしろよ……」

「上杉君!」

 

 親父に向かって怒鳴る零奈さん。聞き捨てならない単語に俺も思わず箸を止めた。

 

「ストーカー?」

「違います。ただの私の……ファンと名乗ってる人です」

「ファンって、話を聞いてる限り零奈さんって先生をされてるんですよね。ファンなんて付くもんなんですか?」

「それが付いちまうんだよなぁ……零奈先生の美貌がありゃな」

 

 下田さんの補足に改めて零奈さんを見る。

 確かに美人ではあるが。というかこの人の娘を娶っているわけだから俺的にもかなり良い線いってる人だとは思うが。

 いや、お義母さん相手に何考えてるんだ。

 

「とにかく、そんな人がいるなら迷惑じゃないんですか?」

「迷惑……というわけでもないのですよね。色々助けてもらっていますし」

「……付きまとわれてるわけじゃないんです?」

「零奈先生の教え子で、俺らとタメのやつなんだよ」

 

 どうも会話がかみ合わないというか、核心の部分がズレた会話をしている気がしていたが、同じように感じていたのか業を煮やした親父が口を挟んでくる。

 

「昔っから勉強ばっかりのガリ勉でよ。それに生徒会長までやってやがっていかにも優等生気取ってるくせして、零奈先生の魅力にメロメロになってファンクラブまで作ってたやべー奴がいるんだよ」

「あの、その辺にしていただけませんか……言葉遣いがはしたないですし、その、恥ずかしいです……」

 

 顔を赤らめている零奈さんを横目に、そんな話どっかで聞いたことがあるなと俺は思い出していた。

 学年一位(俺もだったが)で生徒会長……確かそんな話を聞いたのは高校の学際の時の……

 ──お義父さんか! 

 思わぬところで頭の中の情報モンタージュから犯人像が浮かび上がった。

 あの人が女の人に惚れ込んでファンクラブ作るって、キャラじゃないにも程があるような……

 ──つーか、俺の夢にしては俺の知らないことが出てき過ぎじゃねえか……? 

 というか親父のお義父さんに対する言いたい放題っぷりも妙に棘があるように感じる。

 記憶だともっとフランク……少なくとも親父からは一方的にフランクに話しかけていたような気がするが。

 

「言いたい放題ですね。おや──上杉さんはその人のこと嫌いなんですか?」

「別に? 別に普通の良いダチだぜ」

 

 すると横から下田さん。

 

「腐れ縁だけどな」

「ちげえねえ」

 

 言って、言葉ほど不愉快でもなさそうに、むしろ嬉しそうに笑うと親父は酒を煽った。

 

「あんな野郎とも付き合っていけてるんだから、俺たちを繋いでくれた零奈先生には本当に感謝してますよ」

「何ですか急に。褒めても何も出ませんよ」

「本心ですよ」

「あなた酔ってきてますね? まったく……」

 

 そう言いながらも、零奈さんはは親父の酒を取り上げることはせず、むしろ付き合うように空いていた自分のお猪口に注ぐべく熱燗に手を伸ばした。

 

「あ、先生。私が注ぎます」

「ありがとうございます。下田さん」

「──それにしても、マルオのやつも今日来ればよかったのによ」

「仕事が忙しいみたいですよ。いつものことですね」

「そんなに仕事が好きかね。昔っから机に噛り付いてばっかりだったし。うちの風太郎には、あんなガリ勉野郎にはならないでもらいてえもんだわ」

 

 ──悪い親父。多分あんたんとこの子もうすぐそうなると思うぞ。

 というかこの時期の俺はまだやんちゃしてた頃だったのか。

 ──あれ、この時期で俺が泊まりに出かけてて、しかも五つ子のあいつらまで出かけてる時期っていったら……

 考えていると、突然零奈さんの鞄から携帯の着信が鳴った。

 

「すみません、ちょっと失礼しますね」

 

 断りを入れてから零奈さんは取り出した携帯をその場で耳に当てた。

 三人の誰でもなく、そっぽを向いた状態で小声で話していると突然「ええっ」と大きな声が挙がった。

 

「どうしたんですかい零奈先生?」

 

 訊いてくる親父に、電話の受話口を抑えながら零奈。

 

「……うちの子の一人が、四葉が、修学旅行先で行方不明になったと今引率の先生から電話が……!」

「なっ……!」

 

 ──やっぱり……! 

 絶句する親父と下田さんを横目に、自分の予想が当たっていたことを俺は確信した。

 今日は修学旅行の日、思い出の子と出会った日だったらしい。

 そんな大切な日の夢を見て、どうして京都に今いるであろう自分自身の追体験をするのではなく、こんなところにいるのだろうかという気持ちにはなった。

 ──というか、いなくなったのは四葉? 

 十数年来の謎がおかしなとところで解けた気がするが、夢なので真に受けない方がいいだろう。

 

「今、先生方も必死で探してるらしいですが見つからないらしく……! どうしましょう、私も行った方がいいですよね。でも大分お酒が入ってしまっていますし、力に慣れるか……! どうしましょう……!」

 

 そう言いながらも、酔いなどどこかへ吹き飛んだかのように赤い顔が一転して青い顔になっている零奈。

 親父たちも何かできることはないか、下田さんと二人で話をしている。

 その三人の光景を眺めながら、俺だけが唯一平然としていた。

 

「あの、零奈さん。落ち着いてください」

「ですが……!」

「まずは落ち着いて、探しに行ける人に連絡をしてみてください。例えば……さっき言っていたあなたのファンの人とか」

「中野君に……? でも彼はうちの子とは関係ないですし、それに今日も忙しいはずなのですが……」

「多分、大丈夫です」

 

 この先の展開が俺の知ってる通りなら、その人は行ってくれるはずだ。

 

「それと、騙されたと思ってその人には京都に着いたら真っ直ぐ向かってもらいたいところがあるんです」

「なんでそんなことを……何か心辺りがあるなら、今先生に電話をすればいいのではないですか」

「それだと……」

 

 それだと恐らく、今頃はまだ清水寺あたりをうろついているであろう俺たちが碌な会話もせずに引き離されてしまう。

 そうなる展開は、なんとなく嫌な予感がした。

 

「それだと多分見つかりません。勘ですけど、多分俺の言ったとおりにすれば上手く行くと思います」

「勘って、ちと適当すぎやしねえか?」

 

 先ほどまでの空気はどこへやら、冗談が通じない目で凄んでくる下田さん。

 流石は元アウトローというべきか、十分威圧できるほどの迫力があったが、こっちは親父を相手にして慣れている。

 

「俺の勘はよく当たるんです。だから、信じてください」

 

 本当は勘でもなんでもなく、この夢の世界が同じ歴史を辿るならなるべくしてなるだけなのだが、俺は嘘を吐いた。

 嘘を吐けないと告白してくれた四葉との出会いが、俺の嘘から始まるだなんて、皮肉だと感じながら。

 ………………

 …………

 ……

 

 

 

 

 

 目が覚めた。

 頭はこの世の終わりかと思うほど痛く、目覚めは最悪だった。

 枕元のスマホを見ると土曜はすっかり昼を過ぎ、今日が休日で良かったと心の底から思わずにはいられなかった。

 電源を入れると、最近のスマホは優秀らしく、こちらからの操作をもって起床したと判断したのかどさどさと通知が流れてくる。

 その中に、親父からのメールも混じっていた。

 

『変な夢見たぞ。昔、四葉ちゃんの母親やダチ達と飲んでたところに、お前が混じってくる夢だ』

 

 そのメールに俺はその場で返事をした。

 

『俺も見た気がする』

 

 返事はすぐに来た。

 

『奇遇だな。ま、所詮は夢だけどな。確かにあの日は先生たちと飲んでたが、お前なんて来なかったしよ』

「────」

 

 その返事を見て、少しだけガッカリした。

 あんなにハッキリとした夢なのだから、もしかしたら一パーセントくらい、タイムリープしたんじゃないかと思ってしまうぐらい質感のある世界だったからだ。

 スマホの画面を消して、布団から出た。

 部屋を出ると、一階からテレビの音がした。楓が好きな教育テレビの番組だ。

 

「あ、風太郎やっと起きた。おそよーだよ。ね、楓」

「ふーたろー、おそよー」

「……わり、少し飲み過ぎた」

 

 俺はまだ痛む頭を押さえながら階段を下りる。

 早く顔が洗いたかった。

 すると意外そうに声を挙げる四葉。

 

「え、風太郎お酒飲んだの? 昨日は三玖のクッキ―食べたり忙しそうにしてたじゃん」

「そのクッキーに酒が入ってたんだが……」

「ちょっと何言ってるか分からない」

「お前も味見で食ったんだろ? 気付かなかったのか?」

「そういえばちょっと独特な味だったから、せっかくのオリジナルの味付けならもっとしっかりやった方が良いよってアドバイスしたらどぼどぼなんかかけてたかも」

「あのアルコール度数96%のクッキーはお前のせいだったのか……!?」

「あれお酒だったんだ。だから三玖がクッキー焼いた時に爆発したんだね」

「なんで爆発するクッキーをお前は俺に渡してきたんだよ……!?」

 

 アルコールが可燃性ということをこいつはご存じないのか……? 

 だとしたら四葉にはもう一度理科を教えてやる必要がありそうだ。

 

「もういい、とにかく顔洗ってくる」

「はーい。早く戻ってきてね。一緒に朝ご飯食べようと楓と待ってたんだから。ねー?」

「ねー」

「朝ごはんって、もう昼過ぎてるぞ……」

「誰のせいだと思ってるのっ」

「……すまん」

 

 昨日の時点だとまさか酔いつぶれるとは夢にも思っていなかったのだが、酒入りと分かった時点で目覚ましをかけておくべきだったかもしれない。

 尻に敷かれているなと感じながら、俺はさっさと自分の用を済ませようと洗面台へと足を運────ぼうとして足を止めた。

 

「そういえば四葉」

「んー?」

「京都での約束、守れなかったって悔やんでたのあれお前だったのか」

「……ふぇっ!?」

「やくそくって?」

「……マジで当たりなのか?」

 

 夢の話だから半信半疑だったのだが。

 

「か、かまかけたの!? というか何で風太郎が今更そんな話するのさ!?」

「まあ……色々あってな」

「色々ってなに!?」

「色々は色々だよ。お前に聞いたのだってただの興味本位だったし」

「全然わかんないんだけど!」

 

 完全に不意打ちだったのだろう。

 驚かされた猫の如く、威嚇めいた不機嫌さを上げ始める四葉に対して、軽率に確認をすべきでなかったと今更ながら後悔した。

 ──今日は家族サービスの日になりそうだな……

 

「ま、あの子がお前で良かったよ」

「────」

「飯、もうあっためててくれ。すぐ戻るから」

 

 そう言ってから、今度こそ俺は顔を洗いにその場を後にした。

 

「やくそくってー?」

 

 後ろからは四葉からの返事はなく、ただ楓からの質問だけが繰り返し上がり続けていた。

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