生塩ノアにまつわるエトセトラ   作:アラベスク@arabesuque_38

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網膜を灼く

「先生? どうされました?」

「え、ああ……うん、なんでもないよ」

 

 シャーレの執務室。

 この日は当番をお願いしていたノアとローテーブルを挟んで、向かい合った状態で書類の整理をしていた。

 

「先生、この書類なんですが…………先生? 大丈夫ですか?」

「え? ああ……この書類はね──」

 

 ノアがうっすらと顔に笑みを浮かべながら私の顔を覗き込む。ああ……またやってしまった。

 書類仕事が得意なノアにはよくこの仕事の手伝いをしてもらっている。そういった意味では見慣れた光景なのだけれども、今日の私は今みたいにどこか上の空だった。

 

「先生? さっきからどこを見ているんですか?」

 

 くすくす、と頬に手を当てながら微笑むノア。

 ゆったりと、もったいぶった緩慢な挙動で脚を組み替えた。珍しく、タイツを着用していない生足が艶めかしい動きで視線を奪う。ユウカと比べると幾分かほっそりとしているが、健康的な肉付きのふとももが重なり合った瞬間に「ぎゅう」と押し潰れカタチを変えていく。

 脚を組み替える刹那、いつもよりも心なしか短いスカートの奥が垣間見えてしまいそうになった。いつもは膝を揃えて行儀よく座る彼女には珍しく、慣れていないからなのか頻繁に足を組み替えている。

 

「24回。 ────この数字が何かわかりますか、先生?」

 

 ノアの声にハッとして顔を上げる。バッチリと目のあった彼女は、蠱惑的な笑みを浮かべていた。

 

「ふふ……この5分間で先生が私の脚をちらちらと見ていた回数です♪ スカートの奥がそんなに気になりますか?」

 

 まあ、とわざとらしく両手を顔の前で合わせるノア。「記録しておきますね♪」とイタズラっぽく笑う彼女を前にして、何も言うことができなかった。

 

 事の始まりはいつだっただろうか……──もう覚えていない。

 いつの頃からか、ノアはこうして私のことを誘惑するような素振りを見せ始めた。最初は何かの冗談かと思っていたけれど、こうも立て続けにされていると嫌でも気が付いてしまう。

 

 何故彼女がこんなことをし始めたのか、理由はわからない。

 最近ではノアからからかわれることに慣れてしまって、随分と彼女が求める新鮮なリアクションを取ることが減っていた。

 だから最初は……彼女が私の反応をおもしろがって、イタズラの方法を変えただけなのだろうと思っていた。

 

『12回……先生が私の顔を見た後、すぐその下の胸に視線を向けた回数です』

 

 ある時はいつも上まできっちりと止めたシャツのボタンを二つも外し、ネクタイを緩めて「暑いですね」と胸元をパタパタと扇ぎ始める。

 スラっとした体躯には不釣り合いな程に豊満なバスト。ボリュームのある胸元から垣間見える深い谷間に目が仕込まれてしまった。

 

『ふふっ♪ そんなに胸元が気になりますか?』

 

 クスリ、と妖艶な笑みを浮かべ、わざとらしく「えっち♡」と呟いたノアに黙って首を垂れるしかなかった。

 

 

『──……どうしてジャージ姿なの?』

『あら、先生。おかえりなさい。今日はシャーレのお掃除をしようかと思いまして』

 

 またある時は、晄輪大祭の時に身に着けていたジャージ姿のノアと対面した。

 ブルマから伸びる真っ白な生足。彼女のバストに負けず劣らずのボリュームがあるヒップを、こちらに突き出すようにして床の掃き掃除をする彼女。

 下品にならない程度に強調されてセクシーな曲線を作り出す臀部は、彼女が身動ぎするたびにぷるぷると震えた。大きく突き出され、みちみちと張った彼女のおしり。もう少し目を凝らせば下着のラインが見えてしまいそうで────、

 

『先生? ボーっとしてないで手伝ってください』

 

 ノアに声を掛けられて自分が彼女に熱い視線を送り続けていたことに気が付いた。「仕方がないですね」といった感じで意味深な流し目を私に送る彼女からゆっくりと視線を逸らす。

 視界の端で私に見せつけるように、おしりの食い込みを直す姿。それを横目で見てしまった私に向けて「気づいてますよ」とでも言うかのようにブルマから離れた指がVの形を取る。

 

『ふふ、大丈夫ですよ。あとでちゃんと構ってあげますから♡』

 

***

 

 と。そんなことが繰り返されていた所為で、最近では嫌でもノアのことを意識してしまう。聖職者としてあるまじき感情を抱いてしまいそうになる自分をなんとか押し留めていた。

 ここキヴォトスは先生と生徒の恋愛は違法ではない。違法ではないのだけれども、いい歳をした大人が一回りも年齢が下の女の子に誘惑されて陥落しましたでは恰好が付かないのだ。

 

「今日こそは毅然とした態度を取るぞ」

 

 今日はユウカとノアの二人が当番の日だ。流石のノアもユウカと一緒の時くらいは誘惑も控えめになってくれる──なんて甘いことはなく、ユウカに見えない角度からちょっかいを掛けてくるから余計にたちが悪い。

 ユウカと真面目な話をしている時に、スカートの裾を下着が見えるか見えないかのラインまで持ち上げたノアに視線を奪われて「真面目にやってください!」とユウカに怒られたことは記憶に新しい。

 でも、今日の私は一味違う。今度こそは絶対にノアには負けないぞ────!

 

「「先生、おはようございます」」

 

 仲良く並んでシャーレにやってきた彼女たちを出迎える。

 ユウカには領収書の整理を、ノアには書類の整理をお願いした。

 仕事を始めてすぐの間は特に動きを見せなかったノアだが、しばらくするとやたらと私の背後に立つようになった。

 背後に彼女の大きなふくらみの気配を感じる。花のような甘い香りが漂っていた。

 

「先生? この書類ですが……」

 

 背中越しにノアがデスクに座る私の前に書類を差し出す。後頭部にふにっ、とした感触。押し付けるのではなく、柔らかさが感じられる程度に軽く当てられただけだというのに全神経が後頭部に集まってしまうかのような存在感。

 このまま後ろに身体を傾けて、彼女の胸に頭を埋めてしまいたいという抗いがたい欲求が私を襲う。

 それでも……私のことを揶揄うような声音を感じ取って、なんとか平静を装った。

 

「ノア、近いからちょっと離れてもらってもいい?」

「あら……──ふふっ、はい」

 

 いつものように慌てふためく私を想像していたからなのだろうか、少し意外そうな声を上げた彼女が軽く笑って身体を離した。

 ──どうだ、まず最初のは耐えたぞ、と妙な達成感を覚えた私は、何事もなかったかのように距離を取った彼女の方に向き合おうとして────、

 

「あら……?」

 

 ──一瞬の出来事だった。見たことのないドローンが凄まじいスピードで執務室に突っ込んできた。びっくりして声を上げる間もなく、部屋を横切るとそのまま外へと飛び出していった。

 幸いにも私とノアにぶつかることはなかったのだけど、ドローンが通過したことで発生した突風が私たちを襲う。

 

「きゃっ」

 

 フワッ、と大きく捲れ上がったスカート。一瞬の出来事だったはずなのに、私の目にはスローモーションのようにゆっくりに見えたその光景が焼き付いてしまった。

 ノアのスラリとした脚を包む漆黒のタイツ。普段は鉄壁のスカートで守られた部分が眼前に晒された。夏場だからか普段よりもデニール数の少ない生地はいつも以上に頼りない。

 下に透けて見えたのは、黒地に映える純白の布地。豪奢な飾りが施されたショーツはその下の肌まで見えてしまいそうな透け感のある総レース。デリケートゾーンだけを覆うような頼りない生地面積で、サイドは紐で括られていた。

 普段から穿くようなデザインではなく、まるでこれは────、

 

「────…………見ましたか?」

 

 蚊の鳴くような声。耳まで朱に染めたノアがスカートの裾を握りしめていた。

 俯いた顔は長い髪に隠れて表情までは伺えない。ここで「何を?」と、スマートに言えればよかったのだろうけれども。

 

「あの……その……ご、ごめん」

 

 カラカラに乾いた喉からようやく発せられたのは謝罪の言葉。明言しなくても目に焼き付いてしまったことを告白しているようなものだった。

 

「~~~~~ッッッ」

「あ! ノア!」

 

 ダッと普段見ることのないスピードで踵を返し、走って執務室から飛び出していく彼女を止めることができなかった。

 

「せ~ん~せ~い~?」

 

 彼女に手を伸ばしたままの中途半端な態勢で固まる私。その後ろからユウカの怒りに満ちた声が聞こえてくる。

 

「い、いや、これは……私もわざとじゃなくて……」

「はぁ~~~……そんなことくらい、私もわかってますよ」

「────へ?」

 

 てっきりユウカにこっぴどく怒られる、とばかり思っていた私は、間の抜けた声を上げてしまう。

 呆れたように腰に手を当てて、人差し指を立てた彼女。「いいですか? 先生」と少し怒ったように口を開く。

 

「知ってますか? ノアったら先生に会う時は必ず勝負下着(とっておき)なんですから。そういうところ、ちゃんとわかってあげてくださいね?」

 

 ふふ、とおかしそうに笑うユウカの言葉。

 その衝撃的な内容は、一瞬頭に入ってこなかった。いや……理解することを拒んでいただけなのかもしれない。

 

 だってそれは────彼女のあの姿は私のため、ということで。

 そんな万全の準備をした彼女が、私の前であんなことをしてきて。

 イタズラだと思っていたことは、実はそうではなかったということで────、

 

 

 目に焼き付いてしまった光景は────、

 

 しばらく瞼の裏から離れてくれそうにはなかった。

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