二日後ダンジョン探索当日、時間帯としては朝七時ぐらいで、既に一部のプレイヤー達は行動をし始めていた。
俺は以前より増して美しい光沢を放つ愛剣を携え、綺麗に洗濯した装備を身に着けて玄関前で持ち物の最終チェックをしていた。
匠によって完璧に整備された『天炎剣ヘブンズブレイズ』は元の切れ味を取り戻し、魔力を込めると現れる炎は何時もより大きく絶好調だ。
ただ、整備代金が五十万Gもかかり、少しだけ財布が軽くなってしまった。『天炎剣ヘブンズブレイズ』の元となった鉱石を持ち込めば割引できたが、生憎手持ちに無く、泣く泣く払うこととなった。幸い貯金はまだ四千万G程あるので困窮する事はない。
今回向かう先は銀色の雪原なので、かなり寒い。今の格好じゃ寒くてまともに動くことも出来ないだろう。だから寒気耐性を一時的に得ることが出来るポーションや、もこもこした暖かいローブ、お湯が無限に出る魔道具とスープの素やココアの粉をメニューのアイテムボックスに入れておく。勿論HPやMPを回復できる普通のポーションも持てるだけ持つ。
後は、この街から雪原までの距離はかなり離れている。ダンジョンの中で何日も過ごす可能性もあるので、キャンプ用具は必須だ。テントや寝袋、ランプ、モンスター避けのお香、食料等を詰め込んで、更に着替えも入れる。一日で終わるやろとか思って一週間ずっと沼って汗臭くなった下着を履き続けた事は忘れない。
「確認よし」
忘れ物が無い事を確認してメニューを閉じる。
「エスさん、カスミさん来たよ」
少し勢いがありながら外から玄関の扉を開けてシオンが顔を出す。
金髪碧眼という勇者然とした格好にも関わらず、凡人感が抜けきらない雰囲気をした顔は少しだけ驚嘆を滲ませていた。
俺は不思議に思い、シオンの後に続いて外に出る。
「これは!?」
視線の先には少し大きめのほろ馬車があった。
二頭立ての四輪馬車で、御者が乗る席にはマサムネが呑気に手を振って、ソウタが馬とじゃれ合っていた。
「銀色の雪原までかなり距離があるからな。移動用に借りてきたんだ」
後ろの荷台から降りてきたカスミが馬車を見ながら告げる。
この世界では街から街への移動は自分の足でしなければならない。転移魔法とかいう便利なものはほんの一握りの者しか使えず、その者たちは全員クランに所属している。お金を払えば使ってくれるかもしれないが、現在は遠征中でこの街には居ない。他にも専用の魔道具でゲートを開いて対応した座標に移動でする方法もあるが、雪原の近くに魔道具は設置されていない。故に一週間かけて歩きで向かうつもりだったが、気を利かせてカスミが馬車を用意してくれたそうだ。
「高くなかったか?」
「ノアの金で払ったから問題ない」
「そ、そうか」
カスミは平然と騎士団に捕まってる人物の金を使ったと言った。ノアの所業はこちらも知っているが、少しだけ可哀想に思った。
「エスさん!この馬凄いデカイよ!」
「体格もガッチリしとるよな」
「馬なんて初めて触ったかもしれん」
三人はブルルルと鳴く馬に触ったり、ぐるぐる見て回ったりして夢中になっていた。
今まで馬なんかよりも大きなモンスターと戦ってきたのに今更ちょっと大きめの馬ではしゃいでる姿はちょっと面白かった。カスミも今更何をと呆れ顔だ。
「因みに運転は誰がするんだ?俺は馬車の操縦なんてしたこと無いよ」
御者が居るようにも見えないし、俺は当然馬車なんて乗ったこと無い。他の三人も運転できるようには見えないし、ここに馬車を持ってきたカスミがやるのか?と視線を向ける。
「ああ、それなら大丈夫だ。馬に行き先を設定すれば自動で動いてくれる」
「ゲーム世界だな」
そこはプレイヤーが操縦するわけじゃないんだなと思う。
「設定は私がする。前回も馬車を使って行ったからな。やり方は分かる」
「任せる。距離的に片道一週間はかかりそうだと思ってたけど、これなら半分未満の時間で辿り着けるな」
俺は後ろの荷台に足をかけて乗り込む。
馬車の内部は狭いかと思っていたが、案外広く、これなら全員で乗っても広々と使えるだろう。座席部分もあり、丁寧に座布団も敷かれていた。
「念の為に御者台に見張り役を置いとこう。道中モンスターに襲われるだろうし、馬車が傷ついたら弁償しなきゃならないし」
「じゃあ僕がやるよ。楽しそうだし」
シオンはカスミの言葉に真っ先に手を挙げた。
御者なんて現実世界でも体験したこと無いが、自動で目的地まで動いてくれるので問題ないだろう。
シオンが御者台に座り、カスミ、マサムネ、ソウタが荷台に乗り込む。カスミは大きなバックパックを端っこに置き、マサムネは黒色の身長の3分の2程ある大きな盾を立てかける。ソウタも持っていた杖を置いて、荷台の内部をキョロキョロと見渡していた。
全員が乗り馬が歩き出し、車輪がゆっくりと回り始めた。
幌馬車ゆえに外の景色は前と後からしか見えないが、極限まで抑えられた僅かな揺れと車輪のガラガラと回る音が少なくない興奮を覚えさせた。
「なんかワクワクするね」
「気持ちは分かる。私も初めて乗ったときは少し興奮した」
「これから冒険に行くって感じがする」
俺達は声を弾ませ、馬車は強いモンスターが蔓延る北の大地の目指していく。
●
ゲイル高原。
街を出発してから約二日経ち、何度か休憩やキャンプを挟みつつ馬車に揺られながら旅をした。途中でモンスターに何度も襲われたりしたが、問題なく討伐した。ここら辺のモンスターは平均レベル55とかなり高いが、対処法がしっかりしていれば無傷で倒せる。と言ってもそれはこちらも相応の経験があるからだ。
半年もの戦闘経験で鍛えられた俺達だからこそ危な気もなく対処できる。これが大した戦闘もせずレベルだけが高い者なら戦闘の速さにもついて行けず、攻撃を容易く食らって、状態異常に陥ったりして簡単に殺されてしまう。
何度も格上や厄介な特殊攻撃をする敵と戦ってきた俺達にとっては、ただレベルが同じだけじゃ相手にはならない。
だが、その油断が命取りになる可能性もあるので、変に突っ込んだりせず安全に確立した戦闘法であしらう。
現在俺達はゲイル高原のゲイル村という銀色の雪原に最も近い村へと向かっている。
馬車でダンジョンのある雪原へと向かうわけには行かず、まずは馬車を預けられる場所へと行き、そこから歩いて向かわなければならない。
それに、銀色の雪原についてNPCに情報収集しようと思っている。雪原に一番近いこの村のNPCなら今まで見つからなかったダンジョンについて何か知っている可能性がある。
俺達は彼方に見える村へと向かって馬車を進める。
「ついたな」
「ここがゲイル村……」
「そこまで大きくなさそう。これなら夜までに全員から話を聞けそうだね」
馬車から覗くと家は十件程度、牛などを育ててる牧場や小さな畑があるぐらいで目立った建造物はない。
俺達は村に入ってすぐに、近くにいた茶髪の青年に話しかけられる。
「ゲイル村へようこそ。冒険者さん」
「すまない、馬車を預けたいんだが何処に行けば良い?それと今晩泊まれる宿屋はあったりするか?」
カスミが御者台から体を乗り出して青年へと尋ねる。
「馬車なら牧場の方に厩舎があるからそこで預けられるよ。宿屋は無いけど、村長に頼めば泊めてくれると思うよ」
「そうか、ありがとう」
村の入り口からそこまで離れていない場所に牧場はある。俺達はそこへ向かい、牛の世話をしている牧場主であろう麦わら帽子のおじさんに話しかける。
「ここの牧場の方であろうか?」
「ええ、そうですよ」
「暫くの間馬車を預けたいんだが、大丈夫だろうか?」
「構いませんよ」
思っていた以上にあっさり了承してくれた。
俺は少し呆気に取られたが、相手はプレイヤーではなくNPC。プレイヤーと違ってよっぽどのことがない限り渋ったり断ったりすることはない。
俺達は馬車から降りて馬車を牧場主に引き渡した。
「ここからは宿を取りに村長に会いに行くチームと雪原について情報収集するチームに別れて行動しよう。宿が取れたら一旦合流といった感じで構わないか?」
「俺達もそれで大丈夫」
カスミの提案に他の皆も首を縦に振る。
その後話し合いをし、俺、シオン、マサムネが情報収集を、カスミとソウタが村長に会いに行くことになった。
この世界はゲームだが、勝手に家に侵入したり、物を漁ったりすることは出来ない。そんな事すれば騎士団に捕まって牢屋行きだ。この村に騎士団は存在しないが、そんな事をすれば村人が連絡して指名手配されるだろう。
まずは外に出ている村人から話を聞いていくしか無い。
「取り敢えず、牧場主から聞いてみるか」
「そうだな。すいませんちょっと良いですか?」
最初は近くにいる馬を馬車から外して餌を与えている牧場主に話しかけることにする。
マサムネが代表して前に出ると、牧場主は他になにか用が?と言いたげな顔をした。
「どうかしましたか?」
「銀色の雪原について何か知っていることはないですか?」
マサムネが質問すると、牧場主はうーんと頭を捻る。
「……すいません。私は年中雪の降っている大地としか……」
「いえ、ありがとうございます」
そう言って牧場主は困ったように謝罪する。マサムネは気にしないで欲しいと礼を言いい頭を下げる。
流石に初っ端から良い情報を貰えるとは思っていない。地道に村人達に話しかけて情報を持っている人を探すしか無いだろう。
俺達は牧場を後にして村の中を歩いている人達に雪原の情報が無いか聞き込みを続ける。だが……
「知らないねぇ」
「分からん」
「申し訳ありませんが……」
結果は著しくない。
今まで何も無いと言われていた地だ。もしかしたら既に誰かが、聞き込みをしてその上で何も無いのかもしれない。
「一旦合流するか」
「日も傾いてきたしな」
来たときにはまだギリギリ昼と呼べた空だが、既に茜色に変わって夕暮れ時を示していた。外にいた村人達には全員話しかけてみたが、結果は0。宿を取りに行ったカスミとソウタと合流するべきだろう。
それにしても宿を取るだけなのに随分と時間がかかっている。
俺達は二人が向かった村で一番大きな家へと足を運んだ。
「すいませーん」
ドアをノックし、声をかける。この中に二人がいる筈なのだが……
「はいはい」
ドアを開けたのは白い髭を生やした皺だらけの男性の老人だった。杖などはついてないが腰が少し曲がって猫背気味になっている。
「えっと、ここにカスミとソウタという俺達の仲間が来ませんでしたか?」
「おおっ、来ていますよ。御二方が話していた御仲間様ですね。どうぞ此方へ」
この老人は二人を既に知っていたようだ。おそらくこの老人がこの村の村長なんだろう。俺達は老人に促されるまま家の奥へと案内された。
中は広々としたリビングのようになっており、緑色の少し劣化したソファに見知った二人と対面のソファに見知らぬ人影が見えた。
その人影は薄い金色の髪をした同い年ぐらいの少女だ。顔の表情はよく見えないが暗い雰囲気を漂わせていた。
二人は俺達に気づくと此方に向けて手を挙げた。
「来たか、すまない。少々村長達と長話してしまった」
「エスさん、ちょっと厄介なことになったかも」
ソウタは困ったように頭に手をやり、カスミは小さくため息をつく。
「何かあったのか?」
マサムネが尋ねると、ソウタは少女に視線を向ける。俺達も少女の表情を窺うと、何やら暗いものを纏っていた。
「村長」
「そうですね。御三方にも話さなければなりますまい」
カスミが声をかけると村長はゆっくりと首肯し、此方へ向き直る。
「先ず私はこの村の村長を務めるロム・ゲイルと申します。そして、こちらに座っている娘が孫のエリスです」
「……」
村長は軽く自己紹介をして、隣の少女を紹介する。少女は立ち上がり小さく頭を下げる。
何かと物憂げな表情のエリスと呼ばれた少女は雰囲気からして何かありますと言っている感じだ。
「すいません。普段はかなり元気な子なのですが……実は数日前から私の娘、エリスの母が行方不明なのです」
「なるほど、つまり二人には捜索依頼の話を?」
「ええ、御二方には既に話したのですが、エリスの母、ユリアは銀色の雪原へと向かってそのまま帰ってこなくなったのです」
村長は顔をしかめて言い辛そうに話す。
銀色の雪原の名前が出てきたことに俺は驚くが、それと同時に不可解な点があることに気づく。
「銀色の雪原に?」
「ええ」
銀色の雪原は何度も言うが何もないところなのだ。草も木も無くモンスターさえ居ない無の大地。雪や氷を取りに行くとしても女性が片道何時間もかかる距離を一人で行くだろうか?
「ユリアは村でもかなり腕の立つ魔法使いです。希少な転移の魔法も使えるのですが……」
NPCなのに転移魔法が使えるのか、それならば一人で雪原まで往復することができるだろう。
つまり、転移魔法が使えるはずの魔法使いが一週間経っても帰ってこなくて雪原でなにかあったのかも知れないということだ。
カスミがダンジョンを見つけたことと何か関係がありそうだ。
「エス、おそらくだが……」
カスミが俺にそっと耳打ちをする。
カスミも俺と同じ事を考えに至っているようだ。
「ああ、俺も分かってる。村長さん、その依頼を受けましょう」
「本当ですか!?」
俺は村長に向き直りユリアさんの捜索依頼を受けることを告げる。
村長は嬉しそうに顔を綻ばして、孫娘であるエリスも驚いたような表情をした。
「え?でもダンジョンに行くんじゃ……」
「シオン、多分だがユリアさんはダンジョンにいるんだと思う。このタイミングで雪原での行方不明。おそらく何らかの理由でダンジョンに入ってしまって出られなくなったんだ」
「なるほど!」
シオンが俺の言葉に納得したように頷き、他のメンバーもそれが妥当だろうと納得していた。
取り敢えず今日は村長宅に泊めてもらうことになった。流石に今すぐ雪原に向かうわけには行かない。暗闇の中でモンスターに襲われてしまってはたまったものではない。
その日の夜は村長が食事を振る舞ってくれたり、風呂を沸かしてもらったり、わざわざ人数分のベットを用意してもらったりと至れり尽くせりだった。それなことされると必ず見つけないといけないプレッシャーを感じるんだが、善意でやってもらってる故に断ろうにも断れなかった。