カスミが帰って行き、丁度太陽が真上に登る昼過ぎ。
快晴の空の下に気持ちのいい爽やかな風が吹き、俺は剣を携えてNPCやプレイヤーが来住する街中を歩いて、煙突から煙が上がる鍛冶屋の入口までやって来た。
俺は何度もモンスターを斬ってきたせいで消耗した愛剣を整備して貰うためにここに訪れた。
この剣を作ってくれたのもここの鍛冶屋の店主である鍛冶師だ。昔からずっと世話になってるし、最も信頼できる鍛冶師である。
「お邪魔します」
扉を開ければ直ぐ目の前に工房がある。視線の先にはカンカンとハンマーを振って汗をダラダラと流しながら熱によって赤く染まった鉄を叩いているドワーフのジジイがいた。
「匠」
「……」
名前を呼ぶが匠は目の前の事に集中しきってハンマーを振り下ろすのを止めない。
こうなっているとどれだけ呼びかけても無駄なので工房の端にある椅子に座って待つことにする。
カンカンとハンマーが鉄を叩く音と、バチバチと火が燃える音だけ響く。
鉄を叩く度に散っていく真っ赤な火花がドワーフの男に直撃しているが、気にした様子もなく一定のリズムで叩き続ける。
瞬きを全くせず、汗が地面を濡らしまるで怒っているかのような表情でずっと手元を見続けている。途轍もない集中力で、俺のことなど全く気づいてないのだろう。
段々と鉄が形を変えていく様は案外見ていて飽きない。
炎の中に剣の剣身の形となったそれを入れ、暫くして真っ赤に染まった金属をトングで取り出し、水に入れる。
ジュワ〜と熱が急激に下がる音が響き黒く染まった剣身をドワーフの男は色んな角度から見て、満足したのか頷いて同じ様な物が並べてあるテーブルにそれを置いた。
「お?エスか、いつの間に?」
「さっきからずっといたよ。匠の事呼んでも気づかなかったから待ってたんだ」
匠は満足気な表情で振り向き、漸く俺の存在に気がついた。
やっとか、と何十分も座り続けた俺は椅子から立ち上がり、固くなった身体を伸ばして、持っていた剣を匠に見せつける。
剣身は炎みたいに燃えるような紅と銀、持ち手の柄は紅と金の装飾が施されているブロードソード。
「この剣……かなり無茶したな?」
「まあ、それなりに」
匠は俺から『天炎剣ヘブンズブレイズ』を受け取り、触ったり、ひっくり返して見たりして目を細めた。
素人の目には新品の剣と何も変わっていないように見えるが、匠から見たら前回最後に見たときよりも光沢が鈍り、切れ味が僅かにだが落ちていることに気づいた。
「前回来たのは一ヶ月程前か、その時もかなり摩耗しとったの。何と戦えばこんな速くボロボロになるんだ?」
「ボロボロって、特に見た目は変わってないけど……」
「バカもん!鍛冶師からしたらボロボロもボロボロよ」
俺の視点から見た剣は刃こぼれもしてないし、定期的に簡易だが磨いてるから特に壊れている様子はないのだが、鍛冶師から見れば怒鳴るほど消耗させていたようだ。
一ヶ月前といえば『
「それで整備を頼みたいんだけど……」
「見ればわかる。明日同じ時間に来い。それまでには終わらせとる」
「ありがとう。また来るよ」
そう言って俺は『天炎剣ヘブンズブレイズ』の鞘も一緒に置いて行って匠の工房を後にした。
匠は元の位置に戻り、新たな鉄を炉に入れて作業を再開した。
●
目的だった事も達成し、暇になった俺は久しぶりに街中を散歩する。昨日はギルド行って酒場で飲んで直ぐに帰ったから街全体を見渡すことは無かったが、よくに見れば俺達が居なかった一週間で少しだけ景色が変わっていた。
例えば
東側の青い屋根の家は赤い十字の模様の看板を吊るし、店前で店員と思われる人が「オープンセール中です」と大きな声で客寄せしていた。
西側にも珍しい色の野菜や果物を売る新しい八百屋ができており、ねじり鉢巻のおじさんが「安いよ安いよ!」と声を上げていた。
人通りが多い
「おいおい、あれって『
「生きてたのか、一週間も見ねぇからてっきり」
「アホか、最強候補の一人だぞ。簡単に死ぬかよ」
「確か『
「『
「すげーよな!」
「……」
(恥っず!!!)
視線を感じたから顔を動かさず目線だけ向けて聞き耳をたてると俺の噂話が聞こえてしまった。
一部のプレイヤーは二つ名という痛い名前が付けられている。これは半年程前から掲示板内で活躍した冒険者や有名なプレイヤーへと送られる洗礼であり、最初は掲示板内だけの呼び名だったものがいつの間にか今のように人々に周知されて、知らないうちに定着してしまった物だ。
これを気に入っている
(なんだよ『
俺は変に思われないくらいに早足でその場を去る。
一応シオン、ソウタ、マサムネにも二つ名はある。それぞれ『
それでも、俺に横目を向け、囁きあう声が無くなることはない。自分で言うのも何だが最強候補と呼ばれ、何度も武勲を立てた俺の名はかなり有名だ。クランを建てたり、入ったりせず、パーティのみで最前線まで駆け上がった俺達は異質だ。
普通はクランの恩恵を得て強くなっていくのがセオリーなのだから。
まあ、俺達以外にも恩恵無しで強い奴はチラホラいたりする。
『
「ふぅ、ここなら大丈夫そうだな」
少しいたたまれないので、
プレイヤーは誰もおらず、NPCも見る限り四、五人程度しかいない少し狭い道だ。
「何が大丈夫そうなの?」
「うわっ!?」
後ろからの声に驚き、すぐさま反転して一歩だけ退く。
ここが人通りの少い所で良かった。危うく 後ろから声をかけられただけで驚く最強候補(笑)になる所だった。
「ふふふ、何驚いてるのよ?」
「こ、コロッケちゃん?何でここに?」
声をかけてきたのは水色と白のメイド服に似た格好をした青いショートヘアの猫獣人の女の子だった。
コロッケちゃんはリリムと同じ『勇者の飯処』で働いているウエイトレスで、かつ冒険者をしている子だ。午前中は基本外で食材となるモンスターを狩ったりしていて、午後からお店の手伝いをしている。この時間帯だと何時もなら仕込みの最中な筈なんだけど。
「買い出しよ。リリムが塩と砂糖間違えて買って来ちゃったから私が代わりに
「あー、リリムらしいな」
コロッケちゃんは仕方なくといった表情だ。リリムはうっかりしているときが有るので大体その時はコロッケちゃんが尻拭いしている。
「今回の買い出しも昨日サボってた罰でやらせたのに結局私が行くんだから」
「うっ、ごめん俺達のせいで」
コロッケちゃんはジトーっとした目で俺を見つめる。
コロッケちゃんは昨日の夜、俺達がリリムと喋っていたことに気づいていたみたいだ。まあ、あれだけ長々と会話していればバレるだろう。
リリムがサボっていたのも悪いが、俺達も注意せず楽しく喋っていたのも悪い。
だが、途中で止めに入らなかったということにコロッケちゃんの優しさが伺える。
「いいわよ。どうせいつものことだもの。その代わりまたお店に来なさいよ。あんたらが来ないとリリムが面倒くさいのよ」
「うん、勿論。ダンジョン探索が終わったらまた行くよ」
コロッケちゃんは俺の言葉に笑顔で頷いた。
そろそろ行くわ。と、言うとコロッケちゃんは
俺もそろそろ帰ることにする。
明日はまた鍛冶屋に行って剣を受け取りに行かなければならないし、ダンジョンへ遠征するために準備しなければならない。ソウタにシオンとマサムネにも伝達しておけとは言ったが、何もして無い可能性もあるので、さっさと帰って、必要なものをチャックしないとな。